林檎飴-novel- | ナノ

* 林 檎 飴 *
春夏秋冬-夏-
◆ 夏

太陽の日差しがより一層暑くなった頃、少し流れた汗をハンカチで拭きながら神田は煙草を一本口に咥え火を付ける。木陰にいるとはいえ、風は生温く涼しさなんてない。出来れば冷房の効いた部屋で涼んでいたい。
今日はアレンの付き添いで買い物に来ていた。普段二人の生活で、家事は分担し交互にやっていた。しかし今日は買うものが多い為、二人で買い物をすることになったのだ。
だが、神田は今現在一人。腰を掛けたベンチには大量の荷物が置かれている。アレンは、と言えば彼の目を細めた先、アイスクリームの店にいる。
この暑さでアイスクリーム店は混んでおり、人混みが嫌いな神田は外にいたのだ。そして、待っている間の手持ち無沙汰で煙草を吸っていたのだ。

「お待たせしました! って、また吸ってる」
「暇だったんだよ」
「……まぁいいですけど。腹立ちますが神田って煙草吸ってる姿似合うんですよね。ムカつきますが」
「……テメェ……」

ギリギリまで吸うと近くの灰皿に煙草を捨てる。その一つ一つの仕草に見惚れ、感情を隠すよう文句を言いながらアイスクリームを口に含んだ。

「俺にも寄越せよ」
「え、神田も食べるんですか?」
「オイ……」

美味しそうに食べる姿に、怒る気にもなれず隣に腰を下ろす。そして、アイスクリームを求めるとアレンはワザとらしく驚いて見せた。

「冗談ですよ、その為にバニラにしたんですから! はい、あーん……」
「ん……」

怒った様子の神田に、クスクス笑った彼はスプーンでアイスクリームを掬う。そして、彼の口元に運ぶと神田は口を開けた。
冷たく甘い味が口内に広がり、火照りを冷ますような感覚。あまり甘味を好まない彼だが、アレンと暮らし始めてから時々こうして食べる機会も増えた。

「それだけで足りんのか」
「足りますよ! もう左腕も使う事ないですからね、エネルギーは十分足りてます。神田だってそうでしょう? 甘い物食べるようになりましたし」
「まぁな……もっと寄越せ」
「はいはい」

再びスプーンでアイスクリームを掬い、神田の口元へ運ぶ。互いにアイスクリームを食べて行けば、あっという間に食べ終わる。
その時、彼はアレンの口端に付いたアイスクリームに気付く。ただ拭いてあげるのではつまらない。そこで彼は少し意地悪な事を思い付いた。

「おい、モヤシ」
「だからアレンだ……っ……!? な、な、何するんですか!!」
「口の端に付いてたから取ってやったんだろ」
「い、言ってくださいよ!! は、恥ずかしいっ!」

まるで頭から湯気が出るのではないか、と思うくらいアレンの顔は真っ赤になっていた。そんな彼の頭をポンポンと優しく叩くように撫でてやる。

「さっさと帰るぞ。暑い……」
「もう! 自分勝手なところは全然変わらないんですから」
「うるせぇよ」

フッと鼻で笑いながら、神田はベンチの上に置かれた荷物を持ち、軽い袋の荷物をアレンが持つ。不器用ながら神田はこういう所が優しいと彼は思う。
アレンの左腕はただの左腕ではない。手の甲に神の結晶、イノセンスが宿っている。しかし、役目を終えたそれは日に日に動かなくなり始めた。最終的に彼の手がどうなるのか、本人さえもわからない。
それを神田に話した事はない。しかし、彼は気付いている。だからこそ何も言わず、さり気なく重い荷物を持ってくれるのだ。

「神田」
「あ? なんだよ」
「ありがとうございます」
「……意味わかんねぇ」
「えー! 酷いじゃないですか!」

夏の昼下がり。暑さに負けない元気な声が響き渡る。その声に呆れながらも、優しい表情で神田はアレンを見つめ、さり気なく手を繋ぐ。
夏はまだ始まったばかり―――……。

***

太陽が傾き始め強くオレンジの光を放っていた。その光により白銀の髪がキラキラと輝きとても綺麗だ。
夕方が一番暑過ぎず丁度いい時間だ。急に神田が好物を食べたい、と言い出したので材料を買いに行っていたのだ。
彼の好物は蕎麦、と言う。最初の頃はよくわからなかった食べ物だが、神田が手打ちした蕎麦にアレンも好きになり喜んで買い出しに出たのだ。今頃蕎麦は打ち終わり、彼の帰りを待っているだろう。異国の食べ物である蕎麦を食べれるのも、黒の教団で料理長をしていたジェリーのおかげだ。

