22


マルコとマヒロの様子を少し離れた場所で見つめているレイラがいた。その背中を見つめるサッチは気遣いからか何となくレイラの隣に並び立つと、レイラは視線を動かすことなくポツリと言葉を零した。

「……マヒロさんって凄く強い人なのですね」
「おう…、本当にな」
「え?」

まるで初めて見たような物言いをするサッチに不思議に思ったレイラは、首を傾げてサッチへと顔を向けた。するとサッチは苦笑を浮かべた。

「いや、おれもマヒロちゃんの戦う姿ってェのは初めて見た口だからよ、正直驚いてんだ」
「そうなのですか?」
「ハハッ、マヒロちゃんとは会って間もないからな。マルコから話には聞いてたんだが、見た感じは小柄で可愛らしい感じだろ? あんな子が本当に戦えるのかってなァ、実際に目にするまでは全く想像できなかったぜ」
「あの、サッチさんも……見える方なのですか?」
「いや、おれっちは見えない側の人間。だから見てみたいとは思うけど、それはそれで大変みたいだしなァ」

サッチは苦笑を浮かべてそう言うとレイラの頭に手を置いてクシャリと撫でた。それにレイラは少し驚いたが、サッチの笑みに釣られるように笑みを零した。
マルコの手とは違うが、サッチの手から伝わる温もりはマルコと同じように優しくて温かい。
身を引かなかったのはそう感じたからだ。

「家族だから……かな?」
「ん?」
「いえ、何でもありません」

レイラは少しだけ笑みを零すとサッチは少しだけ眉を顰めた。だがレイラが笑っているのを見ると「まァ良いか」と、クツリと笑った。





ラウレンス王子が提案した社交パーティーは終わりを迎え、白ひげ海賊団一行は漸く解放されることとなった――のだが。

「イゾウ、凄ェモテ様だったよな。っつぅか何だそれ?」
「……」

エースが問うもイゾウはジャケットを着ずに片手で持って散々たるその姿を見つめたまま沈黙している。

「貴族女の連絡先が書かれた名刺らしいぞ? しかし本当に大量だなイゾウ」

イゾウの代わりにビスタが髭を弄りながらニヤリと笑って答えた。
ポケットが大量に詰め込まれた紙切れでパンパンに膨らんでいる。それは貴族女子達の愛のラブレターならぬ連絡先が書かれた名刺だ。

「おれもスーツのポケットに無理矢理入れられたけど、燃やしちまったぜ?」
「僕ももらったけど「付き合うとか無理だから」って言いながら目の前で破いたけど?」

エースもハルタもイゾウと同様に貴族女子達から名刺を貰ったのだが、エースは貴族女子達から逃げるようにして離れると名刺を燃やし、ハルタは貰った時に笑顔で破いて受け取らなかった。
ビスタは度々それらを目撃していた。そしてその光景が実に面白かったようで、思い出しては「ククッ、ハハハ!」と楽し気に笑うのだった。

「……そういう暇が無かっただけだ」
「だろうね。男にも詰め寄られてんだから大変だったよね」
「それはねェよ」
「「おれも見たぞ?」」
「ッ……」

否定するイゾウにエースとビスタが目撃していたことを告げると、イゾウは苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。そしてそこに男子貴族と楽しく交流を済ませた女性の三人が笑顔で合流し、イゾウのジャケットを見つけると三人は呆気に取られながらも爆笑するのだった。
イゾウは「チッ!」と舌打ちをすると乱暴にポケットから名刺を取り出すとエースにずいっと差し出した。

「エース、燃やせ」
「お、おう、良いのか?」
「お前も燃やしたんだろう? おれがああいう手合いの女が嫌いなのを知ってて聞くんじゃねェよ」

エースはイゾウから受け取った名刺を尽く燃やすとイゾウはスッキリしたジャケットをバサリと翻して羽織った。そして煙草を咥えて火を点けて紫煙を吐く。その姿を見て一同は思った。

怖いぐらいに絵になり過ぎるからモテんだよ――と。

その後、白ひげとジョズが彼らと合流し、夜も遅い時間ではあったが船に戻ることとなった。だが、そこにマルコ、マヒロ、サッチの姿は無い。

「あいつらの仕事はここから先だそうだ」
「サッチもか?」
「マルコがサッチに残れと言ったそうだ」
「何でだ?」

ビスタとエースの会話にイゾウ、ハルタ、ジョズの三人は何となく察し、白ひげは少し楽し気に笑っていた。
ナースの三人は目を丸くして顔を見合わせ、不思議そうな表情を浮かべながらエースと同様に首を傾げていた。

「あいつは鍛えられたからな」
「見越してやってたってェことなら相当にエグいな」
「ほぼ強制だよね?」
「日頃の行いがまさかここに来て役に立つとは思っていなかったのだろう」

