I’m not there, I don't sleep.5
「もう大丈夫?」
「え?」
「前会った時、すごく辛そうだったから」
体育館で会った後理事長室で話をした時に、泣いて隆二の前を逃げ去った時のことを言っているのだろう。あの時は隆二にどこか懐かしい気持ちになると言われて、嬉しいのと自分が寛人だと言えないもどかしさで、自分でも流れてくる感情を止められなかった。
伊織として生きてきて初めて寛人だった時の知り合いに会って、今の自分と割り切ることが出来なかった。でもそれも、雅人に会ってだいぶ落ち着けるようになって、今の自分は今の自分だと前のように割り切れるようになった。
「すみません、あの時は。もう大丈夫ですから」
「そっか。良かった」
「俺も……」
昔よりも皺が増えた隆二の顔を見つめる。
「俺も……理事長をみているとどこか懐かしい気持ちになります」
隆二がびっくりしたように、目を見開いた。風が凪いで線香の煙が舞って空に消えて行く。
「もしかしたら僕たち、昔どこかで会っているのかもね?」
隆二が立ち上がって微笑んだ。
茶目っ気を含ませたその柔らかい笑顔は昔と何も変わっていなくて、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになりながら、その言葉に「そうかもしれませんね」と自分も頷いた。