23


何度か島に上陸しては色々な出来事に遭遇した。エースと共にいると騒動は尽きないのだとマヒロは否が応にも理解した。そもそも旅の資金を全て失ってはどうすることもできず、仕方が無く、本当に仕方が無く、不本意な食い逃げをする羽目になった。
そして――。
偶々海軍が常駐する島で食い逃げをした今現在、多くの海兵達に追われることになったわけだ。

「火拳のエース! 並びに麗しの漆黒拳士マヒロを追え!」
「ったく、しつこい奴らだぜ」
「え、ちょっと待って……。何なのその私の肩書き! 麗し!?」

何故か今知ったマヒロは顔を真っ赤に染めた。そう言えば鷹の目のミホークが『麗しの――』と言っていたことを思い出したマヒロは口をパクパクと開閉させた。

―― は、恥ずかし過ぎる!!

文字が読めないことは本当に不便なのだと思い知った。マルコが文字を覚えようとしていた気持ちが痛い程わかったのだ。
マヒロの言葉にエースはキョトンとして「何だ? 知らなかったのか?」と首を傾げてそう言った。
何となく腹が立ったマヒロはエースの頬をギュッと抓る。するとエースは涙目ながらに「何すんだよ!?」と怒鳴ったのだがマヒロは一切合切スルーした。

―― 五月蠅い。

この世界に来てからというもの、人間的にどこか捻じ曲がってしまった気がするとマヒロは切に思う。しかし、自覚してるだけマシだろうと無理矢理納得する。

「ちょっと脅すか」
「え?」

停泊しているストライカーに乗り込む手前でエースは足を止めて反転した。そして後を追って来る海軍に半身を向けて腰を落とし身構える。

ボッ…ボボボボボッ!

「え!?」
「火拳!!」

ズドォォンッ!!

「えェ!? 燃えてる!? ちょっ、水! あ、海! 海水に早く浸かって!」
「へ? あ、マヒロ待て! 違ェんだって――!」

エースの肩から腕に駆けて赤い炎が燃え盛る。それを目の当たりにしたマヒロは驚いて冷静さを欠いていた。まるで自然発火を起こして身体が燃えたように見えた為、急いで鎮火しようとエースを引っ張り込んで海へと突き落とした。

バッシャーン!!

「ガボガボガボガボ……」
「……え?」

燃えるエースを鎮火したのは良い。だがしかしエースは海の底へと沈む一方で海面へと浮上して来ない。表情は至って困り果てたような泣きそうな……何とも言い表し難い複雑なもの。

「ま、まさか、海賊のくせに泳げないの!?」

慌てて海に飛び込んだマヒロは海底に沈むエースの身体を掴むと必死に海面に向けて泳いで浮上する。そして自分の乗っていた小船へと引き上げるとエースは空を仰ぎながら海水を口から噴水のように吐き出して咳き込んだ。

「はっ、はァっはァ……じ、死”ぬ”がど思”っ”だァ”……」
「ご、ごめんなさい! まさか泳げないなんて思って無かったから!」

半泣きになりながら必死に空気を吸うエースにマヒロは顔を青くして謝った。

「じょ、冗談じゃねェ……はァはァはァ…、あ、危うく、マヒロに殺されるところだった……」
「だ、だって身体が燃えてたから……」
「ま、マルコに聞いてねェのか?」
「え?」
「ゲホッ、ゴホッ! はァ…、とりあえず出港するか。海軍が追って来てるしな」

エースは未だに咳き込みながら弱々しい動きでストライカーを必死に走らせた。心成しかぐったりしている気がしたマヒロは凄く申し訳ない気持ちになって縮こまるしかなかった。

暫く船を走らせていると海水で濡れた身体はすっかり乾いて元気を取り戻したエースは、船を走らせるスピードを一気に加速した。
マヒロが不思議そうに見つめているとエースはマヒロに視線を向けてコホンッと咳払いをしてから口を開いた。

「マヒロ、『悪魔の実』についてマルコから聞いてねェか?」
「あ、聞いたことがある」
「どこまで聞いてんだ?」
「マルコさんは悪魔の実を食べて青い不死鳥の能力を得たって言ってました。青い炎は再生の炎だから熱は持っていないんだけど、代わりに負傷した身体を再生することができるって」
「へェ…。それってさ、マルコが自分から話したのか?」
「え? そ、そうだけど?」
「まさかと思うけど…、マルコが不死鳥になる姿とか見たことあったり……しねェよな?」

