30


太陽が顔を出して明るくなった時分、ウィルシャナ領城内に姿を現したマルコとマヒロにゾイルやレイラは喜んで二人を出迎えた。そしてゾイルとレイラは各国要人への挨拶をしなくてはならない為、二人に部屋を案内してからその場を離れた。

案内された部屋の中に入るとサッチが朝食の用意をしている姿が目に飛び込み、マヒロは目を丸くした。

「ご苦労さん! 腹減ったろ?」
「え? まさかこの朝食……サッチさんが作ってたりします?」

マヒロが隣に立つマルコに伺うとマルコは呆れにも似た溜息を吐きつつ片眉を上げてマヒロへ視線を落とした。

「サッチはいつでも自分でやらなきゃあ気が済まねェ性質だからなァ、多分そうだろい」
「そ、そう……」

マヒロがサッチへ顔を向けるとサッチはクツリと軽く笑って肩を竦めた。

「ハハ、まァそういうこと。さ、食べて食べて」

海賊とは言えサッチは根っからの料理人なのだと感心しながら、テーブルの上に並べられた温かい料理にマヒロの頬が緩んだ。そして席に着いたマヒロとマルコは自然に合掌をし、声を揃えて「いただきます」と言ってから食事を始める。するとサッチはキョトンとした顔を浮かべて瞬きを繰り返した。

―― ……本当、息ぴったりと言うか何と言うか……。

「ひょっとして……」
「ん?」
「何だよい」
「今の『いただきます』ってェやつ、マヒロちゃんがマルコに教えた?」
「え? あ、えーっと……はい、そうですけど」
「……何が言いてェんだよい」
「いや、そう言えば…と思って」

少し蕪村な表情を浮かべるマルコを一瞥しながらサッチは首を少し傾げているマヒロに言った。

「二年前に戻って来てから以降なんだけど、マルコが食事をする際に今の挨拶みてェなことをするようになったもんで不思議に思ってたんだよ。どういう意味なのかって聞いても教えてもくれねェしよ」

マヒロを挟んで反対側の席に腰を下ろしたサッチがそう言うとマヒロはマルコにチラリと視線を向けた。だがマルコは別に大したことでも無いと軽く肩を竦めて食事を続けた。
どうやら明確に答える気は無いようで、マヒロは「ふふ」と小さく笑ってからサッチに顔を向けて『いただきます』の説明をした。

「へェ、成程なァ」

漸くその意味を理化したサッチは、感心したように小さく頷きながらマヒロの横で食事を続けるマルコを一瞥してクツリと笑った。

―― マヒロちゃんの影響は絶大だな。どうりでマルコが丸くなるはずだぜ。

サッチは二人に倣って合掌をすると「いただきます」と言って食事を始めたのだった。
三人が朝食を始めてから少し後にゾイルとレイラが部屋に入って来た。

「マルコ殿……」

ゾイルは少し気が引けているのか声を掛け辛そうにマルコの名を呼ぶと、マルコは食事の手を止めてゾイルへと顔を上げた。

「王牙鬼は倒したよい。それとレイラの見える力もマヒロがちゃんと抜いてくれたからよい、妖怪がレイラを狙って襲って来るなんてことはもう無いから安心しろよい」
「何!? そ、それは本当か!!」

ゾイルはパッと明るい表情を浮かべ、心底から喜んだ。だがそんなゾイルにマルコはコホンと一つ咳払いをした。するとゾイルは何だとばかりに改めてマルコに視線を落とすと真剣な表情を浮かべるマルコに目を丸くした。

「なァゾイル」
「は…、な、何だ?」
「ロダの村の事なんだがよい」
「!」

マルコの口から『ロダの村』という言葉が発されたことに心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われたゾイルは思わず息を呑んだ。

「えっと…な、何です?」
「お前が守ってやれよい」
「…な、何ですと?」
「コープの町長があんたに嗾けているみてェだが、もしロダの村に手を出してみろい。おれが王牙鬼に成り代わってお前を殺す。良いな?」
「「「!」」」
「なっ!?」

マルコの言葉にマヒロとサッチとレイラは驚いて唖然とした。真剣な表情で少し殺気を込めた鋭い眼差しで睨むマルコに、ゾイルは顔を青褪めて後退った。

「ま、マルコさ――」
「マヒロちゃん待った」
「――え? ……サッチ…さん?」

マヒロがマルコを諌めようと声を発すると、その声に被せるようにサッチがマヒロの肩に手を置いて制止させた。マヒロが戸惑いながらサッチを見やるとサッチは小さくかぶりを振った。

―― 話の腰を折るな。そう言うの?

