32


マヒロが白ひげ海賊団の船に到着する前の話――。

マルコは数日後に到着予定の島に先行して偵察に行くことにした。
何となくマヒロが近くまで来ていることを察知しておきながら、何故かその島のことが気になって仕方が無かったからだ。そして白ひげに偵察の許可を貰ったマルコは甲板に出た所でサッチに呼び止められた。

「マルコ、偵察に行くんだって?」
「あァそうだよい」
「何でまた急に……。マルコが偵察に行くのって凄ェ久しぶりだよな? それに次の島ってェのは確か……」
「深い意味はねェ、何となくだ。じゃあ行ってくるよい」
「ん…そっか、気をつけてな」
「よい」

マルコはこの世界に戻って来てから『偵察』を控えていた――と言うよりも、偵察どころでは無かったからというのが正しい。
最初こそ何度か偵察に行ったことはあるが、大抵は妖怪退治が主体となってしまうことが多かったからだ。
今回、何となくではあるが島の名を見てからというものザワザワして落ち着かない。あまり良い気もしなかった為に先行して確かめるに越したことは無いと判断したのだ。
到着予定の島は白ひげ海賊団の縄張りである。
過去に何度も立ち寄ったことのある島である為、今更偵察の必要は無いだろうと白ひげは言ったが、マルコの目を見た白ひげは何かを察したのか直ぐに許可を出した。
そして――。
以前、シャナクとの戦闘において霊鍵呪縛を解除してからというもの、この短期間にマルコは何とか力を極力底辺にまで抑える努力はした――のだが、島に到着するや否や速攻でブチ切れそうになる。
妖怪達がマルコの霊気に誘われるようにワラワラワラワラ――と、どこから集まって来たのか大挙して押し寄せて来るのだ。

「いや、ちょっ……」
「ミツケタ」
「ウマソウ」
「ゴクジョウダ」
「キタ」
「オレノ」
「イヤオレノ」
「チガウオレノ」
「サイショニ タオシタ ヤツノモノ」
「「「ウオオッ!! イタダキマース!!」」」

恐らく今回が最も多いだろうこの妖怪の集まり具合にマルコは一瞬だけ引いた。だが妖怪達が声を揃えて「頂きます」等と叫んだが為にマルコの中でブチッと何かが切れる音がした。

「どいつもこいつも……おれはてめェらの餌でも何でもねェェェェッ!!」

どっかーん!!

大挙して飛び掛かって来た妖怪達はマルコに尽くぶっ飛ばされて海の藻屑へと消えていった。
わらわらと集まるこういう妖怪達はあまり強くも無い上にあまり知恵も無い。
己の欲に従順なだけでそう脅威でも無いのだが、数があまりに多いというのが厄介なところなのである。

「ひィッ! た、食べたい! けど、怖ェし、でも、だけど……!」

数に物を言わせて意気揚々と狩りに来たは良いが、見事なまでに返り討ちに合って行く仲間を見てか、戦意喪失した一匹の妖怪が足を内股に加減に身を強張らせてブルブル震え、剰え半泣き状態となっている。

「……なァ、お前ェよい」
「ひィッ!?」

マルコが声を掛けると妖怪を両手で顔を庇うようにして身を引きながら悲鳴を上げる。

「あー、ったく……今後、人間に悪さをしねェんなら今回は見逃してやる」
「へ?」
「お前ェはどっちかって言うと周りに流された口だろい? 逃げんなら今のうちに逃げろよい」
「はわわわわっ!」

青い顔をして(武器のつもりだろうか)木の枝を握り締めて泣きべそをかく妖怪は、脱兎の如くこの場から走り去って行った。
このように恐怖して泣き出す妖怪にまで容赦無く殴り飛ばす程、今のマルコは鬼では無い。
最初の頃こそ『妖怪だから』という理由で、どんな妖怪でも容赦無く倒して行った。だが空幻がその様子を見る度にこう言うのだ。

