06


正直に言うと『驚いた』の一言に尽きる――。

『 私って、結構強いですから 』

マヒロが自信を持って そうは言っても女の身だ。マヒロはマルコがいた世界の人間で無ければ悪魔の実の能力者であることも無い。

―― 確かに初めて会ったあの日、おれを担いで山の中を駆けたマヒロには驚かされたけどよい。

ただ人より力があって、ただ人より足が速くて、ただ人より身の熟し方が上手いだけであって――ただそれらを生かしただけの武術を扱う女だとマルコは思っていた。

マヒロの不意を突いて攻撃してみたマルコだったが意外にもその蹴りを咄嗟に腕で受け止めたマヒロに驚いた。
身体こそ小さくて軽い分、マルコの力と勢いに負けて弾かれるように吹き飛んだが、それに怯むことなく身体を捩じって反転させて壁に足を着いて勢いを殺し、床に着地して体制を整えたマヒロを見て更に驚嘆した。

「加減したんだけどねい。まさかガードされるとは思ってなかったよい」

マヒロの表情を見れば怒っていることは一目瞭然だ。それでいて苦悶の表情を浮かべていることから腕が痺れてしまっているか――とマルコは容易に察した。

―― ただの蹴りでそんな調子だと心配だよいマヒロ。

「今度は、覇気を込めて蹴るよい?」
「……ハ…キ?」
「武装色の覇気だよい!」
「!?」

覇気を込めた蹴りをお見舞いするのだがマルコは極力最小限の威力に抑えた。しかし、そうであってもマルコの動きが速かったのか、さっきよりも真面にマヒロの腕に蹴りが入った。

「っ……」

苦悶の表情を浮かべるマヒロを見たマルコは胸にズキンと痛みが走るのを覚えた。

―― ッ……何だよい? おれの方がダメージ受けてねェか?

思わぬ胸の痛みにマルコは動揺して驚いた。それと同時にマルコの蹴りを真面に受け止めて耐えるマヒロに対して感服した。

「…よく…受け止めた……」
「相手は女ですよ? 加減する気はゼロってわけ?」

マルコが心底から驚く表情を見せるとマヒロはキッと睨み返してきた。

ズキン……

―― ッ……。

マヒロは『マルコの攻撃をよく受け止めることができたことにマルコが驚いている』のだと思っているのだろう。本当の所は違うのだが――マルコはマヒロに睨まれて再び痛む胸に思わず眉間に皺を寄せた。

―― おれの気持ちなんざ、今はどうでもいいだろうがよい!

マルコは自身に叱咤して何事も無いようにあくまでも平静を装った。

「マヒロは強いって言ったろい?」
「い、言いましたけど、だからっていきなり!」
「明日来る奴は攻撃するのに相手の了解を得てから攻撃するような暢気な奴なのかよい?」
「そっ、それは……」
「じゃあ今度はマヒロがおれに攻撃して来いよい」
「……少し、本気でやりますよ?」
「ん? 少しと言わずに本気でやってもらってもおれは構わねェよい?」

マルコが笑ってそう言うとマヒロは膨れた。マルコは自分の言動に#マヒロが#いちいち反応する様を見ていて心が不思議と和んで楽しいと思ってしまっている自分がいることに気付いた。その間にマヒロはマルコから少し距離を取って大きく息を吐くと、マルコに対して左手と左足を前に半身の態勢で構えた。

―― ……。

「行きます」
「よい」

ダンッ!!

マヒロが勢いよく床を蹴った瞬間直ぐに間合いを詰められたマルコは目を見開いて驚いた。まるでお返しとばかりに同じように蹴りを繰り出して来る。マルコはそれを腕でガードしたのだが、止めた蹴り足に力が込められたのを感じるとその足を軸にしてマヒロは身体を浮かして身体を反転させ、もう片方の足を振り挙げて上から叩き落とすように攻撃を繰り出して来た。

―― ッ、やってくれるよい!

思いもしない連続攻撃だったがマルコは咄嗟に空いた腕で打ち下ろされた蹴りを受け止めた。するとマヒロが逆さまのままがら空きとなったマルコの腹部にめがけて掌底を打ち込もうとしているのが瞬時に目に入った。

―― やべェ!