眉を顰めるマヒロの思考がまるでわかったかのようにサッチは小さく頷くと視線をマルコへと戻し、マヒロも不服ではあるが黙って事の成り行きを見守ることにした。

「ま、マルコ殿は、ロダの村の連中の肩を持つと言うのか!?」
「あァそうだよい」
「や、奴らは化物だと知った上でそのようなことを!?」
「あァ」
「わ、我々人間は黙って奴らに殺されろと、マルコ殿はそう仰るのか!!」

ワナワナと怒りの表情を浮かべたゾイルがマルコに食って掛かった。マルコのシャツを掴んで怒鳴るゾイルにレイラは咄嗟に「お父様止めて!!」と声を掛けて制止を促すがゾイルの耳には届かない。

「ゾイル、あんたは何を見てそんなことを言ってんだ……」
「な、何?」
「ロダの村の連中はただ平穏に生きてェだけだってェのに、何故それを見ようとしねェんだ。あいつらが何をした? お前ェ達に何をしたってんだよい?」
「ッ…、し、しかし、現にロダの村の者が人を襲い喰らったではないか!」
「そいつはもう死んだ」
「二度と! 二度と起きてはならないようにすべきだという意見が大半だ!!」
「一人が罪を犯せばそこにいる奴ら全員が同罪ってェことかよい」
「!」
「お前の祖先はロダの村の者達を対等に見ていたはずだよい。決して人間と違った扱いをしなかった。だからロダの村なんてものができた。そうだろい?」
「そ、それはあくまでも『御伽話』での――」
「真実だろうがよい」
「ッ…!」

ゾイルは思わず言葉を飲み込み、下唇をグッと噛んで苦々しい表情を浮かべた。
マルコは自身のシャツを掴むゾイルの手を握るとゾイルの身体がビクンと反応し、ゾイルは自らその腕を引こうとした。だがマルコがその手をグッと掴んで離さずにゾイルの目を見つめながら言葉を続けた。

「ゾイル、あんたならできる。おれはそう思って言ってんだ」
「か、買い被り過ぎでは」
「そうかい? ゾイルならちゃんと見るべきものが見える人間だと思ってんだがよい」
「!」
「キリグの人間はロダの村に協力的だ。直接話し難いってェんなら間に入って貰えば良いだろい?」
「……」
「ゾイル」
「わ、私は……できるだろうか? ……彼らに、ロダの村の者達に、認めてもらえるのだろうか……?」

苦渋の表情を浮かべながらゾイルがそう零すとマルコは片眉を上げてクツリと笑った。

「オヤジが認めて手を貸した男だ。できるに決まってんだろうがよい!」
「!!」

マルコがそう言い放つとゾイルは目を見開いた。そして涙を浮かべてそれが頬を伝い落ちて行く。
ガクリと膝から崩れ落ちたゾイルはその場で咽び泣いた。
レイラはそんな父の背中に手を伸ばしてそっと触れると、共に涙を浮かべながらまるで子供をあやすかの様に優しく撫でるのだった。

「ハハ、抜群の決め台詞だな。オヤジが認めた男なんだから自信を持てってんだよ」

テーブルに両肘を突き、両手の平に顎を乗せたサッチが笑ってそう言った。するとマヒロは安堵した溜息を吐くと眉尻を下げてクツリと笑みを零した。

「本当に…、オヤジ様って凄く偉大だわ」
「「当り前ェだ(よい)(ってェの)!」」
「……」

思わず口を突いたマヒロの言葉にマルコとサッチが声を揃えて真顔で反応した。

―― ……オヤジバカが二人……。

マヒロは心の底で思わずそう呟かずにはおれず、ソロリと視線を外して静かに溜息を吐いた。するとガシッ!――と頭を掴まれる衝撃を受けて目を丸くした。

「はえっ!?」

ギリギリギリッ――と、指先に力が込められ、マヒロの蟀谷にミシミシという音と共に激痛が襲い掛かった。

「いいい痛ァい!」
「ちょ、マルコ!?」
「ま、マルコ様!?」

悲鳴を上げるマヒロと、マルコの突然の暴挙にサッチとレイラが顔を青くして驚き固まった。

「悪ィなマヒロ。……お前ェが何を思ったのかわかっちまったよい」
「こ、心を読むのはプライバシーの侵害よ!」

痛みで目に涙を浮かべたマヒロが必死にそう叫んだ。
マヒロの言葉を聞いたサッチとレイラはギョッとしてマルコを見やり、二人の視線に気付いたマルコは「チッ!」と舌打ちをするとマヒロから手を離して顔を背けた。

