31


マルコとマヒロとサッチの三人はウィルシャナを離れ、無事に船に帰還した。

甲板に上がると隊員達が挙って「お帰りなさい!」と声を掛けながら三人を出迎え、サッチは「おう」と気前良く応えるがマルコは気恥ずかしいのか少し顔を逸らして軽く手を挙げて応えるのみで、そんなマルコにマヒロは苦笑を浮かべながら代わりに「ただいま」と応えた。

報告をする為に三人は船長室へと向かった。そして、白ひげに分かり易く事の仔細を報告すると白ひげは納得したように頷いた。

「あァ、わかった。ご苦労だったな。マルコ、マヒロ、二人は暫くゆっくり休め」
「…よい、了解」
「え? あ、はい……」

何故二人なのだろうとマヒロはサッチに視線を向けて首を傾げた。しかし、マルコが何も言わずにマヒロの腕を掴んで引っ張ったことからマヒロは疑問を残したままマルコと共に船長室を後にした。そしてサッチだけがその場に残った。

「で、お前ェも妖怪と戦ったらしいが、より詳しく話しちゃくれねェか」
「ハハ、だと思ったぜ」

苦笑を浮かべるサッチに白ひげはニヤリと笑った。そしてサッチが体験談を話すと白ひげは目を丸くするなり大きく笑い出した。

「グララララッ! そりゃあ面白い! 見えないままで戦えたってなァ何より大きな収穫じゃねェか!!」
「笑えねェってんだ……。おれはどうもマルコに強制的に鍛えられてたみてェだしよ……」

サッチはムスッとした表情を浮かべてそう言ったが、白ひげは然して問題とはせず気にもしていない。

「サッチだったからってェのもあるかもしれねェが、試す価値はあるってェことだ」
「えェ…? ま、まさかオヤジから『サッチだから』だなんて言葉を聞く日が来るなんておれっち全然思わなかったってんだよ。何か凄ェショック……」
「グラララララッ! バカ野郎が、半分は褒め言葉みてェなもんだろうが」
「ハハ、褒め言葉ね! ……って、半分は何なの!?」
「あーそこは察しろ」
「何を察しろってェの!?」

―― えェ…? 何? おれっちってばオヤジにまでそんな扱いを受けちゃうの?

報告が終わり船長室から出て来たサッチは、どこか儚く悲し気な表情を浮かべていたと、その姿を目撃したビスタが後に語っていた。
背負う影があまりにも濃過ぎて声を掛けることができなかったとか何とか――そんなとこだ。
一方――。
マヒロを連れて自室に戻ったマルコはマヒロをソファに座らせるとクシャリと頭を撫でた。
立ったまま休む気配の無いマルコにマヒロはキョトンとして見上げた。

「どうしたの? 休まないの?」
「あァ、おれはロダの村に行くからマヒロはゆっくり休んでろよい」
「え? ちょ、ちょっと待って! それなら私も行きます!」
「いや、疲れたろい?」
「ううん、約束もしたから」
「チシとサコならおれが――」
「違うの、シバと約束したの!
「――シバ?」

勢い良く立ち上がりながらそう言ったマヒロにマルコは目を丸くした。

――― ……そういやァシバってェのがいたな。

と、今になって思い出した。伝言の使いに出しておいて存在を忘れていたとは口が裂けても言えない。
マルコはマヒロから視線を斜め上に逸らして「あァ、あの妖怪か」とわかっていたような口ぶりで言った。

「忘れてたでしょ?」

ドキッ!

マヒロがジト目でそう問い掛けるとマルコは心臓が硬直するのを覚えた。

「い、いや――」
「忘れてましたね?」
「――…………はい」

マルコは観念して項垂れながらそう答えるとマヒロは溜息を吐いて苦笑を浮かべた。

―― そっか、マルコさんも忘れたりするんだ。……ちょっと可愛い。

「ッ……マヒロ、可愛いは流石にねェだろい……」
「またそうやって……。私の心を読むの止めてください」
「制御できねェんだから仕方が無ェだろい?」

マルコは顔を逸らしながら少々不貞腐れるような表情を浮かべてポツリと零した。するとマルコの頬にマヒロの手が添えられ、マヒロへと顔を向化されるとマルコは目を丸くした。

