05


ひとしきり泣いた後、マヒロが部屋に戻ると「目が赤いよい」とマルコが笑った。

―― 腫れは引いたと思って戻ったのに……。

まるで泣いていたのを知っているとでも言っているような笑みを浮かべるマルコが優しい手付きでマヒロの頭を撫でた。
それがとても柔らかくて心地の良いものに感じたマヒロは手を振り払うようなことはせず、顔を俯かせて暫くだんまりを決め込み、マルコにされるがまま身を任せた。

「……」
「マヒロ」

ふと名前を呼ばれたマヒロが顔を上げると、マルコの表情は先程の笑みを消して真剣なものに変わっていることに気付き、マヒロは目を丸くした。

「な、何ですか?」
「道場で力試しするよい」
「へ?」

突然のマルコの提案にマヒロが少し思考を停止していると、マルコはクツリと笑ってマヒロの腕を掴んで道場へと向かった。
道場の扉を開けて中に入る頃、マヒロは漸く我を取り戻してマルコに声を掛ける。

「マルコさん! 力試しってどういうこと!?」
「そのまんまの意味だよい。マヒロは強いんだろい? どれぐらいのもんかと思ってよい。それによって明日どうするか色々考えようと思ってねい」

道場の中心に立つとマルコはマヒロから離れて対面した。マヒロが戸惑っているとマルコは軽く溜息を吐いた。

「マヒロ」
「あ、あの! だから明日は私がっ――」
「始めるよい!」
「っ!? キャッ!!」

マルコはマヒロの言葉を遮るように攻撃した。マルコの動きはマヒロの予想以上に速かった。マヒロは咄嗟に腕を交錯させてマルコの蹴りをガードして受け止めたが軽くフワリと身体が浮いて簡単に弾き飛ばされた。

「くっ!」

壁に激突する前に身体を捩じって反転し、壁に足を着いて勢いを殺した。床に着地するとバッと勢い良く振り向いて警戒の構えを取るとマルコは「ひゅ〜っ」と軽く口笛を鳴らした。まるで「やるねい」と言いたげな表情にマヒロは眉をピクリと動かした。

―― 速いだけじゃなくて攻撃も凄く重い。……この人、強い。

「加減したんだけどねい。まさかガードされるとは思ってなかったよい」

―― 加減したですって?

マルコの蹴りを受け止めた腕が未だにジンジンとして痺れが残っている。『海賊』と言ってもたかが普通の人間。マヒロはそう思っていた。だがどうもマルコの世界の海賊というものはこの世界の海賊とわけが違うみたいだとマヒロは察した。

「今度は、覇気を込めて蹴るよい?」
「……ハ…キ?」
「武装色の覇気だよい!」
「!?」

―― さっきよりも速い!?

マルコは 格段にスピードを上げた。マヒロはマルコの動きを目で追うのがやっとで、繰り出されたマルコの足の変化に気付く間もなく、その蹴りを真面に腕で受けた。

「っ……」

先程受けた蹴りとは威力が全く違う。マヒロは咄嗟のことで自分の腕に霊気を纏いマルコの蹴りを受け止めた。だがそれでもかなり重くて腕が更に痺れた。

「…よく…受け止めた……」
「相手は女ですよ? 加減する気はゼロってわけ?」

マルコは心底驚いていたがマヒロがキッと睨むとマルコは眉間に皺を寄せた。

「マヒロは強いって言ったろい?」
「い、言いましたけど、だからっていきなり!」
「明日来る奴は攻撃するのに相手の了解を得てから攻撃するような暢気な奴なのかよい?」
「そっ、それは……」
「じゃあ今度はマヒロがおれに攻撃して来いよい」
「……少し、本気でやりますよ?」
「ん? 少しと言わずに本気でやってもらってもおれは構わねェよい?」

―― っ……。

マルコの余裕振りにマヒロは勘に障ったのか少し蟀谷に青筋を張ってムッとした。そしてマルコから少し距離を取って大きく息を吐いたマヒロはマルコに対して左手と左足を前に半身の態勢で構えた。

「行きます」
「よい」

ダンッ!!


マヒロが 勢いよく床を蹴ってマルコへ突撃する。その瞬間にマルコの表情は一転して驚きへと変わった。
マヒロはマルコと同じようにまずは蹴りを繰り出した。マルコはそれを咄嗟に腕でガードした。だがマヒロは止められた蹴りを軸にして身体を浮かして身体を反転させ、反対側の足を高く振り上げてマルコへ目がけて直角に叩き落とすように攻撃を繰り出した。
しかし、その攻撃は最初の攻撃を受け止めた腕とは反対の空いた腕で防がれた――と同時にマルコの胴体ががら空きになったのを見計らったマヒロはそこに掌底を打ち込んだ。だがマルコはそれに気付くとマヒロの足を振り払うようにして離すと咄嗟に身を引いてその攻撃を寸前で躱した。

―― 半ば本気だったのによく躱したわね。

「結構やるよい」
「どうも。それなりに本気だったんですけど、まさか全部防がれるとは思っていませんでした」

フフッとマヒロが笑ってそう言うとマルコはまた眉間に皺を寄せた。さも面白くないといった表情だ。

「じゃあ、マルコさんの『ハキ』のお礼として……今度は私もより強く行きますよ?」
「……よい!?」

―― あ、 驚く時でも使えるんだ? 便利だなァ〜……『よい語』。

マヒロは思わず笑みが零れてしまいそうになるのを必死で堪え、気を取り直して集中し始めた。

ぼうっ……

「なっ……青い…、光?」
「はァァァっ!」
「!?」

マヒロが気を高めると同時に全身から青い光を発してマヒロを包んだ。

―― これが私の命の……霊気よ!!

