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定期的に行われる同盟国間や周辺の島々の長との懇親会として行われるパーティーに白ひげ海賊団の船長並びに隊長格の者達が招待された至を通達された隊長達の反応は様々だった。

「グララララッ! 参加に関して無理にとは言わねェが、誰も参加しねェではゾイルの顔が立たねェかならァ、誰が参加するかを話し合って決めやがれ。それからマルコは強制参加だ。それにマヒロも参加することに決まっている」

会議室に残った隊長達は話し合いを始めた。そしてその中で主体に立って声を上げるのはサッチだ。

「カップル参加か! マジ来たぜ! おれはこれを待ってたってんだ!!」
「「「(アホが何か言ってらァ……)」」」

熱く燃えるサッチにどうせ全敗するに決まっているとばかりに冷めた目で見つめる隊長達は全員そう思った。そんな乗り気なサッチは置いておくとして他に誰が参加するのかだ。

「ラクヨウは却下だね。あれはパーティーをぶち壊す賊にしか見えないもん」
「「「確かに」」」
「ガッハッハッ! 違ェねェ!

ハルタの意見に隊長達は声を揃えて頷く一方で机の上に両足を乗せて横柄な態度を取るラクヨウは額に手を当てて大笑いした。どこかの賊呼ばわりされてもどこ吹く風で気にも留めないラクヨウを見つめ、隊長達は溜息を吐いた。
ラクヨウはチャラチャラした女を根本的に嫌っている節がある。猫撫で声を上げて男に縋る女は特に嫌いだと酒の席で何度も口にしていることは周知されている。
予って、乗り気のサッチと女嫌いのラクヨウは頭数から外され、話し合いは続く――はずだったのだが、サッチの指名により参加者は直ぐに決定する。

「エースとハルタとイゾウで確定だってんだ」
「「「何でだ?」」」
「「「決まったな」」」
「?」
「何で納得すんのさ!?」
「おれ達の意見は聞かねェ腹かい?

隊長達の誰もが納得顔で頷く一方でハルタとイゾウの三人は抗議をするも誰も受け入れてはくれない。
ハルタは不服の表情を浮かべ、イゾウは眉間に皺を寄せながら煙管を口にしてあからさまに不機嫌な態度を取った。
ただエースだけは首を傾げていたものの「まァ美味い飯が食えるならおれは良いぜ」と暢気に笑って了承するものだから、ハルタとイゾウは大きく溜息を吐いて参加することとなった。

「おれはオヤジの護衛として参加しよう」
「おれもその為に参加するつもりでいたが、ビスタが加わってくれるのは心強い」

ビスタの申し出に護衛が仕事であるジョズは快く受け入れ、二人も参加することになった。

「じゃあおれ達は参加しなくて良いな。船を守る者もいるし、隊員達のこともあるしな」

スピード・ジルの言葉に他の隊長達は頷いた。
隊長達は一様にストイックだ。女に感けているような輩では無い――と言えば聞こえは良いが、ただ単に職人気質であるか筋肉オタクかであったりするだけである。
暇があれば、やれ武器作りだ、やれ大砲の手入れだ、やれ修繕大工だ、やれ筋肉チェックだ――である。
故にカップル参加を前提としたパーティーには端から誰も参加する気は無いだろうとサッチは思っていた。

「護衛が二人、パーティー参加はマルコを含めた五人に、マヒロちゃんも参加するってんだから十分だな」
「マヒロは隊長じゃねェのに参加できんのか?」
「『オヤジの娘』って肩書きで参加するらしいよ?」

エースの疑問にハルタが答えるとエースは目を丸くした。

「……女だったら参加してェもんなのか?」
「バカだなエース。見りゃあわかるだろ?」

首を傾げるエースに肩を回してサッチがそう言うとエースは眉間に皺を寄せて「わかんねェ」と答えた。するとサッチは呆れたように溜息を吐いた。

「マルコが参加するとなりゃあマヒロも必然的に参加するだろうよ」

クツリと笑ってイゾウがそう言うとエースは言った。

「何でだ?」
「「「好きな男の為だろ」」」
「……そういうもんか?」
「「「そういうもんだ」」」
「エースが好きな『肉』に例えたらわかるだろうぜ」

少し離れた席で欠伸をしていたラクヨウがニヤリと笑みを浮かべてそう言うとエースは手をぽんっと叩いて「成程!」と理解を示した。それに隊長達全員は眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。

