ありふれた流


「お、亮介。明日帰んの?」

 俺が実家へ帰る準備をしていると、部屋にいた高橋が言った。同室の丹波はすでに帰省していて、今は俺一人でここを使っているため、たまに暇を持て余した奴がやって来ることがある。去年の今頃は冬合宿の真っ最中だったけれど、引退してからはもう関係ない。

「お前の家、神奈川だっけ?」
「うん。結構近いよ」
「ふ〜ん。乗り継ぎラクでいいよなぁ」

 寝転がってマンガを読む高橋を一瞥してから、俺は本棚の本から数冊を選びはじめた。短い旅のお供でもどの本を持っていくかにより、空き時間もずいぶん違ったものになる。

「そういやお前、地元に彼女とかいんの?」
「......いないけど」
「うそつけ! 女の子とよく電話でしゃべってるって聞いたぜ」
「ああ、それは妹だよ。双子の」
「お前双子なの? しかも妹?」

 高橋の目に興味の色が宿った。でも、俺はこいつにこれ以上は話してやる義理はない。

「なに警戒してんだよ。俺今、ちゃんとカノジョいるし」
「テニス部の子だっけ」
「それは秋に別れた!」

 吐き捨てるように言ってから、高橋はおもむろに近くの携帯を取った。どこだっけ、と呟きながら何かを探している。

「おっ、これこれ!」

 楽しげに言いながら見せてくれた携帯のディスプレイには、高橋と、その横に派手な顔立ちの女子が笑顔で写っていた。ありふれたどこにでもいる、幸せな恋人同士の肖像。

「な、かわいいだろ?」
「ふぅん。なんかハデだね」
「俺にはこんくらいがいーんだって!」
「ま、楽しそうでいいんじゃない?」
「お前、バカにしてね?」
「別に?」

 高橋は本気にしていなかったけれど、当たり前のその関係が、今の俺には心から羨ましいと思う。一瞬で通りすぎてしまう、刹那的なそれだって構わないんだ。

「な、俺も見せたんだから、お前も妹の写メ見せろよ。すっげーかわいいって聞いてんだけど」
「そんなのないよ」
「ふ〜ん、つまんね」

 だけど俺はその時、嘘をついた。無意識に握りしめた携帯の中には、あいつとの写真がちゃんと保存されている。親しい間柄の奴にしか見せないだけだ。「可愛い」は尾ひれのついた噂みたいなものだけれど、あながち外れてはいないと思う。
 桜色の少しクセのある長い髪。父さん譲りの大きな瞳。口角の高い口許なんかは、俺とそっくりだ。でも、そこに写る二人は、ひどくぎこちない表情を浮かべている。
 俺たちは、なまえが望むような、どこにでもいる普通の関係には程遠い二人だった。


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