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白ひげが”いつも通りの変わらない姿”で出て来たのを見たマルコ達は目を丸くした。そして白ひげの護衛として参加することになったビスタやジョズもいつもと変わらない姿で合流した。

「お、オヤジ……そのまんまで行くのか?」
「グラララララッ! 馬子にも衣裳だなァエース!」

愕然とするエースに白ひげはそう言うと視線を横に移してニヤリと笑みを浮かべた。

「お前ェらも良く似合ってるぜ」
「ッ……」
「なァんでオヤジ達は普段着なのさ!」
「バカ野郎、おれにそんな格好して出ろってェのか? おれァ海賊だぜ、グララララッ!」
「「「おれ達も海賊だぜオヤジ!!」」」

楽し気に笑う白ひげにサッチ、エース、イゾウ、ハルタは一斉に抗議の声を上げ、マルコは額に手を当てて大きく溜息を吐いた。そして傍から見ていたマヒロは瞬きを繰り返した。

――えェ…? みんな似会ってて凄くカッコいいのに……。まァ、海賊だから仕方が無いか。

そう思ったマヒロは苦笑を浮かべたのだった。





ウィルシャナ共和連合都市は厚い城壁に囲まれた要塞都市で、関門を超えた先にはまた広い丘が広がっている。そしてそこから道なりに歩いて行くと一際大きな街が広がっていて、周囲より少し高い丘の上に城塞がある。

今夜、ここウィルシャナ共和連合都市において、キリグ、コープ、そして周辺の島々を含めたシャブナス全域の総出による大きなパーティーが開催される。それは定期的に行われる同盟国間や周辺の島々の長との懇親会として行われるものなのだが、これに人々が力を入れるのは人の繋がりを得る為――。つまりは商談等経済面において最も重要な場でもあるということだ。
また、同盟国の王家や貴族達も来賓するとあって『玉の輿』を狙う者も多い。
この日、この時、人生において大きな転機が得られる可能性が極めて高く重要なウィルシャナ市街には所狭しと人、人、人で溢れ返っている。

「凄い賑わいですね」

マヒロは思わず感嘆の溜息を吐きながらそう言った。

「楽しんでるっていうよりは何だか必死に見えるのって僕だけ?」
「ハルタ、そりゃ正常だってんだ。おれっちにもそう見える」

呆気に取られながらハルタが疑問を口にするとサッチも同じ様に目をぱちくりとしたまま同意の言葉を漏らした。

「あァこちらにおられましたか! 大変お待たせ致しました! ここは人通りが大変多くございますから、皆様どうぞこちらへ、会場まで私がご案内致します!」

馬車から下りた執事風の格好をした男が慌てて小走りに走って来ると深々と頭を下げた。そして白ひげ一行の先頭に立って誘導し、人通りの少ない裏門からウィルシャナ城塞内へと案内した。
ここは『城』では無いのだが、城塞というからにはそれなりに大きい。初めて城らしき建物に入ったマヒロやエース、ハルタ等は目を丸くして周囲を見回していた。
イゾウはあまり興味が無いようで何の感慨も抱いていないようだ。――というよりも、どうも洋装が落ち着かないようで、そちらに気を取られていたようだ。

