24


空に雲は無く、多くの星々が光り輝いていた。辺りは静けさに包まれていて、いつもと変わらない夜を迎えていた。
レイラとサッチはやはり城内に留まることを良しとせず、人気の無い裏手にある少し開けた場所にいた。そこには桶や台車等の道具が多く置かれていて少しゴチャゴチャとしてはいたが、人がいないことが何よりも最優先とした。

そして――。

ヒュンと風を切る音が鳴り、ズザッと何者かが下り立つ音が二人の背後から聞こえた。

「!」
「?」

サッチとレイラの前に一体の妖怪が姿を現した。
レイラは目を丸くすると震えあがり、恐怖の表情を浮かべた。一方サッチには見えていないのだが、中央付近で砂誇りが上がり、妙な気配を何となく察してレイラに視線を向けた。
見えるレイラの様子を伺い見れば妖怪がそこにいることは明確だ。
サッチは二本のサーベル剣を引き抜いてレイラの前に立つと適当に構えてみた。するとその妖怪は不思議な表情を浮かべたがクツリと笑みを浮かべた。

―― あの男は見えない人間か。それで我と戦うつもりなのか? 愚かな……。

妖怪はかぶりを振りながら小さく溜息を吐き、呆れている様子だった。
レイラはサッチの直ぐ背後に隠れつつ相手の様子を伺っていた。サッチに視線を寄越せば敵の姿が見えていないことがわかる。
困惑気味な表情を浮かべつつも真剣な表情で戦おうとする意思を見せているサッチに、目の前の妖怪は微笑を湛えて笑っている。

「さ、サッチさん! 目の前に妖怪がいます!」
「んー何となくそれはわかってんだけど、距離はどんぐらいだ?」
「え? えっと……」
「ククッ……。見えない人間には場違いだな」
「レイラちゃん、どんな感じの奴?」
「えーっと……」

妖怪の言葉とサッチの言葉が噛み合っていないのは当然だ。妖怪の声がサッチには聞こえていないのだから。
レイラは戸惑いつつもサッチの質問に優先的に答えることに努めた。軽く無視されている感のあるその妖怪はピクリと眉を動かし、若干だが頬が引き攣っているように見えた。

「か、顔が三つあります。正面に一つ、右と左に一つずつ。それぞれが別の表情をしています。腕は左右に三本ずつあって、それぞれ左右に剣を持っている手と、何か印を結んでいるような手と、拳を握った手とあります!」
「……え、何それ? 全く想像できねェんだけど……」
「そ、その、えっと、仏像のような表情を模した顔と悪魔みたいな表情を模した顔、それと嘆いてるような表情を模した顔……わかりますか?」

レイラの説明を聞いたサッチは眉間に皺を寄せた。
聞いた通りに相手の姿を想像してみるが何が何だかよくわからない。

「……正面にある顔は何だ?」
「仏像のような顔ですけど、若干、その、引き攣った表情をしています」

戸惑い気味にレイラがそう言うとサッチは「ぶはっ!」と噴き出した。

「成程、戸惑ってるってェわけだな!」
「そ、そう、みたいです」

サッチは何だか楽し気だ。それに対して妖怪は苛立ったのか少し眉間に皺を寄せてサッチを睨み付けた。だがサッチには全く見えていないのでわからず、レイラはこの光景が異様過ぎて唖然とした。

「聞こえてはいないだろうが、貴様を殺す者の名を教えておいてやろう。我の名は迦魔羅(カマラ)」
「さ、サッチさん、その妖怪は迦魔羅と言う名前だそうです」
「え? 何? わざわざ丁寧に名乗ってくれたのか?」
「は、はい」
「迦魔羅ね。おれは白ひげ海賊団4番隊隊長のサッチってんだ」
「……」
「妖怪っつっても案外律儀な奴もいるんだな」

サッチは暢気に感想を述べるとケラケラと笑った。
迦魔羅はまたピクリと眉を動かすと溜息を吐いた。そして徐に剣を持った左右の腕を前に構えて攻撃態勢を取った。
レイラは慌ててサッチに声を掛けようとするが、迦魔羅は待たずして地を蹴った。瞬時にサッチとレイラの間に移動してサッチの背後を取った迦魔羅は容赦無く剣を振り下ろした。

―― ダメ! 間に合わない!

