17


この日、白ひげ海賊団の船は春島ウズベリーという島に寄港していた。
調達物資等その他諸々与えられた仕事が終わると彼らはログが溜まるまでの日数を島でのんびりと過ごしていた。
サッチは相変わらず酒場に出掛けては両手に女を侍らせて酒を飲み、気に入った女がいれば持ち帰っては大人の時間を楽しむ。だがそうなる前にサッチは必ず船に戻って来てはマルコの元を訪れて確認をするようになった。

「なァ、マジでこの町にはいねェんだな?」
「いねェよい」

二年前から今日に至るまでの全てを打ち明けてからというもの、こうして島に寄港する度にマルコは毎回毎回、妖怪ウォッチャーなる仕事をする破目になっていた。
何も相談して来るのはサッチだけでは無いのだ。
隊員達はこの事を知らないが隊長連中は全員知っている。
部下を思ってのことではあるのだが、こう島に着く度に全隊長が(しかも個別で)確認しに来るようになった。

〜〜〜〜〜

「マルコ! いるのか!?」
「マルコ! ここは大丈夫なのか!?」
「マルコ!」
「マルコ!!」

〜〜〜〜〜

「だあああっ! うるせェよい!!!」
「ひっ!?」

ガタンッ! パリンッ!!

「……あ、……悪ィ……」
「い、いえ…お疲れ様です…隊長…」

マルコは寝不足でついつい食堂のテーブルに突っ伏して眠ってしまっていたようで、魘された挙句に突然大声を出したものだから、水を飲みに来ていた部下のギルが驚いてコップを落として割ってしまった。
頬を引き攣らせたギルは苦笑を浮かべながら割ってしまったコップの破片を拾い集め、何となく気まずくなったマルコが手伝おうかと立ち上がると「あ、いいですよ」と言われてしまい、居た堪れなくなったマルコはそのまま甲板へと向かった。

甲板に出ると気持ちの良い風が頬を掠める。
グッと身体を伸ばす様に蹴伸びをして首をコキコキと鳴らしていると上空からニュース・クーが飛来した。
マルコは新聞を受け取り代金を払い、直ぐに新聞を広げようとした。すると新聞に挟まれていたのだろう用紙がヒラリと落ちた。それを拾い上げると同時に驚いた――のは全くのデジャヴだ。新聞に挟まった手配書をぴらりと返して見ればビシッと石化するのも――またデジャヴ。

『WANTED - DEAD OR ALIVE - センザキ・マヒロ 100,005,000 ベリー』

「……マヒロ、お前ェ…名前がバレてんじゃねェかよい。……っつぅか、何でまたこんな『5000ベリー』って微妙な金額が追加されてんだよい?」

マヒロの身に一体何があったのか――。
マルコは一抹の不安を抱えると眉間に手を当てて深い溜息を吐いた。そして、足早に船長室に向かったマルコはオヤジである白ひげに微妙に新しくなったマヒロの手配書を手渡した。
白ひげはそれを見ると片眉を吊り上げてマルコに視線を向ける。

「何だァこの『5000ベリー』ってなァ……」
「いや、おれもわからねェよい。ただ、何かやらかしたんだろうとは……思う」

呆れた気味にマルコが溜息を吐いて応えると白ひげは破顔して笑った。

「グララララッ! 成程、マヒロってなァなかなかにじゃじゃ馬な娘だなァマルコ!」

白ひげは楽し気に笑うがマルコは頬を引き攣らせながら視線を外すだけで笑えはしなかった。

―― ……じゃじゃ馬娘なのは間違ってねェけどない。

慎重さが足りないのはマヒロらしいところではあるが、それをこの世界の海で発揮しないで欲しかったというのが正直なところ。
マルコは白ひげと少し話をした後、朝食を食べに船長室のドアノブに手を掛けようとした時だった。
ただならぬ足音に気付いたマルコは咄嗟にそこから身を引くとバンッと大きな音を立てて勢い良くドアが開けられた。そして入って来たのは2番隊に所属する男だった。

「何だァ騒がしい。どうしたァ?」

白ひげが少し不機嫌な顔を浮かべて問い掛けると、その男は「す、すみませんオヤジ!」と一つ謝罪の弁を述べて頭を下げた。そして顔を上げると再び焦った様子で言葉を続けた。

