02


偵察の報告をしに船長室へと訪れていたマルコは固まっていた。
ゾイルの手紙に目を通した白ひげのが眉間に皺を寄せて難しい表情へと変え、不思議に思って見つめていると何枚かの手紙を「読んでみろ」と差し出され、その手紙の内容が思っても見なかったもので驚いたからだ。

―― おれに国を譲るだって? レイラを嫁にってどういうことだよい?

「オヤジ……」
「グラララララッ、確かにあの娘はお前に気があるということは前々から知っていたが、まさかこういう形で攻めて来るたァなァ。それにこのパーティーだが、招待状を貰った以上は参加しないわけにはいかねェ。出て来る人間を見りゃあ王族から貴族から一端の奴らばかりだからなァ、ゾイルの顔を立ててやらねェとなァ」
「『白ひげ海賊団の船長並びに隊長達を紹介して欲しい』って書いてあるけどよい……」
「建前だろう。ゾイルとしちゃあおれや他の連中では無く、マルコ、お前ェが目的だろうからなァ」
「……」
「だが、突然こんな話を持ち掛けて来るにしちゃあらしくねェ。ゾイルは一本気な男だ。こんな計画染みた回りくどいやり方でどうこうしようなんて考えるような男じゃあねェことは確かだ。これには裏があるとおれは思うんだが、マルコ、お前はどう見る?」

マルコは白ひげの言葉を受けつつ手紙に書かれているある文字を指で何度もなぞっていた。ゾイルの娘であるレイラの名前だ。

―― レイラ……何だ? ……妙な違和感を感じる。

何か妙に黒い靄のようなものがレイラの名を囲っているような気がした。それは偵察に行こうと思わせたザワザワとした感覚とよく似ている気がした。

「オヤジ、これは……これに絡んでるのは人間だけじゃねェ気がするよい」
「……」

マルコの言葉に白ひげは眉をピクリと動かし、厳しい表情を浮かべた。

「何故シャブナスが気になって偵察に行ったのか……理由がここにある気がするよい」
「そうか……。なら表舞台はおれが主体で立つとしよう。お前はお前のすべきことをやれ」
「あァ、わかったよい」
「……ところで、マヒロはどうするつもりだ?」
「ん、協力を頼むつもりでいるよい」
「何?」
「皆はマヒロがただのか弱い女だと思ってるみてェだが、あいつは強ェよい。おれよりも妖怪のことをよく知っているからねい。いざとなりゃあ逆におれが守られるぐらいだしなァ」

苦笑を浮かべてマルコがそう言うと白ひげは驚いたように目を丸くした。そして面白いとでもいうように破顔して笑った。

「グララララララッ! お前ェが女に守られるかマルコ! こいつァ面白いじゃねェか! ならマヒロの実力とやらも拝見できるってわけだなァ? マルコ、早くマヒロの身体を治してやれ。相当辛ェようだからなァ」
「わかってるよいオヤジ。じゃあおれはこれで失礼するよい」

マルコはそう言って船長室を後にした。

「グラララ、マヒロを連れていく理由は他にもあるだろうがバカ息子。レイラには可哀想だがこればかりは仕方が無ェことだ。誰も救い上げることが無かったマルコの心をマヒロが簡単に救ったとありゃあ誰にもマヒロにゃあ勝てねェ」

白ひげはゆっくりと目を瞑りながら大きく息を吐いた。その厳しい表情はどこか笑みにも似た様相を浮かべていた。





マヒロが食堂でぼ〜っとしてマルコを待っていると食堂の扉が開けられる音が鳴った。視線をそちらへ向けるとマルコが食堂に入ってくる姿を見受けたマヒロは直ぐに表情が明るくなった。

「おかえりなさい」
「待たせちまって悪かったよい。先に食っちまっても構わなかったんだが」
「ふふ、一緒に食べたくて待っていました」
「そうかい。ありがとよいマヒロ」
「よいよい」

笑みを浮かべてマヒロがそう言うとマルコも笑みを浮かべながらも自分の口癖を真似たマヒロの頭を軽くペシンと叩いてから厨房へと向かう。そしてマルコが厨房を覗けばサッチがニヤニヤした笑みを浮かべて「よいよい」と言った瞬間、サッチの顔面に霊気のエネルギー波が容赦無く襲い掛かった。
サッチには勿論それらが見えていない。
恐ろしい程に重く圧縮された空気の塊を真面に顔面に喰らわされる感覚で、身体が勢い良く吹き飛ばされて果ての壁に激突でドサリと床に這い蹲り、そこで漸くマルコに『霊気』とやらの力で攻撃されたのだと気付く。

最早この光景は日常茶飯事と言って良いだろう。

「ッつぅ……てめェ、見えねェ攻撃は止めろってんだよ! 毎回毎回心臓に悪いって何度言わせんだ!? このバカマルコ!!」

顔を抑えながら怒鳴るサッチにマルコは片眉と口角を上げた笑みを浮かべて軽く鼻で笑った。

「何の話だよい? それより飯を寄越せ。こっちは腹が減ってんだ」
「あぁクソ! 朝からイチャイチャ見せつけてやがって、こっちは日照り続きだっつってんのによ! この鬼、悪魔、バナップル!」
「あ”ァ”?」
「おう、最後のだけは取り消すからその右手に恐らく溜めてんだろう見えない力は引っ込めってんだ」

ムクリと身体を起こして埃を払いながら不満顔を見せるサッチはマルコが構えた右手の形が明らかに攻撃性のある何かであることを察して首を振った。

―― 本当、何でおれっちは人間だってェのに、対化物用の攻撃を喰らわすんだってんだ。本当に悪魔か。

「……次のシャブナスじゃあウィルシャナとキリグとコープだけじゃねェ、周辺の島々にも足を延ばして絶対にイイ女を見つけて抱いてやる」
「せいぜい妖怪女に騙されねェように気ィつけろよい」
「……マルコ! いや、マルコ様!! その時は頼む!! 感知を頼む!!」
「アホか」

一瞬にして態度を翻して哀願し始めるサッチにマルコは呆れた声を掛けつつ、クツリと楽し気な笑みを浮かべて笑った。そして二人分のトレーを手にしてマヒロの元へと戻り、テーブルにトレーを置いたマルコはマヒロの正面に着席した。
マヒロは唖然としていた。
まさか霊気を人間の、それも仲の良いはずのサッチの顔面に向けて放つ等想像すらしていなかった。全く容赦の無い霊派でだ。又、その攻撃を受けたサッチも当り前のように抗議の声を平然と叫ぶことに益々驚かされた。

―― に、日常的なの……? 嘘でしょ……?

差し出された朝食のパンを手にしながらどこか一点を見つめたまま固まっているマヒロに、サラダを口に放り込んで水をコクリと飲んだマルコが喉を鳴らすように笑った。

「クッ、マヒロッ、ククッ……ハハッ!」
「な、何ですか急に……?」
「酷く驚いてるみてェだが、さっきのやり取りは日常だよい。他の奴らにはしねェけど相手がサッチだからねい」
「え、な、何それ? サッチさんだけって……」
「よく嫌味で『サッチだから』てェ理由だけで済ませちゃいるが、まァ何つぅかねい……最も気心知れた奴だからってェとこか」
「……」
「驚いたかい?」
「え、えェ、まさか霊気を飛ばすなんて思っていなかったから」
「一度、何となく試してみてから以降ずっとだよい。あいつに霊気をぶつけるようになったのは」
「へ?」
「あァ、勘違いするなよい? 最初はサッチの了解を得てやったんだよい。おれの霊気に触れたら影響が出るのかどうかってェのをな」
「……」
「けど、一切何の変わり映えもしなかった。ハハ、おれは余程マヒロとの相性が良かったみてェだよい。やっぱり『同じ色』ってェのがそうさせたんだろうなァ」

食事の手を止めたマルコは左手を翳して青い炎を灯し、そして青い炎から霊気へと転換して光を纏わせた。それを見たマヒロは目を丸くした。

―― 凄い……。

「能力の使い分けができるの?」
「一応、”空幻に”教わってねい。色々と学んで色々な技も身に付けた。そうだなァ、飯を食ったら治療がてら二年間を過ごして来たお互いの話でもするかねい」
「マルコさん……、凄く強くなってる。私なんか足元にも及ばないぐらいに……」
「よく言うよい。おれからすりゃあマヒロの方が断然強ェよい。色々な意味でな」
「それ…どういう意味です?」
「そういう意味だよい」

マルコの言葉にマヒロはムッとして言うとマルコは笑ってマヒロに指を差しながら「それだよい」と言った。

―― 不機嫌になる私が強いってどういうこと?

「頭が上がらねェんだ」
「え?」
「マヒロが側にいてくれるだけで十分だよい。……おれにとってはそれだけで心強い」
「マルコさん?」
「二年ぶりに会って初めて気付いた。マヒロが側にいるのといないのとでは精神的に全然違ェってな」
「……それは、それは私も同じです。私もマルコさんが側にいるだけで心の在り方が全然違うんだもの。二年間、一人で居ても『泣かなくなった』『強くなった』って、そう自信を持っていたんですよ? でも、マルコさんに会えるってことを知った途端に泣いて弱気になるんだもの。だから――」

マヒロはお互いの魂の色と同じ青い瞳を持ったマルコの目を真っ直ぐ見つめた。

「もう、きっと、マルコさん無しでは生きられないですよ」

眉尻を下げ、少し情けない表情を浮かべながらマヒロはそう言った。「ハハッ…」と苦笑を零しつつパクリとパンを食し、温かいコーンスープを啜る。するとパッと表情を明るく変えると目を見張りながら「このスープ、凄く美味しい!」と一声を上げた。そしてニコニコと楽しそうに食事を堪能するマヒロに、マルコはクツリと笑って自身も食事を続けた。

―― 嬉しいことを言ってくれる。けどなァマヒロ、おれもお前ェと同じだよい。

流石に男たるもの同じようなことを口にすることは苛まれる。もし告げるとして、それを第三者の立場で自分を見ていたらば、きっと女々しい奴だと自分自身を嘲笑するだろう。

「ん、美味ェな」
「ふふ、でしょ?」

同じ食事を口にして味の感想を話す二人の空間を、厨房から覗き見ていたサッチの目には眩しく映るのか、目を細めながら頭をガシガシと掻く。

―― なァんて甘ェ空間…。あいつ、本当にマルコだよな?

よく知る悪友のあまり見たことの無い甘い空気にサッチは呆気に取られながら思わず感嘆の溜息を鼻から吐いた。

―― あの二人の繋がり様は半端無ェ。見えやしねェ精神的な部分での繋がりが強ェんだな。マヒロちゃんの存在は想像以上にでけェ。マルコの人格すら変えちまった女ってェだけはあるってとこか。まさかあのマルコがあそこまで心酔し切ってるなんてなァ思ってもみなかったぜ。マジで。

あのオヤジでさえも驚きを隠せず、更にまさかの『孫』をも期待してしまう程なのだから、サッチはククッと含み笑いを浮かべるとついつい吹き出して声を上げて笑いそうになるのを必死に堪えるのだった。
一方――。
食事を終えた二人は早速マルコの部屋へと戻り、マルコがマヒロの身体を診ることになった。
いきなり「衣服を脱げ」とは流石に言えなかったマルコだが、「ちょっと入れるよい?」とマヒロの返事を待たずして道着の帯を外し、シャツの裾から手を差し込んだ。そしてマヒロの胸部から腹部に掛けて直接的に手で触れて行く。
マルコの骨ばった大きな手が、細くて長い指が、マヒロの肌に触れては這わされる。その度にマヒロの身体がピクンピクンと小さく跳ねて反応してしまう。流石にマヒロは羞恥心に顔を赤く染めて思わず顔を俯かせる。

―― こ、これじゃあまるで……感じてるみたいじゃない。

「……腹を貫かれたのかよい」
「え?」
「幻海の祖母さんに腹を貫かれた……そうだろい?」
「っ! ……どう…して……? …何故…わかるの?」
「見えたんだよい。マヒロの腹に触れた時、マヒロが幻海の祖母さんに襲われて腹を貫かれた瞬間が視界に映ったんだ」
「嘘……? そ、そんなことがわかるの?」
「おれの能力の話は後だ。それよりも……お前ェ、辛かったんじゃねェのか?」
「え?」
「辛くて、怖かった……違うか?」
「!」

マルコはそう言うとマヒロを胸元に引き込んで抱き締めた。マヒロは何故マルコがそうするのかと戸惑うもホロリと自然に涙が溢れて零れ落ちたことに驚いて瞬きを繰り返した。

―― どうして……、何故……泣いてるの? どうして?

祖母に襲われたことは確かにショックではあったが、泣く程の事では無いとマヒロは意識的に自覚していた。常に厳しく冷たい態度でぞんざいな扱いを受けて来たことを思えば、きっと自分の存在は祖母にすればあまり好まれていないのだと思っていたからだ。

だが、それでも――。

マルコに指摘されてマヒロは漸く心の奥底に潜む思いに気付く。

例え”嫌われていたかもしれない”と思っても、血の繋がりが身内の証か、力を引き継いだ時点で『生きる術』を残してくれた祖母は、どんなに厳しくとも、どんなに疎ましく、冷たく、ぞんざいに扱おうとも、それでも最低限の愛情がそこにあったのかもしれない――と、とても小さな願望で臨んだが故の解釈かもしれないが、そうであっても恩を感じていたのかもしれない。

無意識の内に、それでも自分の祖母で、育ての親で――唯一大切な家族だった――と、認識していたのかもしれない。
生きる術をくれた人が自ら敵の手先となって孫を襲い、命を奪おうとした事実。
大してショックは受けていない――つもりだったはずなのに、そう思っていたはずなのに、マルコの言葉で脆くも瓦解して『そうではなかった』ことを初めて自覚した瞬間だった。

ポロポロと涙が溢れては頬から顎へと伝い落ちて行く。

マルコはマヒロの頬に手を添えて親指でその涙を拭いながら言葉を続けた。

「あれは傀儡だよい。決して幻海の祖母さんがマヒロを殺そうとしてやったわけじゃねェ。それだけはちゃんと理解してやれ」
「……ッ、どうして…、どうして……マルコさんがそんな……」
「幻海の祖母さんはマヒロを何より大事にしていたんだよい。誰よりも何よりもお前を守ろうと必死だった」
「……まるで、まるで祖母を、知っているみたいな口ぶり……」

困惑気味にマヒロがそう言うとマルコは微笑を零した。

「会ったことがあるからだよい」
「……え!?」
「空幻がねい、おれを幻海の祖母さんに会わせてくれたんだよい」
「嘘…? そ、そんなのどうやって……」
「空幻は次元を司る妖怪だろい? 次元ってェのはいくつも通路が存在して、それは時間を遡ることも可能だってよい。本当はしちゃいけねェ禁忌とされるものらしいが、おれがどうにも強過ぎる霊気の扱いが上手くできずに暴発して自傷しちまうもんだから、きっと見兼ねたんだろうなァ、空幻がその技を駆使して過去へ飛んだんだよい」
「過去? ……えェ!? か、過去!?」
「マヒロがまだガキで、両親が健在だった頃ぐらいか。その時に幻海の祖母さんの下で修行したんだよい」
「……本当に……?」
「ハハ、こんな嘘を吐くかよい。本当の話だ」

マルコが笑ってそう言うとマヒロは呆然としている。
信じられないと言った様相を浮かべて固まるマヒロにマルコは少し苦い笑みへと変えて溜息を吐いた。

「あの時は死ぬかと思ったよい。あの人はマジで容赦ねェんだからよい」
「はは……は……、そ、そっか……」

―― うぅ、凄くわかる。私も酷く扱かれたもの。本当にあの人の修行は容赦が無いんだから……。

思い出したくも無いのだろうマルコの愚痴にも似た言葉にマヒロは思わず同情した。そしてふと思い出した。この世界へ来る前のこと、次元の狭間で空幻から幻海の伝言を聞かされた言葉――。

『想いが通じ合う好いた男が出来て、その者が真尋より強い者であるのなら、決してその者から離れるんじゃないよ。決してその者を手放すんじゃない。例えその者が『異なる世界の者』であったとしても――』

ドクンと大きく胸を打つ感覚がマヒロを襲う。ドキドキと鼓動が早まると自ずと手を胸に当てて衣服をギュッと握った。

―― ……知ってた…んだ。……何もかも、何もかも知ってて……。

漸く止まったはずの涙がまたジワリと浮かび、ポタポタと零れ始めた。

「何もかも知ってて…あの人は……ッ、ゴホッゲホッ!」
「!」

気丈に振る舞いずっと耐えて来た様々な思いの箍が外れた。その途端に屍鬼毒により酷く汚染された身体が途端に悲鳴を上げるかのように激痛が走り、マヒロはグラリと倒れそうになる身体を懸命に支えようとしたが、堪らずに咳き込んで血を吐いた。
マルコが咄嗟に手を出してマヒロの身体を抱き留めるが、咳き込む度合がこれまでと違って酷く、口から吐き出される血の量も尋常では無い程に増えているのが見て取れた。

―― もう流石に限界か。早く治療しねェとな。

「今こうしてマヒロが生きていられるのは、恐らくお前ェの中にいる不死鳥のおかげかもしれねェ。どうやら必死になって屍鬼の毒を抑えてくれてるみてェだが、限界が近いみたいだよい」
「ハッ……わ、たし……どう…なるの?」

苦しそうに顔を歪めながら不安を口にするマヒロにマルコは片眉を上げた。

「どうもこうも、おれが治すから安心しろマヒロ」
「ッ……」
「時間もあまり無ェようだから少し強引な治療をするが構わねェな?」
「……ど…う…するの……?」
「今から準備して来るからよい、少しだけここで横になって待ってろい。直ぐに戻る」
「……」

マルコはマヒロをベッドに寝かせると足早に部屋を出て行った。そして一人となったマヒロは溢れ出て来る涙を懸命に拭い続けた。

―― 私があの家に来る頃には、祖母はマルコさんの存在を知ってたんだ。霊気による影響も、同系色の魂の共鳴も、何もかも……。

祖母である幻海は、滅多に無い希有なケースが後々に起こることを知った上で、敢えてそれらを教えてくれたことをマヒロは知った。
近い将来、マヒロが異世界から来たマルコと出会い、マヒロの霊気の影響を受けたことでマルコが霊気を纏うようになり飛躍的な強さを手に入れることも、そしてマヒロがマルコを心から愛することも、幻海は知っていたのだ。

「ッ…、それなのに私はあの人を冷たくて薄情な人だなんて……。……なさい…ごめんなさい……」

―― おばあちゃん、ごめんなさい ――

ギュッと目を瞑り、心から謝罪の言葉を口に出した。
その時――。

「!」

ズクリと身体の中で黒い何かが蠢く感覚に襲われたマヒロは目を見開くと同時に顔を顰めた。

「コホッ! ゴホッ! ッ――いっ、痛い! ゴホッ!!」

激しく咳き込むと全身がこれまでに感じたことの無い痛みを発し、マヒロは苦しみ始めた。それと同時に部屋の扉が開けられ、マルコが部屋へと戻って来る姿をマヒロはぼやけ始めた視界で捉えた。

「かなりヤバいねい……。マヒロ、もう一踏ん張りだ。耐えてくれよい」

マルコは血を大量に吐き出して酷く苦しみ始めるマヒロの身体を抱き上げてその部屋を出た。

ひゅっひゅっ……と、空気が抜けるような呼吸を繰り返すマヒロの目はどこを見るとも無く、色が失せて虚ろなものへと変わって行く。酷く辛いはずなのに、それでもマヒロは決して意識を手放すことはせず、震える手を動かしてマルコの衣服をギュッと掴んで耐えていた。

―― 辛ェだろうに……マヒロ。

「どこっ……はァはァ、ッ、どこに、行くの……?」
「船医室だよい」
「何をっ、うっ、はァはァ…何をするっの……?」
「血の浄化を図るんだよい」
「血の…浄化……?」
「おれの血をやる。輸血だよい。おれの血を入れて治療に当たる」
「そんな…ことが……できるの……?」
「おれを誰だと思ってんだよい? 大体、マヒロの身体の中で必死で『生』を繋ぎ止めてるのは不死鳥だよい。その根源はおれ自身だ」
「はっ! くっ! コホッ! あッ…ま、マルコ…さ…ん……」
「言ったろい? おれがいる限りマヒロは死なせねェってよい!」
「ッ……」

マヒロの身体を抱くマルコの手先に力が込められるのをマヒロは感じた。自分を生かそうとしてくれるマルコの顔を苦しい中でじっと見上げながらマヒロは目尻から涙を零して目を閉じた。

この涙は、マルコに『マヒロを生かす為の術』を全て託した祖母の、幻海の愛情を感じ取った――そんな涙だった。

見えない心

〆栞
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