04


泣きじゃくるチシの背中をトントンと優しく叩いてあやすマルコにマヒロはサコを抱きながら声を掛けた。

「マルコさん、お願いがあるの」
「この二人のことだろい?」
「!」

何もかもわかってるといったようなマルコの雰囲気にマヒロは目を丸くした。それにマルコが片眉を上げるとクツリと笑った。

「村長に頼まれたんだよい。連れて行ってやってくれってな」
「え……?」
「最初は断ったんだが、村長に仕えている彼女にも必死に頼まれてよい」
「……それで?」
「オヤジなら……そう思った」
「オヤジ様なら……どうするの?」
「オヤジなら受け入れるだろうって思った」
「! じゃ、じゃあ、」
「但し」
「え? ま、まだ何かあるの?」
「まだ子供だ。乗るのは海賊船。それがどういうことかわかるだろい?」
「……」
「まァ、あの船の連中は面倒見の良い奴らばかりだから問題はねェと思うが……」
「マルコさん、肝心なことを忘れていませんか?」
「ん?」
「この子達……妖怪ですよ?」
「……それは」
「その辺の子供とは違います。戦い方を”教えれば”自分の身を守ることぐらいはできるはずです」
「!」

マルコは目を丸くした。
受け入れるにしてもまさか『鍛える』なんて発想まではしなかった。だがマヒロが当然のようにそう言ったことに驚かされた。それと同時に自分よりも遥かに責任を重々に負って二人を受け入れる気でいたのだとマルコは思った。

「私がこの子達の面倒を見ます。育てます。守ります。修行を付けて強くします。だから――」
「……」
「だからマルコさん、お願いだから」
「わかった」
「!」
「端から受け入れるつもりでいたからよい。二人の面倒をどうするかはマヒロとおれで何とかなるだろうし、そう不安は抱いてねェよい」

マルコがクツリと笑ってそう言うとマヒロはホッと胸を撫で下ろすように息を吐いて笑みを零した。

「とりあえず、この子達を連れて行くにしても王牙鬼の件が済んでからだ。全てが終わったら報告しにここに戻って来るからよい、この子達を連れて帰るのはその時だ。それで構わねェだろい?」
「はい、わかりました」

マルコとマヒロの会話を聞いていたチシはポカンとしていた。サコは内容自体がよくわかっていないのだろう、マヒロに頬を擦り寄せて甘えた表情を浮かべた。そんなサコにマヒロは母性本能が擽られたのだろうかサコを思い切り抱き締めた。

―― お、おい、抱き締め殺すなよいマヒロ。

若干だがサコが苦しそうに見えたマルコは「程々にしてやれよい」と小声で言ったがマヒロの耳には届いていなかった。
マルコが多少頬を引き攣らせて笑っているとチシがマルコの首筋に顔を摺り寄せて来た。するとマルコはチシの頭を軽く撫でてやるとチシは頬を赤くして嬉しそうに笑みを浮かべてマルコを見上げた。

「連れて行ってくれるの?」
「あァ、そのつもりでいるよい」
「ほんとに?」
「全てが終えるまでは連れて行けねェが、終わったら迎えに来るからよい」
「海、見れるの?」

チシの問いにマルコは片眉を上げて笑みを浮かべた。

「チシ、おれァ海賊だよい」
「え!? 海賊!? 本物の!?」
「そうだよい」

チシは目をキラキラと輝かせた。
子供で、女の子で、妖怪――なのに、マルコが海賊だと聞いてこんな反応を示すとは、マルコは思わず「ははっ」と声を漏らして笑った。

「マルコ! 好き! 大好き!!」

チシはマルコの首に手を回して抱き付いて喜んだ。傍から見れば何とも微笑ましい光景だ。だが何故かマヒロは笑みを浮かべつつも少しばかり頬を引き攣らせて複雑な心境を抱いた。

―― チシの好きって……何だろう? 父性に対する好きじゃないような気がするんだけど……気のせい?

