27


強い妖気の波長を察知したマヒロは戸惑いを見せた。マヒロの様子にサッチは首を傾げて「マヒロちゃん?」と声を掛けるとマヒロは不思議そうな表情を浮かべてサッチに目を向けた。

―― あれ? 感じないの?

「…ん?」

サッチは首を傾げて「どうした?」とまた声を掛けるとマヒロは怪訝な表情を浮かべる。

「え? な、何だ?」

サッチは少し眉尻を下げて困り顔を浮かべてドギマギした。するとレイラも不思議そうな表情を浮かべてサッチを見つめた。

「「今、凄い妖気を感じましたよね?」」
「……え?」
「「え?」」

レイラとマヒロが声を揃えて疑問符を飛ばす一方、サッチはサッチで更に首を傾げる角度が増して「おやおや?」と声を漏らした。

―― まさか!!

困惑したマヒロはある考えが脳裏に浮かびハッとした。

「一時的作用!?」
「んー?」
「…え、それってどういう…こと…?」

マヒロが驚いて声を上げるとサッチはそれ以上に首を傾げることができないので反対側に首を傾げた。それに特に意味は無いが――。そんなサッチの隣でレイラは目を点にした。

「えーっと…、レイラちゃんと同意見。それってどういうことなわけ?」

サッチがオズオズと挙手をして質問するとマヒロはサッチへ手を翳した。

「サッチさん」
「何する気だ?」
「これ、見えますか?」
「ん?」

マヒロが人差し指に霊気を溜めて見せた。青い光が人差し指の先端に集まって眩い光を放つ。
レイラは目を細めて「綺麗……」と言葉を零したが、肝心のサッチは眉間に皺を寄せてじっとその指先を見つめた。

「……何も…見えねェ……」
「はァ…、やっぱり……」
「どういうことですかマヒロさん?」

サッチが迦魔羅(カマラ)の姿を捉え、微かな霊気を放った力は一時的作用によるものだということがわかった。
恐らくは迦魔羅の力の影響を受けて一時的に引き出された力なのだろう。しかし、迦魔羅が死んだ今となってはその力はサッチの中から消えてしまい、サッチは再び見えない人になったということだ。

「マジか…。あー、でもよ、それはそれで別に良かったかもしんねェな」
「え? 見える方が良いって言いませんでした?」
「んー、そうなんだけどよ、おれっちとしちゃあ妖怪の力で見えるようになるってェのが気に食わねェわけよ。じゃねェと、おれっちのポリシーに反するってェの!」

サッチは拳をぐっと握り締めて力強くそう言った。するとマヒロとレイラはお互いに目を合わせ、軽く首を傾げながら苦笑を零した。

―― 何ですかそのポリシーって……? 聞かないけど。

どういうルールを持っているのかわからないが、詳しく聞いたところで「あ、そうですか……」な程度のものだろうと思ったマヒロは何も言わずに明後日の方角に視線を逸らして小さく溜息を吐いた。
そんな折、誰かがこちらに向かって来る気配にマヒロは気付いた。そして咄嗟にレイラとサッチを背にして身構える。
マヒロの行動にレイラとサッチは驚いたが、二人もその気配に気付いてその先に視線を向けた。すると青いバンダナを巻いた若い青年が一直線に向かって走って来る姿があった。

「はァはァ、あ、あの」
「何?」
「えーっと、確か、マヒロさん…ですよね?」
「え? えェ…、そうだけど……。ちょっと待って、あなたは人間じゃないわよね?」
「「!」」

乱れた呼吸を整えようとしている青いバンダナの青年にマヒロがそう問い掛けた。レイラはサッチの背中に隠れ、サッチは眉間に皺を寄せながらサーベル剣の柄に手を掛けた。
人の姿をした青年はどこからどう見ても人間のようにしか見えない。鼻の上にあるそばかすはどことなくエースを彷彿とさせるその顔にサッチは少しだけ戸惑いを感じていた。

