21


パーティー会場の奥には貴賓席が設けられている。
そこに白ひげやジョズはいた。
酒を飲みながら、ロワナ国の国王であるハブリエル国王とその国に仕える諸々の諸外国の領主達の話を聞いている。
ゾイルの顔を立てる為に適当に付き合っているのだが大分飽きて来た頃だ。その時、会場中央へと視線を向けた白ひげは目を丸くし、隣に控えていたジョズや席を外していたビスタが新たな酒を片手に持ったまま目を見開いて停止していた。

「は、ハブリエル国王! ラウレンス王子が妙な女に!!」
「あの女は何者だ!? 何という蛮行を!!」

ハブリエル国王は眉間に皺を寄せながら顎鬚を摩りつつ目を細めてその光景を見ているだけだったのだが、周囲に仕える者達は怒声を上げながら立ち上がった。

「あの娘をひっ捕らえよ!」

ハブリエル国王の側近である大臣が近衛兵にそう声を命令したが、その瞬間に白ひげが「グララララッ!」と高らかに笑い、その場にいた者達は動きを止めて白ひげに注目した。

「あの娘は海賊だ。そんな女に軽率な行動を取ったあいつが悪ィ。投げ飛ばされただけで済んだのなら運が良かったと思いやがれ」

白ひげはそう言うと酒を呷ってニヤリと笑った。大臣は目を丸くして「何ですと!?」と声を上げるとハブリエル国王は溜息を吐きながら白ひげに頭を下げた。

「すみませぬ。あのバカ息子は手癖の悪い女好きでして……」
「あァ、そうだろうなァ。始終ずっと女をとっかえひっかえしてやがったからなァ。この嗜好も王子の提案だそうだな」
「お恥ずかしい限りで……」
「だが流石に懲りただろう。公衆の面前で女に投げ飛ばされた挙句に気を失っちまったとありゃあ男の沽券に関わっちまうからなァ! グララララッ!」

白ひげは楽し気に笑うと盃を傾けてまた一口酒を呷った。

「ところで、あの娘さんは白ひげ殿の……?」
「あァ、おれの娘でマヒロってェ名だ」
「なっ、なんと!」

ハブリエル国王と諸々の領主達は驚き、パーティー会場にいるマヒロへと視線を向けた。
深い青のドレス。白い肌に映える漆黒の髪。小柄ながら大人びても少し幼げにも見える何とも不思議な容姿にあの強さは何とも魅力的で――。領主達は白ひげに挙って懇願した。

「「「彼女を是非とも我が息子の嫁に!!」」」
「グララララララッ!」

一斉に声を揃えて言うものだから、白ひげは思わず笑ってしまった。
ジョズとビスタはお互いに目を合わせるとクツリと笑うと「やれやれ……」と軽くかぶりを振った。

「そりゃあ無理な相談だ。マヒロにゃあ既に決まった相手がいるからなァ」
「「「ななななんですと?!」」」
「グララララッ! 息の合った驚き方は実に面白いじゃねェか!」

シンクロ率の高い領主達を肴に白ひげは酒を呷る。

「白ひげ殿、失礼でなければお相手は一体どのような男なのか教えては頂けませぬか?」

白ひげが大事な娘をくれてやるという相手がどのような者なのか、ハブリエル国王は個人的に興味があった。自分の愚かな息子と何が違うのかを知りたかった。
白ひげはクツリと笑うと会場へ視線を向け、ダンスホールの中央でレイラと共にいるマルコを見止めて目を細めた。

「マヒロはおれの大事な愛すべき息子の女だ」
「……」

息子の名を言わずに再び酒を呷った白ひげは「グララララッ」と楽し気に笑った。





会場の端に置かれた椅子に腰を下ろしたマヒロが項垂れつつ溜息を吐いていると、ふと視界に見慣れない靴を履いた足が止まるのを見止めて顔を上げた。

―― !