チシがマルコに向ける目は父親やそういった者に対する甘えの眼差しではある――あるのだが、妖怪の子共とは言えチシは女の子だからか、マルコに対して『憧れ』とか『初恋』とか、乙女な眼差しが含まれているように思えた。
マヒロは――子供に対して嫉妬なんかしたりして大人げない……――と、自分に対して叱咤すると共に器の小さい自分に悲しくなって少し凹んだ。

それから後、チシとサコの件を村長に報告をし終えた女がホクホク顔で居間に戻って来ると、マルコとマヒロはチシとサコを下ろして彼女に二人を預けた。

「村長様は凄く喜んでおりました」
「そうかい」
「マルコ! ねェ約束だよ? 絶対に迎えに来て!」
「あァ、わかったよい」
「マヒロお姉ちゃんも!」
「うん、約束する」

チシは名残り惜しいのか言葉とは裏腹にマルコとマヒロの衣服を掴んだままなかなか離そうとしなかった。だがマルコとマヒロがチシの頭や背中に触れて撫でると漸くその手を離した。

「…あ…う、…ぼ、ボク……」

チシの様子を見ていたサコは羨ましく思ったのか、顔を俯かせて泣きそうな表情を浮かべていた。
するとポンッと何かが軽く頭に触れるのを感じて顔を上げるとサコは目を丸くした。

「サコ、泣くなよい。大丈夫だから」
「ふ…うっ、うぅ」

マルコが優しくそう言って頭を撫でるとサコは涙を溜めてマルコの足に抱き付き叫んだ。

「パパァァ!!」
「ッ……じゃねェ…ょぃ…」

その言葉に笑みを浮かべたままマルコは思わず小さく否定した。

―― いや、これぐらいのガキがいてもおかしくねェ年齢だけどよい。

だが、隣に立っていたマヒロがマルコに背を向けたまま肩を震わせている姿に気付いたマルコはヒクリと頬を引き攣らせる。

「ぷ…くく…」
「あー、じゃあおれ達は行くよい」
「わわっ! ちょっ! マルコさん!?」

半ば自棄っぽくそう言ったマルコはマヒロの腕を掴むと足早に外へと出るのだった。

「待ってるからね〜!」
「ぼ、ボクも!」

玄関先でチシとサコが二人を見送り、村長に仕える女も深々と頭を下げて二人を見送った。
村は相変わらずしんと静まり返ってはいたが、村長の家から出て来た二人が気になるのか、外へ顔を出す人々が幾人かいた。
だがマルコは一切彼らに構う事無く、さっさと歩いてその村を後にした。
そして――。
下界へと降り立つ頃には凄く不機嫌な顔をしたマルコがマヒロを睨んでいた。片やマヒロは左から右へ、時には斜め上を向けたりと視線を泳がせ、決してマルコと目を合わせようとしない。

「誰がパパだ? お前ェも笑ってんじゃねェよい」
「で、でも、ほら、ま、マルコさんだって、あの子達ぐらいの子供がいても、その、決して、お、おかしくは無い年齢ですよね?」
「へェ……」

マヒロの言葉にマルコはニヤリと不穏な笑みを浮かべた。

―― ま、マルコさん?

マルコのその笑みに思わず息を飲んだマヒロは今直ぐにでもここから逃げた方が良いような気がして、思わず身を引きそうになる。

「…あ、あの、ま、マルコさん……」
「今から町に戻って宿に泊まる」
「え? 船に戻るんじゃ……」
「そんでもって子作りに励むかねい」
「はい!?」

マルコの言葉に思わず一驚して叫ぶマヒロに、マルコは問答無用でマヒロの頭を鷲掴みにした。

「へっ!?」
「マヒロはおれのガキを産む気はあるんだろうなァ?」

ミシミシミシ……っと、蟀谷が軋む音がする。

「いいっ!? ちょっ! 痛い!」
「あァ、そりゃあ痛くなるように力を込めてるからなァ……」
「ギブ! ギブアップです! マルコさんギブー!!」

マヒロは涙目になって必死になって叫ぶが直ぐには離しては貰えなかった。

「産む! 産みますからァ!」
「よい」

マヒロの叫びにマルコは途端にニコッと満面の笑みを浮かべるとパッと手を離した。するとマヒロはヨロヨロとしながら痛む蟀谷に両手を当ててギロリとマルコを睨み付けた。

「はァはァ…、な、何するのよ!?」
「じゃあ宿に行くよい」

何事も無かったかのように笑ってそう言って歩き出すマルコにマヒロはその場に佇みワナワナと身体を震わせて怒りが込み上げて来る感情を抑えることはできず、ピキッ…と額に青筋が張った。そして眼光が鋭くキュピーンと光ると同時に霊力を思いっきり集めて開放する。

「!?」

マルコはハッとして振り向いた。その瞬間――マヒロは特大霊丸を容赦無くぶっ放した。しかも至近距離で。

「よいっ!?」

チリッ――!