レイラは咄嗟に両手で顔を覆い目を瞑った。

ガキィィィン!!

「なっ、何!?」
「お、何か当たった感じがするな」
「!」

迦魔羅が振り下ろした剣をサッチは右手のサーベル剣を何となく背後に振って見事に受け止めた。
これには流石に迦魔羅とレイラは驚いて絶句した。
何となく弾く感覚が伝わる右手を不思議に見つめながら飄々としているサッチは、とりあえず適当に剣を振ってみることにした。

「よっと!」
「くっ!?」

見えていないはずのサッチの太刀筋は迷うことなく迦魔羅の剣を持つ左腕を狙ったものだった。
迦魔羅は慌てて身を引いてサッチから距離を取った。

―― な、何だこの男は!? 我の姿が見えていない状況で何故緻密に狙い澄ましたような太刀を振るうことが出来るのだ!?

「レイラちゃん」
「え?」
「敵は引いた?」
「あ、はい! 距離を取りました!」
「!」

レイラも迦魔羅同様に戸惑ってはいるが、何とか冷静さを保って状況を伝える。見えていないのに何故そんなことがわかるのか、レイラも不思議でならなかった。
サッチはクツリと笑いながら手にしている二本のサーベル剣を軽く回して再び構えた。

「じゃあ、とりあえず適当にやってみるぜ」
「え?」

サッチはそう言うと適当な方向へ向かって剣を振った。その先には迦魔羅がちゃんといて、サッチのサーベル剣は見事に迦魔羅の身体を捉えていた。
迦魔羅は慌てて剣でそれを受け止めたが、サッチは攻撃を止める事無く連撃を繰り返した。

「おのれェ! 見えてもいない人間が何故こうも私の場所を探り当てる!?」
「サッチさん……凄い。……どうして?」
「位置は当たってんだな。何となくここにいるっていう感じが伝わって来んだよなァ……って、気がするだけなんだけど」

気がするだけなんだけど
きがするだけなんだけど
キガスルダケナンダケド

サッチの言葉が何故かエコーとなって繰り返し聞こえた迦魔羅は、勘に障ったのか顔がぐるりと動いた。正面にあった仏像の顔は嘆きの顔があった右側に移動し、左にあった悪魔の顔が正面に、そして右にあった嘆きの顔は悪魔の顔があった左側へと変わった。

これにレイラは驚き、声を張ってサッチにその状況を伝える。

「さ、サッチさん! か、顔が変わって……悪魔の顔が正面に!!」
「ん?」
「死ね!!」

悪魔の顔が狂気的な笑みを浮かべて印を結ぶ手から妖気の弾丸をサッチに目がけて放った。

ドオオンッ!!

「サッチさん!」
「クク、邪魔者は失せろ」

黄色のエネルギー派が弾丸となってサッチの顔面を捉えた。サッチはそれを真面に受けて身体が大きく仰け反った――のだが。

ズザァァッ――!

若干後ろへと飛ばされたサッチだったが、地面にしっかり足を着けて踏ん張り、仰け反った身体の重心を前へと向けてガバッと身体を起こした。

「おおい、今のはマジでビビった!」
「え?」
「な!?」
「ん?」

サッチは何故かケロッとしていた。それにレイラと迦魔羅はまたしても驚いて絶句する。サッチはレイラの漏らした声に反応して振り向き、唖然として立ち尽くしているレイラの様子を見つめて首を捻った。

「レイラちゃん、今、何があったかわかる?」
「……妖怪が放った黄色いエネルギーの塊が……サッチさんの顔を直撃…しました……」
「やっぱりかァ、そうだろうと思ったってんだよ。マルコの攻撃を喰らった時と似た感じだったからなァ。けど、マルコの攻撃に比べたら全く痛く無いんでおかしいとは思って…んだけ…ど……。……え?」

―― 待て。全く痛くねェっておかしくねェか?

