16


パーティー会場の外れでマヒロとレイラの様子を眺めていたマルコとサッチは、少しだけ安堵した表情を浮かべた。だが、ことサッチに関しては鼻の下が若干伸びていることから、そこに不純な感情が入り混じっていることに気付いたマルコは呆れた溜息を吐いた。

「はァ…、やっぱりレイラって可愛いよなァ……」
「……サッチ、この島を出港する時にレイラを連れて行くとか言うなよい?」
「レイラは見える子なんだろ? ここに残して大丈夫なわけ?」
「いや、まァ、それは……」
「生きる術を教えるにしてもよ、時間は掛かっちまうだろうし、数日後には出港しちまうんだぜ?」

何時になく食い下がって来るサッチにマルコは訝し気な表情を浮かべながらじっと見つめると、マルコの青い瞳にサッチも真剣な眼差しで食い入るように見返した。

「サッチ、お前ェ……本当にレイラに惚れたのかよい?」
「おー、惚れちまったぜ!」

二カリと笑ってそう答えるサッチにマルコは頭をガシガシと掻いた。

「何でだろうなァ? お前ェの『惚れちまった』ってェ言葉がどうしても信用できねェのはよい」
「ンマーそれ偏見! おれっちってそんなに不純な男に見える?」
「普段が普段だからねい」

島に寄港する度にサッチは必ず町へ出向いて女を漁りに行く。そんな男が果たして一人の女に操を立てることができるのか、マルコはそれが心配だった。

「仮にもしレイラを連れて行くことになったとして、その上でサッチと恋仲になったとしてだよい」
「おう」
「そしたらお前ェ、夜遊びは完全にアウトになっちまうが、それは我慢できるのかよい?」
「……んー?」
「中都市と言えどもウィルシャナはそれなりに力のある連合都市だよい。その都市を治める領主の娘を差し置いて娼婦遊びに浮気なんてしてみろい……わかるだろい?」
「……」
「その覚悟が出来てるっつぅなら、おれはもう何も言わねェよい。好きにすれば良い。但し、オヤジとゾイルにちゃんと話を付けることは忘れるなよい」

マルコは例え話を添えての忠告をサッチに送る。するとサッチは真剣に考えてるのか大きくコクリと頷きを見せ、マルコは目を丸くした。

「よし、マルコ」
「……何だよい?」
「一発、おれを殴れ。頼む」
「は?」
「いつもの見えない攻撃でも構わねェから!」

サッチはマルコを前に合掌して拝むように懇願した。マルコは眉間に皺を寄せて疑義の目を向けるが、サッチの表情は至って真剣。とても冗談で言ってるようには見えなかった。

―― お前ェなりのケジメってェ奴かよい。

真面目に頼み込んで来る悪友の心意気に、マルコは少々感銘を受けた。
マルコは小さくかぶりを振って溜息を吐くと「わかったよい」と答え、サッチに向けてそれなりの力を込めてサッチを一発ぶん殴った。

バキッ!

「これで良いねい」
「いよっしゃあァァァ!」

マルコに殴られたサッチは痛がりもせずに意気揚々と声を上げた。

「おれっちは覚悟は決めたぜ! このサッチ様がレイラの心の傷を癒す救世主に――」
「あー、止めときなサッチ」
「――あん? 何だってんだイゾウ?」

サッチが覚悟を決めた宣言をすると同時にイゾウが現れて声を掛けた。マルコは片眉を上げてイゾウへと顔を向けると、イゾウと共にハルタとエースもそこに居て、三人がそれぞれサッチに意見を述べた。

「ありゃあ根っからのお嬢だ。海賊船には乗せるべきじゃあない」
「そうだよ。マヒロと違って彼女は戦う術も生きる術も持たないお嬢様だから直ぐに根を上げるよ」
「おれはどっちでも良いと思うけど、足手纏いになるとは思うぜ?」

三人の意見は挙って反対――と言っても、エースはどうでも良いようで肉を頬張るのに夢中といったところだ。

―― あァ、そうだった。こいつらは近くで宴会してやがったんだよい。

マルコは三人から視線を外して少し離れた場所にいるナースの三人へと向けた。
ニコラとスージーとアビーの三人は会話に花を咲かせているのかとても楽し気に過ごしている。
そして再び視線を目の前の隊長連中に戻した――が、途端にマルコはヒクリと頬を引き攣らせた。

「おれっち、殴られ損!?」
「直ぐに諦めるのかよい!?」

サッチはマルコに殴られた頬を両手で摩りながら涙混じりに叫ぶとマルコは柄にも無く速攻でツッコんでしまった。
イゾウとハルタはそれが面白かったのか二人して「アハハッ!」とお腹を押さえて笑い、エースは肉を頬張ったまま――――ガクリと寝落ちした。

「寝るなエース」
「おぶふっ! ハッ…寝てた!?」
「はァ、おれっちの恋はどこにあるってんだよ……うぅ……」
「サッチの春は当分無いと思うよ?」
「……ょぃ……」

イゾウ、ハルタ、エースの反対意見によりサッチの決意は脆くも崩れ去った。

―― いや、マジで諦めるのが早過ぎんだろい!? お前ェはレイラを何だと思ってやがんだよい!?