マルコは反射的に避けたが頬を僅かに掠め、マヒロの放った霊丸はズゴゴゴゴッという轟音と共に空の彼方へと消えていった。

「ッ……て、てめェ、今のは――」
「五月蠅い! 霊光雨弾撃!!」
「ちょっ!」

ズガガガガッ!!!

マヒロの容赦の無い連撃に、マルコは霊気を纏わせた手で何とか防ぎ切った。だがマヒロは完全にキレていた為に容赦の無い攻撃が次から次へとマルコを襲った。

「わ、悪かった! 悪かったよいマヒロ!!」
「悪かったで済んだら海軍なんていらないわよ!!」
「よいっ!? お、お前ェ、本気でおれを殺す気かよい!?」
「これぐらいしないとマルコさんにお灸を据えられないでしょうがァァァァ!!」

またしても至近距離でぶっ放される特大霊丸をギリギリで避けたマルコは大きく息を吐いた。

「あ、危なかった……。い、今のは本当に」
「油断大敵よ!」
「ッ!?」

ホッとしたのも束の間、マヒロが瞬時にマルコの背後を取った。マルコが驚いて慌てて振り向くとそこには鬼の形相で襲い掛かるマヒロがいた。

「マルコさんのバカァァァ!!!」

霊気を纏わせた右拳を思いっきり突き出してマルコの腹部に攻撃した。

「かはっ!」

攻撃を受けた腹部を中心に全身へと突き抜けるような激痛が走り、思わず苦悶の表情を浮かべた。
これまで色々な攻撃を受けて来たマルコだったが今回のマヒロの攻撃が最も効いたような気がした。

「くっ……、っつぅか、おれが『パパ』って呼ばれたのをマヒロが笑ったのがそもそもの原因だろい!?」
「浮気者ォォ! カーナだかフィリアだか知らないけど、これまでの全部をひっくるめての制裁よ!!」
「い、今更それでかよい!?」
「バカァァァァッ!!」

この時、いつも通りにマルコを襲いに集まって来ていた妖怪達は、マヒロの怒りに恐れてガタガタ震え上がって襲いに行けなかった。

―― 行ったら最後、痴話喧嘩の餌食になっちまう!!

まさに『犬も食わない』っていう奴だと妖怪達は思った。そして妖怪達は逃げる様に去って行った――等、微塵も気付いていないマルコとマヒロは、初めての痴話喧嘩を盛大に行ったのであった。
因みにこれは見えない攻撃のオンパレードなので、一般人には怒鳴り合ってるだけにしか見えないのである。

「マヒロ」
「もう! マルコさんなんて嫌っ――んン!」

怒りをぶちまけて叫ぶマヒロの後頭部にマルコが手を回し、強引に口付けをして言葉を遮った。

「んんっ……ん……」

声を漏らしながらマヒロは抵抗をしようにも身体から力が抜け落ちて行く。

―― ズルい……。

少し離されたかと思うと角度を変えて唇が重ねられる。喧嘩の終止符を打つ為の手段というのだろうか、それでも甘い口付けにマヒロの怒りは鎮火していく。最終的にはマルコがマヒロを捕まえて口付けをすることでマヒロが大人しくなり終戦を迎えることとなった。

チュッと小さなリップ音を残し、重なり合う唇が離れて行く。

「あ……」
「悪かったよいマヒロ。頼むからもう勘弁してくれよい」
「……こんな終わらせ方、ズルいです……」
「じゃねェと大人しくならねェんだから仕方が無いだろい?」
「ッ……ば、バカ」
「よいよい」
「ッ〜〜」

顔を真っ赤にしながら涙目でマルコを睨むマヒロだったが、優しく頭を撫でられると何も言えなくなった。

―― ひょっとして……私ってチシと同じ扱いになってない?

マヒロはどこか引っ掛かる気持ちを抱きながらマルコにギュッと抱き締められると「まァ良いか」と甘えるように身を寄せた。

―― はて……? 何で怒ったんだっけ?
―― マヒロの攻撃はマジで効いたよい。あんまり怒らせるべきじゃあねェな。

マルコとマヒロはキリグの町の宿に二人一室のツインの部屋を取ると何をするでも無く、(殆ど痴話喧嘩による)疲労回復の為に大人しく眠るのであった。

痴話喧嘩

〆栞
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