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煌びやかな衣服を着た如何にも『貴族です』といった風貌の人達が、会場中央にあるホールで音楽に乗って社交ダンスを始めている。
マヒロとサッチは適当に料理を取って食しながら会場の端にある椅子に座っていた。

「何だか落ち着かないですね」
「そりゃあおれ達みてェなのは完全に場違いだからな」
「そういえばサッチさんは行かなくても良かったんですか? イゾウさんやハルタさんとエースがオヤジ様の元に呼ばれたみたいですけど……」
「おう、おれはマヒロちゃんと一緒にいるのが仕事だからな」
「え?」
「マルコがいねェ間はお前が側にいてやれってオヤジに言われてんだ」
「……何だかごめんなさい」

何となく悪い気がしたマヒロはサッチに頭を下げた。するとサッチは眉尻を下げた笑みを浮かべた。

「だから良いんだって、気にする必要はゼロだってんだ」
「……でも、正直な所」
「ん?」
「あっち側にいたかったでしょ? 綺麗なお姉さん達に声を掛けて……」
「えーっとね」

マヒロはサッチをじっと見つめ、サッチは若干「うっ」と声を漏らしながら身を引いて視線を外した。

―― そりゃあ、正直な所を言やァおれっちも彼女は欲しい。

口にはしないが心内でついつい本音を漏らしたサッチは、コホンと一つ咳払いをすると会場を見渡しながら話題を変えた。

「とりあえずだ、マヒロちゃんは『マルコ側の仕事』に集中……つっても、マルコの奴はレイラと一緒にどこかに消えちまったみてェだけど……」
「あ、それはきっと探りに行ったんだと思います」
「ん? 探りって?」
「マルコさんは察知能力に凄く長けてるみたいで、ちょっとした『残り香』に触れただで見えるって言ってましたから」
「……悪ィ、半分以上がよくわかんねェんだけど……」
「霊気や妖気が少しでも残っていれば、それに触れた瞬間に、そこで、誰が、何をしたのか、何が起こったのか、過去に起きた物事の事象を視覚化して見ることができるということです」

マヒロの説明を聞いたサッチは目を丸くした。そして何となく椅子に深く座り直して眉間に皺を寄せ、両膝に両肘を乗せて頬杖を突く。
見える力、つまり霊力というものは、自分が思っていた以上に大きな力であることを思い知った。だからこそ、妖怪と呼ばれる人外の者達がそれを欲してマヒロやマルコを襲いに来るのだということを、サッチは改めて理解した。
まだ少し驚いたままの表情を浮かべるサッチは賑わう会場中央へと視線を向けたまま、徐に口を開いて話を続けた。

「……その見えるって言うか、霊力っつったっけ? そんなに凄ェ力があるんだな」
「いえ、違います」
「ん?」
「その力はマルコさんに限るんだと思います」
「え? マヒロちゃんはできねェの?」
「はい。『何かがあった』ということは何となく把握はできますが、『視覚化』は流石にできません」
「……マルコだからできるってこと?」

サッチの問いにマヒロは頷いた。

―― おーいおい、マジか? それってつまりマルコの奴は本家超えしちゃってるってェこと?

「……ひょっとしてあいつって凄ェの?」
「凄いも何も、とんでもなく強くなってます。私なんか足元にも及ばないぐらいです」

少しだけ溜息を吐いて苦笑しながらマヒロは答えた。サッチは「へェ……」と小さく声を漏らしながら頬杖をやめて腕を組み、椅子の背凭れに身体を預けて天井を見上げた。

―― え? じゃあ何か? マヒロちゃん曰く『とんでもなく強くなってます』なマルコの攻撃を、おれっちはこれまでずっと真面に食らって来たってェわけ……?

