こいぬ @


 土曜の昼間のショッピングモール。家族連れやカップルが多く、わいわいと賑わいを見せている。
 スポーツショップに寄ったり、なまえの洋服選びにつき合ったり、俺たちはひと通り用事を済ませたところだった。

「純」

 くいっと。なまえが俺のパーカーの袖を控えめに引っ張った。その可愛らしいしぐさに、少しだけ鼓動が跳ね上がる。少女マンガの効果音で言うところの「きゅん」ってやつか。

「......なんだよ」

 胸の内の「きゅん」がばれないように、わざと不機嫌な声色で応えた。
 だが、当の本人が熱っぽい視線を送っていたのは俺ではなく、その先のとある店だった。

「ね、ちょっと寄っていい?」
「あ? お前あそこになんの用があんだよ」
「い〜から〜!」

 俺の右腕を持ってぶんぶん左右に揺らす姿は、まるでお菓子を買ってくれとねだるそのへんのガキみてぇだ。俺は、仕方ねぇな、とため息をついてから歩き出した。

 店に入り、なまえは棚の商品にはいっさい目もくれず、とあるモノに向かって一目散に駆け出した。

「わ〜、可愛いーー!」

 その視線の先には、むくむくの丸っこい子犬が、おもちゃにじゃれついて遊んでいた。たぶんこいつは柴犬。
 そう、ここはペットショップだ。
 こいつんちではペットなんか飼ってないから、本来こんなところに用はないはず。

「あ、こっちはトイプードル! 可愛い〜」

 女ってヤツはどうしてこうも、何でもかんでも「可愛い」言いたがるんだ。そんなんだと物事の本質ってやつが......

「純、見て! チワワ!」
「か、可愛いな......」

 俺を見つめるくりくりのまんまるい目。
 だが、はっとして首をぶんぶん振った。流されるとこだった。いや、まぁ素直に可愛いモンは可愛いか。
 なまえも、目をキラキラさせて喜んでるし、これはこれでよしだ。

「なんか癒されるね」
「まぁな」
「でもうちじゃ飼えないんだけどね......」

 俺もなまえも一人暮らしの学生の身だから、当然ペットなんて飼えない。

「飼えねぇぶん、思いっきり目に焼きつけとけよ」
「うん......!」

 うれしそうにうなずいたなまえの笑顔を、俺はしっかり心に焼きつけた。


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