「修行、しましょうね?」
「ッ……」

マヒロが首をコテンと傾けて笑みを浮かべながらそう言った。マルコは言葉を詰まらせると徐に口元に手で覆うとふいっと再び顔を背けた。気のせいだろうか、若干頬が赤い。

―― な、何だよいそりゃあ……。

「ね?」
「…よ、よい」
「ふふ、よいよい」
「ッ〜〜!」

優しく微笑むマヒロに今度こそマルコは顔を赤らめた。

―― や、やべェ……か、可愛い……。

静かにむくりと起き上がった欲を、自制心という名の鎖で咄嗟に巻き付けなければならなくなった。
有無も言わずに強く抱き締めたい衝動に駆られたからだ。ただ抱き締めるだけなら良いが、この場合だと抱き締めたが最後、行くとこまで行きそうな気配があった。そう、イくところまで――。

―― くっ、その仕草と笑顔でおれの真似は良く無ェよい!

「マルコさん?」

マヒロから背を向けたマルコは大きく深呼吸を繰り返した。そしてマヒロにわからない程度に小さく自分の頬を叩いて自制を促した。

―― どんな攻撃よりも今のこれが一番辛ェ……。まさに生き地獄だ……。

マルコは何とか理性を保つことに成功すると頭をガシガシと掻いた。

「あー…じゃ、じゃあ、行くかねい」
「はい!」
「……えらく元気だよい」
「ふふ、そうでも無いですよ。空元気と言うか、こう気持ちを上げないとね。本当はちょっと辛いですから」
「なら、やっぱりゆっくり休めよい」
「嫌です。マルコさんだって同じでしょう?」
「おれァこれぐらいなら慣れてるからよい」
「じゃあ私も慣れてますから」

ニコリと笑ってマヒロがそう答えるとマルコは「はァ……」と深い溜息を吐いた。

「わかったよい」
「え?」
「実はおれもフラフラなんだよい」
「!」

マルコはそう言うとベッドに腰を下ろし、そのままどさりと身体を預けて仰向けになって目を瞑った。

「ロダに行くのは明日にするよい。シバを連れて行くんだろい? あいつは兄貴をまだ探してるみてェだからよい」
「ッ……、ねェマルコさん、あまり心を読み過ぎちゃうと会話が無くなっちゃいますよ」

眉間に皺を寄せて溜息を吐いているとマルコが「マヒロ」と呼んで顔を上げた。するとマルコが身体を横たえたまま手招きだけしていてマヒロは目を丸くした。

「何?」

マヒロがベッドの側に歩み寄ると途端にマルコの手が伸びて腕を掴まれ、半ば強引に引っ張られた。

「あわわっ!」

バランスを崩したマヒロは敢え無くベッドへと倒れ込んだ。

「え?」

目元にマルコの手が覆ったかと思うと軽く額から頭へと優しく撫でられた。
マヒロは擽ったく感じて目を細めた。
直ぐ目の前にはマルコの顔があって、表情は至って普通だ。笑うでも無ければ真剣というわけでも無い。ただ青い瞳がじっとマヒロを見つめている。

「あの………マルコ…さん…?」
「なァマヒロ」
「何?」

マルコがマヒロの耳元でボソッと何かを呟くとマヒロは目を見張り、途端に顔を赤く染めて狼狽え始めた。

―― ま、まままま、待って!

「しゃ、シャワー! シャワーを浴びさせて!!」
「……それは了承したってェ捉えて良いのかよい?」
「! き、聞かないでよ。そんなこと、い、言えるわけない……」

マヒロはガバリと身体を起こすと慌ててベッドから下りてシャワー室へと駆け込んだ。そんな彼女の姿を目で追ったマルコはクツリと笑みを浮かべた。

「言ってみるもんだねい」

そう独り言ちて天井を見上げた。
チシとサコを迎え入れた後のことを考えた。
きっとそうそうはできないだろうと思った。

ロダの村を訪ねて以降、ここ数日は色々と多忙で二人の時間はあまり無かった。
まだ明日があるのだから急ぐことは無い。
今日は一日ゆっくりしようと決めた――となれば、己の欲に負けても良いかとマルコは正直にマヒロを抱きたいと申し出たのだ。
パーティーの時に見たクソ王子や王牙鬼にキスをされたマヒロの姿が頭を過ると尚更欲が強くなる。自制心を持って抑え込むのは正直辛く、最早疲れたと言っても良いだろう。
戦いの後、疲労も重なり嫌がるかと思っていたが、予想に反して真逆の反応を貰ったことに驚いてもいた。

マヒロがシャワーから出るとマルコは身体を起こして「おれも浴びるよい」と言ってシャワー室に入ろうとした。そして擦れ違い様にマルコは「寝るなよい」とマヒロに釘を刺しておこうと顔を見やると、マヒロの顔は既に真っ赤で、言わずもがな答えはとっくに出ていた。

―― ……意外にもノリ気かよい?

