まさか


 エレベーターが下へ下へと降りていく。


「すまない」


 突如謝られてギョッとした。雅人に抱きかかえて貰っている状況で、それを言うとしたら俺の方だ。


「なに、が?」

「あいつの側に居たかっただろう?」


 指摘されて、自分がそう思っていたことを自覚した。
 でも馬鹿みたく要領がいい人だ。それを鑑みた上での行動なのだろう。


「大丈夫」


 一言そういえば、安心したように息を吐いた。


「俺はお前に今度こそ幸せになって貰いたい」

「うん」

「お前の幸せが隆二と共にあることならそれでもいい。でも、今のあいつはダメだ」

「なんで?」

「なんでも」

「答えになってない」

「……今のあいつはお前自身を見てないからだ」


 言いにくそうだったそれを無理に聞き出せば、答えに息が詰まりそうになった。元々風邪で荒くなった息がヒューヒューと喉を鳴らす。


「過去に囚われたあいつといたら、お前が前に進めない」


 それでもいい。


 その一言が出てこなかった。
 エレベーターから降りて、寮への道を俺に聞きながら雅人が進んでいく。


 雅人の指摘は心のどこかで分かっていることだった。


「でも、もし隆二が俺に気づいたとしても、どうにもならないよ」

「本当にそう思っているのか?」

「…………だって結婚してるだろ? それに、あの時と状況は、何もかも違う」

「…………俺はそうは思わない」

「え?」




「あいつは全てを投げ捨てても、お前を選ぶ」





 確信に満ちた雅人の言葉に、二の句が紡げなかった。



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