03


この世界は地域によっては戦争や海賊などもいて危険なところもあるらしいのだが、ここニホンという国はそれらとは無縁なところにあり、至って平和そのものなのだということを教えられた。

―― 平和な国……ねい。

マルコの世界では大国であればそこそこ平和を維持して安心して暮らせるのだろうが、その平和も割と不安定だ。海賊や闇組織と繋がりを持ったが為に大国があっさり潰れて安寧に暮らしていた人々が地獄を見る姿をマルコは幾度と無く見て経験して来た。

マヒロからこの世界情勢とニホンという国の在り方を聞いたマルコは信じられないといったような表情を浮かべていた。そしてそんなマルコの心情を察してか、マヒロはどう説明したものかと眉を顰めて思案した。

―― 見て貰った方が早いかも?

「マルコさん、サンダルを脱いで上がってください」
「ん?」
「見せたいものがあるので」
「あ、あァ」

マルコはマヒロに言われた通り縁側で腰を下ろしてグラディエーターサンダルを脱いで家に上がった。
屋内に入るのにわざわざ靴を脱がなければならないことに違和感を感じてはいたが、いつか行った『ワノ国』でもそう言えば靴を脱がされたなとふと思い出して、別に可笑しいことは無いかと納得した。

始めこそまるで夢物語を聞かされているみたいだと思っていたマルコだったが、マヒロに家の中の居間へと通されるとテレビなるものを見せられた。
画面に映し出されるそれを見たマルコはテレビの側に歩み寄って腰を下ろし、目を丸くしてマジマジと見つめた。

「画面で見てもらった方が早いと思って……どう?」
「……映像電伝虫…っつぅわけじゃねェな。全然違ェ。こんな鮮明な映像は初めて見るし、音声だって凄くクリアに聞こえるよい。音声はどこから聞こえてくるんだい? っつぅか後ろに何だか色々と繋がってるみてェだが……ここからは動かせねェのか」
「え? あの……世界を知って欲しくて見せたんだけど、ひょっとしてテレビの方に興味を持たれてます?」
「よい? テレビってェのはこれのことかい?」
「え、えェ」

映像を映し出す四角い物体を不思議そうに触りながら見つめるマルコにマヒロは唖然として見つめた。

―― まるで好奇心の塊みたい……。マルコさんって…大人なのに何だかちょっと可愛い。

マヒロがそう思って苦笑を浮かべる中、マルコは画面を見やると科学文明が随分と進んでいて見たこともないものばかり映し出されていて思わず目を見張った。開いた口がどうにも塞がらない。

―― っ、科学文明のレベルが違いすぎるよい。

マルコは眉間に手を当てて溜息を吐いた。否が応にもこの世界は自分がいた世界とは大きくかけ離れた世界であることを思い知らされた。

「マルコさん」
「……何だい?」
「買い物、行きましょうか?」
「買い物?」
「えェ、そろそろ買い出しに行く必要もありましたから丁度良かったです。マルコさんの生活に必要なものを買いに行きましょう」
「いや、最低限のものがあれば別におれは」
「お世話しますって言いましたでしょ?」
「っ…、マヒロ……」

マヒロはマルコの側に腰を下ろしてマルコの顔を覗き込むとニコリと笑った。その笑みにマルコは言葉に詰まった。

「……わ、わかったよい」
「遠慮しないで気を楽にして?」
「マヒロ」
「はい?」
「……いや、ありがとよい」
「ふふ」

マルコはふわりと背中を撫でられるのを感じた。マヒロがマルコを気遣って背中に触れたのだ。驚きの連続に疲弊し、見知らぬものに戸惑い、あまりにも異なる世界を見て現実を突き付けられて気落ちするマルコの気持ちをまるで掬い上げるような――不思議と気が楽になるのをマルコは感じた。

―― ……はァ、少女に慰められるおっさんってェのは傍から見りゃこれほど滑稽なもんはねェよい。

それから後に生活に必要なものを買いにマヒロと共に山を下りると世界は一変してまたしても驚きの連続だった。見たことのない四角い鉄の塊が走っていく姿は特にマルコの目を引いた。

「あ、あれは何だよい?」
「自動車です。車とも言いますけど」
「ど、どうやって動かしてんだよい? どういう仕組みだ?」
「そ、そこは、専門分野外だから詳しくはちょっと」
「っ、……そうかい」

―― わァ……明らかに凹んだ。そ、そんなに知りたかったんですかマルコさん?

