01


買物を終えて船に戻るとマルコはマヒロと共に再び島に降り立った。
今度は仕事を目的としてだ。
本当はマヒロには休憩を促して一人で行動しようとマルコは思った。だがマルコが考えていること等お見通しですとばかりにマヒロから「行きましょうか」と声を掛けられ、マルコは苦笑を漏らすしか無かった。

「私が何も感じていないと思う?」
「いや、やっぱり流石だよい」

島に降り立つ際に自分と同じように『違和感』を覚える者が傍にいるというのは何とも心強い。
理解し合える者がいるということがこんなにも嬉しく思えるなんて――。この気持ちはきっとマヒロも同じだったのだろう。

―― 一人で背負う必要は無ェ……か。

「ザワザワして落ち着かないもの。この島には何かいる……だけじゃなく、何かがある。わからないけど、人間の立場からみるとあまり良くない雰囲気を感じる」
「あァ…、そうだねい」
「それに――」
「……それに?」

島全域に意識を張り巡らしながら真剣な面持ちで言葉を紡ぐマヒロは、周囲を見回すとマルコへと顔を向けた。

「マルコさん、あなたを求める人がいる」
「!」
「あなたを欲してる。あなたの手を借りなきゃ、命ある未来が潰えてしまうわ」

マヒロの言葉にマルコは少しだけ目を丸くした。

―― ……マヒロも相当努力したんだねい。

二年前に別れた後、毎日欠かさずに自らの能力を向上させるべく修行を積んだのはマヒロも同じ。
マヒロの話を聞いただけでマルコはその努力の成果を如実に感じ取った。

「マヒロには何が見えてんだい?」
「見えてるのかな……? ううん、感じる。そう感じるの。気持ちが入って来るって言うのかな? 声が聞こえるというか……こんな感覚は初めてだから私も戸惑ってるの」
「初めてだって?」
「え? えェ……」

マヒロは少し困惑した表情を浮かべた。マルコは眉を顰めるとどこを見るともなく視線を一定に、徐に右手で顎を触りながら「そうか……」と何やら思案顔を浮かべた。

―― 相乗効果っつぅ奴か。

「相乗効果かな?」
「……!」

マルコの考えと同じことをマヒロもポツリと零し、マルコが驚いてマヒロを見やるとお互いの視線がかち合った。

「同じ意見だよい」
「ふふっ、じゃあ正解ですね」

二人してフッと笑った。

「この島には数日停泊しなきゃならねェ上に色々と問題も山積みでなァ。マヒロにも手伝ってもらうつもりでいたからよい、そんだけ感じ取ってくれてるのなら話は早い」

マルコの言葉にマヒロは頷いた。頼って貰えることは嬉しい。しかし、気持ちが逸るのか鼓動が早く、胸の内がザワザワして落ち着きが無く、どこか浮足立った感覚に不安が押し寄せる。

―― ……どうして……?

静かに深呼吸を繰り返し、感覚を研ぎ澄ませて気持ちを落ち着かせようとする。するとポンッと頭に手が乗せられる感覚にマヒロがマルコに顔を向けるとマルコは片眉と口角を上げた笑みを浮かべていて目を丸くした。

「気を張り詰める必要は無いよい。この世界の妖怪はマヒロの世界にいた妖怪とそう変わらねェ。だから気を楽にしろよいマヒロ」
「ッ! ……は、はい」

マルコに頭を撫でられながらそう言われただけで、先程のザワザワとしたマヒロの心は途端に静寂に包まれて落ち着きを取り戻した。

―― 不思議……本当に不思議な人……。

好きな人、愛しい人――といった理由だけでは無いとマヒロは思った。
これはずっと思っていたことだ。
どうしてマルコの言葉や行動の一つ一つに自分の心がこんなにも大きく動かされるのだろうか――と。
マルコの魅力について改めて冷静に考える。しかし、理由も原因も全くわからないままに、結局は『好き』の一言で結論付いてしまう。
そう考えていると自ずと『とくん...とくん...』と鼓動が柔らかく胸を打ち始める。そして、ふとイゾウの言葉を思い出した。

「二年前、無事に戻って来たマルコはまるで人が変わっちまったように優しい男になっていたが、マヒロに見せる優しさはそれ以上だったもんでねェ――」

―― イゾウさんが言ってた。……そう、優しいんだ。

「何だかんだ言いつつもおれ達にとってもマルコは良い兄貴分でねェ、弟分達にどんなに弄られても本気で怒ることはしない。元々長男気質な男だから許容範囲が意外に広いんだよ。それに――」