サッチは疑問を抱いた。
妖怪のエネルギー派を顔面に真面に受けて若干吹き飛んだ感はあったが、大して驚異的なものでも無く、全く痛く無かった。
ちょっとしたドッキリを味わった程度にしか感じていない。
多分、恐らくだが、妖怪からすれば確実に殺傷する為の攻撃だったに違いないだろうとサッチは思った――にも関わらず、本当に申し訳無いのだけども全然痛くも痒くも無いのだから、あら不思議――。

―― おいおい、まさかマルコの攻撃を受け過ぎた結果なわけ? 何? おれっち、知らない間に強制的に強化されてたってわけ!?

つまり、そういうことなのだろうと結論に至った瞬間、サッチはムカつきを覚えて額に青筋を張った。

「はァ!? ふっざけんじゃねェってんだよ!!」
「!?」
「さ、サッチさん!?」

ヘラヘラと笑っていたサッチが突然怒り出して叫ぶものだから、レイラと迦魔羅は思わず身体をビクつかせながらその場で小さく跳ねた。
悪魔の顔がどうしてかちょっと怖がってるように見えなくもない。

「くそ! ならば!!」

迦魔羅は再び印を結び、サッチに本気のエネルギー派を込めた連撃を放った。

ドォォン! ドォォン!

「死ねェ!!」

ズオッ――ドォォォォン!!!

迦魔羅の連続した妖気弾がサッチの身体を確実に命中し、最後に至近距離に詰めた迦魔羅の渾身のエネルギー弾がサッチの腹部を撃ち抜き、サッチは勢い良く弾き飛ばされた。
大量の桶や台車が置かれた物置に突っ込み、ガラガラと崩れ落ちて砂埃が辺りを舞う。
迦魔羅はニヤリと笑みを浮かべるとレイラへと視線を向けた。
レイラは両手で口元を押さえながら顔を真っ青にしてサッチが消えた物置を見つめていた。そして迦魔羅が自分の方へ視線を向けたことに気付き、ビクリと身体を強張らせるとガタガタ震えて恐怖に慄いた。

―― やっ、やだ……。た、助けて……、助けてマルコ様!

迦魔羅が近付く分、レイラが後退る。
やがて背中に壁が当たって退路を断たれた。
レイラが目に涙を浮かべる一方で迦魔羅はニヤリと口角を上げた笑みを浮かべた。

「さァ、来い」
「い、嫌ァ!」

恐怖するレイラの腕を迦魔羅は強引に掴んで引っ張ろうとした。その時――。

ズガシャーン!!

「!?」
「!!」

大きな音が激しく鳴り響き、迦魔羅は慌てて振り向くと目を見張った。そしてレイラも迦魔羅の背中越しに視線を向けると目を丸くした。

「どんなドッキリだってんだよ! ったく」

土埃をパンパンと払いながらサッチは首を左右に動かしてコキコキと鳴らし、若干不機嫌な表情を浮かべて立っていた。そして右手に持っていたサーベル剣を一度地面に突き刺すとその手で眉間を覆った。

「大体、どういう攻撃してんのか知らねェけどよ、桶に突っ込んだ方が痛ェってどういうこった? てめェ、本当にやる気あんのか!?」
「な、何だと!?」
「中途半端な攻撃ばっかしやがって……。おれっちねェ、普段は穏和で通してっけど、実際はそうでもねェからね?」

ゾクッ――!

「ッ!?」

迦魔羅は悪寒を感じた。
目元を覆う右手の指の隙間から睨み付けるサッチの目が人のそれとは思えない程に狂気且つ狂暴的なものだった。まるで獰猛な野生的な猛獣のそれに近く、とてつもない程の殺意を滲ませている。
見えていない男が睨み付けるその先には確かに迦魔羅がいる。その目は確実に迦魔羅を捉えているように思えた。

―― 何なのだ? 何だと言うんだこの男は!!

