02


この老人が何者で、何故マルコがこの老人と話ができると思ったのか、マヒロにはわからなかった。
ここはマルコに任せるとしてマヒロはただ静かに事の成り行きを見守ることにした。

「おれは白ひげ海賊団1番隊隊長のマルコってェ名だ。少し聞きてェことがあるんだが教えちゃくれねェかい?」
「ふむ、白ひげ海賊団とはまた有名な海賊団じゃな。お主の名も聞いたことがある。まァ下界と隔絶した山間にあるこの村においては海の情報など不要じゃからあまり詳しくはないんじゃが……。質問を返すようで悪いんじゃが、まずマルコ殿は何故ワシの家を訪ねて来られたかのう?」
「あァ、それはあんたがこのロダの村の村長だからだよい」
「ほう……? 確かにワシが村長ではあるが……如何にしておわかりになられたのか、お聞かせ願えるかのう?」

老人は顎に蓄えた白髪交じりの髭を摩りながらマルコをじっと見据えてそう質問した。するとマルコは軽く肩を竦めると微笑を零した。

「大したこたァねェ。ただの勘だよい」
「え…? ま、マルコさん……勘って……」
「……」

マヒロはマルコの答えを聞いて唖然としつつ思わずそう声を漏らした。

―― 勘だなんて……。何かを感知したからここに来た。そうでしょう?

「ふむ、お前さんはただの海賊じゃあなさそうじゃのう。それに、そちらのお嬢さんも並の人間ではないとお見受けする」
「!」

村長は顎鬚を摩る手を止めると両手を組んでテーブルに肘を突いた。ゆっくり目を瞑り、難しい表情を浮かべ、何やら考え込み始めると、暫く何も喋ろうとはしなかった。

中年の女がお茶とちょっとしたお菓子を持って戻って来た。
マルコとマヒロの前にそれを差し出していくとマヒロは小さく頭を下げて女に礼を言った。すると女は少しだけ驚いた表情を浮かべ、慌ててペコリと頭を下げる。
マヒロが不思議そうに女を見つめているとドタドタと騒がしい足音が聞こえて視線を移した。
奥の部屋へと引っ込んだはずの幼い子供達が部屋に入って来る姿があり、マルコとマヒロの向かいの席へと座った。

「ねェ、そのお菓子! 私達も食べたい!」
「ぼ、ボクも……」

子供達が中年の女にそう言うと女は「いけません!」と少しだけ声を荒げて二人を叱った。そして二人に直ぐに部屋から出て行くように言った。
女の子は頬を膨らませながら涙目になると「嫌!」と答えたが、その隣に座っていた男の子は怖かったのか泣きべそをかいて女の子の背中に逃げ込んだ。
そんな二人に村長は視線を向けると溜息を吐いてマルコへと向き直して徐に口を開いた。

「お前さん方は”見える”人間じゃな?」
「!」

村長の言葉にマヒロは驚いて目を丸くしたが、マルコは「あァ、そうだよい」とコクリと頷いた。すると老人は「ふむ」と小さく頷いた。

「お菓子〜!」
「ダメです! ほら、出ていきなさい!」
「嫌! お菓子が欲しいもん!」
「ふェェェん!」

―― あ、あの……、テーブルを半分にして世界観があまりにも対照的なんですけど……。

マルコと村長、女と子供達、テーブルを挟んで生まれる混沌とした雰囲気にマヒロは唖然とした。
少しすると村長は再び溜息を吐くと子供たちへと視線を向けた。しかし、女の子は何かを察したのか自分の背後に隠れる男の子の腕を引き、席を外すとテーブルの下へと潜り込んだ。そして女の子はマルコの足元へと顔を出して立ち上がり、マルコをじっと見つめた。

「何だい?」
「……マルコっていうの?」
「あァそうだよい」

未だに「ひっく、ひっく」と泣く男の子の手を引きながら女の子はマルコの目をじっと見つめる。マルコが片眉を上げると女の子は隣に座るマヒロに視線を向けた。マヒロも不思議そうな表情を浮かべて女の子を見つめ返す。

