そしてだれも A
俺がその手を握り返すと、なまえの表情が少しだけやわらいだ。
あんな得体のしれねぇモンをなまえに食べさせるくらいなら、俺が食った方がマシだ。が、一番いいのは亮介自身が食うこと。
あの、たいがい何でもうまそうに食う増子が、こんな固い表情でものを食うのははじめて見る。
しばらくきんちゃくを凝視していた増子だったが、ぐっと覚悟を決め、思いきり口の中へ放りこんだ。
「ど、どうだ......?」
「増子くん、お水は用意してるからね」
「安心しろ。骨は拾ってやるぞ」
もぐもぐと咀嚼を続ける増子だったが、突如、驚愕の表情に変わり、次第に顔が赤くなっていく。
「ま、増子ォ......」
ーーばたん。
箸を持ったまま増子はひっくり返った。
それを見た哲は、念仏を唱えながら手を合わせている。
俺は増子の肩へ手を置いた。
「増子......、お前の勇姿は忘れねぇからな!」
「立派な最期だったよ!」
「『俺の屍を越えてゆけ』そう言ってるんだな......!」
俺たちはしばらく増子を弔ったあと、気を取り直して箸を持った。もういいだろ。
「さ、食うぞ!」
「うん! 増子くんのぶんまで!」
「......いただきます」
そんな俺たちを見て亮介はあきれた顔をしている。
「みんなゲンキンだよね」
「うっせ! 増子が犠牲になったのに、俺らが食わねぇでどーすんだ!」
俺の言葉に哲は深くうなずきながら、きんちゃくに箸を伸ばした。トップバッターがいきなりババを引いてくれたから、もう何の気兼ねもなく食えるってもんだ。
だがその時。何気なく亮介の方を見た瞬間、その口許に不思議な笑みが浮かんだのを俺は見逃さなかった。
「ゆ、結城くん......?」
きんちゃくを食った哲の様子があきらかにおかしい。なまえは心配そうにその肩を叩き呼びかけている。
当の哲は、寝ていた。座ったままで。箸を持ちながら。その顔は、どこか仏じみていた。
「て、哲......? 気絶してんのか?」
「なんで? “当たり”は増子くんが食べたんじゃなかったの?」
俺たちが困惑しながら亮介の方を見ると、あの謎の笑みは更に深くなった。
「だから、“当たり”は普通のお餅だって」
「え、え、ってことは......」
「残りは全部まずい何かってことか?!」
亮介は返事をしなかったが、その表情でもう十分だった。俺たちはすっかり騙されていた。そもそもこいつは昔からそういう奴だ!
「一人が死ぬんじゃなくて、一人が生き残んのかよ」
「こんなのロシアンルーレットじゃないよ......」
「さ、次はみょうじだよ」
笑顔の亮介に促されたなまえは、ひっ、とヒビりまくっている。頼む。“当たり”を引いてくれ......!
なまえは神妙な面持ちで残りのきんちゃくから一つを選び、ゆっくりと口に運んでいく。
「どうだ......?」
むぐむぐと口を動かしていたなまえだったが、突然、う、とうめいたまま動きが止まった。
「か、か......」
「か? どうしたなまえ?」
俺に一生懸命何かを伝えようと口をパクパクさせるなまえだったが。
ーーこてん。
そのまま倒れこんでしまった。
「なまえ......」
すやすやと眠るなまえの身体に、炬燵布団をしっかり掛けてやり、俺は亮介の方を向き直った。
「亮介......。こっからはタイマン勝負だぜ」
「タイマンって死語だよね」
「うるせー!」
俺は勢いよくムフーッと鼻を鳴らしたあと、きんちゃくを選んだ。宮内のマネだが、妙に気合いが入るから不思議なもんだ。
「じゃあ、せーの、でいくよ」
「おう! 来いやオラァ!」
「「せーの!」」
ーーぱくっ。
口の中に広がる油あげの味。続いてスープの味。そして......
目の前の亮介の口許が、ゆっくりと弧を描いた。
「うぐっ」
今ならゴジラみてぇに火が吹ける、そう思った。口の中が焼けるほど辛ぇ。水を求めたがーー
もう間に合わなかった。
............ 。
遠くに川が見える。その向こう岸には、なぜかなまえがふわふわのスピッツを抱きかかえ立っていて、こっちに来てはいけないと必死に首を振っている。
これが三途の川ってやつか......。
そう悟った瞬間、俺の意識はふつりと途絶えた。
........................
........................
「あーあ、激辛きんちゃく食べたかったなぁ。五分の四の確率だったのに、なかなか当たらないもんだね」
沈黙が支配するスピッツハウスには、クスッ、という静かな笑い声だけが響いていたという。