行動の源泉
部屋を出ると、理事長室があるフロアに出た。
昨日何があったのかも何も聞かずに、今日だってそのまま倒れた俺の看病をずっとしていてくれたんだと思うと、いたたまれない気持ちになった。隆二が好きなのは寛人の時の俺なのに、本当の事を話せばもしかしたら伊織としての自分も好きになってくれるのではないかと勘違いしそうになる。
隆二の優しさに浸っていたら、きっと戻れなくなる。
風邪の身体に階段はキツく、5、6段下った所で思わず座り込む。終わりの無い、長い長い螺旋階段にいるような気持ちになった。
自分は何をやっているんだろう。風邪で涙腺が緩んでいるせいか、じんわりと涙が滲む。
自分が何をしたいのか、何をしたかったのかも分からなくなる。
しばらくそうやって階段に座りこんでいると、扉の向こうから隆二の声がした。
『伊織くん?!』
心臓が跳ねて、さっきまでは動けなかった身体は反射的に扉を開けても見えない位置に移動していた。
慌ただしく扉が開く。
「伊織くん? いる?」
まるでここにいるのが分かっているかのように聞かれ、胸がドキドキした。なんで隠れたかも分からない。ただ隠れずにいられなかった。
空気にとけ込むように、風邪で荒くなっていた呼気を馴染ませる。
階段はシンと静まりかえっていた。隆二との距離が今は酷く遠い。
息苦しさに限界だ。
そう思った時、「もう居ないか……」そう呟いて扉がギーッと音を立ててゆっくり閉じた。
切なく響いたその声に胸が酷く締め付けられて、自分の理解出来ない行動の源泉を知った。
ああ、俺は隆二が好きなんだ、と。