肌色は白く、長くて白い髪を団子型に一つに纏めた髪形で、金色の目を持つ女の子。その子と同じように肌色が白く、蒼く短い髪に金色の目を持った小さくて愛らしい男の子。
二人は姉弟だろうか、どこか顔立ちが似ている。

女の子は視線をマルコに戻すと徐に手を伸ばしてマルコのサッシュをキュッと掴んだ。すると途端に目に涙を浮かべてボロボロと泣き出した。
マルコは眉間に皺を寄せ、その子の頬に手を伸ばして涙を拭ったが、それを合図とばかりに堰を切ったように女の子はマルコに飛び付いて声を上げて泣き出した。そして、女の子の隣で小さな男の子も呼応するように大きな声を上げて泣き出し、マヒロは咄嗟に立ち上がってその男の子の側に寄って膝を折り、慰めるように抱き締めた。

「……すまん」

村長は眉間に皺を寄せて苦し気な表情を浮かべ、マルコとマヒロに頭を下げて謝罪した。
何が何だかわからないマヒロは困惑気味の表情を浮かべ、マルコへと視線を向ける。するとマルコは自分に泣いて縋る女の子を抱き上げて膝の上に座らせると、女の子の小さな背中を摩りつつ村長へと視線を向けた。

「孤児……ってェところか……?」
「まァ、そんなところじゃ」
「この村に入った時、異様な感覚を感じたのは気のせいでも何でもない。この島に降り立ってザワザワしたのもこの村に関係している。そうだろい?」

マルコは少しだけ眼光を鋭くして村長にそう問い質すと村長は眉尻を下げて観念したかのように話し始めた。

「この村の住人は全員人間ではないんじゃよ」
「!?」

村長の言葉にマヒロは驚いて目を丸くした。マルコは何となく察していたのか驚く素振りは見せなかったが、やはりと言ったように少しだけ溜息を吐いた。

「ワシらは妖怪じゃよ」
「嘘……? ここは妖怪が集まる……村?」
「そうじゃ。ワシらは昔からこの地でひっそりと”人間として”生きてきた。人間と同じ物を食し、同じように暮らしてきたんじゃよ」

マヒロは益々驚いた。彼女の知る妖怪とはまるで異なる妖怪の存在を初めて知ったからだ。マヒロは驚いた眼差しのままマルコへと目を向けるとマルコがマヒロに顔を向けて視線がかち合った。

―― 人間として生きる妖怪?

驚くマヒロの心境を察しているのかマルコは小さく頷きをみせると今度はマヒロが村長に質問をした。

「襲わない…の?」
「人間をか?」
「わ、私が接してきた妖怪達は、私のように見える特殊な者の命を奪いに襲って来る者達ばかりでした。人の血肉を好み、魂のエネルギーを摂取してより強くなろうとする者達ばかりで……。この村の人々は……彼らとは違うの?」

マヒロが眉尻を下げつつ少し弱い声音でそう問い掛けると村長はコクリと頷いた。

「このロダの村に住む者達は基本的にはそういう類の妖怪を嫌っておる」
「!」
「ワシらはただ平穏に安心した暮らしを送りたいだけじゃ。寧ろ人間にワシらの存在が知れ渡ることの方が恐ろしいと思っておる」
「え……?」

村長の話にマヒロは戸惑いをみせた。村長はそんなマヒロを見据えながら話を続けた。

「見たじゃろう? 村の住人は外界の人間とは接触を好まん。キリグの商人こそ、やっとこさ慣れてきたところじゃ。急に現れた見知らぬ人間が訪れれば驚いて隠れるのは当然じゃ」
「人間が……怖い?」
「過去に何度もあったことじゃが……、見える人間がこの村の存在を知ると度に『危険な存在だ』と判断して根絶やしにしようと襲って来るんじゃよ」
「!」
「元々この村はもう二つ手前の山の麓にあったんじゃ。じゃが、戦いが起こる度に命辛々追い立てられるように逃げ遂せ、今はこの地でひっそりと静かに暮らしておるんじゃよ」
「……」

