17


マルコは会場の中を見回してゾイルを探した。
最初は白ひげの元にいるのかもしれないと注視したがそこにゾイルの姿は無く、会場内のどこを見渡してもその姿は見つからなかった。そして、白ひげの護衛に帯同していたビスタが偶々席を外し、イゾウ達に何か話し掛けている姿を見つけたマルコはそちらへ足を向けた。

「ビスタ」
「あァマルコか、どうした…の前にだ。まずサッチがそこで倒れ込んで唸っているみたいだが、あれは大丈夫なのか?」
「ありゃあ大袈裟にしてるだけだから気にするなよい。それよりゾイルがどこにいるのか知らねェかい?」
「う、うむ、ゾイルなら大事な客と話があるからと自室へと戻っていったぞ」
「そうか、わかったよい」
「マルコ、彼女…あーレイラをマヒロに任せておいて大丈夫なのか?」
「あァ、マヒロに任せてりゃあ心配ねェよい」
「そうか」

ビスタは髭を摩りながらどこか含んだ笑みを浮かべた。その笑みを見たマルコは少し頬を引き攣らせながら乾いた笑みを浮かべ、さっさとその場を後にした。

―― マヒロに対する信頼は絶大だな。自分しか信じなかった男がこうも変わるとはな。

足早に立ち去るマルコの背中を見送りながらビスタはそう思った。

―― ビスタの野郎、何だよいあの含みのある笑みはよい……。

不満気な様相を浮かべるマルコは、未だに倒れているサッチに八つ当たりしたい気持ちに一瞬だけ支配された。だが気を失いながら「う”ー……」と唸っている様を見ると流石に悪いと思い、「チッ!」と舌打ちだけに止めておいた。

マルコはゾイルの自室へと足を運んだ。そして部屋の前に着くとノックをしようとした。だがドアノブが動くのを見止めて手をピタリと止めて一歩後退した。
ドアが開けられて出て来たのは、長い銀髪に赤い瞳が特徴的な整った顔をした若い男だ。彼はマルコの存在に気付くと少し驚いた様子で足を止めた。

「悪ィ、驚かせたかい?」
「……いえ」

男はマルコに対して軽く頭を下げると「失礼」と言って去って行った。
マルコは男が立ち去る背中を見送るとドアノブに手を伸ばした。

チリッ…――。

――!

ドアノブに触れた瞬間、僅かに電気が走ったような痛みを感じた。
先程まで男が触れていたドアノブだ。

―― こいつは……さっきの男が原因かよい?

眉間に皺を寄せて立ち止まり考え込む。

「マルコ殿?」
「!」

部屋の入口で立ち止まるマルコにゾイルは声を掛けた。マルコはハッとするとその思考を一度停止させ、ゾイルへと思考を切り替えることにして部屋の中へと進んだ。
仕事机に向かい座っているゾイルの表情は疲れ切っているかのようであまり気分も優れない様子に、マルコは片眉を上げた。

「顔色が悪いように見えるが、今の客に何か言われたのかよい?」
「あ、あァ、何、大したことでは無い。今の客は『大事な取引相手』でな、年若いがしっかりした男で良くしてもらっているのだよ。それよりマルコ殿もどうしたのだ? レイラは一緒では無いのか?」

ゾイルの問いにマルコは首筋に手を当てながら微笑を浮かべた。

「今はマヒロ……あー、オヤジの娘と一緒にいるよい」

マルコがそう答えるとゾイルは眉をピクリと動かした。その僅かな表情の動きが何を意味するのか、何となくマルコは察した。
きっとゾイルはあまりマヒロを良く思っていないのだろう。

―― まァ、娘の恋敵だからなァ、当然か。

父として娘の恋路を応援するのは極々自然なことだ。
大事な娘を恋敵となるマヒロに預け、肝心のマルコがここにいることにゾイルは不満気だ。難しい表情を浮かべながらどこか一点を見つめて黙り込んでしまった。

「ゾイル聞きてェことがあるんだが、教えちゃくれねェか?」

ゾイルの気持ちは察してはいるが、マルコは一先ずそれに関しては後に解決するとして、今は必要な情報を得ることが先決だと用向きを伝えた。
ゾイルは厳しい表情を浮かべたまま視線をマルコに戻した。