―― 優しくて面倒見が良くて、責任感があって、良い兄貴分で……懐が深くて優しい人……。

隣を歩くマルコをチラリと仰ぎ見たマヒロは自然と笑みを零した。

「ふふっ」
「ん? 何だよい突然……」
「よい」
「……マヒロ?」
「マルコさんの魅力について改めて考えてみたの。そうするとマルコさんのことがもっと好きになっちゃったみたいです」
「なっ!?」

驚いて目を見開くとカァァッと顔を赤くしたマルコにマヒロはクスクスと照れ笑いを零しながら手を伸ばして自らマルコの手を握った。

「っ……」

虚を突かれての告白にマヒロは口元を手で覆うと視線を外してそっぽを向く。だがその仕草が年甲斐にも無く可愛く見えたマヒロは心底から愛しく思った。そんなマヒロにマルコは赤い顔を少々顰めてみせると悔しかったのかマヒロの耳元にスッと顔を寄せた。

―― え?

マヒロがきょとんとしている隙にぽそっとマルコが一言囁いた。すると途端にマヒロはボンッと爆ぜる音と共に顔を真っ赤に蒸気させて狼狽え始める。

――マヒロ、愛してるよい――

偶に真っ当な言葉を甘い声音で囁けば威力は絶大で、直撃した耳を手をバッと手で押さえたマヒロは耳まで真っ赤になっていた。
してやったりとニヤリと笑うマルコにマヒロは「も、もう〜!」とポカポカとマルコの腕を叩き始め、マルコは「ハハ、痛ェよい」と楽し気だった。
そんな二人のやり取りを船から降りて町に向かっていたラクヨウとハルタにフォッサの三人が偶々通り掛かって目撃した。

「……ありゃあガチで貴重な光景だな」
「あんな風に女の子と接するマルコを初めて見たよ」
「恋人同士の狎れ合いか。まァ似会いのカップルだがな」
「「「ハハハハハッ!」」」

コロコロと変わるマヒロの表情は見ていて飽きない。だがそれはマルコが傍にいるからだろう。初めて会った時のマヒロと今のマヒロはまるで別人の様に差があった。しかしそれはマルコも同じだ。あれ程に心を砕いて人(特に女)と接するマルコを見るのは彼らにとっても初めてだった。

離れた場所で笑う隊長の三人の姿をふと視界に入れたマルコは笑いながらヒクリと頬を引き攣らせた。

―― 見られっ……まァ…良いか……。

どう思われようが今は幸せだからよい――と、珍しく開き直るマルコはマヒロと二人で町の外れを目指して歩くのだった。
しかし、それらを目撃していたのは何も三人だけでは無かった。船上から目を丸くして驚きの表情を浮かべる隊員達がいた。

「ま、マルコ隊長に春が!」

と、心底から泣いて喜ぶ者達がいた――らしい(イゾウ比による)。

手を繋いでいるものの少し後ろに下がって歩いているマヒロは、マヒロの右手を繋ぐマルコの左手の手首にチラチラと見える青いブレスレットに視線を落とした。
マヒロの左腕に付けているブレスレットと同じ青いブレスレットが陽射しを反射してキラリと光って見えた。
ペアのブレスレットが二人の関係を『特別』であることを指し示すだけあって、お互いによく似会っていると、マヒロは我ながらに思う。すると――

――マヒロ、愛してるよい――

先程、耳元で囁かれた甘い声音が脳内で勝手にリフレインした。

―― ッ〜〜!

一瞬だけ本当に悲鳴を上げそうになった。本当にヤバかった。あれは破壊力がどうこうというレベルでは無い。
マヒロにとってはある意味で『凶器』とも言えるかもしれない。

―― もう…、好き過ぎてどうにかなっちゃいそう……。

マヒロはマルコに気付かれないように小さく溜息を吐いた。そして静かにゆっくりと深呼吸を繰り返すと惚気は終わりだとばかりに気持ちを切り替え始めた。
緩む頬を引き締めて気合を入れる。先程まで頬を紅潮させて狼狽えていたマヒロの顔は消え、心に一本の芯が通る凛とした面持ちのマヒロが姿を現す。

買い物に出掛けた時、また先程のじゃれ合いの時とは程遠く、二人はまるで共に戦地へ赴く同士のような、そんな雰囲気を醸し出して颯爽と島のどこかへと姿を消した。





マルコはマヒロにこの島の事情(キリグ、コープ、ウィルシャナ)について説明をした。そして数日後にはウィルシャナで開催されるパーティーに白ひげ海賊団の船長及び隊長格の数名が招待されていることも伝えた。

「マルコさんは参加するの?」
「出来れば拒否してェんだがなァ、立場上参加せざるを得ないんだよい」
「私も参加できないのかな?」
「オヤジの娘として参加すりゃあ可能かもしれねェな。船に戻ったらオヤジに頼んでみるよい」

