the opening of a play

いつものように主である彼と午後の一時を堪能した後、私は厨房にて先程使用したティーセットを洗っていた。それなりの値段の代物のようなので、自然と手つきも慎重になる。王宮に勤めていた頃も似たようなものを触っていたので、今更になって食器に用心深くなる必要もないように思うのだが、何よりも彼が私の為に用意したものということが、私に気を使わせるのだ。それが何から来るものなのか、具体的には、敬意か、それとも別の何かなのか、私には解らない。正確には気づきたくないのだろう。長年連れ添ってきた、服従という愛情表現が何らかの形で変化してしまうことに、私は漠然とした恐怖心を覚えているのだから。

「忘れ物だよ。」

いつの間に入ってきていたのか、クジャが手に持っていたクリーマーを流し台にこつんと置いた。どうやら私がテーブルに置き忘れてきたらしい。

「あっごめん。」
「別にいいけど、君は見た目通り抜けてるからねえ。」

彼の手が腰を軽く撫で、するりと巻きつき、後ろから抱きつかれる形で体が密着する。何度されてもこういう類の行為は落ち着かない。すぐ右上で微笑む人形のような顔にちらりと視線をやって、顔を背ける。恐らく、私のみが感じているやりにくい空気をよそに、私の神経はたった今投げかけられた言葉に向けられていた。見た目通りとはどういったことなのだろうか。そんなに間の抜けた見た目をしているのだろうか。些か納得がいかない。

「抜けてるって言われるのは嫌なのかい?」

細くて長い綺麗な指先で顎をくいっと押され、彼の方を向かされた。私の顔を覗き込む眼差しは、面白いことを発見した子供のように好奇の色を含んでいる。と思いきや突然クツクツと笑い声を漏らす。

「怒らないでよ。むくれた顔も可愛いけど。」

別に怒っていたわけではないのだけど。
クジャの反応に順応できないまま、私は彼の様子をじっと見つめていたが、なんだか彼は喜んでいるようにも見える。よく解らない人だ。初めて会った時からずっとそう。 私は無言のまま、手に付いた洗剤を水で流し、近くにあったタオルで水浸しの手を拭うと、彼の首に手を回した。どうしてかは解らないけど、どうしようもなく愛おしい気持ちになって、顔を見上げれば、私の突然の行動に目を見開いたクジャと視線が交錯する。

「今日はしてくれないの?」
「何をだい?」
「………」

言葉にするのは少しばかり恥ずかしくて、彼の顔をぐっと引き寄せてそっと唇を合わせた。今、物凄く近くにいると感じさせられる、この距離感は堪らなく私をドキドキさせる。やはり、まだ慣れないけれど、どんどん癖になってきているのも事実だと思った。

「今日は随分と積極的だね。」

手繰り寄せられたかのように、再び視線が合えば切れ長な瞳が艶やかな微笑を浮かべていた。もっとして、とせがめば、腰に回っていた手がより一層強く私を抱きしめる。背中が仰け反りアンバランスな姿勢になるのも気にせず、ただひたすら唇を重ね合った。もっともっと、彼を感じたい。その一心で。

「クジャが悪いんだよ。愛おしそうな目するから…」
「欲情したのかい?」
「違っ…!」

焦る私に相反して、彼はいつもと何ら変わりない余裕そうな振る舞いで、その上、冗談だよとでも言いたげに頭をぽんぽんと撫でて抱きしめるから、私は完全に彼の手のひらの上で転がされてるのだと思った。無論、不満などありはしない。私なんかが傍においてもらえているだけで充分幸せだ。それなのに、口から出る言葉はどうしてこうも彼を求めるものばかりなのか。なんでこんなに欲してしまうのか。

「ねえ、まだ足りないの。」

絞り出すように発した台詞の返事は濃厚な口づけで返された。

「シェリー、あんまり煽るとどうなるかわからないよ。」
「うん、いいよ。」
「ものは考えてから言うものだ。やめときなよ。」
「クジャは嫌?」

熱っぽい目で言われたって、お預けを食らっているような気持ちにしかならない。普段は仄めかすようなことを言うくせに、どうしていざとなったら止めるのか。渋る私を宥めるようにクジャは頬を撫で、私の顔を覗き込むような体勢をとる。

「まさか。君は僕の大事なお姫様だからねえ。姫は大切に扱うものだろう?」
「…でも」

女であるならば大抵が喜ぶであろう、彼の自分にだけ見せる甘ったるく、優しい表情が憎らしくさえ感じる。私は姫でもなければ、大切に扱われるような存在でもない。ただ、時に少しだけ求めてもらえれば、充分だった。全てはクジャの思うがまま。だから、好きにしてくれればいいのだ。

私が納得してないのを見かねてか、彼はほんの少し間を開けてから口を開いた。

「今まで話していなかったけれど、僕にはどうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ。事が進めば、たぶん君にも酷な思いをさせるだろうね。それでも一緒にいてほしいなんて簡単に言えるものじゃないけれど、何もかもが終わって、もし離れずにいれたら、その時に全ていただくよ。だから、それまではお預けだよ。我慢できるかい?」

真っ直ぐ向かい合っている、切れ長な瞳から目をそらさずに私はこくりと頷いた。いや、頷く他なかった。これから起こることについては全く予測がつかないが、離れるのなんか嫌だ。彼がいなくなったら、何を楽しみに生きていけばいいというのか。

「クジャ…私、離れたくない。」
「ふふ、君が傍にいてくれたら幸せなことこの上ないよ。」

そう呟く彼の腕の中でひしひしと感じる体温がとても心地よく感じた。




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