微睡みにおちる

『ゆー、いち……じゃあ、ね』
『待ってよ、ねえっ……!』
『ちゃ、んと、いき……て』
『嫌だ、彩葉さ、』

す、き。と彩葉が口を動かしたあと、瞼がゆっくりと閉じられて、迅の顔に触れていた彩葉の手からふっと力が抜けた。抱きしめている彩葉の身体はいつもよりも重く、すくい上げた手を握っても握り返してはくれない。受け入れたくなくても、彼女の死を痛感させられてしまう。
「おれが何したっていうんだよ……」と小さく漏れた迅の言葉は、誰に届くこともないまま降りしきる雨にかき消された。


――ぱちり。
自らの頬を伝う“何か”の感触により迅は目を覚ました。
しかしそれだけでなかった。驚くほど心臓の鼓動は早いし気付けば全身冷や汗をかいていて気持ち悪い。そっと頬に手を当てれば、触れた指先がしっとりと濡れた。

(おれ、泣いてた……のか)

そのままごしごしと袖で涙を拭う。夢を見て泣いたのはいつぶりだろうか。それほどに酷い悪夢だった。かつて自分たちを守るために師匠の最上が黒トリガーになるのを見送ったというのに、長い付き合いであり念願の恋人となったばかりの彩葉まで失う夢だなんて。もしこれが現実で、この世に神がいるのだとすれば、思わず悪趣味だと言わざるを得ない。

そもそも未来を視ることのできる迅にとって、夢を見るという行為自体があまり気分の良いものではなかった。というのも、目が覚めた時に脳裏に残る映像が未来を視た結果によるものなのか、夢の中の出来事なのか混乱する時があるからだ。これでは折角の未来視も正確性に欠けてしまう。
ただ一つそれが夢だと確信できる要素があるとすれば、今のように柊彩葉が出ている場合だけ。遮断のサイドエフェクトを持つ彩葉には迅のサイドエフェクトの効果が働かないため、未来視による映像として迅の目には映ることはない。

だから、これはまごうことなく夢なのだ。
頭で理解をしていてもすぐに割り切れるかと言われればそう簡単にはいかない。普通の夢ならばまだしも、親しい人が死ぬ瞬間を見せられたことによる精神的なダメージは、思っている以上に大きかったらしい。実際、未来を視ることのできない彩葉の身に、いつ、何が起こるか分からない不安に襲われることがあるだけに、縁起でもないな、とひとりごちた。

ふと、迅は隣の彩葉に目を向ける。
すぅすぅと静かに寝息をたてながら眠る姿と、密着した身体から伝わる鼓動と温もりが、確かにここに彩葉が生きていることを実感させる。たったそれだけでも幾分か気分が落ち着いた迅は、思わず安堵の溜め息を吐いた。

(水飲んで寝るか)

迅はゆっくりとベッドから抜け出すと、テーブルに出しっぱなしになっていたコップを手にシンクへと向かう。蛇口を捻って出てきたのはただの水道水だが、喉を潤すには充分だ。一気に飲み干して空になったコップをシンクに置いてベッドに戻ると、寝ているはずの彩葉が迅を見つめていた。

「ごめん、起こした?」
「うんや、大丈夫」

彩葉が迅を招くように布団を持ち上げると、迅はありがたく身体を潜り込ませる。少し布団から出ただけでも足先は冷えてしまっており、二人分のぬくもりを溜め込んでいた布団がとても暖かく感じた。

「迅はどしたの? 寝られない?」
「んん……あー、ちょっと夢見が悪くて」
「そんなに嫌な夢だった?」

内容が内容だ。夢とは言え本人に言ってしまうのはいかがなものかと一瞬考えたものの、恐らく彼女は気にしないだろうと踏んで素直に打ち明けることにした。

「なんていうか、彩葉さんが死ぬ夢、だったからさ」
「もう、なにそれ。勝手に殺さないでよ」
「おれだってみたくてみたわけじゃないよ」
「そりゃあわかってるけど、私ってそんなに弱そうに見えるのかなーって思って」

人を揶揄うようないつもの表情を浮かべる彩葉は、自分の実力をきちんと理解している。事実、彼女は強いのだ。並大抵の相手には負けないだろうと自信を持って言える。それもまた迅の本心だった。

「いやいや、彩葉さんが強いのはおれが一番よく知ってるよ」
「でしょ? だから心配しなくても私は迅を置いて居なくなったりしないよ」

ほら、おいで、と言って彩葉が腕を広げると、迅は少し躊躇いながらも、急かすような彼女の視線に甘えるように彩葉を抱きしめた。
そのままするりと迅の背中側に彩葉の腕が回されたかと思うと、彩葉の手がトントンと一定のリズムを刻みながら迅の背中を優しく叩く。
まるで子ども扱いだなと思ったのも束の間、次第に緩やかで心地よい眠気に包み込まれた迅は、抗う術もなくゆっくりと深い意識の底に沈んでいくのだった。


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