おねむり
隣でモゾっと何かが動いた気がして、ふと目が覚めた。背中に感じる、ほのかにあたたかい人の体温。そうだ、今日はなまえを部屋に泊めたんだっけか。
そばで寝返りを繰り返すなまえの方を向くと、ベッドがわずかにきしむ音がした。
「眠れねぇのか?」
暗闇の中でなまえと目が合った。それは夜行性の小動物のように、敏感な動きで俺の目を捉える。
「うん。いつもだったらこんなことないのに」
「おう。いつもお前、目ぇ閉じたら速攻落ちてるもんな」
「う〜、明日学校なのに。ちゃんと寝なきゃなのに〜」
なまえは眉を寄せて目をぎゅっと瞑っているが、かえって逆効果な気もする。打席ん時も適度にリラックスしねぇと、打てるもんも打てねぇからな。
「じゃあよ、ベタだけど羊数えろ、羊」
「ああ、そうだね。やってみる」
そううなずいて、ゆっくり目を閉じた。
「だだっ広い牧草地に柵、な」
「うん」
「んで、羊の登場だ」
だがなまえは、うん、と返事をしたものの、次第にさっきのような険しい顔になった。
「純、羊の耳ってどんなだっけ」
「あぁ?! 耳? 」
俺はつかの間、羊の姿形を想像してみる。確か楕円形だった気がするが、果たして合ってんのか。
「あとツノってあったよね? くるくるしたやつだっけ。なんかヤギとごっちゃになるんだけど」
「あー......」
改めて尋ねられると細かい部分がよくわからない。こういう時、姉貴だったら器用にサラサラっとイラストでも書いてやるんだろうが、俺にはそんな絵心もない。
「じゃあ羊はやめだ! イメージしやすい他の動物にしろ」
「うん、わかった。......じゃあスピッツにしよう」
「お、おう」
一瞬ためらったが、この際なまえが眠れるんならなんでもいいとあきらめる。
「じゃあスピッツが一匹だ」
「スピッツが〜一匹〜」
「スピッツが」
「ちょっと待って!」
だが、なまえはぱちっと目を開けて俺の方を向いた。今度はなんだ。
「スピッツが柵越えできない......」
「............」
「ムリだよぅ」
こいつはどんだけリアリティ求めてんだ。んなもん適当でいいじゃねぇか。俺は仕方なく息をつき、打開策を打ち出した。
「柵、低くしろ」
「うん、やってみる......!」
なまえは、スピッツ一号がんばれ、と繰り返しながら再び目を閉じた。
「あ、この高さなら大丈夫みたい」
「......よかったな」
しばらくスピッツのカウントが続いた頃、なまえの牧草地に今度は新たな問題が発生したようだ。
「スピッツがぎゅうぎゅうに溢れてきた。誰かペーターみたく整理する人がいないと......」
もう俺はなかばやけくそになって
「じゃあ俺がスピッツ飼いだ」
「なるほど! 羊飼いならぬスピッツ飼いか」
今度は安心した顔で瞼を落とす。
ペーターはヤギ飼いだった気するが、まぁ似たようなもんだろ。今はあえてつっこまない。
「純〜、スピッツの首ねっこ掴んじゃダメだよ〜」
こいつ、ここまでして眠れねぇのか。ならもういっそのこと――
「なまえ......」
俺はなまえの体に少しだけ身を寄せた。実はさっき体を重ねたあとだったが、眠れないなら二回目も悪くないか、なんて不純な思いを抱きながら。
「じゅん......」
甘い声に吸い寄せられるように、俺はなまえの顔を覗き込む。が、そこから聞こえてきたのは、すーぴーという規則正しい寝息だった。
「おい......」
あんなに眠れなかったくせに、俺が登場した途端眠れんのか、こいつ。もちろん、やっと眠りについたなまえを起こす気なんかねぇけど、行き場をなくした内側の熱のせいで、今度は俺の方の目が冴えちまった。
「こんちきしょう......」
こっちの苦しみなんざつゆ知らず、平和な顔で眠りこけるなまえ。俺は悶々としながら、その安らかな可愛い瞼に愛を落とした。
「おやすみ」