Trick or Treat!1

「たのもー!!」

 こういうものは勢いが大事だと思い、私は住人のことなど気にせずに思いきりドアを開けた。どうせ同じクラスのよしみだ。咎められることなんてないだろう。

「…………」
「…………」

 ちょうど奴と目が合った。そのメガネの奥の瞳が、一瞬動きを止める。奴は今、なぜか上半身裸だった。手にはTシャツを持っていて……

「ぎゃー!!」

 私は驚きで絶叫しながら、バァンと勢いよくドアを閉めた。ドアはつかの間沈黙したあと、すぐに中から声が聞こえてきた。

「みょうじ、もういいぞ」

 了解を得たので、再びドアを開ける。

「なんだよいきなり。……つーかその格好なに?」

 ちょうど着替え終えた御幸が、眉をひそめて尋ねる。
 不審に思うのも無理はない。だって魔女コスのマネージャーが、いきなり部屋に乱入してきたんだから。向こうからしたらとんだ闖入者だろう。
 先ほどの御幸の姿を思い出し、頬が熱くなったけれど、私はそれを懸命におし隠した。

「まぁこれにはいろいろあって……。とにかく今、ハロウィンやってんの。お菓子ちょうだい」
「はぁ?!」

 あきれた声を上げる御幸の背後から、その時、

「トリックオアトリートってやつだろ?」

 聞き慣れた声がしたので、部屋の奥に目をやる。声の持ち主の倉持は現在、カーペットに寝転がりながらマンガを読んでいた。二人は同室ではないから、どうやら倉持の方が遊びに来ているらしい。

「あ、倉持もいたんだ。ちょうどいいや。お菓子ちょうだい」
「ちょうどいいってなんだよ。テメェそれが人にもの頼む態度か?」
「なによ、バレンタインのお返しくれなかったくせに」
「ハァ?!」

 倉持はヤンキー丸出しのいかつい表情で、マンガを閉じ立ち上がった。

「え、なにお前、みょうじからチョコもらったの?」
「は? ちげーよ! あれはマネージャー全員からの義理チョコだろーが! 御幸ももらってんだろ?!」
「あ、ナルホド。そういうことね」

 御幸が得心したようにうなずく。けれど私の方はさっぱり納得していない。

「とにかく! なんでもいいからお菓子!」

 私はでんと仁王立ちして叫んだが、なぜか二人はちらちらと私の格好を再び気にしだした。
 御幸はニヤリと意地悪い笑みを浮かべて、

「なぁ、それって魔女だよなぁ?」
「そうだけど」
「なんか魔法見せてくんね?」
「はぁ?!」
「じゃないとお菓子あげるわけにはいかねぇよなぁ、倉持?」
「おー」

 まだ回らなければいけない部屋も残っているのに、この2Bの連中ときたら。私はふつふととこみ上げる怒りをわざと隠しながら、

「……じゃあ今から御幸のメガネを割ってみせます」
「……え……」

 ぽかんと油断したところを狙って、私は御幸に飛びかかった。だが――

「あ」

 つま先がツンと何かに引っかかった。コードだ、と認識した時にはすでに遅し。バランスを崩した体は勢いよく前のめりになり、視界には徐々にカーペットが迫る。ぎゅっと目をつむった瞬間、けれど私の体は無事だった。

「っ、あぶねー……」

 下敷きになるみたいに、御幸が私の体を抱きとめてくれる。まるで私が御幸を押し倒した形になり、体はこれまでにないほど密着して鼓動はもう爆発寸前だ。
 互いの顔は吐息を感じるほど近い距離にあり、カチリと視線が重なると、御幸は決まり悪そうに目を逸らした。

「えっと……ありがと」
「おう」

 御幸も珍しく照れくさそうに笑う。
 でも、私は容赦しなかった。

「――チェックメイト」

 御幸の顔からメガネを奪って、笑ってやった。割るのはさすがにかわいそうだから、もちろん奪うに留める。すると、メガネを失って少し幼く見える御幸が、仕方なさそうにため息をついた。

「はぁ、俺の負けだわ」
「やった!」
「飴でいいか? もらったんだけど、俺甘いの食わねぇから」

 勝って気を良くしたのもつかの間、背後からあきれた声が飛んだ。

「つーかお前らよそでやれ」


部屋を出る



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