村長の話にマヒロはツキンと胸が痛む感覚に襲われ眉目を潜めた。妖怪は全て人間を襲い喰らう危険な存在だと、ずっと敵視して生きて来た。それなのにこの世界のこの村の妖怪達はまるで立場が真逆で、人間を脅威としているのだ。マヒロが戸惑うのも無理は無い。
そんなマヒロの心情を察したのか村長は目を細めて微笑を零した。

「お嬢さん。お前さんは妖怪に命を狙われて生きてきた者とお見受けする。じゃが、覚えておいて欲しい。妖怪全てが狂暴で、人を襲って喰らう者達ばかりでは無いということを。ワシらのような妖怪もいるということを――」
「ッ……」

マヒロは言葉に詰まり、視線を抱き締める小さな男の子に落とし、そしてマルコに泣きついている女の子へと移した。

「……この子達も?」
「妖怪じゃよ」

未だにしゃくり上げて泣き続ける幼い男の子をマヒロは抱き締める腕に少しだけ力を入れてギュッと抱き締めた。苦し気な表情を浮かべて目を瞑ると目尻から涙が零れ落ちそうになるのを感じた。

「……爺さん、本題なんだがよい」
「うむ、お前さんは信用してもええ人間じゃろう。ワシらのような妖怪がいることを端から理解しておるようじゃし、それに……底知れぬ強さを秘めておるようにもお見受けするからのう」

小さく笑いながら村長はそう言うとマルコは片眉と口角を上げた笑みを浮かべた。そして村長は笑みを消して一呼吸置くとゆっくりと口を開いた。

「実はな、このロダの村の出身である若い連中が人を喰らい襲うようになったんじゃよ」
「え?」
「……」

村長の話にマヒロは思わず反応して顔を上げた。

「若気の至りかのう……。このような辺鄙な村で一生を終えることを良しとせなんだ者達じゃ。粗暴な輩と手を組んで下界に下り立ち、人間の中に紛れては物色して喰ろうておるらしい。それはこの島だけでは無く、船に乗って島外へと出向き襲っているとも聞く。……人伝の話じゃからそこは不確かなんじゃが、出来れば信じたくは無い。信じたくは無いんじゃが……」

村長は苦々し気に呟きながら苦悶の表情を浮かべると小さく被りを振って項垂れた。

「そいつはどんな奴だよい?」
「……わしの孫じゃよ。たった一人の愛孫じゃった」
「ッ……!」
「……」

溜息混じりに答える村長にマヒロは目を見開き唖然とし、マルコも眉を顰めて厳しい表情を浮かべた。

「孫の名は『王牙鬼(オウガキ)』。この子らの従兄に当たる」

村長がその者の名を告げるとマルコに泣き付いていた女の子がピクンと反応を示し、マルコが視線を女の子に向けると女の子をは涙をボロボロ零しながら叫んだ。

「嫌い! 大嫌い!! あんな奴、従兄なんかじゃないもん!!」
「ふっ…うっ…あああああん!!」

怒りと悲しみに満ちた表情を浮かべる女の子と、ただただ怯えて泣きじゃくるばかりの男の子。
二人の身に何かあったのだと察したマヒロは察した。
抱き締める男の子の背中を何度もあやす様に摩ったが、男の子は身体をガタガタと震わせて興奮しているのか一向に収まる気配が無かった。
女の子がマルコから離れて男の子の元に行くと男の子は「お姉ちゃァァん!」と声を上げて女の子に抱き付いて泣きじゃくった。