マルコは咄嗟に身を引いてその攻撃を辛うじて躱した。

「結構やるよい」
「どうも。それなりに本気だったんですけど、まさか全部防がれるとは思っていませんでした」

フフッと笑うマヒロにマルコは思わず眉間に皺を寄せて不服の表情を浮かべる。

―― えらく自信たっぷりに言うねい……小せェなりしておれの攻撃を二度も受け止めやがったしよい。強ェって言ったのも強ち嘘じゃねェってとこか。

「じゃあ、マルコさんの『ハキ』のお礼として……今度は私もより強く行きますよ?」
「……よい!?」

―― 覇気のお礼だって? どういうことだよい? ……まさか覇気を使えるってわけじゃねェだろうない?

マルコは軽く動揺したがマヒロが集中し始めると様子が一転したことで咄嗟に身構えて警戒した。

―― 空気が異様に張り詰めて……何だ? 何をする気だよい?

ぼうっ……

「なっ……青い…、光?」
「はァァァっ!」
「!?」

マヒロの全身が青い光に覆われた。

―― ……いや、違ェ、マヒロ自身が発してんだい、っ、凄ェエネルギーだ。それに…。

―― その色はおれの色と同じだよい ――

マルコはマヒロが発する青い光に一瞬見惚れていた。

「行きます!」
「!!」

ドンッ!!

先程とは比べ物にならない速さでマヒロの蹴りがマルコを襲う。青い光を纏ったその蹴りを受け止めるのは危険だとマルコは瞬間的に察して受けずに躱した。

―― チッ! このまま連続して攻撃されちゃあ堪ったもんじゃねェ!

咄嗟にマヒロから距離を取ろうとマルコは後方へ飛ぶもマヒロに直ぐ間合いを詰められ続け様に攻撃を繰り出そうとしてきた。

―― くっ、余裕ねェない!

マルコは腕を変化させて青い炎を纏い反撃に出ることにした。そうしなければやられると咄嗟の判断だった。

「なっ!?」
「やってくれるねい! 燃えてきたよい!!」

マヒロはマルコの変化した腕を目にして驚嘆の声を上げた。

―― 悪いが反撃するよい!

マルコの炎は熱を持たない為に燃やしたり等できない攻撃に不向きなものだ。しかし、覇気を伴いながら勢いよく両手から炎を噴射するようにすると衝撃派が生じて相手を吹き飛ばしてダメージを与えることも可能だ。

「わっ!?」

マヒロは両腕で身を庇うようにして防御姿勢を取ったが、その衝撃派に耐え切れず身体が吹き飛び、ドンッと壁に勢い良く背中から激突した。

―― しまった。やりすぎたよい。

マルコは慌ててマヒロの元へと駆け寄った。

「いっ……た……」
「大丈夫かよい?」
「っ、だ、大丈夫……受け身は取りましたから」

マヒロは打ち付けた背中を摩っている――が、顔が見えなかった為にマルコは側に来て腰を落としてマヒロの顔を覗き込んだ。するとマヒロは涙目で少し恨めし気にマルコを睨み、マルコは苦笑を浮かべることしかできずに頬をポリポリと掻いた。

「悪い。思いのほかマヒロが強かったんで……ちょっとマジになっちまったよい」
「……マルコさん、今のでも本気では無かったんですか?」
「本気にはなれねェだろい」

―― マヒロに本気で攻撃なんてできねェよい。仮にしたとしても……おれの心がきっと死んじまうよい。

マルコはそう思った。そして、そんな自分の気持ちを誤魔化すように笑いながらマヒロの頭を撫でると、マヒロは少し不満そうな表情を浮かべて小さく溜息を吐いた。

「マヒロ、さっきの青い光は何だよい?」
「あれは霊気です」
「れいき?」
「えーっと、命のエネルギーです。人によっては『チャクラ』って呼んだり『念』って呼んだりする人もいますけど……」
「覇気とは違うものかよい」
「そのハキがどういったものかはわかりませんけど、多分違うと思います」

―― 覇気では無く命のエネルギーだって? おれと同じ青いあの光はマヒロの命……つまり魂の色ってことかよい? っ……、何故だろうな、何でか凄く……、嬉しくなっちまったよい。

