20


負傷した瞬間から再生の炎が腹部を覆うがシャナクの腕はまだマルコの腹部を貫いたまま。
完全に傷口を塞ぐことは叶わず、しかしマルコの命を守ろうとするかのように青い炎は懸命に燃え盛る。
シャナクは自分の腕に触れる青い炎に目を細め、そして視線をマルコへと戻すと真剣な眼差しでまた話し始めた。

「なァマルコ隊長、おれはあんたに憧れて白ひげ海賊団に入ったんだぜ? ずっとあんたの背中を追い掛けてたんだ。知らねェだろ?」
「シャ…ナク……」
「二年前、行方不明になったあんたが無事に戻って来た時は驚いたよ。何もかも変わっちまって、凄ェ強くなってて…、少しでも近付きたかったのにまた距離が開いちまったって思った。でも、おれにしかわからない特別があったんだ」
「…特…別?」
「ずっと言いたかった。おれも『見える』って言いたかった。何度も何度も言おうと思った」
「ッ……」
「けど、おれにとってはあんたは雲の上の存在みてェな人だ。そう簡単に二人きりになれるチャンスなんて無くて言えなかった。その内におれはカーナに出会い、屍鬼の元に連れて行かれたおれは屍鬼儡の呪詛を受けて化物になった」
「はッ…、それで…ッ、それが…おれのせいって…い、言いてェ…のか?」

マルコがそう問い掛けるとシャナクは少し間を置いてクツリと喉を鳴らして笑った。

「いや、今は感謝してる。あんたの血肉を喰らっておれの中に取り込めば……、追いついたも同然だろ?」

マルコの腹部からポタポタと流れ落ちる血をシャナクは自由の利く手で掬い取ると、マルコに見せつける様にペロリと舐めた。
するとシャナクは身体の奥底からまるで快楽を味わうかのようにゾクゾクする感覚に打ち震えた。

―― す…げェ……。

「美味ェ…、こんな…初めてだ。こんな味…おれァ知らねェ」

力ある人の血肉の美味さを覚えたシャナクの目が貪欲且つ狂暴で猟奇的な獣染みた目へと変わり始めていくのを、至近距離で見たマルコはギリッと歯を食い縛った。
マルコは乱れる呼吸を整えるかのように小さくフッと息を吐くと自身を貫くシャナクの腕を掴んだ。

「シャナク、てめェの方が……よっぽど化物だよい!」
「!?」

ズガンッ!!

マルコはシャナクの顎に目掛けて下から蹴り上げるとシャナクの身体が浮いた。

ズルッ――!

「くはっ!」

だがシャナクはマルコの腹部を貫いた腕が抜ける前に指を折り、マルコの臓器を引き摺り出そうとした。
滅多に味わうことの無い激痛に襲われ、血と共に嘔吐したマルコはその場にガクンと膝を着いた。

「がはっ! …くそっ!」

以前なら瀕死に陥るか、いや、死んでいたかもしれない。
流石に臓器を引き抜かれて無事な人間等いない。

再生の炎が怪我を負うと同時に修復に掛かるその速さにより死を免れることができたと言って良い。
引き抜かれた臓器がブチッと切れたその箇所から即座に再生が始まり修復していく。
シャナクはダメージを負った顎に手を当てながらその様を見つめつつ微笑を浮かべた。

「はっ、あんたの能力は…マジで化物だぜ」
「コホッ…はァはァ…てめェ……」

あまりの激痛で意識が途切れ掛けたマルコは、ぼやける視界でも懸命にシャナクの姿を捉えて睨み付ける。
シャナクはマルコの臓器を引き抜いた右手に視線を落とすと思わずゴクリと唾を飲み込んだ。そして何の躊躇も無くその肉塊を口へと運んだ。

ヌチャッ…クチャッ……。

「美味ェ…堪らなく美味ェ…」

大きな音を立てながら咀嚼して飲み込む度に恍惚とした表情を浮かべるシャナクにマルコはこれ以上無い程に不快だと言わんばかりに顔を顰めた。

―― ……何か本当によい、反吐が出る程に気持ち悪ィったら無ェよい。

妖怪と戦い負けた時、こんな風に喰われるのかと思ったマルコは絶対に負けてやらねェと切実に強く思った。

「再生するなら」
「ッ…何だよい…?」
「永遠に再生するなら、ずっと喰って行けるよな?」

―― はァ!?