「「「(マヒロを肉と同じ扱いにすんじゃねェ……)」」」

可愛い妹に失礼だと、誰も口にはしなかったが心内で一様に思った。

こうしてパーティー参加の件の話が終わりを迎え、一同は解散した。

さて、パーティーに参加するメンバーが決まったとなれば今度は衣服だ。
参加するならばそれなりの格好はしないといけない。何せ参加する者達の中には一端の国の王や貴族達もいるのだ。普段通りのラフな格好で参加することはまずできない。

サッチ、エース、ハルタ、イゾウの四人は、マルコの部屋を訪れた。そこにマヒロの姿は無く、少々残念そうな表情を浮かべながらサッチはソファに腰を下ろした。イゾウは背中を壁にして凭れ、ハルタは椅子に座り、エースはベッドに腰を掛けた。

「なァマルコ、服はどうすんだ?」

書類棚の整理をするマルコにサッチが問い掛けるとマルコは手を止めて振り向いた。

「適当なもんで良いだろい?」
「いや、ちゃんとしなきゃダメだと思うよ?」
「おれ、肩っ苦しい服とか着たくねェ…」

ハルタの言葉にエースは少しげんなりした表情を浮かべて言った。すると口に咥える煙管を外して溜息を吐くイゾウは「はァ、面倒くさいねェ……」とぼやき、一同がハッとして一斉にイゾウへと顔を向けた。

「「「「……イゾウも洋装???」」」」

四人が声を揃えて疑問を口にすると眉をピクリと動かしたイゾウが笑みを浮かべて「そうなるだろうねェ」と言った。
気のせいだろうか、僅かに額に青筋が見えた気がした四人は苦笑を浮かべて顔を逸らした。

―― そういやァ…、マヒロはどうするつもりなのかねい?

マルコはふとそんなことを思っているとサッチが話題を変えた。

「服もそうだけどよ、一緒に参加してくれる彼女を探すことも考えねェとな!」
「あーもう、僕はサッチじゃないから本当にそういうの嫌なんだけどなァ」
「全くだ」

意気揚々とやる気をみせるサッチとは対照的にハルタとイゾウはげんなりとした表情を浮かべた。とりあえず衣服についてはそれなりにちゃんとした正装をすることということで話は終わった。
皆が部屋を出て行った後、マルコはマヒロを探そうと船内に気を張り巡らせて気配を探った。するとマヒロは船医室にいるようで、マルコは首を傾げた。

「……何でまた船医室にいるんだよい?」

不思議に思いながら部屋を出ると船医室へと向かった。そして途中の曲がり角でナースのアビーと出くわした。
彼女は二十歳と若く、底抜けに明るい気さくな女だ。

「『可愛い』ってェ言葉は彼女の為にあるようなもんだぜ!」

この船の誰もがそう口にするぐらいで人気は高い。少し赤みがかった茶系の髪はショートヘアと短いが、可愛さが手伝ってかよく似会っている。
そんなアビーはマルコを見るなり「あ、マルコ隊長、ちょっと」と声を掛けた。

「何だい?」
「ひょっとして船医室に?」
「あァ、そうだよい」
「緊急ですか?」
「いや、違うよい」
「あ、じゃあ今は入室禁止ですよ」
「ん? 何故だい?」
「今、船医室は女性専用の時間なので」
「女性専用?」

アビーの言葉にマルコが眉を顰めるとアビーは笑みを浮かべた。

「マヒロさんを探してらっしゃるんでしょ?」
「あァ、まァ……」
「ふふ、もう暫くマヒロさんを貸してくださいね」
「何かしてるのかよい?」
「女話に花を咲かせてるところなので邪魔しちゃダメですよ」
「……いらねェ話をしてんじゃねェだろうない?」
「まさか! ふふ、マルコ隊長って本当にマヒロさんが好きで好きで仕方が無いって感じですね」
「なっ、何だよい急に!?」
「あ、顔が真っ赤になった! やだ! マルコ隊長って意外に純情で可愛いところあるんですね!」
「かっ…かわっ……」