「行きます!」
「!!」

ドンッ!!

マヒロは先程とは比べ物にならない速さでマルコを襲った。マヒロが蹴りを繰り出すのだが、マルコはそれを真面に受けるのは危険と察知したのかサッと身を躱して距離を取ろうと後方へと飛んだ。しかし、マルコを追って地を蹴ったマヒロは直ぐにマルコを至近距離で捉え、続け様に攻撃を繰り出そうとした。

その時――。

マヒロの視界に突然青い炎が出現した。マヒロは驚いて目を見張り、よく見るとマルコの腕が青い炎を纏って変化していることに気付いた。

―― 何なの!?

「なっ!?」
「やってくれるねい! 燃えてきたよい!!」

マルコは両腕を青い炎へと変えると同時に勢い良く噴射するようにして衝撃派のようなものを繰り出した。

「わっ!?」

マヒロは両腕で身を庇うようにして防御姿勢を取ったが、その衝撃派に耐え切れず身体が吹き飛び、ドンッと壁に勢い良く背中から激突した。

「いっ……た……」
「大丈夫かよい?」
「っ、だ、大丈夫……受け身は取りましたから」

マヒロが打ち付けた背中を摩っているとマルコが側に来て腰を落としてマヒロの顔を覗き込んだ。マヒロは涙目で少し恨めし気に睨むとマルコは苦笑を浮かべて頬をポリポリと掻いた。

「悪い。思いのほかマヒロが強かったんで……ちょっとマジになっちまったよい」
「……マルコさん、今のでも本気では無かったんですか?」
「本気にはなれねェだろい」

マルコはそう言ってマヒロの頭をクシャリと撫でた。

―― っ、また……、そうやって私の気を逸らすなんて……狡い。

「マヒロ、さっきの青い光は何だよい?」
「あれは霊気です」
「れいき?」
「えーっと、命のエネルギーです。人によっては『チャクラ』って呼んだり『念』って呼んだりする人もいますけど……」
「覇気とは違うものかよい」
「そのハキがどういったものかはわかりませんけど、多分違うと思います」
「……命のエネルギーねい。……ククッ、はははっ! よい!」
「わっ!? ちょっ、ま、マルコさん!?」

マルコはマヒロの頭を撫でていた手付きを少し乱暴なそれへと変えた。どこか嬉しそうな笑みを浮かべていたがマルコが何を思ったのかわからず、マヒロはマルコの手を退けようとマルコの腕を掴んだ。

「もう! 撫でるの禁止!」
「はは、そう言うない。悪かったマヒロ」
「……っ」

マヒロが怒るとマルコは優しい笑みを浮かべて謝罪した。そのマルコの顔を見たマヒロは思わず声を飲み込んで押し黙った。

―― やめてよ……、マルコさん。っ……、頼りたくなるじゃない。

「と、とりあえず、お互いの強さはわかったんですから、もう良いですよね?」
「そうだない。明日はおれが戦うよい」
「! ダメです!」
「マヒロ」
「私も! 私もあれでも本気じゃありませんから!」
「……へ〜、そうかい」

マヒロはマルコから視線を外したまま立ち上がり「力試しは終了!」と告げようとした。だがマルコの手がマヒロの口元を覆ってその言葉を塞いだ。突然マルコの手が自分の口元に振れたことに驚いたマヒロは途端にかァァっと顔に熱が集中するのを感じた。

「なっ、何なのよ!?」
「本気を出すとどれくらいのもんか見せろよいマヒロ」
「!」
「技とかあるんだろい?」
「そ、それは、あ、ありますけど……」
「じゃあ見せろい」
「……もう、わかりました。見せたら納得してくれるのなら」
「あァ約束するよい」
「っ……、じゃあ、外に出てくれますか?」
「よい?」
「ここだと道場が壊れるので、外に出て空に向けて放ちますから」
「……空に……放つ?」

不思議そうな顔を浮かべるマルコの背をマヒロが押して二人とも道場の外へと向かった。

「じゃ、ちょっとだけ離れていてもらえますか? 打った時に多少衝撃もあるので」
「……あ、あァ」

庭先の開けた場所に立ったマヒロは両手を合掌し、ふぅぅぅっと息を吐いて集中を始めた。ぼぅっと青い光がマヒロの足元から現れてやがて全身を包んだ。
マヒロは握り拳を作った右手を人差し指だけを立たせて拳銃のように形作り、左手で右手首を掴んで安定の為の支えとして、それをスッと空へと向けて構えた。

すると――。

キュイィィィン……と音を鳴らして全身を包む青い光と同じ光がマヒロの右手の人差し指の先へと集中し始めた。
マルコが固唾を飲んで見守る中、マヒロは息を軽く吐くと少し呼吸を止めた。

そして――。

「霊丸!!」

ズドンッ!!!

「ッ!!」

マヒロは先程マルコに味わわされた苦杯の悔しさを込めて半ば本気で霊丸を空に向かってぶっ放した。指先から大きな青いエネルギー派となった霊気の塊が天高く打ち上げられる。その時の衝撃派にマルコは咄嗟に腕で顔を庇うような仕草を見せ、視線の先は空高く昇って行く青いエネルギー派に向けられていた

「技は色々ありますけど、とりあえずこれが私の必殺技です」
「凄ェよい。あれを撃たれていたらおれでもちょっとヤバかっただろうねい」
「……ちょっと?」
「っ、……マヒロは、結構プライドが高ェんだない」

マルコの言葉にマヒロが眉間に皺を寄せて不満な表情を浮かべた。それを見たマルコはヒクリと頬を引き攣らせて苦笑を浮かべると深い溜息を吐いた。

力試し

〆栞
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