話をしながら二人はキリグを抜けると平地へと出た。岩や草木が広がる平地を歩き、人の気配の無いだだっ広いど真ん中で足を止めたマルコは周囲に意識を向けた。マヒロも同じように立ち止まると周囲に意識を向ける。

胸にザワザワする感覚が強く襲う。

お互いに難しい表情を浮かべながら辺りを見回しつつ会話を続けた。

「キリグとコープとウィルシャナ以外に、この島には町や村は存在しないの?」

マヒロの問いにマルコは眉間に皺を寄せて考え込み、暫くして溜息を吐いた。

「……一応、あるにはあるよい。町で仕入れた情報によれば、あの山の麓に『ロダ』っていう村があるらしいんだが……」
「そこには行ったことはないの?」
「完全に外界とは隔絶して閉ざされた村らしくてねい、特に気にも掛ける程の情報も得られなかったんで偵察の時は立ち寄ることはしなかったんだが、今回は正直に言うと気にはなってんだよい」
「じゃあ行ってみませんか?」

マヒロの言葉にマルコは少し間を置いてから頷いた。そして二人はこの島の中で最も高く聳える山の麓にある『ロダの村』を目指した。
マルコは偵察時にロダの村の存在が気にはなっていた。だがどうにも行く気にはなれなかった。
ロダの村そのものが外界からの来訪者を拒否しているような気がしたからだ。しかし今回、マヒロが「行こう」と促したことで不思議とその拒否感がスッと消えたような気がした。

―― 本当、マヒロは不思議な女だよい。

少し後ろに控えるようにして歩くマヒロにチラリと視線を向けたマルコは少しだけ片方の口角を上げて微笑を零した。

『ロダの村』

キリグやコープ、ウィルシャナと隔絶した村。
偶に『ロダの村』へ商売がてらに赴くという店の主人の話によれば、その村には昔ながらの生活を続ける人々が暮らしているという。
村人達は非常に大人しい気質をしているらしいが、どうしてか外界の者に対して畏怖を模した表情を浮かべる者が多くいるらしい。

仕入れた情報を話すとマヒロはフッと息を吐くと小さく頷いた。

「気持ちはわからなくも無いですけどね」
「山に籠って生活をしていたからかい?」
「えぇ、そうですね。私も”普通の一般人”とは距離を置いて生活をしてましたから……」
「……」

元の世界での生活を思い返しているのかマヒロは目を細めて微笑を零した。
少し懐かしいと思いながらもどこか寂し気なマヒロの表情を見たマルコはスッと視線を外して山へと向けた。

―― ずっと一人で、例え妖怪に命を狙われながらの生活だったとしても、やっぱり懐かしいとは思うものなのかねい……。

自身の今の生活ぶりを鑑みても恐らくマヒロと同じ立ち位置に立てば同様に懐かしく思うのだろうか――? と、マルコはふと考えた。

―― いや…無いな。おれの場合は特に異常だしよい……。

マヒロの場合、襲いに来る妖怪は一体ずつだった。そして次に襲われるまでに数日の間もあった。
しかしマルコの場合はどうだろう?
毎度、島に降り立てば大量の妖怪がここぞとばかりに集って来る。終いには「ひィィ! 助けて!」と、自分から襲って来たにも関わらず恐怖して命乞いを始める妖怪ですらいるのだ。

―― 正直、自分の方が面倒くさい立場になってねェか……?

マルコはマヒロに気付かれない程度に小さく溜息を吐いた。

そして――。

山を二つ三つと超えた先の谷を道なりに歩き、一番高い山の山腹付近に到達した頃に漸くロダの村が姿を現した。
外界から二人の人間が歩いて来る姿を見掛けた一人の村人が目を丸くすると、直ぐ側にいる村人達に声を掛けて指を差した。そして村人達の視線がロダの村の入口に立った二人へ一気に集中した。
マルコとマヒロは口にこそ出さなかったが、この村に近付くに連れて言い知れぬ感覚が全身を襲い、二人はこの村が普通の村では無いことを察していた。

「あ、あの、この村に何か?」

少し畏怖を抱いた面持ちでマルコに声を掛けて来たのは中年ぐらいの男だ。

「キリグでここに村があるって情報を耳にしてよい」
「どんな村なのかなァと思って来ただけで……、あ、あの、そんなに怯えないで? 何もしませんから」

マヒロがマルコの背後からひょこりと顔を出して話すと、男は少しだけ安堵するような溜息を吐いた。
しかし畏怖を抱いた面持ちでいたのは何もその男だけでは無かった。
村人達はマルコとマヒロを見るや否や足早に家の中へと姿を消していく。
幼い子供達は興味深そうな表情を浮かべて見つめていたが、親が出て来ると我が子の手を引いて家の中へと逃げる様に帰って行った。