「……何が聞きたいのだ?」
「単刀直入に聞くが……」
「?」
「ゾイル、お前ェは見えない奴らに脅されてんじゃねェのか? その見えない奴らの狙いはお前ェの娘、レイラだろい?」
「!」

マルコの問いにゾイルは目を見開き愕然として固まった。

「大事な一人娘を守る為におれの側に置こうとした。違うかい?」
「そ、それは……!」
「だがそこで疑問が一つ浮かぶ」
「な、何?」
「何故おれがレイラと同じように見える人間だと知ってんだ? どうしておれがレイラをそいつらから守れる力を持っているってェことを知った?
「ッ!」
「情報を提供した奴がいるだろい? お前ェはそいつに脅されてんのかよい?」
「ちっ、違う!! そのようなことは決して無い!!」

ゾイルは焦りからかバンッと両手で強く机を叩いて立ち上がった。
必死に否定をするが、その表情は不安と怯えに支配されてか顔色が悪く歪んでいた。
マルコは眉間に皺を寄せてゾイルを睨み付けた。するとゾイルは思わず声を飲み込み、身体を硬直させて僅かに後退った。

「ゾイル、お前ェがレイラを大事に思う気持ちはおれァ理解しているつもりだよい。成長して大人になったレイラが死んだ母親に似通って来た分、尚更不安は尽きねェだろうが、このままじゃあ何にも解決しねェよい」

マルコがそう言うとゾイルは苦渋の表情を浮かべた。

「っ……、だ、だからこそ解決策として私はレイラをマルコ殿に……!」
「手紙に記載していた例の件におれが応じると思ってんのかよい? 端から無理だとわかってて、敢えて書いたんだろい?」

マルコは咎めるような論調でゾイルにそう言った。するとゾイルは途端に両膝を折って地面に手を突いた。

「お、おい!」
「頼む! 何も、何も聞かずにレイラの側にいてやってはくれまいか! でなければあの子は! あの子は!」

ゾイルは必死にマルコに訴えた。
地面に額を擦り付けて何度も何度も頼み込む。
マルコは驚いてゾイルの側に歩み寄り、腰を折ってゾイルの肩に手を置くが、ゾイルは一向に頭を上げる気配が無い。

「質問を変える」
「!」
「何があったのか詳しく教えてくれよい、ゾイル」
「ッ……」

ゾイルは口を堅く閉ざして何も言わない。
マルコは溜息を吐いてゆっくりと目を瞑った。

―― どうにも話してくれそうに無ェな。仕方が無ェ、こちらから勝手に探るか……。

「ゾイル、話したくねェなら良い。代わりにちょっと探らせろい」
「い、今、な…何と……?」

マルコの言葉にゾイルは驚いて頭を上げた。するとマルコの手がゾイルの額に触れた。
ゾイルは目を丸くして身を引こうとしたが、既に何かを察したのかマルコは片方の口角を上げた笑みを浮かべた。
そのほんの一瞬で何がどうあったのかをマルコは理解したのだ。

「成程ねい…」
「!」

マルコがポツリと零すとゾイルはそれが何を意味するものなのかを瞬時に察して目を見張った。

―― す、少し触れただけで察知したというのか!?

特別な力を得たマルコは人智を越える能力を持っている。確かにそう”話に聞いていた”が、まさかここまでとは思わなかった。

驚き固まっているゾイルの横でマルコは腕を組んで片手を顎に当てながら難しい表情を浮かべた。そして眉間に皺を寄せると「チッ!」と舌打ちをし、嫌悪感と怒りが混在した表情へと徐々に変え、盛大な溜息を吐きながらゆっくりと立ち上がった。

ゾイルはハッとして慌てて立ち上がりマルコの肩を掴んだ。

「ま、マルコ殿!」
「カーナと屍鬼が絡んでる……だけじゃ無ェ、ロダの妖怪も絡んでる……そうだろい?」
「!」
「レイラの周辺で不審な出来事が多発するようになって、見えない何かに怯えながら必死で守って来た中で、カーナってェ名の女が現れて交換条件を出された。そうだろい?」
「ッ……!」

