本当の気持ち
「勘違いなんかじゃないよ…」
私は確かにそう告げた。告げたというよりも寧ろ、本当の気持ちを零してしまったと言ったほうが正しいのだろうか。
そう、勘違いなんかじゃない。
本当のところ、私は彼女が好きだ。
去年まで私は、仲のいい友人たち五人で成り立ったグループに所属していた。
入学当初から何をするにも一緒に行動をしていた私たちだったが、彼女の幼馴染が主導権を握るそのグループは、私としては、とても居心地の悪い場所だった。
リーダー格の、その女子生徒から嫌悪感を抱かれているということも、原因のひとつだったのだろう。
そんな幼馴染を、彼女自身も、良くは思っていなかったようだ。ふざけあっている時も、あまり笑顔を見せてはくれなかった。
私と彼女は、はみ出し者同士よく二人で行動を共にした。
しかし、些細なトラブルが切っ掛けで、私は彼女を置いて、そのグループから去ってしまった。
その頃までは私自身、本当に勘違いだと思っていた。
しかし、状況は悪化するばかり。グループを離れたところで、彼女への想いを忘れることも出来ず、より一層彼女の存在、仕草、表情の全てを気にしてしまうようになった。
離れれば離れるほどに、彼女のことを目で追ってしまう。グループに居ても、いつも何処か寂し気で、楽しそうにしつつも、本当に心から笑っていることは、数少なかった。
いつからか、私は彼女を独占したいと思うようになっていた。あんな奴よりも、私の方が彼女のことを知っている。彼女のことをきちんと見ている。私なら、寂しい思いは絶対にさせない。
醜い感情が心の内側で渦巻き、彼女の友人達に対する嫌悪の気持ちを、抑えることが精一杯だった。
それから月日が経ち、彼女も幼馴染と仲違いをし、そのグループを抜けることになった。それからずっと一緒に過ごすようになったものの、嬉しさよりも不安が募るばかりで、私は必然的に彼女と一定の距離を取って接するようになっていた。
「やっぱりさ、気を遣ってあいつらと一緒に居るより、こっちの方が気楽だから」
そう言って彼女が私を選んでくれたことは、素直に喜ばしく思ったが、彼女もいつかの友人たちのように、また私をひとり置いて自分の損得勘定だけで、白にも黒にも変わるのかもしれない。
彼女に限ってそんなはずは無い、とは言い切れなかった。
今まで顔を付き合わせてきた奴らが皆そうだったように、彼女だって、損得を優先するはず。
それに、私は以前より彼女から面と向かって、嫌いだと、幾度となく言われてきている。本当に彼女は私と居て気楽だと思っているのだろうか。
そう思えば思うほど、彼女と過ごす時間が息苦しく感じた。
だからこそ、彼女が自分のことを好きなのかどうかと聞かれた時には、本当に驚いた。
“好きだよ”
“友人としてなんかじゃなく”
“ひとりの女性として”
“貴女が好き”
言いたいことは、沢山あった。
それでも言えずに居るのは、君に距離を置かれるのが怖いから。この関係から抜け出したい反面、君に親友として頼られる私という存在に満足していたのかもしれない。
本当は、誰よりも好きだ。一番に想っているし、他の奴らなど比べる余地もない。それでも、一番だと告げられなかったのは、重たいと思われたくなかったから。
面倒だと思われて、離れて行かれることだけは、避けたかった。
そんな形で彼女を傷つけるなんて、思ってもいなかった。
もしかしたら、このまま本心を口に出せば、上手く事が運ぶのかも知れない。
そう思った矢先私の口から出たのは
“普通に好きだよ”
なんとも、情けない言葉だと思った。
この後に及んで尚も、保険を掛けようとしている自分自身に、嫌気がさした。
違う、言いたいことはそうじゃない。
しかし、幾ら言葉を紡ごうとしても、上手く伝えることは出来なかった。次第に彼女からの声がかかる。
「そんなの、勘違いだよ」
とても驚いた。それと同時に、何かが壊れたような気がした。
ああ、私は今、君に対するこの感情の全てを否定されたのだ。受け止めてもらえなかった。そうだ、考えてみれば、上手く行くなんて浅はかだったな。
きっとこれで、私と君の関係はお終いだ。こんなことで終わるのならば、伝えなければよかった。
私は後悔と自責の念に押し潰されそうになったまま、彼女と別れ、帰路に着いた。
帰りの駅のホーム。会社帰りのサラリーマンや、放課後の学生たちで賑わう中、ひとりの友人に声を掛けられた。
振り返り精一杯明るく振舞おうとしても、どうしても笑うことができなかった。
「何か暗いよ。失恋でもしたか?」
友人は冗談交じりに言うが、やはり私は笑うことができない。そうか、失恋か。私は今、人生で初めて、失恋を味わったのか。何と無く客観的に、そんなことを思った。
「……まあ、そんなとこかも」
苦笑交じりに返すと、友人は私を抱き締め、慰めの言葉をくれた。しかし、そんな言葉は私の胸にはまったく響かなかった。
明日から、君にどんな顔をして会えばいいのか、わからない。そんなことで頭がいっぱいで、このままいっそ死んでしまおうか、なんて馬鹿らしい考えまで脳裏を過るほどに、私はすっかり傷心に浸っていた。
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