そんな光景を目にしたマヒロは眉間に皺を寄せながら首を傾げ、先程の男の元に歩み寄って声を掛けた。

「あの、少しだけお話をお伺いしても良いですか?」
「え!? あっ、わ、私ですか!?」

男は少し慌てふためきながら背筋をピンっと伸ばした。何故か顔色が悪い上に歯切れも悪く、酷く緊張している様子にマヒロは眉を顰めた。

―― 何かある…わね。

改めてマヒロが男に話し掛けようとした時だ。

「あんた! 何してるの!?」
「あァすまない! 今戻るよ!!」
「あ、待って!」

女が大きな声を上げて男を呼んだ。男はまるで助かったとでもいうような表情を浮かべるとマヒロの制止の声を無視して急いで女の元へと駆け寄り、二人して家の中へと入って行ってしまった。
こうして村の中を行き交う人々の姿はすっかり消えてしまい、辺りはシン……と静まり返ったのだった。

「……マルコさん、どうしましょう?」

困惑したマヒロがマルコに声を掛けたがマルコの返事は無い。不思議に思ったマヒロはマルコに視線を向けた。するとマルコは一定方向をじっと見つめていることに気付いた。

「……マルコ…さん?」
「マヒロ、話ができそうな人がいるよい」

マルコがマヒロに目配せをすると「行くぞ」と顎で行く先を示すように動かして歩き出した。
きょとんとするマヒロは行き先に視線を向けるものの人の気配等は無く、怪訝な表情を浮かべながらマルコの後を付いて行った

―― 気配なんて無いのに……何に気付いたの?

自分には察することのできない”何か”を、マルコは簡単に感知することができるのだとマヒロは思った。
二年間、マルコがどういう生活を送り、どのような能力を身に付け、どれだけの力を得たのか、話こそ聞いたが実際に見るのと聞くのとでは大違いだ。

―― 多分、きっと、私なんかよりも遙かにこの人は強くなってるんだ。

先を歩くマルコの背中を見つめながらマヒロはそう思った。
少しだけ――ほんの少しだけ悔しいと思う気持ちと、結局は助けられ守られる側になるのかと、寂しい気持ちにもなったのが正直なところだ。

―― でも、せめて支えにぐらいにはなりたい。

音がしない程度に両手で自分の両頬をパチンと叩いて気持ちを切り替える。そしてマルコと共に歩いて向かった先にあるのは他の家と違って大きく立派な家。
マルコはチャイムを一応鳴らしたが、家主の返事を待たずしてドアを開けて堂々と中へと入って行く。

「え!? ちょっ!?」

驚いたマヒロは慌ててマルコの後を追って家の中へと入って行った。
マルコは気配を辿っているのか足取りに淀みは無く廊下を突き進み、大きな居間らしき部屋へと向かった。
中に入ると一人の老人とこの家に仕えていると思われる中年の女が一人、そして幼い女の子と男の子が二人いた。
老人以外の彼らは突然部屋に入って来たマルコとマヒロに驚いて凝視したまま固まっている。

「こりゃまた珍しいお客さんだ。これ、固まっていないでお客様にお茶をお出ししなさい」
「え!? あ、は、はい、ただいま!」

中年の女は老人の言葉に慌てて返事をするとマルコとマヒロにペコリと頭を下げて急いで部屋を出て行った。

「お二人さん、そのようなところで突っ立って話をするのもなんじゃから、こちらの空いた席にでもお掛けください」

老人は少しだけ笑みを浮かべながらマルコとマヒロにそう言うと傍にいた子供達に目を向けて「あっちへ行っといで」と小さく声を掛けた。
子供達はマルコとマヒロを交互に見やりながら奥の部屋へと出て行くのだが、ドアの隙間から顔を覗かせて様子を伺い見た。そんな彼らの気配に老人は「やれやれ、すまんが気にせんでくれ」と言ってマルコとマヒロに軽く頭を下げ、マルコは片方の口角を上げた笑みを浮かべながら「あァ、構わねェよい」と返事をして椅子を引いて腰を掛けた。

ただただ戸惑うマヒロはマルコの隣の椅子を引いてオズオズと腰を下ろし、然も当然のように笑みを浮かべて迎え入れる老人とマルコとを交互に視線を向けてから膝へと落として溜息を吐いた。

―― 何これ? 私、全く付いて行けてない……?

マヒロは眉間に皺を寄せると少しだけ首を傾げながら大いに困惑するのだった。

ロダの村

〆栞
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