迦魔羅は動揺を隠せずにいた。
このような見えていない人間は初めて見る。
本気のエネルギー弾を至近距離で喰らいながら何ともないなどあり得ない。この男には迦魔羅の攻撃が全く通じていないのだ。

「ならば切り刻む!」

迦魔羅の顔がぐるりと変わる。正面に再び仏面の顔へと変わると、剣を持った両手を振り上げるとサッチへと襲い掛かった。
サッチはゆるりとした動作で地面に突き刺したサーベル剣を引き抜いた。笑みを消した表情は凄みを増し、鋭い眼差しを模しながら動く。
迦魔羅が振り下ろした剣を寸でで躱すと二本のサーベル剣を巧みに操って反撃に出た。

斬――!

「ぐあっ! ば、バカな!?」
「あー、斬ったな」
「ッ……サッチ…さん……」

迦魔羅の剣を持った左腕は断ち切られ、宙を舞ってどさりと落ちた。自分の腕が地面に落ちる様を唖然として見つめる迦魔羅にサッチの第二撃目が襲う。

斬――!!

「くは!」
「二撃目もヒットだってんだよ」
「!」

迦魔羅の剣を持った右腕も同じようにサッチによって断ち切られ、迦魔羅は剣を持つ手を失った。
酷い痛みと多量の出血により若干よろけながらも迦魔羅はサッチから距離を取って後退した。その顔は仏面ながらに恐怖を模していた。

―― わからん! 全くわからん!! 何だ!? 何故だ!?

「後退しやがったな」
「サッチさん……どうしてわかるの?」

普段の笑みを持った穏和なサッチはいない。ギラついた表情でまさに海賊らしい狂暴性を含ませた顔付きをしているサッチに質問をするのは多少怖くて躊躇はしたが、それでも優しいサッチがそこにいることを信じたレイラは、恐る恐る声を掛けて疑問を訊ねた。
サッチはレイラの声に反応して視線を向けると、あの怖い顔はどこへやら。表情は一転して明るく親しみ易い笑みを浮かべて「おう!」と応えてくれたことでレイラは心底からホッとして胸を撫で下ろし、サッチは苦笑を浮かべながらガシガシと後頭部を掻いた。

「わかるっつぅか、ほぼ勘だ」
「え? か、勘?」
「なっ!?」

サッチの返答にレイラと迦魔羅は同じ反応を示した。

―― ひょっとして……やっぱり異常? だとしたら迦魔羅ってェ妖怪もレイラちゃんと同じ反応してたりして……。

サッチの予想は見事に的中しているわけなのだが、そんなことよりも大事な事がある。
先程から妙な感覚が身体を支配し始めている気がするのだ。それに対してサッチは内心ビビっていた。

―― う”−ん”……? 何だろうなこの感覚。妙に変な力が湧くっつぅか、……覇気でも無ェだろうによ……。

「剣も妖派もダメなら力で押すのみだ!!」

迦魔羅はそう言うと正面に嘆きの顔へと変え、何も持たない拳に力を込めてサッチへと襲い掛かった。そして右の拳をサッチの顔面を目がけて殴り付けようとした。だがサッチの目が確実にそれを捉えて咄嗟に避けたのだった。

―― 何!? ま、まさか!?

明らかに見ていた。そう、見えていたのだ。
迦魔羅が驚愕しているとサッチの表情も途端に雷に打たれたように目を大きく開き、金魚のように口をパクパクとさせた。

「お、おまっ……はァ!? 超気持ち悪ィ面してんじゃねェか!!」
「嘘……? サッチさん、まさか見えてる…の……?」
「バカな! 何故急に!?」
「そ、それはおれっちも知りてェってんだよ。……って言うか、そんな声してんのか。普通に話せるんだな……」

突如として迦魔羅の姿がはっきりと見えるようになったサッチはそれはそれは不思議で仕方が無いのだが、目の前にいる迦魔羅が想像を超えたあまりにも奇々怪々な姿にマジマジと見つめて呆けていた。

