18


隊員達はマルコが何を言って何を行おうとしているのか、全くわけがわからないといった表情を浮かべて困惑していた。

「お前ェら! 船に残る者は全員船内に入りやがれ! 町に出るものはさっさと船を降りて行きやがれ!」

白ひげは甲板にいる隊員達全員にそう告げた。
隊員達は納得し兼ねているようでザワザワと騒めき出し、隊長達も白ひげの言葉に従うように「ほら! 何してる! 行け!」と声を掛ける――が、動きそうになかった。

「何言ってんだよオヤジ?」
「おい、おれはあいつに殺され掛けたんだぞ?」
「家族が殺され掛けたんだぜ? それなのにどういうことだよ?」
「マルコ隊長は何であいつを? まさか助けるって言うんじゃ無ェだろうな?」
「マルコ隊長、どうしちまったんだよ?」
「スキルは処刑だろ? 裏切りだぜ?」
「『仲間殺し』は鉄の掟だぜ!? それを破っちまったんだから処刑が妥当だろ!?」

隊員達の声が次々と漏れ出し、怒りの声がどんどん大きく膨らんでいった。
身内による事件でこれ程までに殺伐とした雰囲気が嘗てあっただろうか。
何かとても大きく黒い何かが後押しをするかのように、モビー・ディック号の甲板は異様な空気に包まれていった。

丁度その折にティーチ達が遅れて戻って来た。そして甲板へと上がると異様な光景に驚いて立ち尽くした。直ぐ側にいた者に事情を聞いた彼らは怪訝な表情を浮かべてマルコに視線を向けた。

「うぅ……?」

気を失っていたスキルが意識を取り戻し始めたのだろう、呻き声を上げると薄らと目を開け、苦し気な表情を浮かべた。目は少し虚ろだが、何やら尋常ではない状況にスキルは焦りの表情を浮かべた。
そんなスキルの反応を見た隊員達は、やはり先の暴走は意図的だったのだと確信し、より警戒を強めて武器を構え始めた。

「あ…う……な…なんで…? みんな…どうして武器を…?」

スキルは苦し気に呼吸を荒げながら言った。すると周りを囲む隊員達は一瞬だけ困惑し、お互いに顔を見合わせて首を捻ったが直ぐに視線をスキルに戻して怒声を上げ始めた。

「ふ、ふざけんなよ!? スキル、てめェはあれだけ暴れておいて何だよ今更!!」
「信頼してたってェのに、おれを問答無用で斬りつけて来やがって! 危うく死に掛けたんだぞ!?」
「おれもお前に殺され掛けたんだ!!」
「おれもだ!」
「おれも!!」

隊員達の声を聞いたスキルは僅かに目を見開き、愕然とした表情を浮かべた。

「『鉄の掟』を破った裏切り者め!!」

その言葉を受けたスキルはワナワナと震え出すと目に涙を浮かべ始めた。

「ち、ちが…ッ、お…おれ…、そ、そんな、大それた…ことできねェ…」
「気が弱ェ奴だとすっかり騙されちまったぜ。まさかあんなことするなんてよ!」
「あァ、おれも驚いたぜ。良い奴だと思ってたのにすっかり騙されちまった!!」

スキルの声に耳を貸す者は誰もいない。
隊員達の怒りは昂る一方で、スキルには最早どうすることもできない。

「はっ…はっ…あ…ち…ちが…う…ちが…う…」

ボロボロと涙を零し、譫言の様に否定を繰り返す。
呼吸は乱れる一方で身体が重くて動かすことができない。
何故、どうしてこんなことに――とスキルはパニックになり始めた。

だが――。

「スキル、落ち着けよい」
「はっ…た…たいちょ…う? あ…マルコ……隊長…お、おれ…ち…が…う……」

自分の直ぐ側にいて声を掛ける男にスキルは心臓が鷲掴みにされる思いを抱いた。
最も厳しく、最も家族を大事にする一番隊隊長だ。
鉄の掟を破り、仲間殺しを行ったのだとされたスキルにとっては最も恐れる相手であった。
しかし、不思議と自分を見下ろすマルコの目は周りの隊員達とは違って温情に似た優しい目で、決して咎を責めるような目では無かった。

「周りの声は聞くな。おれの声だけ聞いてろ。良いねい?」

スキルの額に手を置いたマルコが落ち着いた声音でそう言うと、先程まで罵声を浴びせていた隊員達がどよめいて言葉を噤んだ。すると今度は矛先をスキルからマルコに変えて彼らは声を上げ始めた。
しかしマルコは隊員達の声等に耳を貸さずに治療に集中し始めた。スキルの腹部に手を置いて体内に探りを入れる。

―― ……どこだ? どこにいる?