アビーはとても貴重なものを見たと嬉しそうに笑い、その場から逃げる様にして船医室へと駆け込んだ。そして部屋の内側から鍵を掛ける音がした。
若いアビーの勢いに押されて残されたマルコは何だか遣る瀬無い気持ちになり、かぶりを振って深い溜息を吐いた。

―― だから、おれは『可愛い』なんて言われる年じゃあ無ェよい。

マヒロといい、アビーといい、どこの誰を見て可愛い等と言うのか、マルコは甚だ遺憾だと不満を募らせた。

「はァ…仕方が無ェ、自分の分だけでも先に調達しにいくかねい」

マルコは諦めると頭を掻きながら踵を返してその場を立ち去った。

一方――。

船医室の中ではウィルシャナで開かれるパーティー談義で話が盛り上がっていた。
婦長のエミリアと先程までマルコと話をしていたアビーと二人のナースがいた。
一人はこげ茶色の長い髪を後ろで纏め上げたギブソンタックスタイルの髪形で、アビーに比べて少し落ち着いた雰囲気のある二コラ。
もう一人は背があまり高く無く見た目からして子供の様に童顔で、オレンジ色の髪を細かく編み込んだ髪形がよりフェミニンな印象を与えるフィッシュボーンスタイルのスージー。
彼女達はマヒロを囲んで女話に花を咲かせていた。しかしマヒロだけはどうも馴染めていない感があった。

「ねェ、これなんてどうかしら?」
「うーん、こっちの方が良く無いですか?」
「えー? それならこっちの方がお似合いですよ」
「あ、あの、わ、私は適当なもので結構ですから」
「「「ダメよ!」」」
「うっ! す、すみません……」

エミリア、二コラ、スージーの三人にとっかえひっかえ衣装を着替えさせられるマヒロは完全に疲弊しきっている。
遠慮する言葉を口にすれば三人に怒られてシュンッと凹むマヒロの姿を見ていたアビーがクスクスと笑い、その声で船医室の扉の前に立っていたアビーに気付いたマヒロは彼女に視線を向けるとアビーは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「マヒロさんって、本っ当に愛されてますよね」
「へ?」
「マルコ隊長がマヒロさんを探しに来られてたんです」
「!」
「「「へェ〜、あのマルコ隊長がねェ〜」」」

アビーの言葉にエミリア、二コラ、スージーの三人も同調して含みのある笑みを浮かべた。するとマヒロは頬をカァッと赤く染めて声にならない言葉を発するしかなかった。

―― うぅ…、居た堪れない。

本気で照れるマヒロに、エミリア、二コラ、スージー、そしてアビーは目を丸くした。
僅かながらに小刻みに身体を震わせ、顔を赤くし、目を潤ませて恥ずかしがるその様は、まるで癒し系の小動物のようで――。

「か、可愛い……!」

彼女達の母性やら庇護欲に更なる火を点けた結果となった。そしてマヒロの着せ替え現場はより活発化するのだった。

―― あァ! も、もう、勘弁してェェ!!

ナース達は大変衣装持ちで「いつか着るかも!」と言って購入したまま日の目を見なかったドレスが多くあった。

「マヒロに似会うドレスを仕立ててやれ」

今回のこの全ては、白ひげがエミリアにそう通達したことが発端だった。それを知らないのはマヒロのみ。

「ねェ、このブレスレットは大事なもの?」

二コラがマヒロの左腕につけられた青い石が連なるブレスレットを見つめて言った。するとマヒロは右手でそれを大事そうに撫でながら小さく頷き、途端に穏やかな笑みを浮かべた。

「貰ったんです。……マルコさんに」
「え?」
「ペアものなんです。キリグの町で買い物をした時にマルコさんが買ってプレゼントしてくれたんです」

マヒロがそう言うとナース達は目を見開いた。

「「「「嘘ォ!!?」」」」

四人が同時に叫ぶとマヒロの身体が大きくビクついた。

「ど、どうしてそんなに驚くの?」

マヒロは頬を引き攣らせた笑みを浮かべながらしどろもどろに問い掛けると、彼女達はお互いに顔を見合わせてからマヒロへと向き直した。まるで悪い夢を見ているように信じられないとでもいうような顔をして迫り来る彼女達にマヒロは思わず身体を仰け反る格好となった。