ビスタ、イゾウ、ハルタ、そしてジョズの言葉にエースは益々首を傾げて「わかんねェ」と言葉を零した。

「グララララッ! サッチが良い答えを出してくれることを期待してろエース!」

白ひげがそう言うとエースは「オヤジがそう言うならそうする」と言って笑みを浮かべ、無理矢理納得したのだった。

一方その頃――。
普段の衣服に着替えたマルコ、マヒロ、サッチの三人は、誰もいない中庭に出て話をしていた。

「おれがレイラの護衛?」
「ちょっ……マルコさん、それ、本気で言ってるの?」
「あァ、本気だよい」
「おれっちは見えないんだけど?」
「心配はしてねェよい。適当に勘で当たれサッチ」
「「勘!?」」
「多少攻撃を受けたとしてもお前なら平気だよい。……多分」
「「多分!?」」
「霊気と妖気とそう大差無いことを祈ってろい」

マルコがクツリと笑うとサッチは渦巻くような不信感を露わにした。

「マルコ、おれっちを殺す気か!?」
「マルコさん、ぶっつけ本番だなんて流石にそれはサッチさんが可哀想かと……」
「平気だよい。サッチ、サーベルを寄越せ」

困惑した表情を浮かべるマヒロを他所にあっけらかんとするマルコにサッチは眉間に深い皺を刻んで頬を引き攣らせつつ愛剣である二本のサーベルを手渡した。
マルコはサーベルの柄を左手で持つと刀身に滑らす様に右手で撫で始める。
サッチにはマルコが何をしているのかは全く見当がつかなかった。だがマヒロの目には明らかに青い霊気がその刀身を包んで行くのが見える。
目を丸くしたマヒロは焦りに似た声を上げた。

「ま、まさかそれで戦わせる気じゃ!?」
「これなら奴らに攻撃は可能だろい?」
「そ、そうかもしれないですけど!」

マルコがクツリと笑うとサッチに二本のサーベルを返した。サッチが眉を顰めて首を傾げる横でマヒロが必死になってマルコを説得する。しかしマルコは聞いてるようで聞いていない。

「もう、考え直してよマルコさん!!」
「落ち着けよいマヒロ」
「だ、だって、下手したらサッチさんが大変なことになるかもしれないでしょ!?」

妖怪と戦う術を持たないサッチに戦わせるなんてとんでもない話だとマヒロは懸命に訴えた。するとマルコは小さく溜息を吐くとマヒロへと真っ直ぐ向き直して真剣な面持ちで口を開いた。

「王牙鬼は強ェ」
「……え?」
「あっさりは倒せねェ。その間にあいつの手下がレイラなりゾイルなり襲いに来るだろうから、二手に分かれて守ってやる必要があるだろい? そうなると手が足りねェ」
「だ、だからって……」
「敵はレイラよりゾイルを襲うのは明確だよい。恨みがあるからなァ。だからゾイルはマヒロが守れ。おれは王牙鬼と戦うから、レイラはサッチに任せる」
「見えない相手とどう戦えってんだよ?」
「見えないとしても多分お前ェならわかる」
「あくまで勘で戦えって?」

サッチの問いにマルコは片眉と口角を上げた笑みを浮かべた。そして困惑する二人に「ほら、行けよい」と声を掛け、それぞれ守るべき対象者の元へ行くように促した。
マヒロはまだ納得していない様子だったが、サッチは溜息を吐くと覚悟を決めたようで「うし!」と気合を入れ、マヒロの腕を引いて城内へと入って行った。

「ちょっと待ってサッチさん! 無理ですよ!」
「マヒロちゃん」
「見えもしないのに危険過ぎます!」
「信じろ」
「ッ…、信じろって言われても」
「おれっちじゃねェ」
「え?」
「マルコを信じろ」
「!」
「おれっちが言えんのはそれだけだな。あいつはできもしねェことを無理矢理やらせるような鬼じゃあねェ。ちゃんと算段して考えてのことだってんだ。あいつが「できる」と踏まえておれに任せたんなら、おれはそれを信じていつも通り戦えば良いってんだよ」

軽く笑って話すサッチにマヒロはそれでも不安で仕方が無かった。しかし、サッチが言った様に、いくら人の手が足りないからと言って、できもしないことをやれ等と無理難題をマルコが言うだろうか――とも思う。

―― ……マルコ…さん……。

「心配すんなって。マルコのマジな攻撃をどんだけ受けてきたと思ってんだ?」

不安気な顔をするマヒロにサッチがそう言うと、途端にマヒロは目を見開いて「あ、」と声を漏らした。

「え?」

何やら思い当たるような反応を示したマヒロにサッチは笑った顔をその儘に首を傾げてクエスチョンマークを頭上に飛ばした。

「嘘?」
「んー…何が嘘?」
「えェ? で、でも、まさか、本当にそうだとしたら……」
「な、何? ど、どうしたのマヒロちゃん?」

マヒロがサッチを見つめながら何故か顔を青くして口をパクパクと開閉を繰り返した。何だか普通ではないマヒロの様子にサッチも戸惑いを隠せずに「え? な、何だってんだよ?」と問い掛ける。

―― えェ!? 今までのあのやり取りの裏で実は強制的に鍛えてたってこと!? 嘘でしょ…?