「マルコ殿は鬼じゃ。泣きじゃくる妖怪にまで容赦無く攻撃するなんて……温情は持たんのか? 人間の癖に妖怪以上に冷酷な奴じゃな」

そして空幻はこうも指摘した。

「妖怪とて全てが悪い奴とは限らん。現にわしも妖怪じゃ。しかしじゃな、わしは人間が好きじゃから、人間の肩を持つんじゃよ。その辺の判断も大事じゃよ。周りに流されて好きでもない戦いに参加する気弱な妖怪なんかもいれば、人間に憧れて人間と同じ物を食べて人間になろうと努力する妖怪もいたりするんじゃぞ?」

この言葉を受けてからマルコは戦い方を考えるようになった。
それからというもの、こういう場合においては相手に殺気があるか無いかで判断し、殺す者と殺さない者とを分けて対応するようになった。同じように殴り飛ばしたとしても力の加減は一人一人変えているのだ。
後に空幻の前でこの戦法を披露すると空幻は額に青筋を張ってこう怒鳴った。

「どこまで器用なんじゃ!?」

空幻が完全に拗ねたのは言うまでもない。
しかし、確かに自分でもよくやるなとマルコ自身も思うことはある。
ただ必要に迫られるからこそ否応無しに身に付くのだろう解釈すれば、心内にいるマヒロにまで「器用な天才肌って……本当に凄く羨ましい」と言われる始末で、「必要に迫られて器用になれるならなりたい!」と叫ばれたのをマルコは鮮明に覚えている。

マヒロと共に行動するようになれば、きっとまた同じ様な事を言われるのだろう。
気を失った妖怪達と一部のみ砂上と化して浄化されていく妖怪達を見つめ、マルコはガシガシと頭を掻きながら溜息を吐いたのだった。





マルコが偵察に訪れた此処はシャブナスという名の夏島だ。
島の大きさは通常の大人が徒歩で凡そ三日もあれば一周できるぐらいの大きさだ。

西側に位置するのはコープという名の港町。対して東側に位置するのがキリグという名の港町がある。
この二つの町は丁度対角線上にあり、その島の中央付近にこの辺一帯の小さな島々を含んで統治している領主がいるウィルシャナ共和連合都市という中都市がある。
更に、この島の中で最も高い山の麓には昔ながらの生活を続ける人々が暮らすと言われているロダという名の村もある。そして中都市が存在するこの島以外にも周辺には小さな島々が群を成して存在し、それらの島々にも町や村がある。
しかし、物資調達の事情も含めればそれらの小さな島々に寄港することはまず無く、自ずとこの島に寄港することになるのだ。
周辺の島々の事情はこの中心となる島で十分に得ることもできる為、偵察対象はこの島のみとなる。

―― 今回はキリグに寄港することになるか。前回来た時は確かコープだったかねい……。

マルコは東側の港町キリグへと向かう。
必要物資の調達や酒場では酒と肴を大量に仕入れておいてもらうよう諸々の手配を依頼しなくてはならない。それが終れば今度は西側の港町コープへと向かい町長に詫びの挨拶だ。
港町が二つあるのが悪いのか、毎度寄港する度に必ず不平が生まれる。特にここは対角線上にそれぞれ港町が存在し、共に海産物を資源として競うように町を発展してきた歴史がある。その為かキリグとコープは町長だけでは無く町民達も含めて頗る――仲が悪い。
前回寄港した際、キリグの町長が目くじらを立てて酷く怒って不満を漏らしていたのをマルコは覚えている。そして最終的にキリグの町長はマルコに縋るようにして「次回は! 次回こそはどうぞ我がキリグに寄港してくださいませ!!」と、泣き叫んだのだ。
だが、だからと言って今回はキリグに寄港する――というわけでは無い。偶々進行方向的に東側のキリグの方が都合が良かったからで――。

―― はて……? おれは全く違う理由でこの島に偵察に来たはずなのに、この悩みは前回と全く同じ悩みじゃねェか?