「……命のエネルギーねい。……ククッ、はははっ! よい!」
「わっ!? ちょっ、ま、マルコさん!?」

マルコはマヒロの頭を嬉しさついでに乱暴に撫で回した。マヒロはわけがわからないとばかりにマルコの手を退けようとして腕を掴んだ。

「もう! 撫でるの禁止!」
「はは、そう言うない。悪かったマヒロ」
「……っ」

マヒロはマルコの手を払って怒るのだが、マルコは嬉しくて仕方が無かった。そして自分でも驚く程に穏やかな笑みを浮かべていることに気付く。マヒロも何か言い掛けたのだがマルコのその顔を見て声を飲み込んで押し黙った。

―― っ、やべェない。どうりでマヒロに惹かれるわけだよい。

「と、とりあえず、お互いの強さはわかったんですから、もう良いですよね?」
「そうだない。明日はおれが戦うよい」
「! ダメです!」
「マヒロ」
「私も! 私もあれでも本気じゃありませんから!」
「……へ〜、そうかい」

マヒロはマルコが思っていた以上に頑固者だった。マルコの強さを知っても尚拒否する#マヒロ#は、マルコから視線を合わせる事無く立ち上がった。

―― ったく、頭が固ェな。目を合わせねェ時点で答えはもう出てるだろい?

マルコはマヒロが「力試しは終了!」と強制的に終わらせようとするその口元に手を差し出して覆い、半ば強制的に言葉を塞いだ。

―― 何故、おれを頼らねェ?

「なっ、何なのよ!?」
「本気を出すとどれくらいのもんか見せろよいマヒロ」
「!」
「技とかあるんだろい?」
「そ、それは、あ、ありますけど……」
「じゃあ見せろい」
「……もう、わかりました。見せたら納得してくれるのなら」
「あァ約束するよい」
「っ……、じゃあ、外に出てくれますか?」

マルコはマヒロが人の力を頼らずとも勝てる何かがあるのだろうと吹っ掛けてみたのだが、何故か外へ出ろと言われて目を丸くした。

「よい?」
「ここだと道場が壊れるので、外に出て空に向けて放ちますから」
「……空に……放つ?」

―― ……どういうことだよい?

不思議がるマルコの背をマヒロが押して二人とも道場の外へと向かった。

「じゃ、ちょっとだけ離れていてもらえますか? 打った時に多少衝撃もあるので」
「……あ、あァ」

マヒロが庭先の開けた場所に立ち、マルコは言われたとおりマヒロから少し離れた場所でマヒロの動向を見守ることにした。
そして、マヒロは両手を合掌し、ふぅぅぅっと息を吐いて集中を始めた。ぼぅっと青い光がマヒロの足元から現れてやがて全身を包む。
マヒロは握り拳を作った右手を人差し指だけを立たせて拳銃のように形作り、左手で右手首を掴んで安定の為の支えとして、それをスッと空へと向けて構えた。

すると――。

キュイィィィン……と音を鳴らして全身を包む青い光と同じ光がマヒロの右手の人差し指の先へと集中し始めた。

―― 凄いエネルギーだ。あれを放つってェのかよい?

マヒロの右人差し指の先に青い光のエネルギーが膨大に集まっているのが目に見えてわかる。初めは小さかった光が徐々に力強さを増して大きくなる。

そして――。

「霊丸!!」

ズドンッ!!!

「ッ!!」

マヒロが叫ぶと青い光のエネルギーをまるで拳銃で撃つようにして指先から勢い良く発射された。天高く打ち上げられるそのエネルギーは圧巻だ。衝撃波から腕で顔を遮るもマルコは青い光が見えなくなるまでじっと見つめた。そして視線を下ろしてマヒロへと向けた。
放った後のマヒロが立っていた場所は放つ前の立ち位置から大分外れた位置にいた。それだけ見てもかなりの衝撃があることがわかる。そして、あれだけのエネルギー派を撃つということはそれなりに身体にも負担が掛かることが容易に想像できる。

―― ……。

「技は色々ありますけど、とりあえずこれが私の必殺技です」
「凄ェよい。あれを撃たれていたらおれでもちょっとヤバかっただろうねい」
「……ちょっと?」
「っ、……マヒロは、結構プライドが高ェんだない」

―― まァ……アレを喰らっちまったらおれでもちょっとどころじゃすまねェだろうけどよい。

マヒロの霊気という力は悪魔の実の能力者であるマルコにどれ程のダメージを及ぼすのか――マルコは試したい気持ちが無いわけでは無いが、その前にマヒロの扱い方に慣れるべきだと思った。不満顔を向けるマヒロを横目にマルコは深い溜息を吐いた。

力試し<マルコ>

〆栞
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