エースの質問にマヒロはキョトンとして首を傾げた。

「見せてもらいましたよ?」
「え……?」
「凄く綺麗な姿で、触らせて貰ったりして……って、どうして?」
「う、嘘だろ!?」
「へ?」

マヒロの答えを聞いたエースは驚きのあまりに立ち上がり、唖然とした様相でマヒロをマジマジと見つめた。そしてエースがマヒロの船へと移動してマヒロの目の前に座り込むとマヒロの顔を覗き込み、マヒロの両肩をガシッと掴むと真顔で迫った。

「な、ななな何!?」
「マヒロ、おれも悪魔の実の能力者だ」
「え?」

エースはそう言うとマヒロの目の前に人差し指を差し向け、その指先に赤い炎を滾らせてみせた。するとマヒロは目を丸くしてチロチロと燃える赤い炎をじっと見つめた。

「先の島で見た赤い炎と同じ?」
「あァ、おれは『メラメラの実』を食った炎人間なんだ」
「炎人間?」
「そうだ」

マヒロはエースの人差し指に触れたくなって手を伸ばした。するとエースはその手を引っ込めて滾る炎を消した。

「マルコの炎と違っておれのは本物の火だ。だから触ると火傷するぜ」
「そ、そうなんだ」

少しだけクツリと笑ったエースはマヒロの隣に移動してポスンと腰を下ろすとテンガロンハットを目深に被った。

「……なァ、マヒロ」
「ん?」
「怖いか?」
「……はい?」

どうしてそんなことを聞くのかとマヒロが隣に座るエースに視線を向けるとエースの視線は床へと落とされていて、どうにも顔を合わせ辛いような雰囲気を醸し出しているように思えた。

―― ……。

いつだったかマルコが不死鳥の力を見せてくれた時のことを思い出し、今のエースの問いはきっと同じことなのだとマヒロは気付いた。

〜〜〜〜〜

「……気持ち悪くねェか?」
「再生に限度はあるが大抵の傷は再生して治しちまう。だからおれは敢えて先陣を切って戦うんだよい。弾丸を受けようが斬られようが再生するからねい。仲間の弾除けにもなるしよい」
「そんな能力を持ってる奴は畏怖の対象になるだろい? 怖がられて嫌われるから……好き好んであんまり人に見せたりはしねェんだよい」

〜〜〜〜〜

この世界の、この海で、海賊として強く生きる為には、そして誰かを守る為には強くならないといけない。例えそれが人から掛け離れた能力(身体)を得ることになるとしても自らそれを望んで手に入れたに違いない。しかし、海賊という時点で世間からはみ出し者で疎まれる存在でありつつ、悪魔の実の能力者とはそれに輪を掛けて嫌われる存在でもあるのだと、マヒロは思った。

「マルコはマヒロに自分の能力を見せたんだよな?」
「え、えェ」
「だからおれも見せたんだ。おれは火だ。全身が炎に変わるんだ」
「……エースさん」
「怖かったら正直に言ってくれ。おれは――」
「とても綺麗でしたよ」
「ッ――!」

マヒロがそう答えるとエースは伏せていた顔を直ぐに上げてマヒロへと顔を向けた。目を丸くして驚きに満ちた表情だったがマヒロはエースの額に軽くコツンとデコピンをして笑った。

「マルコさんの青い炎とエースさんの赤い炎が共演したら、もっと綺麗なんだろうな〜」

うっとりしてそう語るマヒロにエースは額に手を当てながら瞬きを繰り返した。

「エースさんが『火』っていうのは何だかわかる気がするなァ」
「わ、わかる?」
「エースさんは明るくて活発だし太陽みたいな人だから、赤い炎が凄く似合ってるな〜って。炎人間だから怖いだなんて全く思わないですよ。エースさんはどちらかと言うと『怖がられる人』じゃなくて『愛される人』だと思います」
「ッ!?」
「ね?」

ニコリと笑顔でエースにそう話したマヒロにエースはそれこそ目を見張って一瞬だけ呼吸を喉に詰まらせた。

―― ッ…それは、それは…知らねェから……。おれが”鬼の子”だってマヒロは知らねェから……そんな風に笑って言えるんだ。

胸に苦しい思いが去来するエースはマヒロから視線を外すとどこを見るでも無く視線を彷徨わせた。

「おれ……生まれて来て…良かったんだ…よな……?」

思わずポツリとそう言葉が口を吐いたエースはハッとした。

―― な、何を言ってんだおれ?