『妖怪』なるものを初めて見るのだから仕方が無い反応だろう。

「お、おのれ! ならば貴様も見える人間となったのなら我らの餌として血肉を喰らってやるわ!!」
「おー、本当にエグいこと言うなってんだ。マルコってこんな奴らとずっと戦ってたんだな。……おれっち何だか凄ェ同情しちまったぜ……」

迦魔羅が拳を放って殴り掛かるがサッチはヒョイヒョイと躱しながら引き攣った笑みを浮かべた。

〜〜〜〜〜

「心臓が欲しいって言われることもあるよい。最悪なのはセックスを求めて来やがる奴だねい。あのミュゼって女がそれだよい」
「え? マジ? っつぅか、妖怪にも男とか女とかあるんだな」
「同性でも求めて来る奴がいるんだよい」
「やだ、何それ、超キツイ……」
「……それでも見える人間になりてェかよい……?」

〜〜〜〜〜

過去にマルコが話していたことを思い出したサッチは更にヒクリと頬を引き攣らせると顔を顰めた。

―― こいつは違ェよな?

「とりあえず悪ィんけど、見えちまったもんは仕方が無ェ。さっさとぶっ倒しますかってなァ」

迦魔羅の攻撃を躱したサッチはそのまま身体を反転させると同時に二本のサーベル剣を巧みに操り反撃に出る。
迦魔羅は「くっ!」と低い声を漏らしながら身を引いてそれを避けたのだが――。

ザシュッ――!!

「ぐあ!!」
「んー…今のは何かしら……?」

攻撃を避けたはずの迦魔羅の左腹部が切り裂かれ、迦魔羅は堪らずに呻き声を上げた。
サッチもそれには驚いて目をパチクリさせた。自身の振るった刃の先から黄色い何かが迸り、それが迦魔羅の左腹部を貫くのが見えたような気がした。

―― あれ? ひょっとして土壇場で開眼しちゃったとか? 何で?

迦魔羅がよろけながら後退している様を見つめるサッチは眉間に皺を寄せて首を傾げた。
一体何が起こっているのかさっぱりで訳が分からなかった。
マルコかマヒロに聞いてみるのが一番だろうとサッチは思った。とりあえず迦魔羅を倒してからでなくては、話はそれからだ。
サッチは左右に持つサーベル剣を構え、トンッと軽く地面を蹴った。

「恨むなら運の悪さに恨んでくれ」
「くっ、化物が!」

ザザンッ!!

瞬間的に交錯するとサッチの刃は迦魔羅の首を撥ね飛ばした。迦魔羅の首はゴロリと地面に転がり、身体はどさりと力無くその場に倒れた。
この時に増援に駆け付けて姿を現したマヒロが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして立ち尽くしていた。そして二本のサーベル剣を鞘に納めたサッチがマヒロに気付くと笑みを浮かべて軽く手を振った。

「マヒロちゃん!」
「嘘? た、倒したの?」
「あ、マヒロさん……」
「レイラさん、な、何がどうなったの?」

マヒロはレイラの元に駆け寄って尋ねた。

「詳しくはわからないんですけど――」

レイラはそう前置きをしてからサッチと迦魔羅の戦いの一部始終をマヒロに説明した。全てを聞き終えるとマヒロはサッチへと視線を向け、サッチは苦笑を浮かべながら頬をポリポリと掻いた。

「サッチさんまで見えるようになったの?」
「そうみたいね。……って、何だ? 迦魔羅の身体が砂みてェに変わってんだけど?」
「あ、浄化ですね。死んだら砂状の粒子になって消えるんです。……じゃなくて、」
「あー何だ、おれっちも聞きたいことがあるんだけど、先に良い?」
「……な、何でしょう?」
「攻撃してると剣の切っ先から黄色いもんが見えたんだけど、それが何だったのか……マヒロちゃんはわかる?」