それは銀髪で赤い瞳を持った優男で、マルコから「気を付けろ」と言われた人物だ。
男はマヒロをじっと見つめながら微笑を浮かべた。

「私とどうです?」
「……何のお誘いですか?」
「踊りませんか? それとも、それ以外をお望みで?」

銀髪の男はクツリと笑いながら手を差し伸べた。
マヒロは少しだけ眉をピクリと動かし、差し伸べられた手をじっと見つめた。

―― 気を付けるべき相手…か。……良いわ。レイラさんがどうして怖がっていたのかを知る必要があるもの。

マヒロは小さく頷くと差し伸べられた男の手に自分の手を乗せた。すると男はニコリと笑みを浮かべてマヒロの手を引き、ダンスホールへとエスコートした。その際、貴族女子達が「あァ〜ん! ハクエン様ァ〜!」と嘆く声があちこちから聞こえてきた。

―― ハクエンって名前ね。

男の名を頭の中で反復する。
ダンスホールに来ると男は手慣れたようにマヒロを上手くエスコートして踊り始めた。

「マヒロ…でしたね?」
「えェ」
「私はハクエンと申します」
「みたいですね。彼女達の声を聞いてましたから」

マヒロがそう答えるとハクエンは小さく笑った。

「私は元々レイラ様とお近付きになる為にこのパーティーに参加したのですが、どうも嫌われているようで」

ハクエンは視線をマルコと一緒にいるレイラへと向けると目を細め、直ぐに視線を戻してマヒロをじっと見つめた。
マヒロはハクエンの赤い瞳を見つめて「そう」と小さい声で返すに止めると、ハクエンはマヒロの腰に回していた手に力を入れてぐっと自身の方へと抱き寄せた。
マヒロは少し眉間に皺を寄せたがハクエンは気にもしない様子で微笑を浮かべたままだ。

「投げないでくださいね? 私はあのような愚鈍な男とは違いますから」
「……あなたは、貴族って感じがしないけど……」
「えェ、私はゾイル様と取引をさせて頂いてる者です。今日訪れましたら丁度このようなパーティーを催されておりましたので、新規交流を目的に参加させて頂いたのですよ」
「……そう」
「おかげで、……あなたの様な素敵な方に出会えた」

ハクエンはマヒロの耳元にそっと顔を近付けると小さくそう呟き、「ククッ」と低い声で笑った。そしてマヒロの手を握っている手に少し力を込める。

チリッ……――。

「!?」

マヒロはハクエンに握られている手を咄嗟に引いた。そして身体を離そうとしたが、腰に回されたハクエンの手がそれを許さずにぐっと引き寄せられた。
マヒロは少し緊張した表情へと変えてハクエンを鋭く睨み付けた。だがハクエンは表情を崩すことなく無言でマヒロの目をじっと見つめ、ゆっくりと目を細めた。

「美しいな」
「な、何?」
「私は恵まれているのだな」
「どういうこと?」
「……レイラよりも良い女に会えるとは思ってもみなかった。そういう意味だ」
「!」

ハクエンがニヤリと笑みを浮かべた瞬間、マヒロはゾクリと悪寒を感じた。そしてその男の微笑の裏に潜む狂気的な何かを感じ取る。

この男は普通では無い――そう察した。

「悪いけどもう終わりにします。手を離してくれませんか?」
「急にどうされたのです?」
「気分が優れないの」
「拒否をすればどうなりますか?」
「王子の二の舞になりたい?」

マヒロがそう言うとハクエンは少しだけ間を置いてからフッと笑みを零した。そしてマヒロを解放するように腰に回していた手を退けて握る手も離そうとした――が、ハクエンはマヒロの手を再び握ると強く引っ張った。

「ッ! ――んン!」

手を引っ張られたマヒロはバランスを崩し掛け、ハクエンに抱かれると同時に顎を上げさせられて無理矢理口付けされた。

チュクッ……――。

僅かに空いた唇の隙間にハクエンの舌が侵入してマヒロの舌に軽く触れて僅かに重なった。

パンッ!!

マヒロは咄嗟にハクエンの頬を叩いて身を引いた。

「ッ……、クク……」

マヒロが悔しそうな表情を浮かべる一方でハクエンは叩かれた頬に軽く触れて笑った。

―― また……、一度ならず二度も。……それも違う男に奪われるなんて……。

マヒロは踵を返すと足早に会場の外へと出て行った。そして人気の無い所まで来るとそこに座り込み、腕で唇を拭って顔を伏せた。

「警戒しろよい」

マルコにいつも言われてることだ。それなのに隙を突かれて二人の男に唇を奪われてしまった。
悔しいからか僅かに視界が涙で滲む。マヒロは溜息を吐いて天を仰いだ。

「何やってんだろ……」

どうにも集中できない自分がいる。
何故?
その疑問の答えは簡単だとマヒロは思った。

顔を上げると天井近くにある窓から月が見えてじっと見つめた。
また視界が滲むと手で目元を拭い、両頬をパシパシと叩いて気持ちを切り替える。

―― しっかりしなさい!

