premonition

腰布をはためかせ、慣れた足取りで颯爽と歩くクジャの後ろを着慣れない鮮やかなドレス姿でついて歩きながら、やはり彼にはこの街がよく似合っていると私は改めて実感した。久々に訪れたトレノは、相変わらず華やかな衣装を身にまとった貴族で溢れている。目に留まる建物はどれも小綺麗で此所が貴族の街と言われる所以がよく分かった。こうしてみると一見、煌びやかな街だが、クジャが言うには貧困の差が激しく、水辺周辺は貴族、高所は主に貧困層が住んでいるらしい。そのためか治安が悪く、特に危ないとされている貧困街には間違えても行くな、と念をおされている。

「シェリー、おいで。」

後ろを振り返り、クジャは私の手を引く。隣を歩けということなのだろう。

「まだ、一緒に歩くのは慣れないのかい?」
「だって…」
「別に初めてじゃないだろう?」

確かに、此処ではドレスを選んだり、パーティーに参加させられたりと、少し滞在していたこともあったのだが、その時と同様に彼の私に対する扱いは付き人としてではなく一人の女性に対するもので、落ち着かないのだ。私はきっと女性として彼の隣を歩くのには相応しくない。それなら小間使いとして付き添っている方が安心できるのだ。この街で一番とも言われる貴族である彼の質を私が落とすような真似だけはしたくない。

「…なんか落ち着かないの。」
「それはそれは初々しいことだね。」

クジャは面白いものを見つけたように口元に手を添えるので、私は顔を背けた。この顔は大抵、彼が私を茶化そうとしている時の顔だ。これをわかってきたのもつい最近だ。

「でも君の定位置はこっちだよ。せっかくのデートだからね。嫌かい?」

いつも思うが、この返しは狡い。嫌なわけなどあるはずもないというのに。納得がはいかないが、首を横に振る私の頭を一撫ですると、彼は満足そうに“いい子だね”と呟いた。

***

「ねえ、重くない?そろそろ私、持つよ。」

ランチやらディナーやらショッピングなどを済ませて、夜の言わば高級住宅街を闊歩する彼の肩には、ドレスと靴の入ったショップバッグが携えられている。それらは昼間に購入した私用の物で、要するに彼からのプレゼントである。私が自分で持つと言ったのだが、聞き入れて貰えず、依然として彼の肩にぶらさがったままだったそれを、数時間経った今、私はショップバッグ紐の部分を掴み、再び交渉を試みてみる。主である彼に荷物を持たせるなんて、従者の私としては恐れ多いのだけれど、クジャとしても女である私に荷物をもって歩かせるのは、気が進まないものなのかもしれない。

「平気だよ。それよりも、どうせ掴むなら腕の方にしてほしいんだけれど。」

返ってきた答えはやはり、NOだ。しっかりとおまけも付いて。

「…掴まないもん。」

彼も嫌がっているようには見えないし、そこまでこだわることでもないのは頭では分かっているのだけれど、悔しくてついむくれた態度が出てしまう。

「全く、君も意外と融通が利かないねえ。今日くらい僕に華を持たせてくれたっていいだろう?気持ちだけはありがたく貰っておくよ。」
「でも…」
「ん?」
「………」

拗ね気味の私に怒ることもなく、いつもの柔和な笑みで宥める彼。私は何をやっているのだろうか。気付いたら目に涙が溜まっていた。クジャは何かを察したように“こっちにおいで”と私の手を引いて人目に付かない路地へと入る。

「怒ったかと思ったら、今度は泣きそうな顔して、どうしたんだい?」
「だってね………私、何もできないから…ブラネ様といた頃から、ずっと、ずっと……」

堪えきれずに、ぽたぽたと零れ落ちる涙を手で拭った。クジャはそっと私を腕の中に引き込んで、背中をさする。そうされるのが、どことなく心地よくて私は彼にしがみついた。

「私だって役に立ちたいの…もう、捨てられるのは嫌…」
「今まで、ずっとそれを気にしてたのかい?」

彼の問いに、無言で頷けば、頭上で溜息が聞こえた。

「僕が君を捨てるとでも?」
「…?」

顔を見上げれば呆れたような表情で私を見下ろすクジャと目が合う。

「馬鹿みたいだよ、本当に。僕は君が離れていくんじゃないかと心配でならないのに、君は僕に捨てられることを考えてるんだから。」

クジャは私の頭を撫で、視線を避けさせるかのように自分の胸に押しつけると、言葉を続けた。

「安心しなよ。そう易々と放したりなんてしないから。君は僕のものだろう?」

返事の代わりに、抱きしめる腕に力を込めたが結局“返事は?”と強いられるので、“うん”と頷いた。

「一応言っておくけど、僕は君が国家にかかわる重要な取り引きの場でもお茶を零してしまうような、危なっかしいメイドだと知ってて連れてきたんだ。最初から役に立つ、立たないなんて基準に入れてないよ。」
「…!」
「だから、余計なことは考えなくていい。まあ、どうしても不安なら、いくらでも泣きついてきなよ。君は僕の大切なお姫様なんだからさ。…ちゃんと聞いてるかい?」

気が抜けてなのか、嬉し泣きなのか、再び溢れ出る涙でぐちゃぐちゃな顔は、彼の胸に埋められていたお陰でうまいこと隠れていた。しかし、彼が両手で輪郭を包んで、上を向かせるのでまだ泣いていることに気付かれてしまう。

「…聞いてる。好き。」
「知ってる。まったく君は、また泣いて…」

ぎゅうっと頬を押し潰され、自然と顔の肉が中心に寄り、唇が突き出る。自分では見えないがとてつもなく不細工な顔をしているのだろう。それを見てクジャは満足したのか、私の両頬を挟み込んでいた手を緩め、唇にキスを落とした。

「愛してるよ、シェリー。」
「うん。」

お互いの存在を確かめるかのように、身体を寄せ合う。すっぽりと彼の腕に収まる感触が、私は彼のものであることをより一層強く連想させた。

「本当のこと言うと、君が僕のことで泣いたり怒ったりするのが嬉しいんだ。君の中に僕の存在を植え付けてるみたいで。もちろん、一番は今みたいに甘えた顔をされるのだけど。…ねえ、これじゃもう君のこと離せないよ。どうしてくれるんだい?」
「…ずっと一緒にいる。」
「そうじゃなかったら、僕はどうしていいか分からないよ。」

彼の表情は伺えなかったが、抱きしめる腕は微かに震えていた。こんなにも、幸せな瞬間であるのに、私には何処か切なく不安に感じられた。こうしていられるのは今のうちだけだと告げられているようで。


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