最初こそ「死ねる!」程に痛かった記憶がある。見えない攻撃を顔面に受けて吹き飛んだあの日、あの時、あの瞬間、その時のマルコの顔は絶対に――そう思った瞬間――。

「はァ!? あいつのあの顔はマジ切れしてんだから絶対に手加減なんかしてねェってんだよ!」
「わっ!?」

突然にサッチが声を荒げてガタンと立ち上がった。隣に座るマヒロは思わず驚いてビクリと身体を強張らせて若干だが椅子から跳ねた。そして瞬きを忘れて見開く目をゆっくりとサッチに向ける。
サッチの表情はワナワナと少し怒りを模しており、額には青筋が張っていた。
マヒロは焦って周囲を見回したが、音楽の音が大きいからか幸いにしてサッチの怒声は掻き消され、誰の耳にも届いていなかったようで、マヒロはホッと胸を撫で下ろした。

「ま、まァまァサッチさん、落ち着いて」
「はァはァ……」

とりあえずサッチの腕を引いて椅子に座らせると、サッチは興奮気味なのか呼吸を荒くしながら、どこを見るでも無く呆然としている。
サッチが口走った台詞等を精査して何となく察したマヒロは、苦笑を浮かべながらサッチの背中を優しくトントンと叩いて宥めた。

―― 絶対に手加減なんかしてねェ…か。

サッチの台詞を心内で復唱する。それはマヒロもずっと疑問に思っていたことだ。
マルコがサッチに向けて放たれる霊気は相当強力なものだった。しかし、そんなマルコの霊気を真面に受けてもサッチは平然と立ち上がったことの方がもっと驚いたことで――。

「落ち着きました?」
「お、おう、わ、悪ィ……」

一呼吸を置いて落ち着きを取り戻したサッチは苦笑して小さく笑った。だがその後も小さな声でブツブツと文句らしき言葉を漏らし続ける。

「バナップルめ」
「!」

―― え? ば、バナップルって……。

サッチが漏らすマルコへの恨み言を耳にしたマヒロは『バナップル』なるものを瞬時に考えた。
マルコの顔がボワンと浮かぶとそこから分離するようにして現れたのは『バナナ』と『パイナップル』だ。

―― や、やだ! ちょっと!

何だか急に愉快な気持ちになって、何だかそれが可笑しくて、マヒロは思わずクスクスと笑った。するとサッチは不服な表情でブツブツ言っていたのを止め、隣で笑いを堪えるマヒロに片眉を上げて「ん?」と首を傾げた。

―― あれ? おれっちマヒロちゃんにツボるようなこと何か言ったっけ?

何だかとても楽しそうに笑うマヒロを見つめていたサッチは、「まァ良いか」とよくはわからないが笑みを零し、まだグラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
そして――。
楽しい会話は一時休戦し、暇を持て余し始めたマヒロとサッチは各々が気になる景色に目を向けてぼ〜っとしていた。

「……暇…ですね」

何となくマヒロがポツリとそう零したが、サッチからの返答は無かった。どうしたのだろうとサッチを見ると、サッチは一定の方角をジッと見つめていた。そして何やら拳をギュッと握り締めながら若干だがワナワナと身体を震わしていることから何かあるのかとマヒロも同じ方角へ目を向けた。

―― あ。

パーティー会場から外れた場所で、エース、イゾウ、ハルタとアビー、二コラ、スージーの六人が楽しそうにお酒を飲んでいる姿がある。しかも俄かカップルのはずだったのに、どうしてかいつの間にか仲の良い恋人カップルのようで、とても良い雰囲気を醸し出していた。

理由がわかったマヒロは手前のサッチに視線を落とした。
サッチは「うー」だの「ぐぬぬ…」だの、若干恨みがましい呻き声を漏らしている。そして背中から放たれる殺伐とした空気の中に殺気染みたものさえあった。

―― はァ…、恋人時間は終了ってところかな。

最早何も言うまいとマヒロは呆れた表情を浮かべて小さくかぶりを振った。そしてパーティー会場の中央へと目を向けて暇そうに足をプラプラさせた。
そして――。
煌びやかな衣服を纏う貴族達の社交ダンスを見ていても特に何の感慨も抱かなかったマヒロは、会場の入口付近に視線を向けた。するとそこにはレイラと手を繋いだマルコがこっちに向かって歩いて来る姿が目に飛び込んで来た。
それにはどうやらサッチも気付いていたらしく、マルコに向けて軽く手を上げた。