「スキルが! スキルの奴が!!」
「あァ?」

この2番隊の男の後を追ってかサッチとイゾウが開け放たれたままのドアを越えて船長室へと入って来た。

「おい、落ち着けって」
「オヤジ、マルコ、話をしているところをすまない。おれ達に話せと言ったんだが慌てっぷりが尋常じゃなくてねェ」

サッチが2番隊の男の肩に手を置いて宥めているが男は頭を抱えて苦悶の表情を浮かべるだけで何があったのかがわからずに埒が明かない。

「マルコとの話は済んだ。構やしねェよ。おい、何があったか落ち着いて話しやがれ」

2番隊の男は白ひげの言葉を受けて幾分か落ち着きを取り戻したのか小さく息を吐いて頷いた。だが彼は顔を上げて白ひげを一瞥してマルコへと目を向けた。

「マルコ隊長! 助けてください!」
「…何?」
「「!?」」
「……」

突然マルコに助けを求め始める男にサッチとイゾウが驚いてマルコに視線を向けた。そしてそれは白ひげも同じで彼らの視線がマルコ一極に集中した。
マルコは眉を顰めながらも突然縋って来た2番隊の男に落ち着けとばかりに肩に手を置いてトントンと軽く叩いた。

「ッ、あ、あいつ」
「まずは落ち着け。何があったのか落ち着いて話せ。良いねい?」
「うッ…は、はい。……スキルは近頃ずっと体調が悪かったんです。だから陸地で少しでも静養させようと思って宿屋に泊まらせて寝かせてたんですが……」

悲痛な面持ちで話す男に真剣に対応するマルコをサッチとイゾウは互いに顔を見合わせた。
それこそ行方不明になった後に帰還したマルコはまるで人が変わったように隊員達の声に耳を貸して手助けしてやることが多くなった。
しかし、実際にこうして縋って来る隊員に対応するマルコの姿を目にすることは無くて、ただ隊員達が話していたのを又聞きしていて知った口の彼らにとっては珍しい光景を目にしているも同じだった。

―― 人の上に立つに相応しいでけェ男になりやがったな。

白ひげも報告でこそ聞いてはいたが、実際にこうしたマルコの姿を目にして初めて大きく成長した息子に感嘆の溜息を吐いた。

「それで?」
「どうしてか急に苦しみだしたと思ったら突然暴れだしたんです。止めようとしたんですけど、尋常じゃない力で暴れるから、誰も止められなくて……」
「……」

2番隊の男の話を聞いたマルコは脳裏にふとある妖怪の名を思い出して眉間に皺を寄せた。
過去に似たような症例に関わったことがある。

―― まさか……。

思い出したくも無いが似ている症状であることは確かだとマルコは思った。

「一つ聞くが」
「は、はい」
「何故おれに助けを求める?」
「スキルが、スキルが言ったんだ。あいつ、苦しみながら『マルコ隊長を呼んでくれ』って。今はティーチ達が何とか押さえてくれてるけど、凄い力だから長くは持たないだろうし」

恐らく身体に巣食った奴らに言わされたのだとマルコは直ぐに察した。

―― ……”言った”のでは無く”言わされた”…か。目的はおれか。

「な、仲間が、仲間が数人程やられちまった。……瀕死の重傷者もッ…」

2番隊の男はワナワナと身体を震わしながら涙ながらにそう言うと、サッチとイゾウは顔色を変えた。

「お、おい、マジか!?」
「『鉄の掟』を破ったってェことか。なら、そいつは放置するわけにはいかないねェ」

サッチとイゾウがそう言うと白ひげは眼光を鋭くして2番隊の男を睨んだ。

「そいつァ、聞き捨てならねェ話だ」

だが男は恐怖するどころか顔を上げて懇願する表情を浮かべた。

「まっ、待ってください! スキルは、スキルは、本当はそんなことする奴じゃねェんです!! 仲間を傷付けるような奴じゃねェことはおれもエース隊長もよく知ってる! あいつは気の良い奴で、どっちかって言うと少し気弱なぐらいの男なんです! あいつが暴れるのは何かあってのことだと思うんです!!」
「だが事実、仲間に瀕死になる程の重傷を負わせたとなりゃあ、そいつはただ事では済まされねェよ」

イゾウが冷たくそう言い放つと男は絶望するような表情を浮かべ、白ひげへと目を向けると口を噤んで肩を落として項垂れた。
白ひげの目を見れば怒りに満ちた表情を浮かべていることぐらい直ぐにわかるからだ。

「サッチ、イゾウ、急いで宿屋に向かいスキルを引っ張って来やがれ」

白ひげがサッチとイゾウにそう指示を出した。サッチとイゾウはコクリと頷いて動こうとした時、「オヤジ、少し待ってくれねェか?」とマルコが口を挟んだ。するとサッチとイゾウは足を止めてマルコに目を向け、白ひげは怪訝な表情を浮かべた。
マルコは三人の視線を受けながら泣き崩れる2番隊の男の側に歩み寄って膝を折り、再び肩に手を置いて顔を上げさせた。すると男は涙がながらに懇願の目を向けつつ嗚咽を漏らした。