東の港町に寄港する際は西の港町に挨拶へ出向き、逆に西の港町に寄港する際は東の港町へ挨拶をしに行かなくてはならない。面倒ではあるが人間関係を円滑に難無くするには根回しが必須だ。こう思うと人間もなかなか面倒臭い生き物であるとマルコは思う。
キリグの町長宅へ訪ねたマルコは白ひげ海賊団が近くこの港町に寄港することを伝え、物資調達等諸々の手配を依頼した。するとキリグの町長は涙を流して何度も御礼を言った。

「マルコ殿! やはりあなたにお願いして良かった! ありがとう! ありがとう!!」
「よ、よい……」

ヒゲ面の爺さんに抱き付かれてシクシク泣かれる。マルコは対応に苦慮しつつ暫く黙っていたが、あまりにもしつこいので必死になって引き剥がし、キリグの町長から逃げるようにしてその場を後にした。
そして、今度は西側港町コープの町長だ。

「なっ!? 何故!? 何故今回はキリグなのですか!?」
「進行方向だよい。今回はキリグの方が都合が良いというだけで、別に選り好みしているわけじゃねェからよい。今回は我慢してくれよい」
「そ、そんな……そんなァァァ!」

ハゲ面のおっさんに抱き付かれてシクシク泣かれる。マルコは瞬間的に無の境地に陥り無抵抗だ。コープの町長は悔しそうに泣きながらマルコの肩を掴み前後に大きく揺さぶる。ガクガクと頭を揺らしながらマルコはどこを見るともなくポツリと言った。

「もう喧嘩してねェでいい加減に仲直りしろよい。お互い共に立って発展していけねェもんかねい」

すると町長はピタリと動きを止めた。マルコは片眉を上げて町長へと視線を向けた。
顔を俯かせたまま何やら肩を震わせている。ひょっとしてダメ元で言ってみた言葉が町長の胸を打ったのだろうか――と、マルコは多少期待をした。
だがしかし――顔をガバッと上げた町長は目を潤ませたまま頬を赤らめつつ、何故か少し妙な笑みを浮かべている。

―― な、何だよい?

「マルコ様」
「な、何だい?」
「マルコ様は、どういった娘がお好みですか?」
「…………は?」
「いえ、今回の寄港に関する件は仕方が無いことですから諦めましょう。ですがそれとは別に……いや、これはその、まぁ、何と言いますか、ウィルシャナでパーティーがございましてですね、恐らく白ひげ海賊団ご一行様が寄港される頃に開催されることになるでしょうから、ウィルシャナ領主ゾイル様は招待状を送られると思うのでございます。で、ですね、そのパーティーはカップルで参加された方がお楽しみ頂けると思いまして、良ければ当方で選りすぐりの娘共をご用意させて頂きたいと思っております」
「いや、まァ、それは――」
「で、マルコ様はどういった娘がお好みでしょう?」

町長はニンマリと笑みを浮かべると手を擦り合わせながらマルコに迫った。

「お、おれァそういうのに興味はねェから遠慮しておくよい」
「何を仰いますか! あなた様は何と言っても白ひげ海賊団1番隊隊長様で世界最強の海賊団において実質No.2であられるお方! 必ず参加して頂く形となりますでしょう。例え……、例え領主様に” 逆らう”ことになるとはいえ、これだけは絶対に譲れません!」
「参加するしないはおれが決める。それよりも逆らうことになるってェのはどういうことだよい?」
「マルコ様、あなた様は争奪率が一番高いお方。是非とも我がコープから!」
「は? な、何だいその『争奪率』って……? と、とりあえず話は済んだんだ。おれはこれで失礼するよい」

町長の勢いに身を引きながらマルコがそう言って逃走しようとすると、町長は膝をガクリと地に付けて四つん這いになると涙を零した。マルコは思わず唖然として町長を見下ろし、半身の体勢のまま逃げる機会を逃してしまった。そしてエグッエグッと嗚咽を上げて涙する町長から視線を外して宙を彷徨わせる。

―― 大の大人が…っつぅか、ハゲ面のおっさんが女々しく泣く姿ってェのはあまりにも滑稽だよい。

「あァ…、マルコ様……、やはり、やはりあなたもウィルシャナに渡るのですね。あァ…あァ…とても残念です」
「……おい、話が全く見えてこねェんだが……」
「いえ、きっとお似合いでしょうからもう良いのです。あわよくばと思っただけですので、えぇ、えぇ、諦めます」

町長は背中に影を背負いながら立ち上がると哀愁を漂わせた表情を浮かべ、町長の椅子に着席すると両肘を机に突いて手を組み、それを額に当てながら深い溜息を吐いた。

―― いや、本当に何の話をしてんだ……?