自分で自分に激を飛ばして立ち上がり、何度か深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせると再び会場へ戻ろうとした。
その時――。
ゾクリと悪寒が走るのを感じたマヒロは咄嗟に地を蹴ってその場を離れた。それと同時に上から突如として姿を現したハクエンがその場に勢い良く降り立った。
恐らくマヒロをその場に押さえ付けるつもりだったのだろう。
気配を消して不意打ちを狙ったにも関わらずマヒロが勘付いて咄嗟に退いたことにハクエンは驚いているようだ。

「まさか気付くとは……。貴様、並の女では無いな? 何者だ?」
「そういうあなたこそ何者?」

ハクエンはゆっくりと立ち上がると冷たく鋭い眼差しを持ってマヒロを睨んだ。マヒロもすっかり冷静さを取り戻したのか警戒しながら身構えてハクエンを睨み付ける。

「少しだけ”生気を吸った”が、レイラとは比べ物にならん極上品で驚いた。お前のような人間がまだ存在するとは思いもしなかったよ」
「!」

ハクエンの言葉にマヒロは驚いた。そして心臓が跳ねてギュッと伸縮する感覚に襲われる。

「クク……、やはりお前も見える人間のようだな」

マヒロが見せた反応にハクエンはクツリと笑みを浮かべると軽く舌なめずりをした。

―― くっ…、油断した。

そう、確かにハクエンに唇を奪われた後、少しだけ力が抜けるような感覚が全身を襲った気はしていた。だがそれはただ単に自分の気持ちの問題がそうさせているものだと勝手にそう思い込んでいた。

「あなた……妖怪ね?」
「……」

今度はマヒロの言葉に男はピクリと反応を示した。笑みがスッと消えて無表情に変わり、赤い眼光でマヒロを睨み付けた。
そうして少しの間、お互いに牽制し合うのだが、ハクエンがまたフッと笑みを浮かべた。

「少し似ているな」
「……何ですって?」
「数日前だ。ウィルシャナに送り込んだ妖怪どもが何者かに撃退されるんでな、おれが手下を連れて直に訪れたんだが……、見事に手下を撃退する女がいた。その女とお前がどこか似ている気がしてならん」
「……その女の人はここにはいないの?」
「あァ、その女は『ゾイルに約束事を守らせる変わりにレイラを守る約束をした』と言っておれ達の邪魔を尽くしてくれてなァ。最初は人間かと思ったが……同じ妖怪であることがわかった」
「!」
「だがおれ達とは異質なものを感じた」

ハクエンはそう言うと酷く歪んだ笑みを浮かべ、マヒロは目を丸くした。

「あァ、この女は『穢れた女』だと直ぐにわかった」
「どういうこと?」
「知らないのか? 妖怪に穢された女であり、元人間だった妖怪だ」
「なっ!?」
「成程、所詮は見えるだけの人間。そこまでの知識は無いか。ならば驚くのも無理は無い」

徐に手で口元を隠すように覆いんがら低い声を漏らして笑うハクエンに、マヒロは眉間に皺を寄せて思考を回した。
人間が妖怪になるということは本当にあり得るのだろうか?
そう思った時、屍鬼により傀儡化された祖母が脳裏に浮かんだ。
確かにあの時、祖母である幻海から妖気を感じた。では、ハクエンの言う『穢れ』は屍鬼による傀儡化と同じということなのだろうか?

「あァ、その女が妙なことを言っていたな」
「……」
「『レイラを攫うことを止めるなら、その代わりにより良い極上の女をあげる』とな」
「……交換条件ってわけ?」
「あァ、おれにとってはこの上ない女だそうだ。そしてその女にとってもその方が都合が良いのだそうだ」

ハクエンはそう言うと足に力を籠め始めた。その僅かな動作にマヒロは即座に身構えたのだが、ハクエンはクツリと笑うと足元に風が舞い始めた。その風に僅かな妖気を感じたマヒロは全身に緊張を走らせ、体内に少しずつ霊気を溜め始めた。

「その女妖怪はカーナと名乗っていた。そしてその女の言う極上品の女の名はマヒロだそうだ!」
「な、何ですって!?」
「穢れた女の言い分など聞く気は無かったが、実際に会って女の言葉に偽りが無いことに驚いた。レイラも見えるだけあってその辺の人間より良い餌ではあるが、それ以上の女がいるとはなァ!」

ハクエンは地を蹴るとマヒロの背後へと回り込んだ。
今度こそ押さえ付けようとマヒロの右腕を掴んで捻り上げようとした――が、マヒロはグッと力を込めて抵抗し、内側に溜め込んだ霊気を左手に開放して纏わせると至近距離に引き寄せたハクエンの腹部を狙って攻撃を繰り出した。

「霊光雨弾撃!」
「!?」

ズドドドッ!