「…うぅ…た、隊長…」
「お前、名前は?」
「え…?」
「名前は?」
「あ…シャナク…です」
「シャナクねい。悪ィがもっと詳しく話してくれねェか?」
「…?」

マルコがそう問い掛けるとシャナクは目を丸くした。サッチ、イゾウ、そして白ひげもまた同じように目を丸くする。

「スキルっていったか、そいつが暴れてる時、顔色はどうだったか、呼吸の乱れや熱、あと肌に黒い斑点は無かったかい?」
「あ…、顔色は青くて、呼吸は荒く乱れて熱は高かったです。それと腹部から背中にかけて黒い斑点がありました」

―― 確定…か。

男の説明を受けたマルコは一つ大きく息を吐くと立ち上がって白ひげへと顔を向けた。すると白ひげは厳しい表情のまま黙ってマルコを見つめていた。

「オヤジ、この件はおれに預けてくれねぇか?」
「……何故だ?」
「スキルは『鉄の掟』を破っちゃいねェからだよい」

マルコの答えに白ひげは眉をピクリと動かし、眉間に更に深い皺を刻んだ。

―― ってェことは、つまりこの案件は……。

『おれにしか対処できない問題』

白ひげはグッと呼吸を少し留めるとゆっくりと目を閉じた。
片やサッチは困惑の表情を浮かべ、イゾウは怪訝な目をマルコに向けた。

「おいおい、何言ってんだよマルコ? こいつの話を聞いてなかったわけじゃねェだろ?」
「マルコ、お前さんが何故スキルの肩を持つのかわからねェが流石に仲間を、家族を傷付けたんじゃあ見過ごすわけにはいかねェ。以前のマルコなら厳しく罰したはずだが何故だ?」
「スキルじゃねェんだ。スキルは”やった”んじゃなくて、”やらされた”んだよい」

マルコの言葉を聞いたサッチとイゾウはハッとして顔色を変えた。

「まさか……、あれか?」
「……そうか、そういうことか」

二人は溜息混じりに納得した表情を浮かべ、押し黙った。それを見受けたマルコが白ひげへと視線を移すと難しい表情を浮かべながら溜息を大きく吐き出してコクリと頷いた。

「そういうことならマルコに一任する。だがな、マルコ。無理だけはするんじゃあねェぞ」
「あァ、わかってるよいオヤジ」
「サッチ、イゾウ、お前らは船医とナース共に船に戻らせろ」
「おう、了解」
「あァ、わかった」

片眉と口角を上げた笑みを浮かべたマルコは軽く頭を下げると泣き崩れるシャナクの肩に軽くポンポンと叩いてから先に船長室を後にした。

しかし、何故スキルは”あれ”を体内に侵入されたのかが謎だ。
誰が、いつ、どこで――?
気配は全く無かった。それは確実に言える。

―― まさか、鬼雷鳥じゃねェだろうな。

異なる世界だ。
同じ類の妖怪が居ても何ら不思議では無いのかもしれない。
様々な想定を考えつつマルコは急いで町の宿へと向かった。

「ま、マルコ隊長!!」
「スキルはどこにいるんだよい?」
「す、スキルは、宿の裏手に逃げて……ティーチ達が後を追い掛けて…うぅ……」
「わかった。早く船に戻って手当てを受けろ。重症者がいりゃあ動ける奴で率先して連れて行け。あァ、それとお前、船に戻ったら金を持って来い」
「え?」
「ここの宿の修理代金だ」

マルコにそう指示された隊員は「はい!」と返事をして急いで船へと走って行った。
宿の主人は目を丸くしてぽかんとしていたが、直ぐに我に返ると「す、すみません!」と何故か謝罪の弁を繰り返した。

「こっちが悪いんだよい。迷惑を掛けちまってすまなかった」
「い、いえ」

マルコはそれだけ言うと宿の裏手の森へと急いで向かった。そして少し開けた場所にティーチ達の姿を見つけた。
ティーチ達の元に歩み寄ると気配を察したティーチがマルコに気付いて片眉を上げた。

「早速聞き付けてやって来たか。流石はマルコってェとこか」
「そいつがスキルかい?」
「あァ、こいつは『鉄の掟』を破って仲間殺しをしようとしやがった」

ティーチと数名の隊員達に抑え込まれたスキルは「ぐぅぅっ!」と低い声で唸り声を上げていた。
口の両端から涎を大量に巻き散らし、目は赤く充血している。
ここまで正気を失い暴れている時点で早く処置してやらなければ完全に手遅れとなってしまう。

