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怒声を上げながら妖怪達は一斉に飛び掛かる。だが、彼らの中心である王牙鬼は全く微動だにしなかった。王牙鬼の目はとても鋭い。恐らくマルコの動きを観察するつもりなのだろう。しかしマルコもまた自分に襲い掛かって来る妖怪達には目もくれず、王牙鬼を見つめたまま立ち尽くしている。

「死ねェ人間!!」

先陣を切った一人の妖怪が間合いを詰めてマルコに襲い掛かろうとした。その瞬間に漸くマルコの視線が彼らに向けられた。

ドクンッーー!

「「「ッーー!?」」」
「!」

攻撃を振り翳した妖怪を筆頭に彼らは直ぐに攻撃態勢を止めて防御姿勢へと転換した。
勢い良く飛び掛かったものの咄嗟にブレーキを掛けるようにして地面を踏み付けて勢いを殺し、慌てて飛び退いてマルコから距離を取った。
それにマルコは片眉を上げるとクツリと喉を鳴らして小さく笑った。
たった一人の人間を前に、数では圧倒的有利な妖怪達が尻込みをした。
何とも無様なその光景に王牙鬼は眉を顰めると冷たい視線を手下である妖怪達にぶつけた。

「何をしている?」
「い、いや、わからねェ。 ……けど、王牙鬼、あの男……どうも普通じゃねェ」

王牙鬼がそう声を掛けると先陣を切った妖怪が畏怖の表情を浮かべてそう答えた。それに王牙鬼はピクリと反応を示すとマルコは溜息混じりに首元に手を当て、軽く挑発気味な笑みを見せた。

「警告を口で言ってもわからねェんなら身を持って教えてやったんだよい。次からは容赦なく殺すから覚悟して来い。良いねい?」
「「「ッ……」」」

ピリッ…――。

マルコが少しだけ気を入れた声でそう言うと、辺り一変して張り詰めた空気へと変わった。
妖怪達はまるで身体の自由を奪われたかのような錯覚に陥り驚愕していた。
妖怪達が恐怖を与えてやると豪語していたはずなのに、逆に彼らがマルコに対して恐怖を抱き、恐れを成した表情へと変えていたことに、誰一人として気付いていない。

「おれの目的は王牙鬼一人だ。他の奴らに興味は無ェ。だが、王牙鬼共々人間を喰らって生きてきた奴は、こちらから問答無用に殺しに掛かるから覚悟しろよい。それ以外の興味本位で来た奴や仲間になったが人間をまだ襲ったことの無い奴は、今回だけは特別に見逃してやるよい」

マルコはそれだけ言って身構えると重心を下にグッと落とすと同時に地面を強く蹴った。

「「「なっーー!?」」」

妖怪達の視界からマルコの姿が一瞬にして消えた。そして気付いた時には、王牙鬼と共に長く連れ立っていた者達のみが攻撃を受けて勢い良く吹き飛ばされ、空高くかち上げられていた。更に、同時にマルコは両腕を不死鳥化して吹き飛ばした妖怪達を追い掛けるように空を飛び、霊子を混同させた青い炎を纏った霊派を放った。すると妖怪達は身体を地面にぶつけること無く、空中で塵となって姿を消した。

バサッ…バサッ…――!

青い翼を羽ばたかせて滞空しながら地上に残る妖怪達へと振り向いたマルコに、残った妖怪達は愈々恐怖に駆られて恐れ慄いた。

「ひっ! あ、あいつ、本当に人間か!?」
「冗談じゃねェ!! 妖怪と対等どころか出鱈目に強ェじゃねェか!! あんな化物と戦えるわけがねェ!!」
「お、おおおれは降りる! まだ人間として生きてる方が数倍マシだ!!」
「おれもだ! 王牙鬼、てめェの口車に乗ったが、話が違う! お、おれはまだ死にたくねェ!!」
「お、おれも、人間に化けて人間と共に海賊やってる方が遥かに良いぜ!」