「……じゃあ、おれは行くよい」
「はい。是非とも式には私めも呼んでくださいね。心からお祝いさせて頂きますから」

涙声で町長はそう言った。マルコはキョトンとして町長を見つめるが町長はそのまま机に突っ伏して蛻の殻と化し、もう真面に話ができそうになかった。

―― シキ? ……まさか屍鬼じゃねェよな? 式か? ……何のだよい? ……お祝い?

町長室から出たマルコは首を傾げながら考えてみるが全く持って意味がわからなかった。
それからマルコはコープの町を出ると島の中央にあるウィルシャナ共和連合都市へと向かった。そして領主のゾイルに会い、近いうちにこの島に白ひげ海賊団が来ることを伝えた。
領主ゾイルは、過去にこの島を縄張りにしてくれと白ひげに直談判した男である。胆が太く豪胆な気質を持ったゾイルを白ひげは気に入り、その時から良好な付き合いするようになった。そして今では白ひげとは気心が知れた仲とも言える男だ。

「ふむ、承知した。丁度良い頃合いに来て頂けるとは、本当に良かったですぞ」
「パーティーがあるんだってなァ?」
「おお、そうです。まだ島外には情報を発信していないというのに既にご存知で。流石はマルコ殿」

ゾイルが手を叩いて嬉しそうにマルコを讃えるとマルコは止せとばかりに苦笑を浮かべて手を振った。

「その話をどこでお聞きになられたのです?」
「コープの町長だよい」
「そうですか、コープの……。あの者は何か仰っていましたか?」
「あー…何かよくはわからねェことを色々と言ってたが……」
「そう…ですか……」

ゾイルはマルコから視線を外すと何やら思案顔を浮かべながら軽く頷きを見せる。そしてマルコが何も言わずに静観しているとゾイルはコホンと一つ咳払いをした。

「あまりお気になさらないでください」
「ん……そうしておくよい」

マルコが快くそう答えて笑うとゾイルも釣られるように微笑を零した。

「あァ、そうだ。ところでマルコ殿」
「何だい?」
「これを船長殿にお渡し願いたいのですが頼めますか?」

ゾイルが机の引き出しを開けて取り出してマルコに手渡したのは手紙だった。それも結構厚めで格式ばったちゃんとした手紙だ。

「……わかった。必ずオヤジに渡すよい」
「お手を煩わせて申し訳ないが宜しく頼みます」
「構わねェよい」

こうして一通り話も終わり、マルコがそろそろ失礼しようかと思った時だ。コンコンッとノックする音が響いた。するとゾイルは仕事机に向かう椅子に腰を下ろしながらドアの方へ目を向け、マルコも倣うように視線を向けた。

「どなたかな?」
「私ですお父様」
「あァ、丁度良いタイミングだ。入りなさい」
「はい、失礼致します」

ドアを開けて部屋に入って来たのは姿格好からして見るからにお嬢様といった年若い娘だった。ウェーブが掛かった長い金髪と青い瞳が印象的だ。
ゾイルは直ぐに席を立つとその娘の元へ歩み寄り、両手を広げて出迎えのハグを交わした。そしてゾイルは笑みを浮かべながら娘の肩を抱きながらマルコへと向き直した。

「マルコ殿、この子はレイラ。私の娘だ」
「アウディール・レイラと申します」
「ゾイルの娘……って、まさか、あの時の子かよい?」

マルコが驚くとゾイルはニヤリと笑みを浮かべてコクリと頷き、レイラは頬を赤く染めて何やら恥ずかしそうに顔を俯かせた。

―― ……マジか。

マルコは過去に会った幼い娘の影を思い出しながら目の前に立つ女をマジマジと見つめ、小さくかぶりを振りながら思わず感嘆の溜息を吐くのだった。

偵察

〆栞
PREV  |  NEXT



BACK