(ん? 夏まつり? へぇ……だからさっき浴衣着てる人達がいたんだな)

最近、千年伯爵がいなくなってから日本には少しずつ人々が戻り、衣服や食材が各国に出回っていた。浴衣もその一つで、神田が何着か持っているのを知っている。

(……神田、行ってくれるかな……)

袋を持ち直し、アレンは再び歩き始める。太陽はもう間も無く山に隠れてしまうだろう。

「ただいまー」
「……遅ぇ……」

リビングに入るとソファーに座りながら本を読んでいた神田が、心配したと言わんばかりにアレンを睨んでいた。買い出し時間は僅か一〇分前後だったが、心配してくれた彼に文句も言えずアレンは苦笑する。

「すみません、考え事してたら遅くなっちゃいました」
「考え事……? 何かあったか?」
「神田……夏まつり行きたいです」
「…………」

苦笑した彼に、神田は良くない事を考えていたのか、と心配し身構えたが身体から力が抜けて行く。そして、ハァ……と深くため息を吐いたのだった。

「やっぱりダメ、ですか?」
「さっさと飯食って行くぞ」
「わぁい! なら早く食べてしまいましょう! あ、あと浴衣、あれ着てくださいね?」
「あ?……仕方ねぇな」

嬉しそうに笑うアレンに圧倒され、神田は渋々浴衣を着るのを了承する。その言葉に、彼はますます嬉しそうに夕飯の準備をしていた。
それから三〇分程し、夕飯を食べ終えお腹を休ませると浴衣に着替え始めた。アレンは持っていなかったが、神田の小さくなった浴衣に袖を通していた。

「浴衣、僕初めてです!!」
「黙ってろ、帯が締めれねぇ……」
「はーい」

鼻歌交じりに嬉しそうなアレンに、神田は浴衣だけで、なんて思いつつ帯を締める。それが終わり、アレンはまるで女性のように鏡の前で確認していた。

「僕みたいな髪で似合います?」
「大丈夫だろ」
「神田はやはり日本人だからでしょうか、似合いますね」
「あくまで設定、だけどな」
「そういう意味じゃないんですけど……ごめんなさい」

意味を理解していたのだが冗談で言ったつもりが、アレンをシュンとさせてしまった。神田は頭を掻き、彼を引き寄せ抱き締める。

「冗談だ、アホ」
「ア、アホ!? もう、バカって言ったりアホって言ったり酷いですよこのバ神田!」
「お前も言ってるだろうが! まつり行くのか、行かねぇのか?」
「あ、行きます!花火もあるらしいですよ花火! 楽しみですねー!!」

浴衣に着替えて満足していたのか、忘れてました、と舌を出し笑うアレンに呆れて神田はため息を漏らす。そんなアレンを後ろから抱き締め、彼の耳に唇を寄せる。

「忘れてたんなら、このままスるぞ……」
「ひゃあっ!? んっ、バ、バカッ!! さっさと行きますよ!」
「じゃあ、戻って来たらな……」

抱き寄せたまま、浴衣の隙間から手を忍び込ませソッとアレンの肌を撫でる。不意打ちだった彼は、ビクッと体を震わせながらも悪戯をする神田の手を掴み、薄皮をギリッと抓り上げた。
だが、意外と本気だった彼は不満そうだが意地悪に笑い、アレンの耳元で再び囁くとそのままそこへキスを落とした。
顔を真っ赤にしながら、先に玄関に向かった神田を追い掛ける。そして、ポカポカと彼の背中を叩きながら浴衣に合わせて出しておいた下駄を履く。
慣れない下駄に戸惑いつつ、顔を上げれば神田の大きな手が差し伸べられている。ちょっとまだ怒っていたアレンだがその手を掴み外に出る。
その瞬間、ヒューッと音が響き渡り空には大きな花が咲き誇る。それを見た瞬間、アレンの機嫌は元に戻り、まつり会場へと二人は歩き出す。
手は、繋いだまま―――……。


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