「マルコ隊長が自分で買ったの?」
「マルコ隊長がプレゼントを?」
「あの絵にかいたような堅物のマルコ隊長が?」
「あのマルコ隊長が……?」
「「「「やだァ! 凄く素敵じゃない! 羨ましい!」」」」

二コラ、スージー、エミリア、アビーと順番に呟いて行くと最後は声を揃えて叫ぶ。
打合せ等していないのに一言一句違えなかったのは彼女達の過ごした時間の長さに比例して絆が強いことが伺える。
しかし、何故か最年長のエミリアは目をキラキラと輝かせて一番喜んでいる節があり謎である。
とても四十歳とは思えない素敵な笑顔だが、何だか畏怖を抱いたマヒロはかなり引いていた。
マヒロが視線を泳がせていると彼女達は頭を突き合わせて何やら話し合いを始めた。

「――ですよね。じゃあ、取って来ます」

二コラが衣装部屋の奥へと姿を消し、暫くして戻って来るとブレスレットの青に合わせた同じ青系統のドレスを持っていた。そして二コラが早速そのドレスをマヒロに着せる。

「あら、素敵!」
「肌の白さがよく映えて綺麗ね」
「美人顔のマヒロさんにぴったりです」
「着る服で随分と変わるわね。童顔に見えたり、大人っぽく見えたり……。この衣装だと凄く大人びて見えるわ?」

エミリアが感心して呟く傍らでアビーはマヒロの頭の天辺から爪先までマジマジと見つめ、「妖艶だわ」と喉を掘って言った。その言葉にエミリアと二コラとスージーは顔を見合わせると納得するように大きく頷いて見せた。
片やマヒロは思わず目が点になって鳩が豆鉄砲を食ったような表情でぽかんとしている。

「実は、マルコ隊長は大人びた女性を好む傾向があるのにって不思議よねって話してたの。でもこうしてみると間違いは無かったみたい」

二コラがそう言うがマヒロは反論できずに固まったままだ。

「本当にマヒロちゃんは化けるのねェ」
「幼く見られる私からすると凄く羨ましいです」
「両方味わえるって奴ですね!」
「「「贅沢だわ!」」」
「え? 両方って……?」

意味がわかっていないマヒロは眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべた。するとアビーは笑顔で大袈裟に「またまた〜」とマヒロの腕に肘で突いた。そしてマヒロの耳元に顔を寄せて囁くように意味を伝える。

「童顔で愛くるしいロリータ系の女と、妖艶でセクシーな大人の女と、真逆のタイプを同時に味わえるって意味ですよ」

マヒロは蒸気機関車の如く音を成して頭から白い蒸気を噴き出しながら真っ赤に顔を燃やして狼狽えた。

「わ、私、こ、このドレスで結構ですから! し、ししし失礼します!!」

我慢の限界に達したマヒロは身に付けた青いドレスを急いで脱ぐと道着に着替え、青いドレスを手に彼女達に深々と頭を下げると船医室から脱兎の如く逃げて行った。
彼女達はクスクスと笑ってそれを見送ると、入れ違いで不思議そうな表情を浮かべるイゾウとハルタ、そしてエースの三人が船医室へと入って来た。。

「あら? 珍しい組み合わせだこと」
「今、顔を真っ赤にしたマヒロが凄い勢いで出て行ったけどよ、何かあったのか?」
「どうせ揶揄ったんだろう? 彼女は揶揄い甲斐のある子だろうからねェ」
「百面相で面白いしね」

