花の街へようこそ

ハルルに到着すると、無事に戻って来られたという安心感と、ふわりと漂う心地よい花の香りに、ヒナは思わず頬を緩ませる。
そして、先頭を歩くカロルを追い越すとそのままくるりと振り返った。

「ふふっ、みんな! ここが緑豊かな花の街・ハルルだよ」

ヒナが歓迎するように言えば、エステルはつられて口角を上げながら物珍しそうに辺りをきょろきょろと見渡した。
花の街、とはよく言ったもので、街中の至る所に色々な種類の花が咲いている。エステルは本の中でしか見たことのないような花を実際に自分の目で見ていることに感動しているようだった。

「わたしの庭にもたくさんの花がありましたが、まだまだわたしの知らない花がこんなにあるなんて! それに、なんだか空気も澄んでいるような気がします!」
「お花に囲まれてると、とってもいい匂いがするし癒されるよね! ハルルの人はみんなお花が好きだから薬草を育てている人も多いんだよ〜」

知ってた? と少し自慢げなヒナの言葉に反応したのはカロルだった。

「えっ!? 薬草がいっぱいあるのってそういう理由だったの? てっきりハルルは植物を育てやすい環境だからだと思ってたよ」
「うーん、それも間違いじゃないかもしれないなあ。この街は一年中気候が安定してるから」
「ハルルはとても素敵な街なんですね」
「えへへ〜、でしょ?」

自分の住む街を褒められたヒナは嬉しそうに微笑むと、側にある花の香りをスンスンと嗅いでいるラピードに気付いて少し屈んでから声を掛ける。

「あ、ラピードもお花が気になるの?」
「わふぅ」
「そっかそっかー! うんうん、お花はとってもきれいだもんね」

相変わらず落ち着いた態度のラピードだったが、ヒナは全く気にしないようでにこにこと話しかける。

「ヒナはラピードの言葉が分かるんです?」
「ううん、全然分かんないよ。でも多分こんな感じかなあって思って!」
「そ、そうですよね! もし本当に動物の言葉が理解出来たらすごい事ですよね」

談笑している彼女たちの隣で、ユーリだけは一人険しい顔で空を睨んでいて。

「なあ、盛り上がってるとこわりーんだけど」

「この街、結界ないのか?」というユーリの問いに、エステルがハッとして空を見上げると、本来であれば街の上空にその存在を示し、人々の生活には無くてはならないはずの結界が見当たらない。エステルは不安げにヒナを見つめる。

二人の視線を受けたヒナは眉を下げて口を開いた。

「やっぱり気になっちゃうよね。でも、ハルルにもちゃんと結界はあるんだよ」

そう言ってヒナが見上げたのは、街の中心に位置する立派な大樹だった。

「まさか……、この樹が結界魔導器だって言うのかよ」
「うん。そのまさかだよ。ハルルの結界魔導器はこの大きな樹なの。ちょっとロマンチックだよね」
「『魔導器の中には植物と融合し有機的特性を身に付けることで進化をするものがある』です。その代表が、花の街ハルルの結界魔導器だと本で読みました」
「すごいっ、エステルって本当に物知りなんだね」
「いえ、物知りだなんて! わたしは本に書いてあった事をそのまま伝えているだけですから」

ヒナに褒められて照れたように微笑むエステルだったが、ユーリは未だ眉間に皺を寄せたまま更に問いかける。

「で、その自慢の結界はどうしちまったんだ? 役に立ってねえみたいだけど」
「ああ、それはね。毎年、満開の季節が近付くと一時的に結界が弱くなるんだよ。ちょうど今の季節なんだけど、そこを魔物に襲われて……」
「結界魔導器がやられたのか?」
「うん、魔物はやっつけたけど、樹が徐々に枯れはじめてるんだ」

今度は隣で聞いていたカロルが説明する。魔狩りの剣に所属しているというだけあってか、幼いながらも知識はそれなりに持ち合わせているらしい。

「毎年結界が弱くなることはあっても、木が枯れちゃうっていうのは初めてで、わたし達もどうしたらいいのかわからなくて」
「そんな……。じゃあこの街の人はいつ魔物に襲われてしまってもおかしくない、という事です?」
「結界がないから、そういうことになっちゃうかな。だから、魔物が襲って来たりして怪我しちゃう人が多くてね。いつもなら薬草に困ることはないんだけど、それでも足りなくなっちゃったの」
「じゃあヒナはその荷物を届けるために一人であの森に居たっていうのか?」

ユーリの言葉を肯定するようにヒナはこくん、と小さく頷いた。何か思うところがあったのか、エステルが何かを発言しようとした時、一行の目の前をカロルと同じくらいの年代の女の子が横切った。
かと思えば突然血相を変えたカロルは用事がある、とだけ言って走り去ってしまった。

「カロル、行ってしまいました……」
「なんだよ。勝手に忙しいやつだな」
「そうだ! わたしも荷物届けにいかなきゃ」

つい話し込んでしまったが本来の自分の目的を思い出したヒナは、改めてユーリとエステルに向き直る。

「えっと、確か二人は誰かを探しにハルルに来たんだっけ?」
「はい。わたしはフレンに用事があるんです。騎士の巡礼なら、まずはこのハルルへ向かっているはずなんです」
「アイツ、まだこの街に居るといいがな」
「あれ? 二人ともフレンの知り合いなの?」

聞き慣れた名前が出てきてぽかんとするヒナ。そして、ユーリとエステルも同じように、まさかヒナがフレンを知っているとは思わず驚いているようだった。

「ヒナもフレンを知っているんです?」
「うん。フレンがハルルに来た時に何回かお話ししたことがあるんだ〜。すごく真面目な良い騎士だよね」
「あんまり真面目過ぎるのも問題だと思うけどな……」
「もう、ユーリ? 帝国や民を守るための騎士なんですから、真面目ではないより良いんじゃないです?」
「……真面目じゃねえ騎士なんてそこら中にゴロゴロいるぜ、エステルさんよ」
「そんなはずは……!」
「え、えぇっと! 騎士っていっても人間だし、色んな人がいるよ、ね?」

まるで悪い騎士など居ないとでも言いそうなエステルの言葉に、今までの騎士の悪行を思い出して反射的に言い返すユーリ。ヒナは慌ててフォローを入れながらも話題を元に戻す。

「あのね! フレンはハルルに巡礼に来ると、いつも長に挨拶をきちんとしてくれるんだって。だから、長に聞いたら、もしかしたらフレンが今どこにいるか知ってるかもしれないなあって思ったの」
「挨拶ねぇ。律儀なアイツらしいっちゃらしいか。で、その長ってのは何処にいるんだ?」
「うーんと、多分広場にいるんじゃないかな? ちょうどわたしが荷物を届けなきゃいけないお店もその近くにあるから、そこまで案内しようか?」

ハルルの地理に詳しくない二人がヒナからの提案を断る理由はなかった。それに、魔核泥棒を追うユーリにとっても、こんな所でモタモタしてはいられない。

「是非お願いしたいです!」
「助かるぜ、ヒナ」
「ううん、二人のおかげでハルルまで帰って来られたんだもん。お互い様だよ! あ、でも、まだ長がいるって決まったわけじゃないからあんまり期待はしないでね」
「そりゃそん時だろ。意外と長より先にフレン本人に会えたりしてな」
「もしそうだったらどんなに良いか……。とにかくその広場に行ってみましょう!」

意気込んでいるエステルの言葉で、一行はヒナを先頭にして広場へと向かった。



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