月明かりに照らされて

空を見上げると丸い月がくっきりと浮かんでいて、その月明かりのおかげで街灯がない場所でもそこそこの明るさを保っていた。

そんな夜空の下、おれと彩葉さんは公園のベンチに並んで座っていた。なんでこんなところにいるかって聞かれたら、さっき玉狛のみんなで月見団子を食べたのに、物足りなかったらしい彩葉さんの付き添いでコンビニに行った帰り、としか言えないんだけど。
彩葉さんはおれの隣で「白くて丸いからこれもある意味お月見だねえ」なんて言いながら買ったばかりの肉まんを袋から取り出した。そんな適当でいいのかな。
おれは別にお腹空いてないし何も買うつもりはなかったけど、彩葉さんが「付いてきてくれたお礼」って甘いコーヒーを買ってくれたから、それをありがたく頂いてちびちび飲んでる感じだ。

「月……か」

肉まんに夢中な彩葉さんを横目に、おれはいつか誰かから聞いた話を思い出した。ほら、月が綺麗ですね、の意味が愛してる、とかいうやつ。うろ覚えだけど、夏目漱石だかそんな感じの人が言ってたって聞いた覚えがある。
女の子はそういうロマンチックな口説き文句好きそうだなって思ってから、次におれは彩葉さんはこういう時どういう反応をするんだろうって考えた。

「ねえ彩葉さん」
「ふぁーい?」

もぐもぐと肉まんを頬張ったまま返事をする彩葉さん。今は確実にそういう雰囲気じゃないことは、そのへんに疎いおれだって分かってるけど、どうせ言葉遊びだしな、とそのまま彩葉さんの横顔に告げた。

「月が、綺麗ですね」

びっくりするか、またからかわないでって笑われるか。意味が意味だからか少しだけうるさい心臓の音に聞こえないフリをして、おれは静かに彼女の返事を待つ。

「あー確かに、今日は綺麗な満月だよねぇ」

彩葉さんが口の中の肉まんを飲み込んでから、やっと発した言葉は思っていたより全然普通だった。むしろ、あまりにも普通の返答すぎないか。まさか彩葉さんこのやりとり知らなかったとか? もしかしておれただのキザ男になっちゃってない?
おれは恥ずかしさを紛らわせるように残りのコーヒーを喉に流し込みながら、携帯で“月が綺麗ですね”と検索をしてみた。あ、やっぱり夏目漱石だった。へえ、返事の仕方とかもあるのか。そこまでは知らなかったから、もし彩葉さんに言われてもわからなかったかも。……逆にスルーされてよかったな。彩葉さんありがとう。

おれが色々と調べている間に、肉まんを食べ終わった彩葉さんが立ち上がって「迅」とおれを呼んだ。

「はいはい?」
「私にとって、月はずっと綺麗だったよ」

おれを見下ろしてにっこりと笑いながら呟いた彩葉さんの言葉で、つい数秒前に得たばかりの情報が頭を駆け巡る。
きっと今のおれはすごく間抜けな顔をしてるはずだ。誰かに言われなくても分かる。

「あは、迅知ってる? 返し方って一つじゃないんだよ」

そう言うと、彩葉さんはおれを置いてすたすたと歩いていってしまう。

「じーんー、置いてくよ」
「彩葉さん、今の」
「んー? もしかして迅はベタな方がお好みだった?」

おれの方を振り返ってにやりと笑みを浮かべる彩葉さん。

ああ、おれは多分、この人には一生敵わない。


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