ゾイルは「やはり」と思いつつ絶句して二の句を告げず、ただただ唖然とするほか無かった。だが懸命に口を動かして言葉を吐く。

「ひ…、額に触れただけで……」

ゾイルの言葉にマルコは片眉を上げると微笑を浮かべてコクリと頷いた。

「出来ればゾイルの口から話を聞きたかったが、どうにも頑固で話してくれそうになかったからよい。直接触れて記憶を探って見せてもらったんだよい」

ゾイルの額に触れた手を軽く挙げながらマルコはそう言うと、愈々ゾイルは何も言えなくなって呆然と立ち尽くした。

ゾイルの記憶――。

視覚化されて見えたそれは、マルコにとっては半分は良い情報で、半分は心底から嫌な情報で、とても複雑な心境に立たされた。
今回の件にはカーナや屍鬼といった類の連中とは関係の無いものだと決め込んでいた為に尚更滅入った。

〜〜〜〜〜

ゾイルの自室に突如として姿を現した一人の女。
当然ゾイルは驚いて咄嗟に武器を手にして身構えたが、女は仕事机にフワリと腰を掛けて足を組み、余裕の笑みを浮かべて口を開いた。

「娘さん、大変ね」
「き、貴様は誰だ!? 何者だ!?』
「ふふ、私の名はカーナよ。あなたの娘、レイラの周辺で何が起こっているのか知りたいでしょう?」
「!」

ゾイルが驚いた表情を浮かべるとカーナはクスクスと笑った。

「な、何か知っているのか!? レイラに、あの子に関わった者達が次々に病に倒れたり、事故で重症を負ったり、最悪死人まで出る始末だ……。一体、何が、何が起きているのか……」
「ふふ、大事な娘さんには必死に隠しているようだけど、彼女は何が起こっているのか全て知っているわよ? 残念だけど」
「な、何だと? そんな馬鹿な!」
「彼女は見えるのよ。見える上に穢れの無い清楚な処女。妖怪達からすれば極上の餌ね」
「!?」
「この島は昔から人間と妖怪の間で因縁めいたものがあることは知っているわよね?」

カーナの言葉にゾイルは驚きのあまり言葉が出なかった。

―― ま、まさか、そんな……。

「ば、馬鹿な! 妖怪等とそのような存在はただの絵空事の話……そう、御伽話に過ぎん!」

ゾイルは叩きつける様な口調で否定した。だがカーナは表情一つ変える事無く話しを続けた。

「それは見えない人の言い訳ね。見える人からすれば全て事実だもの。彼女の周りで動いているのはこの島の若い妖怪を中心として集まった連中よ? 彼らの狙いはアウディール家の子孫である”あなたに対する報復”だもの。一人娘に目を付けるのは当然よね」
「!!」
「迫害と殺戮。この島では妖怪より人間の方が残酷ね」

笑みを絶やすことが無かったカーナから表情が消えた。
冷酷で侮蔑的な眼差しをゾイルに向けるカーナに、ゾイルはグッと奥歯を噛み締めて息を呑んだ。

「お、お前は一体何者だ? 人間では無いのか?」
「ふふ、私も妖怪よ。但し、元人間のね」
「なっ!?」
「元人間の好というのも何だけど、条件次第であなたの娘を助けてあげようかと思って来たのよ」
「そ、それは……ッ、いや、しかし、信じられん……」

カーナの申し出にゾイルは踏ん切りが付かなかった。
本当なら藁をも掴む気持ちで助けを乞いたいが、目の前に突如として現れたカーナという女を、それも元人間だった妖怪等と口にする彼女を、どうにも信用できなかったからだ。
しかし、そんなゾイルの心情などお見通しなのかカンナはクツリと笑みを零す。そして組んだ足を解いてゆっくりと立ち上がった。

「話に乗らないのなら、レイラは私が連れて行くけど良いのね?」
「な、何だと!? 貴様、レイラをどうする気だ!!」
「ふふ、私の主である屍鬼様に捧げるのよ。そして私と同じようになるの。穢れを纏い、人を失い、妖怪となって傀儡になるだけよ」
「!!」

冷たくそう言い放つカーナにゾイルは完全に気圧されてしまい反論すらできなかった。

「それが嫌なら私の話に乗る事ね」
「ッ……わかった。……聞こう」

観念したようにゾイルは肩を落として了承した。そして――。

「白ひげ海賊団を知っているわね?」
「!」

予想だにしていなかった親しき海賊団の名を耳にしたゾイルは驚きの表情を浮かべると、カーナは怪しく微笑み話を続けた。

「白ひげ海賊団の1番隊隊長不死鳥マルコをこの島に留めて欲しいのよ」
「ど、どういうことだ!?」
「レイラはマルコを好いているのでしょう?」
「そ、そうだが……」
「ふふ、簡単な話。マルコがレイラの側にいれば妖怪達はレイラに手出しが出来なくなるわ?」
「な、何? 何故そのようなことが言える? マルコ殿は海賊だ。領主の娘と一緒になどなろうはずは……」

