見えぬ男の影(side:ibuki)
(side:ibuki)
朝の時間帯だから人は少ない。けれど、泣いている自分に気がつくと、みんなぎょっとした表情でこっちを見てくる。
それが嫌で、走って部屋に逃げ込んだ。
玄関の戸に背を預け、鍵を閉める。
チワワみたいな同室者はもうすでに学校に向かったらしい。
あの時、一つになれたと思った。
焦がれていた織と、やっと一つになれたと思ったのに。
織のあの言葉を聞くまでは。
ずるずると玄関を背に座り込む。
目を閉じれば思い浮かぶ、昨日の出来事。
昨日の夜、織の同室者と対峙した後、濡れたタオルを持って織の元に戻った時の事だった。
「織……」
すやすやと眠り込んでいる織のベッドサイドに腰掛け、僕は汗で張り付いた髪をかきあげたんだ。
「りゅ、じ」
織の口から漏れる他の男の名前。
身体に流れている血が止まった気がした。
「……りゅうじ? 誰それ……」
僕の問いかけに答えるべき相手は、夢の中。
その口元は緩み、幸せそうな夢を見ているかのようだった。
足下から何かが崩れ落ちる音がした。