「おお、皆様ようこそ我が城塞へ! 白ひげ殿と隊長方御一行様を心よりお待ちしておりましたぞ!」

正装したゾイルが出迎えに来て挨拶を述べると深々と丁寧に頭を下げた。

「グララララッ! ゾイル、くだらねェ小芝居してんじゃねェよ。背中がむず痒くならァ」

白ひげがそう言うとゾイルは頭を上げて苦笑を浮かべた。

「はは、すまんな。一応礼儀として挨拶したまでだ」

白ひげは片眉を上げてニヤリと笑うと辺り一帯を見回した

「初めてここに来た時とは随分と見違えた建物になっちまったなァ」
「あァ、ロワナ国との貿易を振興してからロワナ国のハブリエル国王と親しくなってな。おかげでシャブナス一帯は大きく栄えることができたのだ。この城塞がその表れといったところだな」
「そうか、そりゃあ良かったじゃねェか」
「ハブリエル国王は大変出来たお方だ。是非とも白ひげ殿とお会いしたいとの申し出を受けた為に御足労を願ったわけだが……」
「グララララ! 一国の王がおれみてェな海賊に会いてェとはなァ。ロワナ国といやァでけェ国だ。世界政府の介入を嫌い、世界から独立して繁栄する国だが……、その国の王となるだけあって『変わり者』とみえるな」
「まァ間違っちゃあいないが、あまり本人の前では言わないで頂けるかな白ひげ殿?」
「あァ、お前ェの顔に泥を塗らねェようにはしてやらァ。ところで、このパーティーだが……」
「大体の想像はつくだろうが、ハブリエル国王の息子で次期国王となられるラウレンス王子の嗜好だ」
「成程、出来のイイ息子にゃあ恵まれなかったってェとこか」
「……やはりそう思われるか……」

白ひげとゾイルの会話を傍で聞いていたマヒロは溜息を吐くゾイルを見つめながら納得していた。

―― 出来た人の息子は大抵愚鈍だったりするのよねェ……。

世界は違ってもそこは似たようなものなのだなとマヒロは苦笑を零した。その時――。

「マルコ様!」
「! お前は……レイラ…かい?」

突然マルコを呼ぶ女性の声が上階より聞こえて来た。マルコが上を見上げるとマヒロも釣られるように視線を向けた。
上階にいたのは長い金の髪を二コラのようなギブソンタックスタイルの髪形で纏めている青い目の如何にもお嬢様といった風貌の女性だ。
目鼻立ちが良くて清楚で優雅な雰囲気が全身から醸し出されており、とても美人で綺麗な人だとマヒロは思った。それと同時に、その女性がマルコを見つめる表情を見た瞬間に「あァ……」と、思わず声が出そうになるのを寸止めした。

―― 彼女、凄く想ってる。マルコさんのことが好きで愛しくて仕方が無いって、そんな表情をしてる……。

胸が締め付けられるような思いに駆られるマヒロだったが、これは覚悟していたことだ。
今日は白ひげの娘として白ひげ海賊団の一員での参加だ。
そこに私情は決して挟むべきでは無い。
何よりマヒロとマルコは他人が介入する隙すら無い程、強い絆で結ばれているのだから動揺するだけ無駄な労力だ。
マヒロは軽く深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせると、自らサッチの腕に手を伸ばして腕を絡ませた。するとサッチは片眉を上げて視線を落とし、こそっとマヒロに話し掛けた。

「……マヒロちゃんは大丈夫?」
「何がです?」
「あんまり無理して我慢すんなよ? 気持ちが辛ェならサッチさんが聞いてやっから」
「ふふ、ありがとう。それよりサッチさん」
「ん?」
「私が相手ですみません」
「え? 何で?」
「本当なら好きな人をお誘いしたかったんじゃないのかなって……」

遠慮がちにマヒロがそう問い掛けるとサッチはクツリと苦笑を零した。

「あ〜、大丈夫。そこは全く問題無ェよ。おれっちはマヒロちゃんが相手で凄く嬉しいぜ? その辺の下手な女を相手するぐらいならマヒロちゃんの相手役の方が断然良いってんだよ」

サッチはにっこり笑ってそう言うとマヒロをエスコートしながら歩き出した。そうしてチラッと上階付近に差し掛かる階段上を一瞥し、なるべくマヒロには見せないようにしようと気遣う。
ゾイルの娘であるレイラがマルコを前にして頬を赤らめながら楽し気に話をしている。
サッチはマヒロへと視線を戻すとマヒロもサッチへと視線を向けて目が合った。

「サッチさんって気遣い屋さんですよね」
「んー…、まァな〜」
「どうしてモテないなんて……」
「え? 誰がそんなこと言ったの?」
「あ、えっと……」

マヒロは視線をスイっと外した。しかしマヒロにそんなことを擦り込むのは後にも先にもマルコしかいない。そんなことぐらいサッチが気付かないなんてことは無いのだが――マヒロは「えっとですねー」と、何と答えようかと考えているのだ。

―― あァ…マヒロちゃんって嘘が付けないタイプなんだな。……くぅ、本当に純粋で可愛いぜ畜生!