「オレは妖怪です。水獅羽(スイシバ)って名前ですけど人間ではシバと言います」

自ら妖怪と言って名乗る青年に少しだけ呆気に取られて少々気が緩んだマヒロだったが、ハッと我に戻ると慌てて気を引き締めて警戒する。だがシバは両手を前にして制止するように軽くかぶりを振った。

「襲いに来たんじゃないっす。マルコってェ人間の所に襲いに行きはしましたけど、色々あって逆に彼に助けられたので……」
「え?」
「えーっと、そのマルコ…さん…からの、伝言を頼まれました」

シバの言葉にマヒロは驚いて目を見張り、サッチとレイラは顔を見合わせてからシバへと視線を戻した。

「伝言は――『王鬼牙の力が強過ぎるから平地で戦う。王鬼牙の標的はおれになるだろうからウィルシャナはもう安全だ』――とのことです」
「!」

伝言を耳にしたレイラは目を大きく見開くと両手で口元を覆った。そしてガクガクと震えると瞳から涙が零れ落ちてその場にしゃがみ込み、嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。
サッチがレイラの肩に手を置くとレイラは弾かれたようにサッチの懐に飛び込んで泣くとサッチは「良かったな」と声を掛けて慰めるようにレイラの背中を摩るのだった。

「あと『来るな』だそうです」
「え? どういうこと?」
「確か……『城内の安全が確認できたら速やかにサッチと一緒に船に戻れ』って、そう言っ……」

シバは途中で言葉を噤んだ。

伝言を告げると共にマヒロの顔から穏やかな情がスゥッ…と消えたかと思うと途端に不敵な笑みを浮かべ、同時に額に青筋が張って乾いた笑いを漏らしたからだ。

何だか妙に怖い。
凄く怖い。
何だろうこの恐怖は――。

シバは顔を青くして恐れ慄いた。そしてマヒロの後ろで涙するレイラを慰めていたサッチもマヒロから何とも言えない威圧を感じ、血の気が引いた表情を浮かべて唖然としていた。

「……ねェ、サッチさん……」
「お、おう! どうした!」

マヒロの静かな声に対してサッチは必要以上に声を張って返事をした。

―― やだマヒロちゃんったら超怖いんですけど! な、何でそんなに怒ってるわけ!?

引き攣る顔を無理して笑みを浮かべるサッチの心内では小さなサッチがジタバタと走り回ってオロオロとしていた。あのマルコがマヒロには頭が上がらないと話していた言葉をふと思い出す。

―― ……マルコ……頑張れ。

何となく納得すると同時に怒れるマヒロに必死に謝るマルコの図が脳裏に浮かんだ瞬間に同情さえもしたほどだ。

「レイラさんを宜しくお願いしますね」
「おう、わかった! ……って、行く気満々!?」
「当り前です! ここに来て……ここに来て王牙鬼と対峙させないですって!? こちとらあいつに何をされたと思ってるの!?」

目を三角にして叫ぶマヒロはあの瞬間の記憶を思い出しただけで妖怪に変貌するんじゃないかと思わせる程の怒りをぶちまけて叫んだ。

―― あいつに唇を奪われたままで黙っていられるかァァァ!!

女としてどうしても許せない気持ちがある。最低限でも一矢報いてやらなくては気が済まない。そんなマヒロにシバとサッチは「ひっ!」と小さな悲鳴を漏らして思わずお互いを抱き締め合った。
シバとサッチは直ぐにハッとして顔を見合わせると腕を離して距離を取った。そしてシバはおずおずとしながらマヒロに伝言の続きを話した。

「多分そう言うだろうから無理に止める必要は無い……とも言われ…ました」
「……え?」
「マルコの奴、マヒロちゃんの性格をよくわかってんのな……」

怒れるマヒロから空気が抜けるようにフシューと音を成して気抜けする。呆れと感心が混じえて感嘆の言葉を漏らすサッチにマヒロは思わず顔を赤くして顔を逸らした。

―― うぅっ、何だかマルコさんの手の内で弄ばれてる気がする……。

マヒロはぐっと言葉を飲み込んだ。そして悔しさを滲ませた表情を浮かべるとガクリと項垂れた。

「あ、あとですね」

シバが付け加えの言葉を述べると「まだ何か?」とマヒロは力無く言葉を零しつつシバへと顔を向けた。

「来る前にレイラって人の見える力を抜いてからにしろ、だそうです」
「何それ? 本当に無茶振りだわ」
「本当に凄いですね。一言一句違わない」
「へ?」
「きっと無茶振りだと言うだろうからマヒロならできるって、そう伝えろと言われました」