エース、イゾウ、ハルタの言葉に彼女達は笑うだけに留め、詳しいことは話さなかった。

「何かご用があって来たのでしょう?」

エミリアがエース達にそう言うと、三人は少しだけ気まずい表情を浮かべ、乾いた笑みを浮かべた。

―― あァ、そういうことね。

エミリアは彼らがここに来た理由を察してクスクスと笑った。

「あーのよ、その、何つぅか……」

エースがしどろもどろに零すとハルタが痺れを切らすようにエースを押しやり前面に立った。

「まどろっこしいのが嫌いだから直球で言うけどさ、ウィルシャナで開かれるパーティーに付き合ってくれないかな?」

ハルタが代表してそう言うと、エミリアは「でしょうね」と笑みを零し、二コラ、スージー、アビーの三人は顔を見合わせて「え!?」と驚き固まった。しかし、表情はどこか嬉しそうだ。
ナースは彼女達以外にも沢山いる。
しかし現在、こうして船に残っているのはエミリアとこの三人だけだった。そして偶然にもこの三人にはそれぞれ想い人がいて、その相手というのが目の前にいる三人の隊長達だったりする。

「二コラ、おれと付き合ってもらえると有難いんだが?」
「い、イゾウ隊長……。わ、私で宜しいのですか?」

イゾウの申し出に二コラは驚いて顔を真っ赤に染めた。イゾウがクツリと笑みを浮かべて頷いて見せると二コラは両頬に手を当てて驚きのあまり泣きそうになった。そんなイゾウと二コラのやり取りを尻目に見ていたハルタはスージーに声を掛けた。するとスージーも嬉しさのあまりに目に涙を溜めて喜んだ。

「あー…あのよ、その、アビー……」
「はい、何でしょう? エース隊長」
「あー…のよ、だから…その……」

エースは余程恥しいのか視線を泳がせ頭をガシガシと掻くばかりで、肝心の言葉を紡げずにいた。するとアビーは頬を膨らませてムスッとすると項垂れて溜息を吐いた。

「エース隊長……」
「お、おい、そんな悲しい顔すんなよ! アビーは笑ってんのが一番似会ってんだから笑えって!」
「だったらはっきり言ってくださいよ!」
「お、おう、だ、だから、その、お、おれと一緒によ、付き合ってくれねェか? ……つぅか付き合え!」
「はい! 喜んで!!」

エースの申し出にアビーは表情を一転して嬉しそうに笑い、ガバッとエースに抱き付いた。

「うおっ!? ちょっ、何すんだよアビー!!」

顔を赤くしたエースが慌ててアビーを引き離そうとするが、アビーはエースの首にしっかりと腕を絡めていて容易には離れそうになかった。
アビーは頬を赤くして満面の笑顔でエースの首筋に顔を埋めている。その光景をエミリアはまるで我が子が巣立つ様を見守る母親のような目で微笑ましく見つめていた。

―― 若いって羨ましいわねェ。

「「母だな」」
「……何か仰って……?」
「「いえ、何も」」

笑顔のまま頭にニョキッと角を生やして振り向くエミリアに、イゾウとハルタは即座に否定の弁を述べて内心マルコの名を同時に呼んだ。

「「(マルコ! ここに妖怪が! 鬼がいるぞ!!)」」

その頃――。

「はっくしょん!!」
「だ、大丈夫ですかお客様!?」
「あー悪ィ、大丈夫だよい」
「おいおい風邪かよマルコ?」
「さあねい……」

マルコとサッチは衣服を買いに町に来ていた。どんな格好をして行けば良いのかわからないので、店の者に全面依頼をして仕立ててもらっていた。

「っつぅかサッチ、お前ェは今夜一緒に行動してくれる相手は見つかったのかよい?」
「おう、それなんだがなァ――」

マルコの質問にサッチが眉尻を下げて「あー」だの「うー」だの言葉を濁しているとマルコは眉間に皺を寄せた。するとサッチは一つ咳払いをした。

「何だよい?」
「おれはマヒロちゃんとカップルで参加ってェことだ」
「は…? 何だよいそりゃ?」
「誤解するなよ? おれはオヤジにそう言われたの」
「……オヤジが?」
「ほら、マルコはゾイルの娘さんがいるだろ? それでなんだが……って、おれを睨むなよマルコ。仕方が無ェだろ?」

サッチが肩を竦めてそう言うとマルコは肩を落として溜息を吐いた。

「……わかってる。わかっちゃいるが……なァサッチ」
「あん?」
「マヒロには手ェ出すんじゃねェよい?」

マルコが真顔でサッチにそう言うとサッチはヒクリと頬を引き攣らせた。

―― おーいおい、流石におれっちだってねェ、悪友の女に手は出したりしねェっての!