恐る恐ると視線を隣に座るマヒロに向けるとマヒロは瞬きを繰り返して言葉の意味を考えているようだった。

「…わ、悪ィ! べ、別に何でも無ェから」
「生まれて来て良かったから、こうして今を生きてるのでしょう?」
「ッ!」

マヒロの言葉にエースはまた息を詰まらせた。

―― マヒロ……。

「急にどうしてそんな質問をするのか私にはわからないけど、エースさんも色々と辛い事が一杯あるからつい言葉にしちゃったんだろうけど」
「……そ、そのよ、」
「でも」
「え?」
「今こうして笑って生きてることがどれだけ素晴らしいことか、今はわからなくても生きてさえいれば、いつか、いつかきっとわかる時が来る」
「!」
「こうしてエースさんと会って、一緒に旅をして、過ごした時間は短いけど色々なことがあって楽しかったね」
「ッ……マヒロ……」
「生まれて来てくれなかったらこんな楽しい時間は無かったし、きっと今頃、白ひげ海賊団の船を探してこの拾い海を一人で私は彷徨わなきゃならなかったわけだし」
「……」
「話し辛いことを無理に聞いたりしない。けど、これだけは言わせて?」
「何…だ?」

マヒロはエースへと向き直すと柔らかい笑みを浮かべながらエースの目を見つめた。

「生まれて来てくれてありがとう」
「!」
「シャボンティ諸島で初めて会ったにも関わらず私を直ぐに受け入れてくれてありがとう」
「マヒロ」
「だから、これからも宜しくね」
「ッ……」

マヒロはそう言うとエースに手を差し向けた。エースが声を詰まらせているとマヒロは「握手」と一言告げ、エースは慌てて手を差し出して握手を交わした。

「案外、繊細なところもあるんだね」

クツリと笑うマヒロにエースは目を丸くすると頬を赤く染めて顔を顰めた。だが直ぐに破顔して笑顔を浮かべると何を思ったのかエースは突然ガバッとマヒロを抱き締めた。

「わわっ!?」
「ありがとなマヒロ! やっぱりおれもマヒロに会って良かった!」
「ちょっ! エースさん!!」

エースの勢いで押し倒されそうになる身体をマヒロは必死に支えながら抱き締められていると何となくエースの頭を撫でたくなった。そっと手を伸ばしてエースの頭を優しく撫でると途端に両肩をガシッと掴まれて今度は身体を引き離される。見ればエースの顔はこれ以上無い程に真っ赤に染まって狼狽えていた。

「ぷっ! あははは! エースさんの顔が凄い真っ赤!」
「う〜、うるせェ! 見るなよ!」

顔を赤く染めたままエースは少し拗ねると明後日の方向へとそっぽを向いて黙り込んだ。それから少しして大きく息を吐くとエース派はポリポリと頬を掻きながら「なァマヒロ」と声を掛けた。

「何?」
「今後はエースさんは無しだ」
「え?」
「エースって呼んでくれよ。それとあとはタメ口な?」
「…あ、えっと……」
「な?」
「うん…、わかっ…た。わかったよエース」

マヒロは少し悩んだがエースは『年下』でもあるのだから良いかとすんなり受け入れた。多少戸惑いつつも了承するとエースは嬉しそうにニシシと笑った。

―― ふふ、笑ってる方がエースらしくて良いよ。

釣られるようにマヒロも笑みを零して笑った。

「マヒロって不思議な奴だな。マルコが惚れたのもわかる気がするな」
「へ?」
「何つぅかおれもマヒロに惚れちまいそうだしな!」
「えェ!?」

ニッコリと満面の笑みを浮かべながらエースは爆弾を投下した。予想もしなかった言葉に驚きを隠せないマヒロは思わず固まるがエースは然して気にすることも無く立ち上がって蹴伸びをした。驚き固まるマヒロは金魚のように口をパクパクと開閉を繰り返している。