だがその間にもマルコに対する抗議の声や罵声は続き、スキルは苦心した表情を浮かべて涙を溜めた目をマルコに向けて小さな声で「おれのせいで…おれの…せいで…ごめんなさい…」と謝った。

(あなたは悪く無い! あなたは決して悪く無い!)

―― マヒロ……。

(どうしてわからないの? こんなに泣いて訴えてるのに、どうして? 仲間なのでしょう? 家族なのでしょう?)

―― マヒロ、それは……。

(こんなに辛いことは無い。こんなに……悲しいこと…無いよ)

―― ……。

(泣かないでスキルさん。泣かないで…謝らないで……)

―― マヒロ。

(助けて…。お願い、マルコさん。スキルさんを助けてあげて……お願い)

心内で叫ぶマヒロの声は兎角必死で、マルコはマヒロの気持ちを受け取ると小さく息を吐いた。そして――。

「てめェら五月蠅ェ! 黙ってろい!!」

グアッ!!
ミシミシミシッ!!

「「「 ッ――!? 」」」

どさっ……
ばたん……
どさっ、どさっ……

マルコは一喝すると覇気を放った。すると甲板にいた殆どの隊員達は一斉に気を失って倒れていった。
白ひげは表情を険しく変え、サッチやイゾウ等隊長達は驚愕した面持ちで固まっていた。

「お、おい…今の覇気ってよ……」
「あァ…間違いじゃなけりゃ……覇王色の覇気だ」
「なっ、マルコが覇王色の覇気を放ったってェのか!?」
「嘘…でしょ? え、マジなのこれ?」

サッチ、ジョズ、ラクヨウ、ハルタが次々に声を漏らすが誰も何も言えずに立ち尽くしていた。
覇王色の覇気は数百万人に一人と言われ、『王の資質』を持った者だけが使えるという特別な覇気だ。
それを武装色の覇気使いだったはずのマルコが放ったことは誰しもが驚くのも無理は無いのだ。

何故、いつから、どうして――と疑問が渦巻いていることはマルコもわかっているが説明をしている時間は無いのだ。

気を失うことを免れた隊員達は驚きと恐怖を持った目でマルコを見つめる中、マルコはスキルの衣服を捲り上げると眉間に皺を寄せた。
黒い斑点の数が無数に広がり大きさは様々だ。
スキルの身体の中の汚染の度合が思った以上に根深く深刻であることが直ぐにわかった。

―― ……そう言えば……あの家族は元気に過ごしているのだろうかねい……?

同じ症状で苦しんだあの家族達のことをふと思い出したマルコは暢気にそんなことを思った。
恐らく余裕があるのだろう。
一度『汚染された身』でもあるという経験がマルコに余裕を持たせてくれているのもあるだろう。
この症状――奇怪虫に対する治療方法はマヒロのおかげでよくわかっているのだ。感覚的にだが――。

右手に霊気を纏い左手に青い炎を纏わせると、マルコは斑点が広がる部分を中心に探りを入れながら汚染されている身体の治療を始めた。
青い炎を纏った左手を下に、霊気を纏った右手を上に重ねて腹部に触れるとスキルの身体が俄かにビクリと動いた。

「痛くねェようにするから、少しだけ我慢な」
「…た…隊長……」

傍から見れば再生の炎を纏わせた左手を使ってマルコが何かをしているぐらいにしかわからないだろう。

「な、なァ、マルコ隊長は何をやってんだと思う?」
「さ、さァ…?」

気を失わずに耐えた者達が交わす声が聞こえる。
それにハッと我に返ったのはサッチで「おい、お前ェら! 倒れた連中を船内へ運び入れろってんだ!」と指示を出し始めると、他の隊長達もハッとして自分の部下達に指示を出し、マルコから意識を逸らせるように行動を始めた。

そんな光景を傍目にマルコはふと白ひげに視線を向けた。すると白ひげはいつも腰掛けている定位置に腰を下ろし、じっとマルコを見つめていた。その目は厳しい目付きではあったが見守る目でもあった。

―― あァ、『覇王色の覇気』のことについては話して無かったよい。

今更説明していなかった事実を思い出したマルコは小さく舌打ちをすると同時に苦笑を浮かべた。

<<――ドクン――>>

―― !?