多少眉をクッと顰めたサッチだったが、思案して悩むマヒロの肩をポンポンと軽く叩き、サッチに視線を戻して再び視線が合った。

「誰が言ったかなんて大体わかるから何て言おうかだなんて悩む必要は無ェよ」
「え? あ、そ、そう…ですか……」
「あー、しっかしよォ……」
「?」
「美人で可愛いよなァあの子。っつぅか、なァんでマルコばっかりモテんだ……」

サッチは納得できないと不満気な表情を浮かべて愚痴った。するとマヒロはキョトンとした。

「……サッチさん」
「ん?」
「今し方言いましたよね?
「んー?」
「今日は私の彼氏になるんですから、ちゃんと私の相手を、して、くだ、さい!」

マルコと話をするレイラをじっと見つめるサッチの頬に、マヒロはそっと手を伸ばして添えると無理矢理に自分の方へと顔を向けさせた。その時――ゴキッ!――と、何やら不穏な音が聞こえた気がしたが、この際スルーを決め込む。

「おおうっ…わ、悪ィマヒロちゃん。わ、わかったってんだよ」

サッチは音が鳴った首に手を添えながらマヒロを引き連れて会場の端にあるベンチへと向かい、並んで腰を掛けた。

「マヒロちゃんは強ェのな」
「ふふ、信じてますから」

最初こそ多少なりとも動揺はしたようだったが今では平静そのものだ。マヒロは物事を分別して判断できる子なのだとサッチは感心した。

―― なら、そう気遣う必要も無いってんなら……あァ、良い機会だ。

こうしてマヒロと二人きりで行動することは滅多に無い。今の内に聞きたかったことを色々と聞けるチャンスだ。

「ちょっと聞きてェことがあるんだけど……」
「はい、何でしょう?」
「マヒロちゃんは『見える』んだよな?」
「え?」
「幽霊って言うか妖怪ってェ奴をさ」
「あ、はい」
「例えばなんだけどよ」
「?」
「見えない奴がさ、見えるようになるにはどうすりゃ良いかわかる?」
「……見えるようになりたいの?」

マヒロは少し眉を顰めた。会場に集まる人々をじっと見つめて話すサッチの横顔を見るも、その真意が今一つ測り切れずに返事に困った。
マヒロは少し考えた。少し間を置いてあることがふっと脳裏に過るとハッとして遠慮気味に聞いてみることにした。

「……まさか女性探しの時に人間か妖怪かを探る為……ですか?」
「うん、不正解。あのよ、その悪しき”刷り込み”をマジでマヒロちゃんの記憶から削除してくんない?」

少し軽蔑するような眼差しを向けるマヒロにサッチは溜息を吐いて真顔で否定した。

「じゃあ何故そんなことを聞くの? ……あ、マルコさんからの攻撃を避ける為ですね?」
「いや、それも不正解。っつぅか、マヒロちゃんって聡い子かと思ったけど割と天然なのね」
「天っ!? 失礼な……」
「ハッハッハッ、マルコが言ってた通りだ。直ぐに拗ねてるし」
「なっ!?」
「直ぐに怒る」
「……」
「んで無の表情になって黙っちまうって……本当にコロコロと表情が変わんだなァ。ハルタが言ってたぜ? マヒロは百面相だってよ」
「むぅ……、皆して私の事をそう見てたのね。……酷い」

わざと唇を尖らせて不機嫌な様相を浮かべたマヒロは、泣いては無いが涙を拭う仕草をして見せた。するとサッチは眉尻を下げて苦笑を浮かべた。

「あー悪ィ悪ィ。別に悪い意味で言ってんじゃねェってんだ。そう気を悪くすんなって」

ポンポンとマヒロの肩を叩いて宥める言葉を述べるサッチをじっと見つめるマヒロは視線をサッチの頭上に向けて笑顔を浮かべた。

「そう言えばサッチさんのフランスパンが行方不明ですね。どこかに落ちていないか探してきましょうか?」
「はァ…、悪ィ恋人兼兄貴の悪影響だ。そんなマルコとそっくりな意地悪文句を言っちゃダメだぞ」

ひくりと頬を引き攣らせながらサッチは言った。

「ふ〜んだ」

マヒロはサッチから顔を背けて拗ねて見せた――が、直ぐに「ぷっ!」と吹き出して笑い出した。するとサッチも釣られるように笑い、マヒロの頭に手を乗せてクシャリと撫でるとそのまま軽く小突くような仕草をした。
そんな二人を少し離れた場所にいたイゾウとニコルのペアとハルタとスージーのペアが見ていて目を丸くしている。

