林檎飴-novel- | ナノ

* 林 檎 飴 *
春夏秋冬-秋-
◆ 秋

あんなに暑かった夏も終わり秋になっていた。青々しかった木々達は、葉が赤や黄色、オレンジと色鮮やかだ。気温も下がり、日中も丁度いい気温であり夜は涼しいくらいだ。
そんなある日、神田とアレンの暮らす家には客人が来ていた。嘗ての仲間であり友である顔馴染みの二人が。

「兄さんが用意した家だったから不安だったけどちゃんとした家ね」
「そうさなー! それに街が綺麗でユウには場違っ……って! 悪かったさ、冗談さ! 六幻ちゃんとあったんさね……」
「今はただの刀だが斬れ味はいいぞ、試すか? あ?」
「リナリーのコーヒー久々ですねー、美味しいです」
「ちょっとそこの二人! 俺を見捨てないでー!!」

友人とは、リナリー・リーとブックマンとなったラビだ。リナリーは兄の手伝いのために黒の教団に残っており、ラビは記録者として旅をしている。
偽名であるラビは、その名を捨てブックマンという名になっているのだが、友人達は彼の名をブックマンとは呼ばない。今更、なのだろう。ラビ自身もブックマンと呼び慣れない為特に何も言わない。
各々で自由に話していると、アレンやリナリーの隣では物騒な刀がラビを斬ろうとしている。それに助けを求めた彼だがアレン達は、ラビを無視してコーヒータイムを楽しんでいた。そこに救いの手を伸ばす。

「チッ……うるせぇな……」
「誰のせいさ誰の!」
「あはは、ブックマンとして新しい記録残せますね?」
「本当ね、良かったじゃない!」

刀は神田のイノセンスだった物だ。今は役目を終え普通の刀となっているが、しっかり手入れをしているので斬れ味はいいだろう。
少し懐かしい光景に、アレンやリナリーは完全に傍観者である。もちろん、神田もラビの反応で楽しんでいるのだが、機嫌の悪い顔をしておりそれを向けられている彼にとっては本気にしか見えないようだ。

「ひ、酷いさぁ……折角アレンに美味しいケーキ持って来たのに……」
「神田、ケーキが危ないのでやめてください」
「仕方ねぇな……命拾いしたな」
「俺は!? 俺はどうでもいいんさ!?」
「ラビよりケーキです。早速食べましょう!」
「あ、私も手伝うよアレン君」

鞘に刃を収めると、神田は六幻を壁に立て掛ける。普段は自室にあるのだが、丁度手入れをしている最中にリナリーとラビがやって来たのだ。
ケーキの入った箱を受け取ると、アレンはリナリーと共にキッチンに姿を消した。とても楽しげな雰囲気だ。

「アレン、だいぶ落ち着いたさね……ユウも表情柔らかくなったさ」
「……覚悟したんだろうな、あいつも、俺も……」
「……そっか……なんで、二人なんさぁ……」
「ブックマンには感情はいらないんじゃなかったのかよ」

千年伯爵とノアとの戦い後、アレンの身体は永く生きられないと聞かされ、彼は少し心を壊してしまった。それをリナリーやラビは見ており心配していた。しかし、二人は何もしてあげれなかった。
そんなアレンを助けたのは神田だ。初めは借りがあったからだった。わざわざ犬猿の仲の人間と一緒に長くいても疲れるだけだ。
しかし、それは効果となりアレンは元気を取り戻し神田は思わず言ったのだ。『お前が好きだ』と。 だから『一緒に教団を出て静かに暮らそう』と。その時の違いに真っ赤な顔をしたのは今でもよく覚えている。
そんな彼を見ながらラビは目を見開いた。穏やかに笑いながら、キッチンにいるアレンを見つめていた。あの頃からは考えられない穏やかさに、ラビは覚悟を見た気がした。

「俺が今ブックマンだからいいんさ!俺がルール」
「じじいが泣くぞ」
「うっ……いいんさ! どうせブックマンも俺で最後さ。もう記録はいらないんさ」
「……そうかよ」

違う形でラビも覚悟を決めていた。否、ラビだけじゃない。今まで共に戦って来た者達皆、何かしら覚悟をしただろう。

「お待たせしました! ラビ、このケーキもしかしてリンクですか?」
「お、さっすがー! そうさ、リナリー迎えに行った時丁度会ったんさ。そしたら急いで作ってたさー」
「リンクのケーキ、すごい久々だなぁ……」

アレンとリナリーがキッチンから戻って来ると、綺麗に切り分けられたケーキと新しく淹れたコーヒーを持っていた。ケーキは旬の洋梨のタルトだ。それを各々の前に配ると、神田以外の三人は食べ始めた。

「神田、食べないんですか?」
「一口でいい。お前の寄越せ」
「もう、仕方ないですね。はい、どうぞ」
「……甘ぇ……」
「アレン君と神田、本当にラブラブよねぇ……」
「ユウが甘い物食べるなんてビックリしたさっ!」

当たり前のようにケーキを一口大の大きさにフォークで切り、神田の口へそれを運ぶ。パクリと食べた彼は、次第に眉間に皺を寄せコーヒーを口に含んだ。
その光景を初めて見たリナリーとラビは思わず口を開く。その言葉に、アレンはハッとし赤くなって行く。つい、二人だけの世界に入ってしまったのだ。

「神田も甘い物食べるようになったのね」
「少しだけだ。モヤシ、俺の分も食っていいぞ」
「ありがとうございます、はー、おいしいー! 幸せですねー」

普段ならモヤシ、と呼ばれれば怒るアレンだが、ケーキが美味しくてそんな事はどうでもいいらしい。しかし、目の前にいた二人はまだ名前で呼んでなかったんだ、と思わず口に出すところだった。それをグッと堪え、リナリーとラビはケーキを食べて誤魔化した。
それから何時間も昔話に花を咲かせる。そんなに昔ではないのに懐かしく、時には目を潤ませ、時には笑い飛ばす。時間なんてあっという間に過ぎ、昼食を四人で作ってまた話に夢中になり時刻は夕暮れになっていた。
つまり、リナリーとラビは帰らなくてはならない時間なのだ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