キョトンとしたマルコはシャワー室に入ると急いで汗を流した。そうしてシャワー室から出るとベッドの上に座り込んでいるマヒロと目が合い、お互いに苦笑を浮かべた。

「あ、あの……」
「何だい?」
「や、優しくしてくださいね?」
「ッ……、あーもう、そんな言い方されちまった時点でそりゃあ無理な話だよい」
「へ? え? ちょっ!? まっ、マルコさっ――」
「完全な誘い文句だよいマヒロ」
「ッ〜〜! も、もう、バカ!」

狼狽するマヒロの両腕を掴んでベッドへと押し倒したマルコはクツリと笑うと即座にマヒロと唇を重ねた。するとマヒロはゆっくりと瞼を閉じ、その甘い口付けを何度も受ける内に両腕をマルコの首に回した。

「好き」
「あァ、好きだよい」

久方ぶりの二人だけの時間。
お互いの存在を大切に想い合い、慈しむように抱き締め合った。

そして――。

「……やっぱり、……激しかった」
「悪ィ、その…、マヒロがあまりに可愛いんで……つい……」
「ッ〜〜!」
「おれはマヒロが好きで好きで…仕方が無ェんだよい」
「……マルコ…さん……」

マヒロを抱き締める腕に力を籠めながらマルコはマヒロの首筋に顔を埋めた。マヒロはそんなマルコの頭を優しく抱き締めるように腕を回すとマルコはクツリと笑みを浮かべた。

「お前ェが好きだよい、マヒロ」
「ッ……」
「……好きなんだよい」

マルコは掠れた声で囁くように何度もそう口にした。まるで自分の届かない想いを、声を、愛しい女(ひと)に伝えたいかのように、何度も何度も、切なる想いを言葉にして贈る。

―― マルコさん?

マヒロがマルコの顔を覗き込んだ時、マルコが顔を上げて間近で視線がかち合った。鼻先が触れ、唇が触れ合いそうなその距離で、お互いの目をじっと見つめ合う。

「おれはマヒロが好きだ。守りてェんだ。お前ェを、この先もずっと……」
「……どうしたの? どうしてそんな……」

どうしてかマヒロの目に映るマルコが不安気な様相に見えて仕方が無かった。そっと手をマルコの頬に添えるとマルコは自らマヒロの手に頬を寄せて触れさせた。

「……甘やかしてくれんだろい?」
「へっ!?」

マルコがそう囁いた瞬間に甘い空気が一瞬に消えた。驚いたマヒロの口からあまりに不似合な素っ頓狂な声を漏らしたからだ。

「クッ…、お、お前ェ、そんな声、ハハ、大無しだろい」
「だ、だって!」

肩を震わせたマルコはマヒロの顔の横に頭を落して堪らず笑い出した。マヒロは戸惑いがちに抱き締めていた手でマルコの頭や背中を軽く撫でると少しムッとした――が、小さく溜息を吐くと微笑を浮かべてマルコをギュッと抱き締めた。

―― ……好き。

自分よりも年上で、遥かに強い大の男が、こんな風に素直に甘えたいのだと口にする。自分にしか見せないこの姿は本当に特別である証みたいなもの。
普段の姿とはあまりにも違い過ぎるが、それがまた母性を擽るのか、堪らなく愛しく想うのだ。

「……マルコさん」
「ん…?」
「可愛い」
「ッ……可愛い…ねい。……まァ、良いよい」
「ふふ」

マヒロはまるで子供をあやす様にマルコの背中をリズムよくゆっくりと叩いた。マルコは少しだけ照れながらもクツリと笑みを零し、マヒロに抱かれながら目を瞑るとそのまま眠りに就いた。
暫くするとマヒロは少し身体を起こしてマルコの眠る顔を見つめた。
頬に軽く触れ、柔らかい髪を軽く梳き、そっと顔を近付けると触れるだけのキスをして微笑を零した。

「お疲れ様ですマルコさん。ゆっくり、おやすみ」

心の底から労わる言葉を添えたマヒロは、眠るマルコに身体を寄せてゆっくりと目を瞑った。お互いの温もりがとても心地が良くて、眠る二人の表情は自然に綻び、幸福に満ちていた。

おやすみ

〆栞
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