残った妖怪達はごく最近に王牙鬼の一味に加わった者達ばかりで、まだ人を殺して喰らったことの無い者達だ。そんな彼らは戦意を無くすと同時に王牙鬼へと牙を向ける。
王牙鬼は表情こそ変えなかったが『怒り』の感情からか妖気を徐々に溜め始めているのをマルコは感じ取った。

「……そうか。あァ、わかったよ」

王牙鬼は目を細めてそう言うと、妖怪達はお互いに目配せをして逃走を図ろうとした。だが――。

「ならば死ね」

冷たい声がポツリと聞こえた。

妖怪達が目を見開いた瞬間にボッと爆ぜる音が木霊した。それは王牙鬼が多くの光弾を放った音。そして連続してヒュンッヒュンッ――と、空気を切り裂く音を発しながら空高く舞い上がったそれは地上にいる妖怪達に目掛けて容赦無く襲い掛かった。

「ぐあァっ!」
「ぎゃあっ!」
「ぐはっ!」
「かはっ!」
「くあっ!」

光弾に身体を貫かれた妖怪達は次々に地面に倒れ、命を失った者から順に砂上へと化していった。

「ひぃっ!?」

運良くその光弾から逃れた妖怪が一人。だがその妖怪は青い顔をしてその場に腰を抜かしてへたり込み、ガタガタと震えながら上空で見ていたマルコへと目を向けた。その妖怪と目が合ったマルコは眉間に皺を寄せる。

―― 助けてくれ…ってェのかよい? 都合が良すぎやしねェかい?

そう思いはしたが「見逃す」と言った手前、見殺しにするのも気が引けた。
溜息を吐いたマルコはその妖怪と王牙鬼の間へと降り立った。まるでその妖怪を守るかのように――。王牙鬼はそれが気に食わなかったのか額に青筋を張ってマルコを睨み付けた。

―― 人間風情が妖怪を守ると言うのか? つくづく…つくづく気に食わん男だ!

先程と打って変わって怒りの表情を露わにした王牙鬼は人の姿を捨て、本来あるべき姿へと変貌し始めた。それと同時に巨大な妖気が解放され、王牙鬼を中心に大気が揺れて風が激しく舞い始めた。あまりに強い風にマルコは片手で顔を庇いながら何とか視界を保ちつつ背後で恐怖で腰を抜かした妖怪の腕を掴んだ。

「ひぃぃっ!」

妖怪は王牙鬼の化物染みた妖力に恐れながらもマルコに対しても恐怖して極限状態にまで追いやられたのか目一杯に涙を浮かべて悲鳴を上げた。

「逃げるよい」
「へ?」

キョトンとする妖怪の腕を引っ張ったマルコは彼を背中に背負うと両腕を不死鳥化して空へと飛び、中庭から移動した。

予想よりも遥かに妖気が強い。
想像していたよりも狂暴性に富んでいる。

変貌していく王牙鬼を見てそう判断してのことだ。戦うなら城外。都市から外れた平原の地で戦わなければ建物を破壊してしまうだろう。更に最悪なのはそれに巻き添えを喰らって死傷者が出てしまうことだ。
王牙鬼は妖怪を連れて空へと飛んで移動するマルコに目を細めてクツリと笑った。

―― ……おれの力を知っても尚冷静に判断するか。……面白い。

「白ひげ海賊団1番隊隊長不死鳥マルコ……。マヒロは貴様を殺した後の戦利品として頂戴しよう」

王牙鬼は背中から生えた蝙蝠の様な翼をバサリと羽ばたかせると地面を蹴ってマルコの後を追った。
先に中庭から離れたマルコは、一際大きく荒々しい妖気が中庭から離れて追って来るのを察知した。事は想定通りに動いていることにクツリと笑みを浮かべる。