シャナクの言葉にマルコは驚愕すると思わずビクンと身体を強張らせた。

「て、てめェ…、お、おれを永久保存食にするって言いてェのかよい!?」

腹部の痛みはまだ癒えていないが、そんな痛みよりも精神的な痛みの方がずっと辛いとばかりにマルコは叫んだ。

―― じょ、冗談じゃねェよい!?

「……なァ、マルコ隊長」
「シャナク、てめェの思うようには」
「あんた、男に抱かれたことはあるか?」
「――……は?」

―― ……今、何つった?

聞き間違いじゃないかとマルコは自分の耳を疑った。キョトンとしてシャナクを見つめているとシャナクは自身の身体を抱き締めるように両手を交差し、身体を前に倒して大きく息を吐いた。

「おれ、実は…、女を抱くよりも男を抱く方が興奮するんですよ」
「ッ――!?」

ゆっくりと頭を起こしてマルコを見やるシャナクはまるで性欲の対象を見るかのように熱い眼差しを向け、気持ちが高揚しているのか異様に興奮し始めているように見受けた。

―― 待て……ちょ、待て待て待て待て!!

「おれァあんたの精液が」
「待てよい!!」
「――何だ?」

マルコは全力で声を張って必死になって叫んだ。

―― い、言わせねェし、言わせたくねェし、聞きたくねェ!!

まだ臓器を喰われて「美味ェ」と言われてる方が数倍マシだとマルコは思った。
やれ血肉だ、やれ心臓だ――と、それらが欲しいと言われている方が遙かに天と地程にマシだと強く思う。
何故に性欲対象として野郎に欲しいと言われなきゃいけないのか、マルコは嫌悪感の塊を見るようにシャナクを見つめた。

―― ……って、ちょっと待て。こいつ、おれに憧れてって…言ったよな?

「てめェ……まさか……」

嫌悪感でヒクリと頬を引き攣らせながらマルコがそう言い掛けるとシャナクはニタリと笑った。

「あァ、おれはマルコ隊長で何度も抜い」
「だァァァ止めろい!!」
「――たぜ」

―― 言いやがった! くそ…、ふざけんじゃねェよい!?

とことん嫌悪感に苛まれながら怒りが沸々と込み上げて来る。
腹部の再生は未だに終わっていない。
痛みは酷く相当のダメージを負っているのだが最早どうでも良い。

早く、早く、兎に角少しでも早く、この戦いを終わらせなければ、マルコは自分の精神力が持たないと危機感を大いに募らせた。

「シャナク」
「決めた! あんたをおれの側に永遠に」
「死ねよい!!」
「――ッ!?」

多分、恐らく、これまでに無い程のスピードと威力だっただろう。
自分の貞操に危機が迫るとこうも変わるのか――と攻撃を仕掛けながら瞬時に思った。

―― ん? いや、待てよい。おかしくねェか?

「ぐはっ!!」

ズガァァァァン!!!

マルコの渾身の蹴りはシャナクの顔面に真面に直撃した。
シャナクは凄まじい勢いで吹き飛ばされ、岩盤を貫いて更に向うの崖壁へと激突して身を沈めた。

〜〜〜〜〜

「あんたを喰ったらマヒロはおれの女にしてやるよ!!」

〜〜〜〜〜

そう、シャナクは少し前にそう宣言したはずだった。
なのに女より男の方が好みだと言った。
これはつまり、そう、つまり――。

「て、てめェ両刀かよい!?」

マルコが思わず叫んでしまうのも無理は無かった。
性欲の対象に男でも女でもイケる口だということ。
そういうのを好む者がいることは知ってはいたが、実際に間近にいるとは思ってもみなかったマルコは驚愕するほか無かった。

―― マジか…、初めて会ったよい!!?

「ッ、じゃねェ…、そんなこたァどうでも良い」

冷静になれ。
動揺するな。

マルコは自分にそう言い聞かせる。

―― ど、動揺し過ぎだよい、アホか!?