且つて人質となった幼いレイラを助け、その時からレイラはずっとマルコに憧れて好意を抱き続けて来た。その為か、レイラに対してマルコは親身となって助けてやりたい気持ちが強かった。そんなレイラに対するサッチのあまりにも軽い気持ちとその変わり身の早さにマルコは本気で腹を立てた。

―― 多少なりともおれはお前の心意気に感銘したってェのによい……。

腹の底からゴゴゴゴッ…と怒りの轟音が鳴り響く。
額に青筋を張るものの不気味な程に無表情となったマルコは、手加減一切無しの霊気弾をサッチの後頭部に目掛けて剛速球で投げ付けた。

ズバッ! ブパン!!

「ぷげっ!?」
「「「!!」」」

ズッドオォォォン!!

目が飛び出る程の衝撃を後頭部に受けたサッチは、敢え無く吹き飛ばされて先の壁へと激突した。
イゾウとハルタはヒクリと頬を引き攣らせ、敢え無く地面に倒れ落ちるサッチを見届けてマルコへと顔を向けた。

「相変わらずエグい攻撃さね」
「ハハ…、今回はまた特に強烈だよね」

多少青褪めてポツリと零すイゾウとハルタにマルコは不機嫌に舌打ちをした。そしてふと末弟のエースに視線を移した。すると、大量の肉を口の中に放り込んだまま呆気に取られて見つめるエースは興味深そうにマルコに言った。

「おれ、初めて見たぜ。本当に凄ェんだな。何にも見えねェし何にも聞こえねェのに勝手にサッチがぶっ飛んじまうなんてよ。これってあれだろ? 何だっけ? ポル…ポル…ポルトガルガイド?」
「は?」

エースの発言に何が言いたいのかよくわからないマルコは眉を顰めた。するとハルタが首を大きく振った。

「それを言うなら『ポルターガイスト』だよエース」
「おう! それ! よく知ってるなハルタ!」
「ハルタは心霊モノが好きだからねェ。何が面白いのかは理解できねェが」
「……」

小さくかぶりを振りながらイゾウは煙草を取り出して火を点け、プカプカと紫煙を吐く。いつもの煙管では無く、煙草を吸っているイゾウの姿は非常に貴重なものに見えた。

「スーツに煙管は合わねェからな」

イゾウがマルコに向けてクツリと笑うとイゾウはニコラ達がいる所へ戻って行った。

「あ、そうそう、あのさマルコ」
「何だよいハルタ?」
「ついでだから今の内に言っておくことがあるんだけど」
「?」
「次の島からで良いから凄く怖い心霊スポットを探してよ。スージー達と『肝試し』をやろうって話になってさ、イゾウが「それならマルコに頼めば良い場所が簡単に見つかるんじゃねェか?」って言ってさ、凄い名案だよねってことで宜しく」
「は……はァ? ちょっ、おい待てよいハルタ!!」
「期待してっからな! マジで頼むぜマルコ!!」

ハルタはマルコの返事を聞かずに足早にイゾウの後を追い、肉を漸く飲み込んだエースが止めとばかりに笑顔でそう言った。

「おれはまだ――」
「エース! 早く戻って来てよ!」

マルコが反論しようと何か言い掛けたが、アビーの声が重なり掻き消された。

「おー! 悪ィなアビー!」

アビーに手を挙げて応えるエースはマルコを残して颯爽とその場を去って行った。
マルコはただただ唖然として立ち尽くし、順じてギリギリッと奥歯を強く噛み締めて苦い表情を浮かべた。

―― 何でおれがお前ェら遊び先を提供しなきゃなんねェんだよい!? っつぅか、仕事しろよい!!

不満だらけのマルコは心内で紛糾の声を上げながら頭をガクリと落として影を背負うのだった。

一方――。

マルコがサッチに向けて極限の霊気弾を放つ瞬間をマヒロはちゃんと目撃していた。
あまりにも突然の高圧縮された霊気に驚いて振り向いた瞬間だった。
目を大きく見開き、サッチに直撃する瞬間に起きた大きな音を聞くと同時に肩を竦めて身を縮こませ、思わず目を瞑って渋い表情を浮かべた。
並の人間には決して見えないし聞こえないので、急にサッチが吹き飛ばされるだけの不可解な現象でしかない――が、幸いにも会場にいる人達は会話に夢中なだったり社交ダンスに夢中なだったりと、誰も気付いていない様子に、マヒロはホッと胸を撫で下ろした。

だが――。

「あ、あの、マヒロさん……」
「え?」
「い、今、男の人が凄い勢いで宙を飛んだように見えたのだけど、わ、私の見間違いでしょうか?」

何だか見てはいけないものを見てしまったのかもしれない――そんな表情を浮かべながらレイラが言った。それにマヒロはギクリとして思わず息を呑んだ。

―― 見てた人が隣にいた!!