しかもそれが可能か不可能かを確認することも無く、ぶっつけ本番で実験として試すつもりでいるのだとしたら――。

「だとしたら……マルコさんって祖母より鬼だわ……」
「へ?」

遠い目をしてポツリと零したマヒロはそれ以降何も言わずにヨロヨロとした足取りでゾイルのいる部屋へと向かった。一方、はっきりと答えてくれなかったマヒロの背中を見つめるサッチは、納得し兼ねる様子で首を傾げながらガシガシと後頭部を掻き、溜息混じりにレイラのいる部屋へと向かう。

―― おれっちはマルコはそれほど鬼じゃねェって言ったのに、マヒロちゃんがマルコを鬼だって……何でだ? おい、誰かわかるようにおれっちに説明して!?

何だかモヤモヤする。心中穏やかでは決して無い。
この世界の中心で焦り嘆き困惑するサッチがいた。

そして――。

中庭に一人残ったマルコは両手を組んで空を見上げたままその場に佇んでいた。
雲一つ無い夜空には満点の星空が瞬いている。
穏やかな風がフワリと優しくマルコの頬を撫でるとマルコはゆっくりと瞼を閉じる。
戦いが後に控えているというのに気持ちは酷く静かで落ち着いている。だがその間、ロダの村の村長やチシやサコ、そして――幼い王牙鬼が脳裏に浮かぶ。
ゆっくりと目を開けるとマルコは大きく息を吐き、軽く首を動かしながら眉間に皺を寄せる。

遠方彼方より妖気を纏う者達が集い、ここウィルシャナへと近付いて来るのを感じ取った。その中で最も強い妖気を持っているのが恐らく王牙鬼だろう。だがその王牙鬼に負けず劣らず強い妖気を纏う者が他に二体いることを察知した。そしてこちらへ近づいて来る途中、その二体の妖怪が西と東とに分かれて集団から離れた。

―― 思った通りだよい。

離れた二体の妖怪にゾイルとレイラを襲わせるつもりなのだろう。
読み通りに動いてくれた相手に対し、ほんの少しだけ口角を上げた笑みを浮かべたマルコは心内で礼を述べた。

それから数分後――。

「来たねい」

ズザザザッ!

中庭に降り立った妖怪の数はざっと二十人。誰もがそこそこ実力のある妖怪であることは直ぐにわかった。
しかし、マルコにとってはあまり脅威には思えず、妖怪達を前にしても平然としている。
そんなマルコの様子に、妖怪達はへつら笑いながらも少し怪訝な顔を浮かべた。そして、彼らの中心に降り立った男は例の銀髪の男。
姿は相変わらず人間の姿のままだが、纏う空気は人とは掛け離れた異質なもので、他の妖怪達とは明らかに強力な妖気を纏っていることがわかる。

「最も強いエネルギーを察してこちらに来たのだが、まさかマヒロでは無く貴様とはな」
「あァ、そいつは悪いことをしちまったねい」

マルコがクツリと笑って答えると王牙鬼は眉をピクリと動かした。

―― この男、この数の妖怪を前に表情一つ変えんどころか笑みを浮かべるとはな。余程腕に自信があるのか……。

王牙鬼は眉間に皺を寄せてマルコを睨み付ける。だがそれでもマルコは相変わらず平然とし、更に軽く肩を竦めて呆れるような溜息をして見せた。すると周りの妖怪達が強い妖気を纏い始めてマルコに対して臨戦態勢を取った。
どうやらマルコの態度が普段見る人間のそれとは明らかに異なることが妖怪達にとっては面白く無く、気に食わなかったようだ。
襲い、脅して、平然としたその面を恐怖と絶望のそれに変えてやりたい。その欲求が妖怪達の心を支配し始める。
それを察しているのかマルコは片眉と口角を上げた笑みを浮かべ、徐に口を開いた。

「先に警告しておいてやる。死にたくない奴は帰れ。警告を聞かずに戦うってェんなら覚悟しろよい? おれは一切手加減しねェ。全員を悉くぶっ倒すつもりでいるから恨みっこ無しだよい」

マルコはそう言うと組んでいた両腕を解き、右手を妖怪達に向けて差し向ける。そして手の甲を見せると指で手招くように動かして妖怪達を挑発した。
途端に妖怪達はへつら笑いを消して怒りに満ちた表情へと変えた。

「「「人間如きが舐めた真似を!」」」

全員が怒声を上げてマルコに襲い掛かろうと妖気を解放して一斉に飛び掛かった。

思い掛けない策

〆栞
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