「楽しい時間はあっという間さー」
「本当ね、もう帰らなきゃいけないなんてつまらないわ」

玄関先で二人を見送る。靴を履き、列車の時間を確認しながらリナリーとラビはニッコリ笑っていた。

「また、来て下さいね……」
「……アレン」
「アレン君……絶対、絶対また来るわ!」

彼と彼女は誤魔化していた。ずっと笑っていようと、神田とアレンの住む家に来る前に約束していたのだ。だが、寂しげに、どこか儚く笑うアレンに、リナリーは耐え切れず彼の身体を強く抱き締めた。

「はは、苦しいですよリナリー。僕は、平気です。大丈夫だから、ね? また、春に会いましょう?」
「絶対よ? 絶対だからね!!」
「気を付けて帰れよ。何かあったらコムイがうるせぇからな」
「はは、確かにそうさ……。じゃあ、またな! アレン! ユウ!」
「また春にね!!」

ヒラヒラと手を振り、バタンとドアが閉まる。その瞬間、アレンの身体から力が抜け崩れ落ちるのを、咄嗟に神田は手を伸ばし支える。

「大丈夫か?」
「ご、めん……平気です……」
「バカが……無茶するな」

幸い、疲れただけみたいだが、彼の身体はカタカタ震えてる。神田の背に腕を回しギュッとしがみ付く。

「はは、悔しいです……悔しいよ、神田ぁ……」
「っ……! 俺がいる……俺はお前を一人にしない……」
「神田、キス、してくださっ……んっ、ふっ……」

話の途中でアレンの望みを叶える。荒々しく啄むようなキス。でも、優しくて暖かく、甘い……。

「アレン……」
「もう、ズルい人ですね……罰としてこのままリビングまで運んでください」
「仕方ねぇな……」

弱っている時に名前を呼ぶなんて卑怯だ、と彼は言うが本当は嬉しかった。欲しい時にちゃんとくれる言葉が。
ギュッと神田の首に腕を回し抱きつくと、軽々しくアレンは抱きかかえられリビングに向かう。
神田の身体も辛いはずなのに、彼はそんな素振りを見せない。精神面の強さは、神田の方が何倍も上だ。

「そういえば驚いてましたね、二人」
「あ?」
「それに……」
「あぁ……ラビなんか叫んでいやがったな……」

リビングに到着し、神田はアレンを優しくソファーに下ろした。その隣に彼も座り、テーブルに置かれた煙草とオイルライターを取る。
そして、一本取り出し火をつけ煙草を吹かす。その姿を見慣れない帰った二人を思い出しアレンはクスクスと笑って見せた。

「なんだよ……」
「え? ……ん……」
「……苦くても知らねぇぞ」

いつの間にか無意識に、彼は神田の動きを見つめていたらしい。骨の強張った手。その手にあるタバコを少し乾燥した唇で咥える。その仕草はいつも見ているはずなのにドキッとした。
それに気付いた神田は、指摘するよう呟くとアレンは視線を泳がせた。そして、彼は目を閉じ口を前に出す。
呆れたように息を吐き、忠告するよう呟き煙草を吹かしアレンの唇を奪う。何度も角度を変え、逃がさないと言わんばかりに煙草を持つ手とは逆の手で彼の後頭部を押さえる。

「ンッ、ふっ……んんっ!」

唇を奪われたまま逃げる事も出来ず薄く唇を開ける。その時を待っていた、と言わんばかりにその隙間を縫うよう神田の舌がアレンの口内へ侵入する。
口の中には苦味が広がり少し苦しい。だけど与えられる愛撫によりそれは甘さに変わる。

「キ、キスはお願いしましたが、性急なのは頼んで、ません」
「苦くても知らねぇって言っただろ」

灰皿に灰を落としまた煙草を吹かす。ソファーの上にあるクッションを抱き締め、ぐうの音も出ないようだ。それにクックッと笑う神田に、ますます膨れ『餓鬼』と思うが口にはしなかった。

「神田、明日は紅葉狩り行きませんか?」
「お前の身体が何とも無ければな」
「それは神田も同じでしょう? いつも僕ばかり気にして、無理してる……」
「……してねぇよ。大丈夫だ……」
「そう言っていつも無理して来ましたよ? だから、苦しい時は言ってください、お願いします……」

真剣な眼差しに、神田は折れるしかなかった。確かに身体が苦しい時もある。だが心配は掛けたくなかった為それを表には出していなかったがアレンは気付いていた。

「わかった……」
「はい! さて、夕飯作りますか」
「おい、お前こそ無理するんじゃねぇよ」
「痛っ! だって今日僕の当番……神田?」
「座ってろ、俺がやる」

多少体力が回復したのか、立ち上がろうとしたアレンの手を掴み彼の額を指で弾く。それが痛かったのか額を押さえ、アレンは神田を睨みつける。

「え!? でも……」
「明日行くんだろ、紅葉狩り。なら体力回復温存しておけ。……夜の為にもな」
「っ……バカ!エッチ!!」

意地悪く笑った神田は、そのままキッチンへと姿を消す。手持ち無沙汰になったアレンは、ソファーに寝転びゆっくり目を閉じる。夕食まで一眠りだ。
そして、翌日の天気は快晴で、ちょっと重たい腰を引き摺りながら神田とアレンは紅葉狩りを楽しんだのだった―――……。


prev / next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -