01


ウィルシャナ領主ゾイルの執務室で、机に向かって羽ペンを走らせるゾイルに娘のレイラは労いの言葉を添えてコーヒーを出した。
ゾイルは一度羽ペンを置き、レイラに出されたコーヒーに手を伸ばして一息入れることにした。

「レイラ」
「はい」
「先刻、実際に会ってみてどうだ?」
「はい。あの時と全く変わっていませんでした。とても優しくて温かい素敵な人でした」
「やはり好きか?」
「はい。……今日、お会いして確信しました。未だに凄く胸がドキドキしていますもの」
「うむ、そうか。ならば後はあの手紙を読んだ船長の返事次第と言ったところか」
「好いた方がいなければ良いのだけど……」
「レイラ、もし万が一にいたとしても頑張りなさい。親の私が言うのも何だが、お前とマルコ殿はお似合いだ。今日、傍から見ていて本当にそう思ったのだから、心配するなレイラ。それに――」
「……お父様……?」

ゾイルはコーヒーを一口飲むと「ふぅ…」と溜息混じりに小さく息を吐いた。視線を床に落としてどこを見るでもなく表情は少し険しい。

―― それに、彼がここに留まってくれねば困るのだ。

ゾイルは小さくかぶりを振ると立ち上がり、心配そうに見つめていた娘レイラの元へと歩み寄った。そして徐に手を差し出し、レイラの頬を軽く撫でると険しい表情を一転して笑みを浮かべた。

「夜も遅い。レイラは先に寝なさい」
「……はい、わかりました。お父様、お休みなさい」
「あァ、お休みレイラ」

レイラはゾイルに軽く頭を下げて自室へと戻っていった。そしてゾイルは領主室の机に座ると両肘を突いて手を組み、それを額に何度か叩きつけるようにして苦悶の表情を浮かべた。

「頼む、マルコ殿……レイラをレイラを貰って欲しい。あなたになら喜んで託そう。私の身がどうなろうと、私の命がどうなろうと、あんな化物にくれてやるぐらいならあの子が心底から愛しいと思っているマルコ殿に……」

ゾイルは静かに言葉を零すと独り静かに涙を零した。





宴も終わりを迎え、酔い潰れた連中のみが残された甲板上は漸く静かな夜を迎えた。その頃、マルコはマヒロを抱えて自室へと移動していた。
再会の喜びに浸る様に抱き締め合っていたのだが、精神的な疲労から一転して安堵した為なのか、マヒロはマルコの腕の中で眠ってしまった。
マルコは部屋に入るとベッドの上にマヒロを寝かし、靴を脱がしてシーツを掛けてからベッドの縁に腰を下ろしてマヒロを見つめた。そっと手伸ばして前髪を掻き上げ、マヒロの頬に触れて軽く撫でる。そして喉を鳴らすようにクツリと笑みを零したマルコは視線を外して大きく息を吐いた。

「治療は目が覚めた後ってとこか。とりあえずおれも休むかねい……少し疲れたよい」

ポツリとそう零したマルコはマヒロの頭を軽く撫でるとマヒロの隣に空いたスペースへと身体を横たえ、マヒロの身体を懐に寄せて包む様に抱いて目を瞑ると直ぐに深い眠りへと落ちた。

――翌朝。

眉を少し顰めるようにしながら「ん…」と声を漏らしつつ少しだけ身体を捩って目を覚ましたマヒロは、寝ぼけ眼をそのままに自分の身体に伸し掛かる腕に気付いた。
寝起きの為に頭の思考が鈍く、この状況がどういう状況であるのか今一つはっきりとせず、暫くぼーっとする。

―― ……えっと、まず、この腕は誰の……。

背中越しに感じるのは明らかに自分とは違う人の温もり。
ゆっくりと穏やかな呼吸に揺れる胸は厚く固いことから男であることは確かだ。

―― …………。

徐々に明確に覚醒して来ると、今度は妙な焦りに似た汗を掻き始めたマヒロは何度か目を瞬かせるとそこにグルグルと渦を巻き始め、愈々この状況下に混乱が生じ始めた。

―― えェ!? えっと、えっと、な、何でこんなことに!?

その時、自分の腹部に回されている骨ばった手がピクリと動くのを感じたマヒロは自分の手をそっと重ね、そこで漸くハッとした。

―― ……この手を、私は知ってる。……焦る必要なんか…全く無い。そう…よね?

この手はとても懐かしく、ずっとずっと触れたかった手だ。そしてマヒロは一息吐いて意を決したように勢いよく寝返って背後へと振り向いた。

「ッ……」

トクンと鼓動が脈打つ。
見開いた目は一瞬にして細め、視界がジワリと涙で歪む。

―― ……マルコ……さん。

会いたかった人。
早く触れたかった人。
好きで好きで愛しくて堪らない大切な人。

直ぐ目の前で何の警戒心も抱かず、穏やかに眠る姿にマヒロは笑みを浮かべながら深く眠るマルコの顔をマジマジと見つめた。

―― 二年ぶりだけど……変わってないなァ。

「……あんまりマジマジと見つめられると起きるに起きれねェよい」
「え? あ、」

マルコはまだ眠っているものだと思ってうっとりと見つめて来るマヒロにマルコは声を発した。そうしてゆっくりと目を開け、直ぐ目の前にいるマヒロの顔を見つめながらクツリと笑みを零した。

「ククッ、おはよいマヒロ」

そう声を掛けるとマヒロは少し頬を赤らめたが、釣られるように笑みを浮かべた。

「おはようございます、マルコさん」
「朝から顔が赤ェなァ」
「そ、それは……二年越しだから」

マルコがマヒロの頬に手を伸ばして指先でツンと突いた。するとマヒロは途端にしどろもどろになりながら更に顔を赤らめ、マルコの胸元に両手を突いて身体に距離を置こうとした。

「マヒロ」
「ああああの! そそそその!」
「……」

―― わぁぁ! 二年越しなのに抱き締められた状態でどうして冷静に言葉を交わしてるの!? は、恥ずかしい!!

恥ずかしさのあまりにマヒロは軽くパニックを起こしている――とマルコは容易に察した。二年越しの再会に喜ぶ以上に羞恥が先行して気持ちを支配するだろうことは何となく想像はしていた。やはりというか、全く変わり映えのしない反応にマルコは小さく溜息を吐いた。

「マヒロは相変わらずというか……」
「い、いきなりのスキンシップは、そ、その、わわわ私の心臓が持ちません!」

しかしあまりにも極端な反応を見せるマヒロにマルコは片眉を上げると少しだけ眉間に皺を寄せた。

―― 何でまたこんな極端な反応を見せて……。

「あ、」
「え?」

考えた瞬間に直ぐに答えが脳裏に浮かんだ瞬間にマルコは思わず声を漏らし、必死になっていたマヒロもピタリと動きを止めて瞬きを繰り返した。

そう、お互いに託した己の心は再会したことで元の鞘に収まった――ということは、実際に見てはいなくても離れている間にあった全ての出来事は『心の知識』として知っているということだ。つまり、このマヒロに襲い掛かっている極端な羞恥心とそれに大きく動揺する状態は明らかに例の件も関係していると言える。

フィリアやカーナとの一件及びその後の――。

ドキッとしたマルコは焦りにも似た心境に陥り、ガバッと身体を起こすと言った。

「あああれは不可抗力だよい! つぅか、おれがイク瞬間なんざ情事の際に何度か見たろい!?」
「は!? ななななっ何!? イクとこって……」

マルコの突然の弁解にマヒロはわけがわからずに軽く頭を悩ませた。冷静だったはずのマルコが何故か突然に顔を赤くして必死になり出すのだから輪を掛けて動揺する。

―― な、何、どういうこと? どうしてこんな……。

そう思った時、ふっと胸中に響く声。

「はっ…あっ…くっ…はァ…あっ…」

その声は明らかにマルコの声ではあるが、実に厭らしさを伴う官能的な声で、マヒロは目を見開いた。
実際に何が起きてどうしてそう至ったのか等、知る機会は全く無かった。知っているわけないのだ。だがしかし、知っているのだ。とても不思議な感覚だが、何もかも知っているのだ。

ドキンッと大きく心臓が跳ねるとボンッと爆発するような音を上げてシュ〜ッ……と蒸気までも発生させる程に真っ赤になったマヒロは軽く気持ちがどこかへ飛んで真面ではいられない。そして、取り乱した己を恥じつつ必死に冷静さを取り戻したマルコがマヒロの肩をポンポンッと叩く。

「マヒロ……、とりあえず飯を食いに行くよい。その後で治療だ。良いねい?」
「……」

マルコの言葉にマヒロは壊れた機械仕掛けの人形のようにコクンコクンとただ頷くだけ。それにマルコは眉間に手を当ててそれはそれは深い溜息を吐くしかなかった。

「頼む……、あの件は本当に忘れてくれねェか?」
「ッ……、な、ナンノコトカワタシニハマッタクオボエガ」
「片言気味に話している時点でそれが『何のことか』はわかってるってことだよない?」
「ちちち違います! わ、私は決して――!」

激しく動揺するマヒロの両肩をマルコがガシッと掴んだ。

「忘れる。良いかい? 何も見てない、覚えてない、聞いてもいない。何があったかなんて知る必要は全く無い。だから……、マヒロは何も知らねェってことだよい!」
「ハイ!」

真顔で凄むマルコにマヒロは声を裏返しながらコクンと頷いた。だが少し気まずい空気が流れた為、二人は無言で身支度を整えるのだった。





早朝、食堂には人影が全く無くて静まり返っていた。昨晩、眠るのが遅かったにも関わらず、他の誰よりも早く起きたマルコとマヒロの二人だけしかいない。
マヒロはマルコにチラッと視線を向けると、マルコは当然のように厨房内を望めるカウンターへと足を進めていた。
まるでそこに誰かがいることを知っているかのようで、マヒロはただマルコの後を付いて歩き、マルコの後ろからカウンター越しに望める厨房内を見渡した。するとそこにはサッチが一人だけ居た。彼の部下でもある4番隊の隊員達は誰も顔を出していない。それにも関わらず、隊長であるサッチだけが忙しなく朝食の準備に取り掛かっているようだった。

「サッチ」

マルコがサッチに声を掛けるとサッチは振り向いて目を丸くした。

「ま、マルコ!? お前、いつ戻って来たんだ!?」
「昨日の夜にこっそりと船尾にな」
「船尾って……、あァ、だからオヤジがマヒロちゃんに船尾へ行けって言ったわけか……」

昨晩のことを思い出しながらサッチは納得したように軽く頷いて笑った。そしてマルコの後ろにマヒロがいることに気付いたサッチは更にパッと明るい笑顔を浮かべて声を掛けた。

「マヒロちゃん! おはよう!」
「サッチさん、おはようございます」
「宴の最中に人知れず再会か。けど、漸くマルコと会えて良かったなァマヒロちゃん」
「はい」

サッチの笑顔に釣られるようにマヒロも笑みを浮かべてコクリと頷いた。そしてマヒロは自ずと手を動かしてマルコの袖口を掴み、どこか照れ臭そうに、しかし嬉しそうにはにかみながら額をマルコの腕にくっ付けた。
マヒロのその自然的な行動にマルコは片眉を上げる。

―― マヒロ……。

心底会えて嬉しい――と、そう答えるような様にマルコも少々気恥ずかしくなったのか顔に熱が集まる気がした。どこを見るでもなく視線を泳がせながら反対の手でポリポリと頬を掻いて平静を装っているようだが、マルコをよく知るサッチからすれば――完全に照れてるのが見え見えだってんだ……。くそっ! 羨ましい!!――と心内で若干恨めしい気持ちでツッコんだ。

「朝飯、直ぐにできっからちょっと待ってな。っつぅか、あんまり見せつけんじゃねェぞマルコ! おれは日照りの最中でとことん飢えてんだからよ!」
「お前ェの日照り具合なんざ知らねェよい」
「何だと!? 酷い!!」

酷いと言いつつ笑っているサッチにマルコも軽く笑う。二人のちょっとしたやり取りをマヒロは不思議な気持ちで見つめていた。

―― 凄く仲が良いんだ。気兼ね無く何でも言い合えるぐらいに……。良いなァ、こういう関係。

家族と言うよりは親友と言った方が正解かもしれない。こんな関係を築ける相手はマヒロにはいなかった。だからだろうか、少しマルコとサッチの関係が羨ましく思えた。

「マヒロ、朝食ができるまでまだ少し掛かるみてェだから座って待つよい」
「あ、はい」

食堂に並ぶテーブルの一角に移動し、マヒロを椅子に座らせるとマルコは「あァ」と何かを思い出す様に声を上げた。

「悪ィ、マヒロ」
「え?」
「少し一人にしちまうが良いかい?」
「何かあったの?」
「いや、先にオヤジに報告を済ましておこうと思ってねい」
「あ、偵察の?」
「そうだよい」
「わかりました。じゃあここで待ってますね」

快く了承してくれたマヒロにマルコは「ありがとよい」と言ってマヒロの頭をクシャリと撫でて食堂から出て行った。
マルコを見送ったマヒロは久しぶりに撫でられた頭に手で触れつつ「ふふ…」と思わず声を漏らして微笑んだ。すると「妬けるねェ」と声が聞こえてハッとし、慌てて振り向くと甲板から入って来る階段を降りて来たイゾウが姿を現した。そしてニヤニヤと笑みを浮かべながらマヒロの元に来たイゾウはマヒロの直ぐ隣に腰を下ろした。

「貴重なもんが沢山見れた。礼を言うよマヒロ」
「え?」
「二年前、無事に戻って来たマルコはまるで人が変わっちまったように優しい男になっていたが、マヒロに見せる優しさはそれ以上だったもんでねェ。心底からマヒロが可愛くて愛しくて仕方が無ェって面してやがるから、まァ驚かされたよ」

クックックッと喉を鳴らす様に笑いながら煙管を口に銜えて袖口から煙草を取り出すイゾウに、マヒロは不思議そうな表情を浮かべて軽く首を傾げた。するとイゾウははたりと笑うのを止めてマヒロに視線を戻した。

「……まさかとは思うが、ひょっとしてマヒロの前のマルコはあれが普通なのかい?」
「え? あ、はい。いつもあんな感じです。逆に皆さんが仰るマルコさんのイメージが私にはとんと想像できないと言うか……」
「……はァ〜、こりゃあまた凄い情報だねェ〜。クククッ、こりゃあ弄り甲斐があるってもんだ!」

口に銜えた煙管を外し、目元を手で抑えるようにしてイゾウは楽し気に笑った。一方でマヒロは少しポカンとしたが表情を微妙に曇らせた。

「あの、イゾウさん」
「ハハッ、あァ、何だい?」
「あの、あまり……マルコさんを苛めないでください。あまり酷いようだと私も流石に怒りますよ?」
「!」

眉間に皺を寄せて少し不服そうな表情を浮かべたマヒロがイゾウを窘めるようにそう言うと、イゾウは目を丸くして固まった。

―― は、何だいそりゃあ? まるでマルコを守るみてェな物言いじゃないか。……成程ねェ、マヒロはマルコに守られるだけの女じゃあ無いってことか。

あの堅物の男をとことん変えてしまったマヒロの本質に触れた気がしたイゾウは、マヒロから視線を外すと何となく納得したように小さく頷き、そして口角を上げた笑みを浮かべてマヒロに視線を戻した。

「あァわかったよ。気を損ねちまったのなら悪かった。けどねェ、マルコを弄るのはおれ達の楽しみでもあったりするから、そこは割り切って見逃してやってくれると嬉しいんだが」
「え?」
「何だかんだ言いつつもおれ達にとってもマルコは良い兄貴分でねェ、弟分達にどんなに弄られても本気で怒ることはしない。元々長男気質な男だから許容範囲が意外に広いんだよ。それにおれ達はそんな長男が好きで弄ってんだ。嫌いだったら端から何にも言やしねェさね」

イゾウの言葉にマヒロは目を丸くすると気抜けしたように肩から力を抜いて大きく息を吐いた。

「……そっか、そうですよね。すみません、出しゃばった物言いをしちゃいました」

何となく気まずい気持ちになったマヒロは「ハハッ」と笑いながら頭をポリポリと掻き、「これは失敬!」と自らの額をペシンと叩いて見せた。片やイゾウはそれにクツリと笑いながらマヒロを観察していた。

―― ……そうか、家族ってェのに縁が薄いからか、距離感が今一つ掴めていないみたいだね。

仲間、又は家族という関係で結ばれた者達は冗談で言い合うことは当たり前のようにある。例え喧嘩腰の物言いで言い合いをしたとしても、それは決して喧嘩をしているわけでは無いのだ。又、誰かを弄って皆で笑ったりしてもそれはその者が憎いからしているわけではない。
しかし、そういったものと縁遠いマヒロには本気と冗談の境目が今一つわからず、何でも真に受けてしまうところがあるようだ。だから、イゾウがマルコに対して悪戯心で何かを思案する顔を見た途端にマヒロは注意したくなったのだとイゾウは直ぐにそれを理解した。

「最初は戸惑うことが多いだろうがその内に慣れてくるさね。難しく考えずに気楽にしていれば良い。この船に乗る者達と話をするのに身構える必要なんざ無いさね」

イゾウはそう言うと笑ってマヒロの頭にポンッと手を置いて軽く撫でながら席を立ち、厨房にいるサッチに一声掛けてから食堂を後にした。
マヒロは暫く呆然としたが直ぐにハッと我に返ると、頬が俄かに熱くなるのを感じて両手で包んだ。

―― い、イゾウさんの色気って凄い。……マルコさんとはまた違った大人の色気だった。

自分の欠点を直ぐに見抜くとは、流石にマルコの家族だとマヒロは思った。そしてこの船でマルコがどれだけ周りの者達に必要とされているのかも十分理解した。

―― そっか、マルコさんって元々人望があるから……あんなに惹き付けたんだ。

以前、マヒロの世界にいた際にマルコが一人で買い出しに行った帰りに尋常でない程の死人(霊魂)を引き連れて帰って来たことがあった。
例え強い霊気を持ったとしても、あのように大量に人を惹き付けるのは珍しい。余程に懐が深い人間でなければ、老若男女問わず誰彼と付いて行こうとは思わないだろう。更にイゾウの言葉で初めて知ったことはマルコがこの船において『長男』扱いされているということ。

―― 根本からして兄貴肌なんだ。

だから頼りたくなるのかとマヒロがマルコの事を考えている時、コトッ…とテーブルに何かを置いた音がして視線を向けた。するとサッチが朝食を乗せたトレーをわざわざ持って来てくれていたことに気付いた。そしてトレーの上に綺麗に盛り付けられた朝食に思わず目を奪われたマヒロはパッと華やぐような笑みを浮かべて感嘆の声を上げた。

「わぁ〜、美味しそう〜!」
「ハハッ、今日はちょっと冷えるからなァ。出来立てアツアツのコーンスープだ。あとはパンとサラダに、マヒロちゃんにだけ特別にサッチさん特性デザート『ティラミス』だ。こんだけで足りるか?」
「十分です!!」
「マルコはまだ戻って来そうに無ェけど」
「ん?」
「戻って来るまで待ってる?」
「……そうですね……あ、でも、」
「あァ、気遣う必要は無いから、マルコが戻ってきたらアツアツの状態で出してやるってんだ」
「すみません」
「ハハッ、マヒロちゃんは気にし過ぎるところがあるみてェだけど、誰かに何かをして貰うことにも少しは慣れるべきだってんだ」
「え、えェ、それはマルコさんに――」
「マルコにだけじゃなくて」
「――え?」
「おれやイゾウ、この船に乗る皆に甘えて良いんだ。何せおれ達は家族で、マヒロちゃんの兄貴になるんだからな!」
「あ……」

サッチの言葉にマヒロは眉尻を下げた。
家族の一員として受け入れられたマヒロは彼らの一番下の妹になる。つまり、サッチやイゾウ等、この船に乗る多くの船員達はマヒロの『兄』となり、ナース達は『姉』となるのだ。白ひげが娘として受け入れてくれた瞬間にマヒロにとって縁の無かった兄や姉といった家族が一瞬にして大勢できたことを改めて認識すると胸を熱くしてトクンと鼓動が鳴った。

「おれっちはマヒロちゃんみてェな可愛い妹が出来て嬉しいんだぜ? 何かあったらサッチ兄さんはいつでも聞いてあげるから気軽に相談しなさい、な〜んてな!」
「!」

サッチはマヒロの頭をクシャリと一撫でして厨房へと戻って行った。マヒロはサッチの背中を見送ると徐に自らの手で撫でられた頭に触れた。

―― 皆して去り際に頭を一撫でして行くのは、この船に乗っている人達の癖か何かかしら?

等と思いつつ、マヒロは嬉しそうに微笑むのだった。

兄、そして妹

〆栞
PREV  |  NEXT



BACK