だから遠いのです


 明日は私の片割れが帰ってくる。いっとう遠い場所から私の元へ帰ってくる。
 二階の一番大きな窓を開けて、ぺたぺたと裸足のままベランダへ出た。むき出しの私の足を、獰猛な生き物のような冷たさがぞわり、這い上がっていく。これは冬休みに入ってからの私の日課だった。
 顔を上げれば見渡す限りの星、星、星。けれどあの人は、この夜空の一番昏い星よりもっともっと遠い所にいる。
 あの人のいる、東京都国分寺市に位置する青道高校。神奈川の自宅から青道までは、いとも簡単に辿り着けるけれど、問題は物理的な距離、じゃないのだ。

「さむ......」

 寝巻きの上に羽織ったカーディガンの前をかき合わせて、はぁっと息をつくと、白が吐き出されてむなしく消えていった。幼い頃、あの人とどうして冬の息が白いのか、夢中で意見を交わし合った。それから数年前経って、理科の時間に真実を知った時、なぁんだと思った。結局、私はちっぽけな真実なんかより、あの人と空想の意見を戦わせることの方が楽しかったのだ。

「twinkle twinkle〜」

 昔よく歌った歌を口ずさみながら、昨日のあの人からの電話を思い起こしていた。遠い星からの、幸せな交信に耳を傾ける。聞きなれた柔らかなトーン。落ち着いた話し方。

『明日、帰るよ』
『じゃあ私、駅まで迎えに行くよ』
『......いいよ。予報じゃ雪降るみたいだし』
『大丈夫』

 電話の向こうでおかしな間ができたのがわかった。

『とにかく、迎えはいいから』
『りょ......』

 私がその名前を紡ぐ前に、あの人は電話を切ってしまった。ずぶりと、私の中に、行き場のない濁った水のような気持ちが淀む。いつからだろう、あの人にこんな気持ちを抱くようになったのは。

「twinkle〜」

 自身の歌声が次第に鼻声になってきて、ここはこんなにも寒いのだと肩を抱いた。寒い、ここはひどく寒い。
 だからあの人が帰ってきたら、きっと一緒に星を見よう。そうすればこんな寒さなんて吹き飛ぶから。
 ゆっくりと瞼を落とし、産まれる前の、あの原始的な海を想像する。かつて一緒に泳いだ海は、さぞ温かかっただろう。
 ふと頬に熱いものが伝って、口の中へ吸い込まれた。あったかくてしょっぱいそれは、きっとあの頃の名残りだ。
 同じ日に、同じ道を通って、同じようにこの世に生まれ落ちたのに、私たちは今、こんなにも遠い。

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