「この子らの父親は王牙鬼を止めようとして殺されたんじゃよ。……この子らの目の前でのう」
「!!」

マヒロは思わず両手で口元を覆うと苦悶の表情を浮かべて絶句した。

―― 目の前で……殺され…た……。

嘗てマヒロがまだ幼かった時に起きた凄惨な出来事が鮮明に記憶として呼び起こされる。すると途端に視界が揺れたかと思うとポロポロと涙が溢れ落ちて頬を濡らした。
まるで自分と同じ境遇だとマヒロは泣きじゃくる子供達を見つめて思った。そんなマヒロを見た村長は少しだけ目を丸くした。

―― ……そうか。この娘さんは……そうか……。

きっと彼女も親を目の前で”殺された”のだろうと村長は察した。そして襲い掛かって来た者が妖怪であることも――。
だからこそ、この村の存在にマヒロが大きな戸惑いをみせたのだと村長は理解した。
村長は少しだけ柔和な表情を浮かべるとマルコへと改めて向き直し、真剣な表情へと変えると深々と頭を下げた。

「大変失礼を承知して一つ頼まれて欲しい」
「……何だい?」
「孫を、王牙鬼とその一派を、倒して欲しい」
「……正気かよい?」

村長の申し出にマルコは眉をピクリと動かしたが表情を変えずに村長を見据えた。村長は決してマルコから視線を外さずに言葉を続けた。

「奴らの存在が人間に知れ渡れば、いずれこの村の存在も知られるじゃろう。そして再びこの村の者達が脅威と見なされ迫害されることは必至。迫害だけならまだ良いが、この地を追われるようでは、わしらは行く宛等もう無いに等しい。村の者達の殆どが粗暴な妖怪に使われるだけの惨めな一生を送ることになるじゃろう。喰らいたくも無い人間を喰らわされ、平穏とは掛け離れた生活を送ることになろう。人間のお前さん方に頼むのは間違っておるかもしれん。しかし、ワシらでは、ワシらの力ではどうしようもできんのじゃよ」

村長はそう言うとガタリと席を立つと床に両膝を突いた。するとマルコは目を丸くした。

「おい」
「頼む、この通りじゃ!!」

村長は惜し気も無く地面に額を擦り付けて頼み込み、何度も何度も嘆願する言葉を繰り返した。マヒロが慌てて村長を止めようとするが村長は額を地面に擦り付けたまま決して動こうとはしなかった。
マルコは眉間に皺を寄せて目を瞑ると深い溜息を吐いて立ち上がった。そして村長の前に膝を折ると村長の肩に手を掛け、村長は漸く上体を起こした。
良い歳した老人が目に涙を蓄えて悲痛な面持ちをしているのを見たマヒロは言葉を失った。

「孫を殺せ……ってェのは、覚悟はした上で言ってんのかい?」
「村人の命には変えられん。止められなかったワシの責任でもある。それに、この子らの仇でもあるんじゃ。あまりに凄惨で酷い死に方をした父親の死を間近で見なければならなかったこの子らがあまりにも可哀想でならんのじゃ」

村長は膝に置いた拳をギュッと握り締めて顔を俯かせるとポロポロと涙を零した。マヒロは悲痛な面持ちで村長を見つめていたが目を伏せて一呼吸を置いた。そして視線をマルコに向ける。

「……マルコさん」
「わかってる。マヒロは受ける気でいるんだろい?」
「はい」

マヒロが決意と覚悟を模した目を真っ直ぐマルコに向けるとマルコは片眉と口角を上げた笑みを浮かべて頷いた。それを聞いた村長は堰を切ったように咽び泣いたのだった。

「すみません。少し休ませてあげたいのですが……」

村長に仕える中年の女が堪らずにそう声を掛けるとマルコは頷いた。そして女が地べたに伏す村長を抱え上げようと手を伸ばすとマルコがそれを遮った。

「あの…? ――!」

何も言わずにマルコが代わって村長を抱き起こして抱えた。

「おれが連れて行く。部屋に案内してくれよい」

マルコがそう言うと女は申し訳無さそうな表情を浮かべつつ奥の部屋へと案内した。

妖怪が集う村

〆栞
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