「ちょ〜っとはおれっちのこと信用してくんないかしら? とりあえず見えない力を溜めた右手を引っ込めろマルコ。いや、マジで洒落になんねェぐらいに力を溜めてやがるだろ!?」

ゴゴゴゴゴッ……――。

そんな音が聞こえて来そうな程に、マルコの右手を中心に空気がピリついたものを感じたサッチは笑みを浮かべつつも目はマジで訴えていた。するとマルコは胸の内に渦巻く黒いものを口から吐き出すかのように大きく息を吐いた。

フシュー……――。

まるで空気が抜けて漏れ出す音が聞こえそうな程に力が抑止されていくのをサッチは肌で感じた。

―― ったく、マヒロちゃんのことに関すると直ぐにマジになりやがって……。

サッチは心内で溜息を吐いた。
マルコがマヒロに対する想いがどれ程のものかを嫌と言う程に理解した。そして――くそぅ! 羨まし過ぎる!――と、心内で机にガンガンと拳で叩いて突っ伏し涙する。そんな自分自身にサッチは慰めの声を掛けるのだ。

「いつか、いつか必ずそういう相手に巡り合う時が来るかもれねェってんだ。そうだろう?」

遠い目をしているサッチの髪形に櫛が通される。トレードマークのリーゼントは完全に姿を消してオールバック状態となり、セットが終わると鍔の付いた帽子をポスンと被せられた。

「フランスパンが無くなっちまったよい」
「五月蠅ェぞバナップル! てめェこそっ……あれ? 眼鏡?」
「……こいつは伊達だからねい」
「おう、老眼鏡かと思っ――!? あ、いや、悪ィ、本当、ここで見えない攻撃は止めろマルコ! 周囲に迷惑が掛かんだろ!?」
「バナップルも老眼鏡も貸しだからねい? 何もかもが終わったら覚えてろよい」
「そういう根に持つタイプってェのは嫌われるぜ? いざとなりゃあマヒロちゃんに庇ってもらおっと」
「!!」

サッチは半ば冗談でそう言ったのだが、瞬間的に愕然とした様相を見せて狼狽えるマルコにサッチは目を見張った。

「……マルコ、お前ェは本当にマヒロちゃんに弱ェんだな。……マジで」
「……ょぃ……」

滅多に見られないマルコの反応にサッチは流石に揶揄う気が失せて素となった。そして何だか同情するような眼差しでマルコを見つめた。するとマルコは罰の悪そうな表情を浮かべ、サッチから視線を外し、掛けていた眼鏡を外すとカチャカチャと手遊びするのだった。
そして――。
時間はあっという間に過ぎ、パーティーが開催されるウィルシャナ領地へと向かう時が来た。

「あ、あの、似合わない…ですか…?」
「……凄く綺麗だよい」
「マルコさんは何だか……凄いやり手のお偉いさんみたい」
「何だよいそりゃあ?」
「企業人……と言ってもわからないですよね」
「分不相応だってェことは自覚してるよい」
「ううん、凄く似合っていて素敵です」
「じゃあ何で目を合わせねェんだよい」
「ッ……カッコ良過ぎて、目のやり場に困っちゃうもの」
「ッ!? あー……、まァ、その…、あ、ありがとよい」
「「「おい、そこのバカップル! さっさとイチャイチャタイムを終わりやがれ!」」」
「「ハッ!?」」

お互いに正装した姿を見たマルコとマヒロは、お互いの姿をマジマジと見つめ、惚けた表情を浮かべていた。
そんな彼らを傍観していたサッチ、エース、イゾウ、ハルタが声を揃えて指摘したことで二人は漸く我に返った。

「おい、仕事を忘れんじゃねェぞ」
「よ、よい」
「ご、ごめんなさい」

サッチが呆れ気味にそう声を掛けると顔を赤くしたマルコとマヒロはお互いに距離を取った。

「本当、アビーの言った通りにお似合いのカップルね」
「ふふ、可愛いカップルですね!」
「でしょ?」

二コラとスージーが興味深げにマルコとマヒロを交互に見つめて感想を述べるとアビーは満足そうに笑うのだった。

カップル結成

〆栞
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