シバがそう言うとサッチとレイラは何故か小さな拍手を送った。

「マヒロちゃんってマルコに何もかも見透かされてるのな……凄ェわ」
「……本当、私もそう思います」
「……」

ぐぅの音も出ないとはこういうことを言うのだろうかとマヒロは思った。そして何を根拠にそんなことが言えるのかとマルコに訴えた。
サッチの側にいるレイラに視線を移し、そのまま視線を泳がせて宙を彷徨わせる。天井を見上げてゆっくりと大きく溜息を吐きながらどうしたら良いものかと思考を回して考え込む。

「レイシのテンカン……」
「え?」
「――とか何とか……。すみません、ちょっとその辺りの話はおれには難しくて理解できずに来たのではっきりとは覚えてなくて……」

シバが頭をガシガシと掻きながらそう話した。するとマヒロは丸くした目をパチパチと瞬きを繰り返した。

―― 霊子の転換!

シバの言葉にピンと来たのかマヒロは納得したように笑みを浮かべて「うん」と頷いた。シバはそれにホッとしたのか安堵の溜息を漏らしながら胸を撫で下ろした。

―― これでオレの頼まれ事は終わったな。

無事に伝言を終えたシバはこのまま立ち去ろうと思った。だがふとマヒロが自分をじっと見つめていることに気付いて首を傾げた。

「あ、あの、まだ何かあります?」
「あなた……どこかで見た気がする」
「へ?」
「会ったことは無い……ですよね?」
「え? えェ、初めてのはずですけど……」
「……あ!」
「え?」
「あなた、ひょっとしてお兄さんか弟さんかいたりする?」
「はァ、兄がいますけど」
「あ、じゃああの妖怪ね!」

スッキリしたとばかりにマヒロはポンッと手を叩いて笑った。シバは暫しキョトンとしたが「あ、まさか……」と悟った途端にアワアワし始めた。

「あ、あの、まさかですけど」
「うん」
「兄もマルコさんを襲って……?」
「えェ、二回程ね」
「二回も!?」
「襲いに来た集団の中にあなたに似た妖怪がいたの。まァその集団は見事に返り討ちにされたんだけど、最終的に一人だけ襲うこともできずに恐れ慄いていたんだけどね」

マルコに声を掛けられ、ビクつきながらも敬礼をして自分の欲に勝てなかったと答え、怖いから逃げますと元気良く言い放った妖怪をマヒロは鮮明に覚えていた。

―― こんな憎めない妖怪もいるんだなァ〜。

そう思わせる程、とても明るくて元気な様が印象に残っている。そしてその妖怪の面影がこの目の前のシバと重なり、もしやと思ったがやはり兄弟だった。
マヒロは兄と思われる妖怪のことを話すとシバは乾いた笑いを零して軽く項垂れた。

「はい、確かに兄ならそう言いますね。あの人は凄く気弱な性格をしていますから、人を襲って喰らうなんてできるタイプじゃないんですけど……」
「そうね。何となく人が良さそうだったものね。妖怪だけど……」
「えェ、何に対しても断れない性質ですから」

シバは兄に代わってとばかりに頭を深く下げて謝った。マヒロは首を左右に振ってシバの肩に手を置いて頭を上げるように告げた。

「本当…、オレ達兄弟で何やってんすかね……」

苦笑を浮かべて力無くそう漏らしたシバをマヒロはじっと見つめた。本当に兄弟揃って憎めない妖怪だと思った。
自分が知る妖怪とは天と地ほどに違う。この世界の妖怪は自分が元いた世界の妖怪とは違うのだと理解し、自分の知る妖怪との線引きが漸くできて受け入れる余裕が生まれた。