「ハハッ、マヒロのその顔は面白ェ!」
「ッ〜〜」
「じゃ、早いとこモビーに合流できるように飛ばすぜ!!」

エースは楽しそうに笑いながらストライカーへと移動する。そんなエースを見つめながらマヒロは盛大に溜息を吐いて軽く項垂れた。実のところ不覚にもドキッとしてしまったのだ。

(惚れたかよい?)
―― ッ!? ちっ、違いますよ!
(マヒロはエースみてェなタイプに頗る弱そうだしよい)
―― ま、マルコ…さん?
(……)
―― え? だ、だんまりって……。
(……)
―― ……ひょっとして……妬いてくれたの?
(…う、うるせェよい……)
―― !!

心移りなんてあり得ない。例えマルコ以外の男に好きだと言い寄られたとしてもマヒロはマルコ一筋だと声を大にして言える。だから心配することも不安を抱くことも無く安心してよと言いたい――が、嫉妬をしてくれたことがとても嬉しくて、マヒロは微笑を零して小さく笑った。

「あァそうだ。一つ言い忘れてることがあるんだけどよ」
「何?」
「悪魔の実の能力者ってェのは、特殊な能力を得る代わりに『海に嫌われる』んだ。だから海水に浸かっちまうと全身から力が抜けて能力は使えない上にカナヅチで泳げねェんだ」
「え……、え!? そ、そうなの!?」
「だから、前の島の時におれを海に突き落とすようなことは本当に止めてくれよなマヒロ」
「ご、ごめんなさい!!」

マルコからそういう話は聞いたことが無かった。まさかそんな弱点がある等とは――と、マヒロは必死に頭を下げてエースに謝罪した。

「わかってくれたら良いんだ」

エースは笑って許してくれた――が、一方でマヒロは内なる黒い自分がむくりと起き上がるのを感じた。

―― ……成程、唯一の弱点なんだ。良いこと聞いたわ。

悪巧みを思い付いたマヒロは思わず口角を上げた悪い笑みを密かに浮かべた――が。

(……別に構わねェがよい。マヒロ、その代わり……覚悟してやれよい?)
―― え? な、何のことを言ってるの?
(やるからには覚悟しろよいって言ってんだよい)

ニヤリと海賊たる悪人顔で笑うマルコが脳裏にバンッと浮かんび上がった。

―― ッ! ……ご、ごめんなさい!!
(……ょぃ……)

心内でマルコに胸倉を掴まれて凄まれた気がしたマヒロは必死になって謝罪した。そして己の中に浮かんだ『悪巧み』は一瞬にして霧散して消えた。

『海水に塗れて力が抜けて凹たれるマルコさんを見てみたい』

そんな野望を一瞬でも描いた自分が許せない――い、いや、やっぱり見てみたい気がする!――とマヒロは思う。

(……マヒロ、お前ェはこっちの世界に来てから本当に捻くれちまったねい……)
―― そ、そんなこと! …………ある…かも……?
(あるのかよい……)

テヘヘと笑って誤魔化す自分に呆れた溜息を吐くマルコという構図が容易に想像できた。

―― でも、ね。でもきっと、あなたにあったら全てどうでも良くなる思うの。色々あったけど、きっと何もかも思い出すことも考えることも無くなると思う。

徐に胸元の衣服をキュッと握ったマヒロは静かに目を瞑り、ドキドキと鼓動が高鳴る音を耳を澄まして聞いた。

距離が縮まって確実に近付いているのがわかる。胸の内の鼓動がトクンと鳴る度に心が温かくなる。それがどんどん回数を増してより強く感じる。

―― きっと私の中に宿る青い炎が感知しているんだと思う。そして私の青い霊気が感知しているんだと思う。

心が躍る。
魂が揺さ振る。

早く、早く――。

お互いに宿る力が引き合うように、お互いの宿る力が求め合うように、刻一刻と近付いている。

―― もう直ぐ、やっと、会えるんだ。

エースが走らせるストライカーに引っ張られる小船に乗ったマヒロは流行る気持ちを胸に抱いてマルコに想いを馳せるのだった。

意外な弱点

〆栞
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