汚染の根を見つけると同時に一瞬にして視界が変わって映像が見えた。
マルコはスキルが何故このような状態に陥ったのかをその一瞬で全て理解した。

―― 糞ったれがよい!

瞬間的に腹が立った。
眉間に皺が寄り、額に青筋を張り、マルコの表情は怒りへと変わった。
マルコの様子に気付いたのは白ひげと遠目で見ていたティーチだった。

「ゼハハハッ! 怖い顔してんなァ? 何してんのかはわからねェが、なァサッチ隊長、マルコ隊長は何してやがんだ?」
「…あ? ッ!」

ティーチの言葉にサッチはマルコに視線を向けると様子が違うことに気付いて目を見張った。

―― な、何でそんな急に怒ってんだよマルコ!?

「ッ、と、兎に角、良いから行けよティーチ。お前ェらには関係ねェからよ。ほら、町に行くなら行けって!」

サッチはティーチを始め他の隊員達をスロープに追いやり適当にあしらう様に言うと足早に甲板へと戻ってマルコの側へと向かった。

「マルコ、どうしたんだってんだよ」
「……サッチ」
「何をお前そんなに怒って……」
「シャナク」
「あん?」
「悪ィがシャナクを連れて来てくれねェか?」
「お、おう…、わ、わかった」

サッチはマルコに言われるがままにシャナクを探しに行った。それを見送りながらマルコはスキルの方へ目を向けると、スキルは目を開けたまま涙を零しつつ空をじっと見つめていた。

「気分は悪いかい?」
「…いえ、凄ェ…あったかい…です」
「そうかい。もう直ぐ終わるから安心しろい」
「マルコ隊長…、おれ…おれ……ケジメ、ッ…、つ、つけなきゃいけないっすよね……」
「……」
「お、おれ…は……」
「なァスキル」
「……」
「お前ェの罪、おれが代わりに被ってやるから心配するな」
「え?」
「おれが全部受けてやるって言ってんだよい」
「!?」

クツリと笑うマルコにスキルは目を見開いた。

「ど、どうして……」
「そりゃあ……家族だからよい」
「え?」
「お前ェはおれにとっちゃ弟だよいスキル。弟の尻拭いに奔走するのは兄貴の仕事だろい?」
「ッ!」

当然のように答えるマルコにスキルは口元を震わせると咽び泣き始めた。

「泣くなよい」

眉尻を下げて笑うマルコにスキルは「ひぐっ…えぐっ…」と声を漏らしながらただただ泣いた。

「グララララッ! 大分顔色が良くなったみてェだなァ」
「! オヤジ」
「マルコ、スキルはもう大丈夫なのか?」
「あァ、大丈夫だよい。もう終わる。後は食うもん食って寝てりゃあ元気になるよい」
「そうか…。あァケジメの話だがなァ、その件はおれが預かることにする。マルコ、お前ェはやるべきことが他にあるんだからなァ。余計な仕事まで請け負ってる暇ァ無ェだろう?」
「……あー……」
「言ったはずだ。息子の尻拭いぐれェ親であるおれがいくらでもしてやるとなァ? グララララッ!」
「! あァ…そうだったねい。悪ィオヤジ」

白ひげはスキルの顔に手を伸ばすと溢れる涙を拭ってやった。するとスキルは驚いて白ひげに視線を向けたが再びブアッと涙を倍に増やして「ふあああっ!」と声を上げて泣き出した。

