星なんてただの物語だった
小学校の理科で初めて星を習った時、俺たちは一度内緒で、兄弟三人だけで天体観測をしたことがあった。父さんたちに黙って家を抜け出したのは、あとにも先にもあの時だけだ。
『双子座が見たいの』
きっかけはたぶん、なまえのあの言葉だったと思う。今となってはもう、思い出せないけれど。夜の公園は昼間とは全く別の顔をしていて、俺は長男だから平気なふりをしたけれど、本当はすごく心細かった。
授業の知識だけでは足りなくて、図書館からわざわざ星座の本を借りてきた。俺を真ん中にして三人でベンチに腰をかけ、分厚い本を開く。食い入るようにして読んでいたなまえの長い髪が、ページを押さえる俺の手にかかってくすぐったかった感触だけは、数年経った今でもよく覚えている。
俺は二人に、夜空の星を指して説明した。
『あれが冬の大三角形で、双子座はもうちょい上だよ』
『え〜、わかんない』
春市がじれったそうにする横で、なまえが嬉々として声をあげた。
『亮ちゃん、わたしわかった! あの明るい方がお兄ちゃんのカストル?』
『違うよ。あれは弟のポルックス。兄貴は暗い方ね』
『『......なんでお兄ちゃんの方が暗いの?』』
なまえと春市は、兄が方が当然明るいとでも言いたげだった。二人には内緒だったけれど、俺はこの時、少しだけうれしかった。
『それはね、こんな神話があるんだよ』
俺は身につけたばかりギリシャ神話を二人に披露した。
神々の王ゼウスの子供であった、双子の兄弟。けれども兄は人間の子供で、一方弟の方は神の不死身の血を引いていた。ある日、兄は戦いに巻き込まれて死んでしまう。あとを追おうとも死ねない弟は、ゼウスに頼んで二人を天に上げ星座にしてもらったという。
『あとを追うなんてバカな弟だよね』
『......うん』
壮大な神話をどう捉えていいのかわからない幼い春市は、ただ小さく頷いていた。
『そうかな』
けれどその時、なまえがぽつりと呟いた。当然俺は同意するものだと思っていたから、自分でも思わず、え、という言葉がもれた。
『わたしなら絶対、亮ちゃんと星座にしてもらう!』
あの時の俺は、この言葉の意味なんて知る由もなかった。ただ、見慣れた片割れの、らんらんと輝く瞳をとても奇妙なもののように眺めていた。
神話の世界の行き過ぎた愛情は、この時はまだ、物語の中だけだと信じていたんだ。