どう説明したものかと焦りながらマヒロはとりあえず笑って誤魔化そうと考えた。

「や、そんな、まさか〜、レイラさんったら、人が宙を飛ぶだなんてあり得ないですよ〜。ふふ、冗談がお上手なんですから〜」

あまりにも不自然な物言いだが、マヒロにとっては精一杯だ。

―― ま、まま、マルコさんってば、何やってるの!?

「え? で、でも、確かにマルコ様の手から青い光が放たれて……それに凄い音もしてましたのに……」
「へっ!?」
「え?」

レイラの言葉にマヒロはゆっくりと振り向いた。目を見開いて口をパクパクと開閉を繰り返すマヒロにレイラは若干身を引き、不味いことを言ったのだろうかと不安に襲われて口元を押さえた。

ガシッ!

「キャッ!」

何の前触れもなく突然にマヒロがレイラの両肩をしっかり掴んだ。

「れ、れれレイラさん! ひょっとしてあなた……見えるの!?」
「え? えェ、見えました…けど……」

コクリと頷くレイラにマヒロは心底から驚いて固まった。マヒロのその反応にひょっとしたらマルコが放ったあれは『見えない人』には見えていないのかもしれないとレイラは思った。

―― そう言えば誰も気付いて無い……え? ということは……。

『見える人』には見えるということ、それはつまり――。

「え? ま、待って、まさかマヒロさん、あなたも……?」

レイラがマヒロに問い掛けた時、良いタイミングで再び盛大な音楽が会場に鳴り響いた。
マヒロの声とレイラの声は周囲には届くことは無く、傍から見ればお互いに驚き合って口をパクパクしているようにしか見えない。

「見える…人なの?」
「えぇ、一応……」

周りの者が誰一人として見えないものを自分だけが見えてしまう。この力が一体何なのか、どうして自分だけが持っているのか、レイラはずっと秘密にして生きて来た。
その力が原因で王牙鬼という者を呼び寄せてしまい命を狙われているのだと察した時、誰に助けを求めて良いのかわからず半ば諦めていた節もあった。
しかし、運良く白ひげ海賊団が寄港したことで、どうしてか不思議と『助かる』という気持ちを抱いたことは確かで、きっとこれは憧れて恋焦がれたマルコに会えるからだと無理矢理そう理由をこじ付けて気持ちを楽にした。

〜〜〜〜〜

「見えるんだねい?」
「……え?」
「レイラは見えるんだろい?」
「!――」

〜〜〜〜

数刻前、自室に招いて言葉を交わしたマルコもそう言っていた。つまりマルコも『見える人』なのだ。そして目の前にいるマヒロも『見える人』で、二人して「レイラを助けに来た」と口にした。

―― だから……、助かるって思ったのね……。

見える力を持つのは自分だけでは無かったことや、その力が何であるのかをよくわかっている様に話すマルコとマヒロに、レイラは心底から安堵して頼もしく思えた。
一方、マヒロも胸に抱えていた疑問が漸く解けてスッキリしたといったところだ。手紙に記載されていたレイラの名前に黒い靄が掛かって見えたのは、『妖怪』がレイラを狙っているが為だ。

―― 成程、納得だわ。

マヒロは一呼吸置いて気持ちを落ち着けるとレイラに向き直って目を見つめた。
改めて真剣な眼差しを向けて静かに話し始めるマヒロに、レイラは胸がきゅっと締め付けられるような気分になった。
驚いたり笑ったりと様々な表情を見せる中、今、目の前で真剣に親身になって話し始めるマヒロはとても「綺麗な人……」と、素直に思った。
芯が強く凛とした表情を見せるマヒロの口から「必ず守ります」という言葉を聞かされた時、レイラは静かにゆっくりと目を閉じて深々と頭を下げたのだった。

―― 私はあなたを試すようなことをしたのに……、怒るどころか私を『守る』だなんて……。

レイラは心の内で謝罪の言葉を何度も繰り返した。

―― ごめんなさい。ごめんなさい、マヒロさん。ごめんなさい……マルコ様……。

頭を下げたままレイラは縋るように言った。

「ッ……助けて。……私をッ……父を、助けてッ……お願い……」

会場に大音量で流れる音楽に掻き消される程にとても小さく消え入りそうな声だった。だがマヒロの耳にちゃんと届いていた。
マヒロがレイラの手にそっと触れるとレイラは顔を上げた。
マヒロは真っ直ぐレイラを見つめながら軽く頷いて笑みを零した。

「必ず助けます。信じて? 私を…、ううん、私じゃ無くても良い。あなたが愛してやまないマルコさんを信じて」

マヒロがそう告げるとレイラは再び涙を零して何度も頷きながら「はい」と小さく返事した。そして両手で顔を覆いながら声を殺して泣いたのだった。

見える者、見えない者

〆栞
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