「おいおい、折角涙を拭ってやったってェのに意味が無ェなァ。男ならいつまでも泣いてんじゃあねェぞスキル!!」
「あああっ! ふっ! お、オヤジィ! おっ、おれ、おれはっ!」
「礼ならマルコに言え。てめェの命の恩人だ」
「うぅっ…ふっ…うあァァッ!」
「!?」

白ひげの言葉を受け、スキルは幾何か動けるようになった身体を起こすと大粒の涙と鼻水を垂らしながら自分を助けてくれた兄貴分のマルコにガバッと抱き付き、突然のことで驚いたマルコはそのままバランスを崩してドサッとスキルに押し倒される形となった。

「マ”ル”コ”だいぢょ〜!!」

スキルはマルコの腰に抱き付き、腹筋に頬を寄せて盛大に泣きじゃくった。

―― い、いや、まァ良いけどよい……。

若干引き気味だったマルコだが、事が事だけにスキルを宥める様に背中を摩ってやるが、スキルは一行に泣き止む気配は無い上に、この状況を目撃する隊員や隊長達の目が痛い。

誰もが目を見開いて凝視したまま停止する。
突き刺さる視線が槍となって突き刺さるような感覚にマルコはヒクリと頬を引き攣らせた。

―― やめろい。見るんじゃねェよい。

「グララララッ!!」

白ひげは何だか楽しそうに声を上げて笑った。そして悪いタイミングで戻って来たサッチがマルコの状況を見た瞬間に「おいおい! マジそっちなわけ!?」と囃し立てるように笑った。

「怒」

ゴンッと大きな音が響く程に強い一発がサッチに与えられたのは言うまでも無い。そしてスキルも良い加減に泣き止まない為、サッチに比べて少し加減したがゴンッと殴って落ち着かせた。
サッチとスキルは二人御揃いの瘤を作ったまま「ごめんなさい」とマルコに謝罪をしたのだった。

―― 『そっち』ってェのは何だよい!? そっちでもどっちでも無ェよい!!

少し落ち着いた後、サッチの話によればシャナクは既に船を降りて町へと向かったらしく、マルコは何となくそうなるだろうことは予想していたのか驚く様子も無い。

「わかった。おれは今からシャナクを追うよい。スキル、お前ェは部屋で寝てろよい。サッチ、スキルに何か美味ェもんを食わせてやれ。後は頼んだよい」
「おう、わかった」

サッチはスキルの腕を掴んで立たせると船内へと連れて行った。

「オヤジ」
「今回の件はシャナクが絡んでる。そうだなマルコ?」

白ひげが片眉を上げてマルコにそう問い掛けた。

―― 察しが良くて助かる。流石はオヤジだよい。

「あァ、そうだよい。裏切り者はシャナクだ」
「理由は適当に後付けすりゃあ良いだろう。『鉄の掟』を破ったシャナクを始末しろ」
「了解」

白ひげにマルコは口角を上げた笑みを浮かべてコクリと頷くと、颯爽と船を降りて町へと向かった。

「シャナク! てめェはとんだ食わせ者だよい!」

スキルの為に必死になっていたのは全て演技だったということだ。幸いにしてエースが船にいなかったことが救いだ。
もしエースがいたら話が余計に拗れていただろう。
シャナクの件も、スキルの件も、オヤジである白ひげが上手く話を纏めてくれるだろう。

―― おれは心置きなく自分のすべきことをするまでだよい。

嘗てマヒロが話していた通り、何も悪いのは妖怪だけでは無いということだ。
本当にエグいのは人間の方なのかもしれ無い。
妖怪が直接的な攻撃をするのなら、人間は間接的な攻撃を仕掛けて来るのだから性質が悪い。

シャナクは恐らく『見える』人間なのだろう。そしてスキルを使い、白ひげ海賊団を……いや、マルコを陥れるつもりだったのかもしれない。
異様な力を持った化物がいるぞ――と、それを皆に知らしめようとしたのかもしれない。

「ふざけやがって! シャナク、何もかもてめェの思う通りになると思うなよい!」

―― オヤジを、エースを、家族を、傷付けやがったてめェをおれは絶対に許さねェ!!

決して触れてはいけない琴線に触れたことを後悔させるのだと、マルコは”逃げた”シャナクの後を追うのだった。

黒幕

〆栞
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