Trick or Treat!

発端 ―寮の食堂にて―


「ハイ、じゃあそろそろ出発ね!」
「…………」

 部員たちが夕飯を食べ終えた寮の食堂にて。嬉々として声を上げた唯の顔を、私はじとっと見つめた。現在ここに部員はおらず、私、幸子、唯、春乃の仲良し四人マネージャーズが顔をつき合わせている。

「やっぱほんとに行くの……?」
「往生際が悪いよ、なまえ」

 隣にいた幸子が、私を諭すように肩へポンと手を置いた。春乃はオロオロしながら、気の毒そうにこちらに視線をやるだけ。

「だーいじょーぶだって。仮装してお菓子もらってくるだけなんだから。マネの仕事より簡単でしょ?」

 と、可愛らしくウインクをして唯が説得を試みるが、やっぱり乗り気じゃないものは乗り気じゃない。
 本日、10月31日はハロウィンの日。近年、日本でもその行事は浸透しつつあり、イベントなんかもよく開催されていると聞く。最初は誰から言い出したんだったか。話が膨らむうちに、おもしろそうだから「私たちもやらない?」ということになり、マネージャーズだけでこっそりハロウィンイベントをやることになった。けれどいざ仮装しようという段階になって、やっぱり恥ずかしいから一人だけ仮装しようということになり、四人全員で部屋を回るのも騒がしいだろうということになり……紆余曲折を経て現在に至る。いつも私たちの悪ノリを止めてくれた貴子先輩は、すでに引退してここにはいない。
 結局、私一人が仮装して、お菓子をもらって回る役を負うハメになった。

「なまえ先輩、魔女コスすっごいかわいいですよ!」
「そんなのちっともうれしくない……」
「ほら、拗ねない拗ねない!」


 そんなこんなで、私はため息をつきつつ出発した。


 食堂を出てから部員たちに見つからないよう物陰に隠れて、みんなからの指示書を開く。

「えーっと、最初に行く部屋は……っと――げっ」

 よりにもよってあんなたち悪そうな奴の部屋なんかに……。

「最悪だ……」

 しばらくその場でウロウロしたあと、ようやく覚悟を決める。私は夜の闇に紛れるように、あいつの部屋に向かって歩を進めた。
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「はぁ……散々な目にあった……」

 私はスカートの裾を整えてから、再び指示書を開いた。もう夜はとっぷり暮れていて、早くしなくてはみんな寝てしまう。

「次の部屋は……」

 指示書に記された名前を見て、体が硬直した。……ハードルが高すぎる。そうやすやすとお菓子をくれる相手ではないだろう。
 私は気を引き締めて背筋を伸ばし、第二の部屋へ向かった。





「なんなのもう……お菓子もらいに回ってるだけなのに」

 部屋を出ると、どっと疲れが押し寄せた。壁にもたれながら指示書を見ると、次が最後の部屋だった。

「あ、この人なら……」

 わりと仲が良い人だから、快くお菓子をくれるだろう。私は足取りも軽く、部屋の前まで辿り着いた。





「やっと終わった……」

 もらったお菓子を抱えて食堂へ戻ると、なぜか唯たちがいなかった。代わりにぽつりと一人、椅子に腰掛けていたのは落合コーチだ。
 その時、ポケットの携帯が震えて唯からのメールを受信した。

 “食堂に落合コーチがいて気まずいので、寮の裏で待ってます”

 メールを読み終わった時、コーチと目が合ったので、私は気まずかったが軽く会釈をした。

「お疲れ様です」
「ん? 何だね、その格好は」

 落合コーチが怪訝そうにこちらを見る。まずい、と思った。指導陣にこんなバカな行動がバレたら……

「ハロウィンかね」
「はい」

 だが落合コーチは別段咎めるでもなく、手元のスマホをいじりはじめた。机の上にはなぜか箱入りのまんじゅうと湯のみが乗っている。しばしの沈黙のあと、落合コーチが突然こんなことを言い出した。

「ハロウィンの由来を知っているか?」
「いえ……」
「元々はケルト人のサムハイン祭。この日は死者の霊や魔女が出てくるとされ、それらから身を守るために人々は仮面を被ったり、魔除けの焚き火を灯したりしたそうだ」
「へ、へぇー。そうなんですか」

 落合コーチから思わぬ豆知識が飛び出し、私はわずかにたじろいだ。

「何が言いたいかというと、だな。つまり日本のハロウィンにはそういった歴史的背景がないのに形ばっかり追っている、ということだ」
「はぁ……」

 そんなことを言い始めたらクリスマスも一緒じゃないか、という文句はあえて黙っておく。それはコーチらしい言い分だと思った。

「では、失礼します」

 私が踵を返して歩き出そうした時、

「待ちなさい」

 なぜか落合コーチに呼び止められた。
 振り返ると、コーチはまんじゅうを一つこちらに差し出してくる。

「なんですか、これ」
「頂き物のまんじゅうだ」
「……もしかしてハロウィンですか?」
「そうだ」
「コーチはハロウィン嫌いじゃなかったんですか?」
「嫌いなんて言ってないだろう」


 もらったお菓子と楽しいおみやげ話を抱えて、私は弾む足取りで唯たちのもとへ急いだ。




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