「何あれ? あの二人、何だか雰囲気良過ぎない?」
「本当だ。あの二人って意外に仲が良いのね」

ニコルとスージーが話している横でイゾウとハルタは苦笑を浮かべた。

「マヒロにとっちゃあサッチは『良い兄貴』って感じだろうねェ」
「マルコやオヤジ以外で気兼ねなく話せる相手なんだと思うよ?」
「「え? そうなの?」」
「「……」」

イゾウとハルタは何となく『女って怖いな……』と思った。
驚いている二人の奥に何やらドロドロとした恋愛模様を期待する表情を浮かべているように見えたからだ。きっと泥沼な三角関係を話のネタにする気だったのだろう。

「まァ、サッチと恋愛なんてこたァまず無ェよ。マヒロは『マルコ命』だからねェ。それに……パッと見た感じは可愛らしくて如何にも従順で大人しそうに見えるが、マヒロはとても芯の強い子だ。守られるだけしか能の無いその辺のお嬢とはまるで違う。そのことはサッチもよくわかってるさね」

そう言いながらイゾウはちらりとマルコの側にいるレイラに視線を向けてからマヒロへと視線を移した。

「マヒロはマルコが危ないとなりゃあ自分の身を捨てる覚悟で助けに行く女だ」
「嘘? あの子、そんなに強いの?」
「とてもそんな風には見えない。あんなに細身で小柄な可愛らしい子なのに……」

二コラやスージーが驚いている横でハルタはクツリと笑った。

「知らないの? マヒロはエースと合流するまで、この海をたった一人で渡り歩いたんだよ?」
「「嘘!? 一人で!?」」
「聞けば航海術の『こ』の字も知らねェで渡り歩いたって話だ」

イゾウが楽し気に笑って言うとハルタも笑って頷き、二コラとスージーは信じられないと驚いて固まってしまった。そんな会話がなされているとも知らないマヒロは、サッチに『見える』ことについて話をしていた。

「大変なんですよ? まァ確かに何も知らないままに殺されることを考えれば、見える方が良いのかもしれないですけど、見えるということは、それだけ命を狙われやすいってことになりますし、それに――」
「……悪ィ、ちょっとタイム」
「ん?」
「マヒロちゃんの外見と話してることの落差があり過ぎて話が全然入ってこねェんだわ」

綺麗に着飾り妖艶な出で立ちをしたマヒロの口から『殺される』とか『命を狙われる』とか無粋な言葉が続けて放たれることにサッチは思わず笑ってしまった。

「いや、大したことねェんだ。ただそうなりゃあ何か手伝えるんじゃねェかと思ってな」
「!」
「まァ見えないなら見えないなりで何とかなりそうな感じではあるから良いんだけどよ」
「え? それってどういう」

ジャーン! パンパカパーン!!

サッチの言葉に不思議に思ったマヒロが首を傾げながらどういうことかと尋ねようとした時、突然大きな音楽がパーティー会場一杯に鳴り響き、マヒロの声は掻き消されて聞くことができなかった。
サッチはニヤリと笑みを浮かべマヒロの頭を一撫でするとベンチから立ち上がり手を差し出した。
マヒロはどこかスッキリしない気持ちだったが、手を差し出したサッチの表情は柔和で優しく、それを見ると嘘のように晴れやかな気持ちとなった。

「どうしましたお嬢さん?」
「……ふふっ」

サッチがお道化て言うとマヒロは笑みを零し、差し出された手に自分の手を重ねて立ち上がった。

「今日はサッチさんが私の恋人ですからね」
「マヒロちゃんが良けりゃあいつでも恋人の座に就いてやるぜ?」
「ハハッ、そんなことを言ったらまたマルコさんにやられちゃいますよ?」
「おれっちはもう慣れてっから大丈夫だってんだ!」

胸を張るサッチにマヒロは「あァ…」と、何となく悟った。それが本当に可能なのかどうかはわからない。ただ――。
サッチはマルコの攻撃を受けても平然と立ち上がっていた。あれ程に強い霊派を顔面に真面に受けても無事とは、普通では考えられないことだ。

―― この人はひょっとしたら見えなくても戦える人かもしれない。

マヒロはサッチにエスコートされながらそう思った。だがそれを知る機会は当分先の話になるだろうとも思い、今はこの日この時を楽しむことにするのだった。

兄 サッチ

〆栞
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