―― オヤジバカの何が悪いんだよい……。

マヒロは頭を抱えるようにして「うぅ」と声を漏らしながら痛みに耐え、ギリッと歯を食い縛りながら顔を上げてマルコを睨み付けた。だがマルコはそんなマヒロを一瞥すると再びそっぽを向き、マヒロは更にイラッとした。

「もう! マルコさんのバカァ!!」
「あァそうだよい! おれはどうせ変態でバカでプライバシーを侵害する最低な男だよい!」
「なっ!? ひ、開き直った!?」

マルコとマヒロの応酬にサッチとレイラは二人して交互に視線を向ける。そしてお互いに顔を見合わせると苦笑を浮かべるしかなかった。

―― マヒロちゃん、マルコを変態呼ばわりするたァ……マジ凄ェわ。
―― マルコさんって、マヒロさんが相手だと容赦無いんですね……。ちょっと…怖い。

サッチとレイラがそんなことを思っている事など一切関知せずにマルコとマヒロは険悪に睨み合う。

「本当に心からそう思ってるわけないじゃないでしょう!?」
「「……あれ?」」
「っ!」

我慢の限界だとばかりにマヒロが強くそう叫んだ。何だか予想していた言葉と違う気がしたサッチとレイラが声を揃えて眉を顰め、ハッと何かを察したマルコは思わず目を見開いて声を飲み込んだ。

―― あ”、ま、まさか! ちょっと待てよい!

「だ、だからマヒロ! そういうことは――!!」
「私がマルコさんのことがどんなに好きなのか、どれだけ言ったらわかってくれるの!?」
「「えェ!?」」
「ちょっ、本当に待て! ストップだよいマヒロ!!」
「天才気質で強くて格好良くてとことん優しいマルコさんは本当に素敵なんだから! 私をどうしたいの!?」
「ッ〜〜! わ、わかったからマヒロ! おれが悪かったから落ち着けよい!」
「何それ……? 口喧嘩に惚気が入るなんておれっち初めて知ったんだけど……」
「マヒロさん……恥ずかし気も無く堂々と想いを口にするだなんて……」

暴走し始めるマヒロに対して懸命に制止を呼び掛けたマルコが顔を真っ赤にして思わず謝罪を口にする。
苦い表情を浮かべながら心底から照れる悪友の姿を見つめながらサッチは思う。

―― 惚気発言を聞かされたこっちの方が恥ずかしいってんだよ。

片やレイラは両手で口元を覆いながら呆気に取られて立ち尽くしているようだが、何やら様子が少しおかしい。

「…ハッ! 待って、私、恥ずかしいこと言った!?」
「……ょぃ……」
「マヒロちゃんってアレだな。結構、痛いとこあるんだな」
「う”っ……」
「……」

我に返ったマヒロにサッチの痛烈な感想が投げ掛けられ、マヒロのハートが粉砕し、マヒロは顔を真っ赤にして顔を俯かせた。そしてサッチは耳まで赤く染めたまま二の句を告げずにいるマルコの肩にポンッと手を置き、流石にここは気遣うことしかできなかった。

「私、マヒロさんを尊敬します!」
「「「はい!?」」」

突然、思ってもみなかったレイラの発言に、三人は驚いて目を向けた。すると三人の頬が同時にヒクリと引き攣った。
レイラは目を爛々と輝かせてマヒロを尊敬の眼差しで見つめている。そんなレイラの側で地面に突っ伏して泣いていたはずのゾイルが全く違う意味で涙を流して感動している姿があった。

―― 何ということだ! あの恥ずかしがり屋で大人しいレイラがこんなに明るい子に! うおおおお!!

ゾイルの親バカな心の叫びはマルコの耳にのみ大きく届いた。マルコは思わず乾いた笑いを小さく零すと眉間に皺を寄せながら遠くを見つめた。

―― ゾイルは親バカだとは思ってたが、流石にそこまで行くと引くよい。

誰にも気付かれない程度に小さく溜息を吐いたのだった。

報告と忠告、そして……

〆栞
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