「……」

再生により腹部の傷は回復したようで、マルコは貫かれたはずの腹部に手を当てて摩りながらゆっくりと立ち上がった。

「……サッチ辺りにでも土産話になるよい。……いや、それよりおれが精神的に追い込まれるだけの自虐ネタみてェなもんか……」

―― 絶対にネタにされる! ←重要

マルコは深い溜息を吐くと頭をガシガシと掻いた。

「があああっ!!」
「!」

遥か先の崖壁に身を沈めたシャナクが大きく唸り声を上げて立ち上がる姿をマルコは目に止めた。

「グルルル……ッ!」

シャナクは猛獣のように唸り、口端からボタボタと血が混在した涎を零していた。
人の理性の欠片すらも残っていないのか、完全に獣と化しているのが見て明らかだった。

「血肉を喰ったからか? わからねェが理性は完全に消えちまったみてェだな」

―― ある意味…助かった気がするよい。

シャナクが変貌した切っ掛けは臓器を喰らった為か、それとも屍鬼による傀儡の呪詛なるものが災いしてのことなのかはわからなかった。
シャナクは四つん這いに地面に伏した。そして項垂れた頭をゆっくりと起こして獲物となるマルコに鋭い眼光を向けると「グルルッ…」と再び唸り声を上げ――強く地面を蹴った。

ドンッ!

「なっ!?」

襲い掛かって来たシャナクの攻撃にマルコは何とか反応して身体を捩って躱した。

ズガアアアアン!!!

「チィッ! スピードだけじゃ無く攻撃力も数段に強くなってやがるよい!」

完全に狂暴化したシャナクは俊敏性も攻撃力も極端に向上していた。
理性がある内は自分の身体が壊れるのを防ぐ為に無意識にリミッターを掛けて制御する。しかし、今はもう壊れようがどうなろうが関係無く、リミッターを外して全力で攻撃をしているようだ。
ただただ獲物を狩る為だけの獣染みた本能のみで動いていると捉えて間違いは無いだろう。

マルコはこのままの状態で戦うには限界だと瞬間的に悟った。

―― 仕方が無ェか……。

あまり気は進まない。だがこれ以上この戦いを長引かせる気も無い。

―― もう、色々あり過ぎて疲れたよい。

早々に終わらせて船に戻り、シャワーを浴びて休みたいと強く思った。

「うがァァァァ!!」
「おっと」

ズガァァン!!

―― あ、そう言やァ5000ベリー。……何で5000ベリーなのかねい?

マルコはシャナクの攻撃を躱しながらふと今朝方見たマヒロの手配書に書かれていた金額を思い出した。
何故このタイミングで思い出したのかはわからないが、気になるとずっと気になってしまう自分の性分は困りものだとマルコは自覚しつつ考えた。

「おォォォォ!!」
「ッ! っと、危ねェ!」

こんな時であってもそれが気になり始めると意識がそっちへと向かい、ついつい攻撃を受けそうになった。

「ッ……集中しろい」

マルコは口に出して自分に言い聞かせるように言った。そしてシャナクと間合いを取ると両手首を交差させて集中した。するとマルコの手首に光の輪が浮かび始め、首、両足首と同様の光の輪が順に浮かんでいった。
攻撃を仕掛けようとしたシャナクはそれを見止めるとピタリと動きを止めて警戒した。

―― あァ、そうやって警戒して身構えてろよい。

好都合だとばかりにマルコはクツリと笑みを浮かべると大きく息を吐いた。
光の輪は首、手首、両足とを繋ぐ鎖のように光が伸びて間を結び、周囲には象形的な文字がチラチラと飛び交った。

―― 相変わらず大げさな印だよい。

空幻により初めて施された時、力のコントロールを身に付ける為の修行で解放した時、そして再び幻海の手により施された時――そして今回と、この術式を見たのはもう四度目だ。

〜〜〜〜〜

「力の開放を行う時と場所を選ぶのはあんたの自由さね。それがマヒロを守る為なのか、あんたの家族を守る為なのか、マルコはそういう選択肢しか持たないだろうから先に言っておくよ」
「何だよい?」
「自分が死んだら守るものも守れないんだ。自分を守る為っていう選択肢は絶対に外すんじゃないよ」
「!」
「誰の為でも無い。お前の為の戦いでもあるんだ。それを忘れるんじゃないよマルコ」

〜〜〜〜〜

最初こそ他が為に開放する選択肢でしか考えなかった。
だが――。
今回、このような状況下に置かれたことで自分を守る為の選択肢が容易に浮上した。
幻海の情ある教えがマルコの背中を押したと言える。
幻海は厳しい師ではあったが情け深い人でもあったことをマルコは心にしっかり刻み込んでいた。

「……おれが生きなきゃ意味が無ェ…だろい? 幻海師範よい」

ポツリと零したマルコは口角を上げた笑みを浮かべると封印を開放する決意を固めたのだった。

vs シャナク

〆栞
PREV  |  NEXT



BACK