「おう、楽しんで……ってェ感じでも無ェか」

サッチは気さくに声を掛けたが、マルコの後ろに付いて歩いて来たレイラの表情があまり明るくないことから、少々言葉を濁して苦笑を浮かべた。
レイラの表情が冴えないことから何かがあることは察したが、どうもそれだけじゃないことにサッチは直ぐに理解した。
マルコがレイラを連れてこちらに来た時点で理由はただ一つだ。

―― マヒロちゃんのことを話したな? 可愛そうだがこればっかりは仕方が無ェよなァ。……しかし、美人で可愛いのに勿体無ェ……。

「サッチ、ちょっと良いかよい?」
「は? おれ?」

てっきりマヒロに声を掛けるものだと思っていたサッチは面食らって素っ頓狂な声を上げた。

「話があるんだよい」
「え、おれっちに?」
「そうだよい」

一体全体どういうことだと言わんばかりにサッチが眉を顰めるとマルコは視線をマヒロへと移した。

「マヒロ、レイラを頼むよい」
「え? あ、はい」

マルコはサッチを手招いて席から立たせるとそこにレイラを座らせた。そしてサッチを引き連れてその場を後にする。
マヒロの隣に腰を下ろしたレイラは顔を俯かせたまま黙っている。
マヒロは気遣って笑みを浮かべるものの、レイラはマヒロを見ようとはせずに静かに目を瞑った。そして両膝の上に置いた両手をギュッと握り締める。

―― な、何だろう? どうしてこんなに空気が重いの?

数刻前、マルコと再会して喜んでいたレイラは花のように可憐で明るく綺麗な女性だった。しかし今はまるで別人のようで雰囲気はあまり良く無くて、どちらかというと陰めいた悲し気な空気を纏っているのだから、戸惑うのは当然だろう。
どうしたものかと視線を宙に泳がせるマヒロは、何か言葉を掛けた方が良いのだろうかと思案するものの何も思い浮かばずに眉間に皺を寄せて軽く唸った。

「……あの」
「ッ! は、はい!」

懸命に思案しているところをレイラから声を掛けられたマヒロは、慌てて返事をした。
少し勢い余って声が大きかったかも――と、咄嗟に手で口を押さえ、周囲を伺い見てから苦笑を零す。
そんなマヒロにレイラは少しだけ笑みを浮かべた――が、やはりそこには苦い色が見え隠れしていて、無理して笑っているのだとマヒロは察した。

「マヒロさん……ですよね?」
「はい。あ、ご挨拶していませんでしたよね? 白ひげさんの娘として参加させて頂きましたセンザキマヒロと申します」

マヒロは居住まいを正し、挨拶をしながら丁寧に頭を深く下げた。
まさかこんな風に丁寧に挨拶をして来るとは思っていなかったレイラは少しだけ呆気に取られて眺めていた。少し間を置いてハッとしたレイラは慌てた。

「わ、私はウィルシャナ領主の合うディール・ゾイルの娘、レイラと申します」

居住まいを正してペコリと頭を下げたレイラにマヒロはクツリと笑った。

「ふふ、存じております。レイラさん、宜しくね」
「……」

マヒロが優しく笑って手を差し伸べるとレイラはキョトンとしながらもその手を握って握手を交わした。

―― この人がマヒロさん……マルコさんが唯一愛する大切な人……。

そう思ったレイラは眉尻を下げて悲し気な表情を浮かべ、握った手を直ぐに離した。するとマヒロは離された手が所在無さげに宙を彷徨い、行き着いた先は自分の首筋で手を当てて溜息を吐き、またしても悩み始める。

―― ど、どうしよう? レイラさんが凄く泣きそうなんですけど何があったの? ねェマルコさーん! どこに行ったの〜!? 早く戻って来て〜!!

心内で子供化したマヒロは――え〜ん! どうしよ〜!――と涙ながらにオロオロしていた。

恋敵*対面

〆栞
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