「かはっ!」

霊気を纏った拳の連撃を腹部に真面に受けたハクエンは、そのまま勢い良く後方へと吹き飛ばされて壁に背中から激突した。そしてズルズルと地面へとへたり込む。
思いもよらないマヒロの反撃にハクエンは驚き、痛む腹部に手を当てながら立ち上がろうとしていた。

「ば、バカな……! き、貴様、見えるだけでは無いのか!?」
「お生憎様、私はあなたみたいな妖怪とは嫌というほど戦い続けて来た人間よ?」
「くっ、妖怪と戦える人間等、そ、そのような力を持った人間等、いようはずが……」

口端から血を流しながらギリッと食い縛って睨み付けるハクエンに、マヒロは軽く肩を竦めてクツリと笑った。

「私だけじゃないのよ?」
「な、何?」

ハクエンはハッとした。そして慌てて地を蹴ってその場から退いた。つい先程、ハクエンがマヒロに目がけて上から襲い掛かったのと同じようにしてマルコがその場に現れた。

「あァ惜しい!」
「もう少し気を引けよいマヒロ」
「私のせい?」
「だろい?」

軽く首を傾げて肩を竦めるマヒロにマルコはニヤリと笑った。

「き、貴様は!?」
「話は聞かせてもらったよい」
「バカな! 側に気配など一切無かったはずだ!」
「おれには距離なんてもんは関係無くてねェ。離れた位置でも見たり聞いたりできんだよい。時間も関係無くな」
「なっ!?」

ハクエンは目を見張ってマルコを見つめた。
マルコは片眉と口角を上げた笑みを浮かべてハクエンを一瞥するとマヒロへと歩み寄った。

「ったく、マヒロは隙があり過ぎるんだよい」
「そ、それはどういったことを言ってるの?」
「わかるだろうがよい」

マルコは口をへの字に曲げるとマヒロの頬をぐにっと抓った

「いっ!? いたたたた!!」
「痛ェのは当り前だ。お仕置きしてんだからよい」

悪い笑みを浮かべてそう言ったマルコに対し、マヒロは涙目でキッと睨み付けると霊気を纏わせた右拳を放った。

「おっと!」
「そういうマルコさんだって! 貴族女とイチャイチャしてたじゃない!!」
「あ、」
「え? あァ逃げた!!」

突如として軽い痴話喧嘩が勃発したその隙を突いて、ハクエンはその場から姿を消した。
マルコは姿を消したハクエンの気配を探った。
どうやら城外へと移動したようで一時休戦といったところで、マルコは気を抜いた。だがマヒロは「逃がしたじゃない!」と怒ってマルコに詰め寄ろうとした。

「今はその時じゃねェよい。ここで戦うには人が多過ぎるだろい?」
「そうだけどっ――わっ!」

マルコは反論しようとするマヒロの腕を掴むと引っ張り込んでギュッと抱き締めた。

「!」
「お疲れだよいマヒロ」
「……」

背中や頭を優しく撫でながら労いの言葉を掛けられたら、マヒロは何も言えなくなってしまった。そして大人しくマルコの腕の中でじっとする。その内にジワリと涙が込み上げてくるのを感じたマヒロは、咄嗟にマルコの懐に顔を押し付け、マルコはクツリと笑った。

「頬……、抓って悪かった」
「……泣く程痛かったです」
「少しふざけが過ぎた。悪ィ……」
「最初から逃がすつもりでわざとしたの?」
「まァ、そんなところだよい」

マヒロが顔を上げるとマルコの手が頬に添えられた。
抓られて赤くなった箇所を指先で優しく撫でる。
マヒロは擽ったそうに笑みを零すと撫でていた指がツイッと移動してマヒロ顎を掬った。

―― !

マヒロは目を丸くしたが直ぐに目を閉じた。唇に残る嫌な記憶があっさりと塗り替えられていく。
マヒロはマルコの口付けを受けながらマルコの首に腕を回し、少しだけ二人だけの世界に浸った。

銀髪の男

〆栞
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