レイラが命の恩人であるマルコに憧れを抱き、恋していることは知っていた。だがそれは決して実ることの無い恋であることもゾイルは重々理解していた。
だがここに来てまさかそんな無理難題とも言える条件を突き付けて来るとは思わず、ゾイルは酷く困惑した。

「無理矢理に結び付けなさい。彼に国をやるぐらいの覚悟でね」
「ッ……何故、何故マルコ殿に」
「彼も見えるのよ。ただ見えるだけじゃない。妖怪と対等に戦える術を持つ唯一の人間だからよ」
「な、何だと!?」

―― まさか、マルコ殿が!? 妖怪と対等の力を持つ人間等、遥か昔に潰えたはずだと言うのに……!?

「彼がこの島に留まることになれば、人と妖怪の中立が保てるかもしれない。コープの町長はロダの村の存在を煙たがっているし、あなたに度々攻め入るように忠言しているわよね?」
「そ、そこまで知っているのか……」
「キリグの町長は良い商売相手として良好な関係を築こうとしているみたいだけど、コープの町長はそれが気に食わないのでしょうね。醜いライバル競争の果てに、その矛先が人として生きることを選んだ妖怪達が住む村だなんて、酷い話よね」

面白がるようにクツクツと笑うカーナにゾイルは震える両手をグッと拳に変えて鋭い眼差しを向けた。

「……マルコ殿がここに留まりさえすれば、何もかも収まると言うのだな?」
「えェ、確実に。彼は切れ者で強い上に世界最強と称される白ひげ海賊団のNo.2よ? この島にいる人間達が彼に逆らえると思う?」
「し、しかし!」
「そうしてくれるのなら、レイラの周りを脅かそうする妖怪達を私が直ぐにでも追い払ってあげるわ」
「何!? ほ、本当か!?』
「えェ」
「……一つ、質問をしても良いか?」
「えェどうぞ」
「何故、その…、マルコ殿をこの島に留めることが条件だと? その『シキ』とやらの命令か?」
「屍鬼様は関係無いわ。これは私が勝手にしていることよ」
「……」

ゾイルの問いにカーナは冷めきった声音でそう言い捨てると背中を向けた。

「マヒロとさえ離れてくれればそれで良いの」
「何? マヒロ……?』
「マヒロとマルコが一緒になることだけは許せないの。相手がマヒロでなければ、マルコがどこのどんな女とくっ付いても構わない。私はマヒロからマルコを引き離したい、それだけよ。協力してくれるかしら?」
「……わかった。レイラはマルコ殿に恋心を抱いている故、都合も良かろう」
「ふふ、親として叶えてあげなさい。今度こそ誰の為でも無く、”娘の為に”動く時よ。そうすれば少しは娘に対する罪の意識は拭えるんじゃなくて?」
「っ……そう…だな……」
「ふふ……」

且つてゾイル親子に起きた事象さえも知っているかのようにカーナは話すが、それに対してゾイルは疑念を持つことすら無かった。
最早ゾイルは暗示に掛けられたようなもので、ただただ娘の安寧と幸せを齎すことしか考えていなかったからだ。

話が済むとカーナはクツリと笑みを零し、眩い光を纏ってその場からスッと消え去った。しかし、ゾイルはそのことすらも気にも留めず、仕事机の中から羊皮紙を数枚取り出して手紙を書き始めた。

〜〜〜〜〜

一度、記憶の映像はそこで途切れた。
カーナは何故そこまでマヒロを目の敵にするのか、二人の間には何か因縁めいたものを感じる。ただただ恋敵と言った代物では無いようにマルコには思えた。
カーナが自分に好意を抱いているからだけでは無く、何かそこに別の理由がある気がしてならない。

―― ひょっとしたらマヒロなら何かわかるかもしれねェな。

カーナの真意が見えてこない以上、とりあえずこの案件は保留とした。

ゾイルの記憶 T

〆栞
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