サッチがマヒロにそう聞くと途端にレイラが何か思い当たったのか「あ、」と声を漏らした。するとサッチとマヒロがレイラに顔を向けた。
レイラは咄嗟に両手で口元を押さえたが少しオドオドしながら話し始めた。

「あの、迦魔羅は『黄色』のエネルギーを放っていたんですが……それに関係あったりするのでしょうか?」
「えェ!? それ本当なの!?」
「え、えェ……」
「んー、どういうこと?」

レイラの言葉にマヒロは大きく反応した。そして驚き過ぎて大きく開けた口をパクパクとさせながらゆっくりとサッチへと顔を向ける。
マヒロの表情を見たサッチは笑みを浮かべつつも何だか急に凄く不安になって、顔から徐々に血の気が引いていくのを感じた。

「な、何? それってどういう意味なわけ!?」
「そ、その、推測ですけど、恐らくサッチさんのエネルギー色と迦魔羅のエネルギー色が同色だったんだと思われます」
「……はい?」
「ま、まさか、妖怪の気に触れてそんなことが可能だなんて、私も信じられないんですけど!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。意味がわかんねェってんだよ。もうちょっとわかるように教えてくれる?」

狼狽するマヒロを前にサッチは自身も動揺しながらも何とかマヒロを宥めて冷静に話すように促し、マヒロは一呼吸置いて冷静さを取り戻すとゆっくりと続きを話し始める。

「マルコさんが霊気を纏うようになった理由は聞いていませんか?」
「あ、あァ、確かマヒロちゃんの霊気に触れたからって言ってたのは聞いたな。だから実験的におれっちもマルコの霊気に触れてみたけど、大して何も変わらなかったんだが……」
「それは魂の色が違うからです」
「魂の色?」
「はい。私とマルコさんは同じ『青』でした」
「……ほう、……え? じゃあ、と言うことは、つまり……」
「サッチさんの魂の色が『黄色』で、迦魔羅の妖気の色も同じ『黄色』だったからではと……」
「ハハッ……マジか! おれっちは妖怪の力と同系色だったから霊力なるものが引き出されたってェわけか!」
「そ、そうなりますね」
「って、何であんな迦魔羅みてェな気持ち悪い妖怪と同系色なわけ!? すっごい嫌なんだけど!?」
「ご、御愁傷様ですとしか……ねェ、レイラさん……」
「え? あ、そ、そう…ですね……」

急に話をこっちに振らないで欲しいとレイラはマヒロに小声で訴え、マヒロが軽く謝罪をしている前でサッチは一人愕然とした。そして超スローモーションで膝から崩れ落ちてゆっくりと四つん這いになると嗚咽を漏らして嘆き始めた。
こんな風に劇的なショックを受けて凹む人の姿を初めて見た――と、マヒロとレイラは少し同情しながらサッチを見つめていた。
フルフルと身体を震わして嘆くその姿はあまりにも哀れで、マヒロとレイラは二人して思わず貰い泣きしそうになった。

―― なァマルコ、おれっちはとうとう妖怪の仲間入りしちまったみたいだぜ……。

「じゃねェ、それよりマルコの奴はおれっちを密かに強化してやがった……」
「あ、気付きました?」
「やっぱり!?」
「中庭で別れた時にそんな気がしました」
「あいつ鬼だろ!?」
「それは……はい、私も流石に思いました。……どんまいサッチさん……」

マヒロは気休め程度にしかならないだろうが両手を拳に変えて軽くファイティングポーズを取って励ました。だがサッチは白目を剥き、開いた口からエクトプラズムの様なものがフワリと姿を現し、マヒロは思わずギョッとした。

「さささサッチさん! しっかりしてください! サッチさん!!」

慌てたマヒロはサッチの意識を取り戻すように懸命に呼び掛けて励ましたのだった。

―― えーん! マルコさーん! サッチさんがァァ〜!!

サッチはサッチで大変ではあるが、マルコはマルコで今はそれどころでは無い為、マヒロの嘆きはマルコに届くことは無かった。

迦魔羅戦

〆栞
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