「ねェ……一つ聞いて良いかしら?」
「あ、はい、何でしょう?」
「あなた達はロダの村とは関係無いの?」
「あー、はい。オレ達はシャブナス群島から少し離れた小さな島を棲家とする妖怪です」
「そう……」
「オレと兄は生来より戦うことは好きじゃないので、平和な暮らしを主としているロダの村の村民になることに憧れはありますけどね」

シバが苦笑をしてそう答えるとマヒロは目を丸くした。

「暮らしたら良いんじゃないかしら?」
「え?」

マヒロの言葉に今度はシバが目を丸くした。

「憧れていたんでしょう?」
「そ、そうですけど」
「あなた達は穏和だし、ロダの村に移住しても何の問題も無いと思います」

マヒロが笑ってそう言うとシバは少しだけ困惑気味な表情を浮かべた。

「オレ達はこの島の妖怪じゃないから受け入れてはくれませんよ。結構、妖怪の世界でも出身による線引きがあったりするので……」
「大丈夫。頼んであげます」
「え?」
「お兄さんを探して来なさい。周辺の島々にいると思うから兄弟だし直ぐに見つけられるでしょ?」
「そ、それは、まァ……」
「この戦いが終わったら私とマルコさんはロダの村にもう一度訪ねる約束をしているの。だからその時に一緒に来ると良いわ? 大丈夫。私……と言うよりもマルコさんが頼んでくれたらきっと受け入れてくれると思います」

自信たっぷりに言い切ったマヒロは満面の笑みを浮かべた。するとシバは思わずマヒロの笑顔に見惚れて言葉を飲み込んだ。そして少しだけ頬を赤らめながら小さく頷いた。

「わ、わかった……。あ、兄を探して来ます」

シバはマヒロに小さく頭を下げると足早にその場を去って行った。そしてシバを見送ったマヒロがサッチ達へと顔を向けるとサッチと視線がかち合った。するとサッチは何やら含みを持った笑みを浮かべ、マヒロはキョトンとした。

「な、何?」
「いんやァ、マヒロちゃんもなかなかの罪作りだぜ」
「え?」

それはどういう意味なのか、マヒロは眉間に皺を寄せて首を傾げた。

「ハハ、まァ何でも無ェよ。それよりやることやって、マルコに加勢しに行くんだろ?」

サッチがそう声を掛けるとマヒロは戸惑い気味に頷き、レイラの側へと歩み寄った。

「一応確認します。レイラさんは見えない方が良いですよね?」

マヒロの問いにレイラは少しだけ逡巡した。
見えないとなると愈々本当にマルコとの接点が途切れてしまう気がしたからだ。この場においても未だにレイラはマルコに未練があるのだと自覚した。そして思わず側にいるサッチの衣服の裾をギュッと握り締めて目を瞑った。
一方そんなレイラの気持ちをマヒロは否応無しに察した。
本当に心の底からマルコが好きなのだ。
本当に好きで、愛しくて、離れたくない――そんな気持ちが未だに心に強く残っているのだ。例えそれが決して叶わない恋だとしても――。

「レイラちゃん」

答えをはっきり出せないレイラにサッチが声を掛け、マヒロとレイラはサッチへと顔を向けた。
眉をハの字にして笑みを零しながらレイラの頭をクシャリと軽く撫でながらサッチは言った。

「心配すんなって」
「え?」
「見えるとか、見えないとか、マルコにとっちゃあ関係無ェぜ?」
「!」
「あいつはさ、そんな能力が有る無しで人を見ちゃいねェよ。見えないからって態度が変わるわけでもねェし、見えるからって特別視するわけでもねェ。あいつがマヒロちゃんにレイラちゃんの見える力を何とかしてやれって言ったのは、あいつのレイラちゃんに対する気持ちがあってのことだと思うわけ」
「マルコさんの……気持ち?」
「付き合いの古いおれっちの勘だけどよ、きっとマルコはレイラちゃんの事を心底から心配してんだと思う」
「!」
「見えることで味わう恐怖に怯え続けて生きなきゃいけないレイラちゃんが不憫で仕方が無ェんだろうぜ? 元々見えない子だったからこそ元に戻してやるべきだってな。あいつはそう思ったからこそ、マヒロちゃんに処置してやるように進言したんだとおれっちは思う」