軽く項垂れるマルコにマヒロは唖然として苦笑を浮かべるしかなかった。

この後もマルコが あらゆるものに興味を引く度にマヒロに聞くのだが、大まかに簡単な説明だけで終わってしまう。より詳しくマルコが聞こうものなら「専門外だから答えられない」と言われる始末で、その度にマルコは軽く項垂れる。
別にそれらを使う時に専門的な知識はいらないから――とマヒロはフォロー気味に説明するのだが、マルコは出来れば自分の世界にも欲しいものだとして好奇心旺盛に学ぶ気満々だった。
特にマルコが是が非でも欲しいと思ったのは『洗濯機』だ。あれがあれば白ひげ海賊団千六百人分の洗濯を苦も無く済ませることができるからだ。

―― 脱水までしてくれるのかよい……『便利』なんてレベルじゃねェよい。

便利なものに溢れている世界だとマルコは思った。あまりに便利なものが多すぎて、却って不安にならないのだろうかとも思った。もし壊れた時、もし使えなくなった時、どう対処するのだろうか――といらぬ心配をしてみるが、この世界にはこの世界の生き方があるのだろうと思った。

―― 一長一短って奴かねい。

ただそんな中でマルコはふと不思議に思った。マヒロは何故人里離れた山の奥深くに居を構えて一人で生活をしているのか――と。必要なものを買う為にわざわざこうして時間を掛けて下山し、購入したものを担いで再び山を登る。
この世界の世間というものを見渡してみればそんな生活をしている人々はいないことぐらい流石に理解できる。

「マヒロ」
「はい?」
「どうしてお前はこんなわざわざ不自由な生活をしてんだよい?」
「ん? あー……、ふふ、慣れてなければ大変ですよね」

マヒロとそう変わらないと思われる年頃の女を町で見掛けた。派手な出で立ちで自由を謳歌しているような子ばかりだとマルコの目には映った。一方マヒロは彼女達と違って非常に地味な出で立ちだ。それに話を聞くと普段は道着を来て生活をしているらしく、こうして町に出てくることが無ければ真面な衣服を纏うことも無いのだとマヒロは答えた。

「……十代で隠居生活を送るにはまだ早ェだろうがよい」

マルコは何となく思ったことを口にした。
するとマヒロは驚きの表情を浮かべた。

「あの…、マルコさんは私を何歳だと思ってます?」
「よい? 十四、五歳ぐらいだろい?」
「へ? そ、そんなに若く見えるんですか!?」
「なっ!? ちっ、違ェのかよい!?」
「私、マルコさんと会った昨日が丁度誕生日で二十六歳になったんですよ?」
「にっ…、二十六!?」

マルコは色々なものに驚かされっぱなしだったが、マヒロの年齢を知ったこの時が一番驚いたようで思い切り目を見開いてポカンと口を開けて停止した。

―― た、確かにこの世界の人間は幾分か若く見えるような気がしなくはねェけどよい……。

「そんなに子供に見えます? ふふ、まさか一回りも若く見られるなんて思いませんでした」
「……ょぃ……」

マヒロは怒ることも無く、むしろ嬉しそうに笑っていた。マルコは思いも寄らないマヒロの実年齢を知って――射程圏内だ――と、ふと思ってしまった。

―― !? い、 いや、違ェだろい!? 普通では決して出会うことの無い異世界の人間同士だろい!?

マルコはぶんぶんと頭を振って心に芽生えかけたその芽を摘んで蓋をした。

異世界

〆栞
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