「おい」
「は、はい!」
「ここから飛び降りることはできるかい?」
「あ、は、はい……できますけど……」
「なら降りろい。あいつはおれが狙いだからよい」
「な、何故?」
「何が?」
「どうして……おれを助けてくれたんだ?」
「恩を感じる必要は無ェ。おれはおれでお前を利用したみてェなもんだからよい」
「へ?」

『人間が妖怪を守る』

王牙鬼にとって人間は、下等な生物であり、更に恨むべき対象で、唯の獲物だ。

その人間が妖怪を助ける等あり得ない。
あってはいけない――。

先程マルコが妖怪を守るようにして間に入って王牙鬼と対峙した時の反応を見た瞬間にそれがわかった。そして王牙鬼がマルコに興味を持ちながらも殺意を露わにしたことは明白。
妖怪を逃がそうとそこから移動をすれば王牙鬼がマルコの後を追い掛けるだろうことは想定済みだった。
人間が妖怪を助け、守ることも、人間に助けられ、守られる妖怪も、王牙鬼にとっては耐え難いもので、殺したい対象であるに違いないのだから――。

「お前ェは人間が嫌いかよい?」
「お、オレは……、その、ただ仲間が欲しかっただけ…だから……」

妖怪がそう答えるとマルコは「そうかい……」と、小さく喉を鳴らして軽く笑った。

「お前の名前は?」
「え? あ、オレは水獅羽(スイシバ)です。人名ではシバと名乗ってます」
「シバ…ねい」

恐らくシバは周りに流され易い妖怪のようだが、ふとマルコはある妖怪が脳裏に浮かんで首を傾げた。
この島に訪れた時、日中に襲い掛かって来た妖怪達の中に見逃した妖怪だ。それも二度。その妖怪とこのシバはどこか似ている気がしたのだ。

―― 他人の空似……って、妖怪にも通じるのかねい……?

「シバ、悪ィが一つ頼まれてくれねェか?」
「へ? な、何を……」
「降りた後、城にいるマヒロってェ女に伝言を頼みてェんだよい」
「お、オレがっすか!?」
「伝言ぐらいできるだろい?」
「に、人間が何で…? 何でオレみたいな妖怪に頼み事なんて……」
「お前ェは良い奴みてェだからだよい」
「え?」
「信用するって言ってんだ。頼めるかい?」
「!」

マルコの言葉にシバは驚きを隠せずに少しだけ呆然とした。

―― 人間が妖怪のオレを信用するって…? そ、そんなこと初めて言われた……。

少しだけ、ほんの少しだけ、シバは泣きそうな表情を浮かべ、唇をグッと噛んで我慢した。

「……わ、わかった」

マルコはクツリと笑うとシバに伝言の内容を伝え、城外の裏門付近でシバを降ろした。

「気配は消して行けよい」

マルコがそう伝えるとシバはコクリと頷きながら妖怪の姿から人の姿へと変えた。
まだあどけない少年の面影が残る若い青年の姿だ。黒い髪に青いバンダナを巻き、鼻の上にはそばかすがあって、どこかエースを思い起こさせる様な風貌をしていた。
シバは颯爽と城へと向かい走り出した。
マルコはそれを少しばかり見送った後、後から追って来ている王牙鬼の意識をこちらへ向けさせる為にワザと強めの霊気を放ちながら遥か上空へと飛んだ。

「おれを追い掛けて来いよい」

ウィルシャナ都市から離れ、キリグからもコーブからも離れた平原地へと飛ぶ。そして程良い場所に辿り着くとバサリと羽音を鳴らしながら降下して地上へと舞い下り、不死鳥化を解いて着地した。
暫くして妖怪化した王牙鬼がマルコの元に追い付くと、先程のマルコと同様にバサリと羽音を立てながら地上へと舞い降りた。

言葉を交わすことは無く、視線をぶつけ合った二人は静かに戦闘態勢へと入るのだった。

妖怪集団戦

〆栞
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