レイラはポロポロと涙を流して嗚咽を漏らし始めた。サッチは優しくレイラを懐に引き寄せて背中を擦って慰めた。

「もう良いよな? マルコを安心させてやってくれ」
「っ…、ふっ…うぅ……は、いっ……」

レイラは泣きながら頷いた。
サッチは笑みを浮かべてマヒロへ視線を向けた。するとマヒロは声を出さずに口だけを動かして「ありがとう」とサッチに礼を言った。サッチは苦笑を浮かべて軽く肩を上下に動かしてコクリと頷いた。
そして――。
レイラが落ち着いた所で愈々処置を始める。マヒロはレイラの両手を手に取ると目を瞑って集中し始めた。

『霊子の転換』
本来は霊気を使い果たした者に霊気を明け渡して助けたりする為の分配術だ。

体内に流れる自然霊子の流れを変えるこれは奇怪虫の治療等の応用にも似た方法だ。自分の霊気を相手の体内に流し込み、相手の気道を故意に変えて調節を図る。
マヒロはレイラの体内に右手から霊気を流し込むと左手へと溢れ出て来る霊気を自身の体内へと引き込み始めた。そうしてレイラの体内にある霊子を全て引き抜いて自身の中へと取り込み続けることでレイラの体内の気道の流れを変えていった。

「はい、終わりました」
「え?」
「もう? 意外に早く終わっちまったな」

二人の反応にマヒロは苦笑を浮かべながら頷いた。

「もうきっと大丈夫ですよ」

マヒロは左手の拳に霊気を纏わせてレイラとサッチの目の前に差し出した。だがレイラとサッチにはただ単にマヒロが拳を突き出したとしか見えず、不思議そうな表情を浮かべていた。

「霊気を纏わせているのだけど見えませんか?」
「え? 嘘?」
「やっぱりおれっちも見えねェみたい」

レイラは驚いて口元を手で覆いながらマヒロの拳をマジマジと見つめた。
先程まで見えていたものが何も見えない。光も何も無い拳にしか見えない。

―― じゃあ、わ、私はもう、見えない……普通の人になったのね?

これによりレイラは従来通りの見えない人に戻ったのだ。
サッチはレイラの頭をポンポンッと軽く叩いて「良かったな!」と声を掛けた。レイラは少し寂し気ではあったが嬉しそうな笑みを浮かべてコクリと頷いたのだった。

「サッチさん」
「おう、何だ?」
「ウィルシャナはもう安全だということと、レイラさんが見えない人になったことを、ゾイルさんに教えてあげてください。で、これら全てを先に船に戻ってオヤジ様に報告しておいてください!」

マヒロはそう言うとサッチの返答を聞かずして颯爽と走り出してその場を後にした。

「おーい、返事くらい聞いてくれってんだ。ったく、マヒロちゃんも本当にマルコ命だなァ……」
「少し……」マヒロさんが羨ましいです…」
「ん?」
「マヒロさんが羨ましいです」

呆れるサッチの隣にレイラは走り去るマヒロの背中を見送りながらそうポツリと漏らした。だが直ぐに小さな溜息を漏らしながら首を振ると笑みを零してサッチを見上げた。

「無いもの強請りですよね。私にはマヒロさんみたいに強くはなれませんもの」
「ハハ……。まァ、きっとあれは特別だってんだ」
「特別?」
「そ、特別。”あの二人”は一人じゃねェから特別に強ェんだよ」

サッチが笑ってそう答えるとレイラは少し黙っていたが直ぐにクスリと笑みを浮かべて頷いた。そしてサッチと共にゾイルのいる部屋へと向かう。
マヒロを想うマルコはとても幸せそうな笑みを浮かべていたことを思い出す。
どうかその笑みを絶やさないよう、どうか二人に平穏な幸せが訪れますよう――レイラは心の底から二人の無事と幸せを願うのだった。

霊子の転換

〆栞
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