「お、おいマルコ! 何をする気だ!?」

マルコはスキルの頭を押さえ込んでいるティーチの手を掴んで退けるとティーチは少し怒気を含んだ声を荒げた。だがマルコはそのティーチを一瞥した後、直ぐにスキルへと視線を戻して彼の頭に手を置いた。するとその手の甲から青い炎が小さくボッと点り、同時にスキルは全身から力が抜け落ちてガクリと気を失うように大人しくなった。

「なっ…!? こ、こりゃあ一体……。マルコ、お前ェ…何をしやがった…?」

ティーチが驚き固まったままマルコに問うがマルコは何も答えない。そしてスキルの身体を抑え込むように乗っかっていた隊員達にスキルを離すように指示したマルコはスキルの身体を背中に担いで背負った。

「お、おい、どうするつもりだ?」
「この件はおれに一任されてんだ。お前ェらは宿に戻って怪我人の対処に当たれ」
「はっ…ゼハハハハッ! 仲間殺しにおけるこいつをマルコ隊長が直々に秘密裏処刑ってわけか!」
「その逆だよいティーチ」
「…何?」
「助けんだよい。こいつをねい」

マルコが笑みを浮かべてそう言うとティーチと他の隊員達が心底から驚いた表情を浮かべた。

「先に行くよい」

マルコはティーチ達を置いてその場からスキルを背負って飛び去った。そしてモビー・ディック号の甲板へと降り立つと、船に戻っていた殆どの隊員達が一斉にどよめき、マルコが背負うスキルを見止めると武器を構えて警戒した。
その中には隊長達もいた。
宿屋で起きた事件を聞き付けた皆が船に戻り、こうして甲板に集まって待っていたようだ。
仲間殺しを行ったスキルに対する彼らの心中は決して穏やかなものではないことぐらい、マルコも痛い程よくわかっている。

しかし――。

「ま、マルコ隊長! そいつは『仲間殺し』をやったスキルですよ!?」
「何で隊長が背負って……? あ、い、いや、それより今から『公開処刑』ですか!」

隊員達が次から次へと矢継ぎ早にマルコに話し掛ける。
甲板の雰囲気は異様な盛り上がりをみせ、マルコが背負うスキルを誰もが『処刑する』ものだと思っているようだった。

「やめねぇか!!」

イゾウが大きな声で一喝すると騒ぎ立てていた隊員達はピタリと制止した。

「マルコ、話はイゾウ達から聞いている。他の事はおれ達に任せろ」
「ビスタ、悪ィ」

隊長達は事情を察しており、荒れ狂う隊員達の収拾に努めた。
マルコがスキルを背負ったまま船内に入ろうとすると隊員達が一斉に疑問の声を上げ始める。かなりの興奮状態で、どうやら簡単に収拾が付かないようになっていた。

「う…あ”ァ……」
「!」

船内に向かう道を塞ぐ隊員達の合間を縫っていたマルコだったが、背負っているスキルの様子が途端に苦し気に呻き声を上げ始め、マルコは足をピタリと止めた。

―― もう時間が無ェ……。仕方が無ェか。

マルコは踵を返すと甲板の開けた場所へと移動してスキルを下ろして寝かせた。

「お、おい! マルコ!?」

驚いたサッチが慌ててマルコに声を掛けようとするが隊員達に阻まれた。
隊員達は武器を構えて今にもスキルに襲い掛かりそうな勢いでマルコとスキルを囲ったのだ。

「グララララッ! 穏やかじゃねェなァ」

船内から白ひげが笑いながらゆらりと出て来ると、白ひげは異様な光景に目を細めた。
隊員達は白ひげの登場に驚いて武器を下ろした――が、スキルに対する怒りや敵意は一向に収まる気配は無かった。
白ひげの後ろを力無く歩いて出てきたシャナクはマルコの側で寝かされているスキルを見るなり駆け寄ろうとしたが、他の2番隊の隊員達に捕まっていた。

「近付くなシャナク。裏切り者に殺されっちまうぞ」

そう言っていたのを僅かながらにマルコは耳にした。
シャナクはガクガクと足を震わせながら青い顔をし、何とも情けない表情を浮かべてマルコに目を向けた。その口は震えながらも「ま、マルコ隊長……」と声に出さずにマルコの名を口にしていた。

「マルコ、まさかとは思うがここで対処する気かい?」
「あァ、そうだよいイゾウ。時間が無ェんだ。早くしねェと手遅れになっちまうからよい」

妖怪の件に関して知るのは船長白ひげと隊長達だけだ。何も知らない隊員達に妙な混乱を与えない為にも船内の自室にスキルを運んで治療を施すつもりだった。しかし、当の隊員達の妨害により船内に連れ込める雰囲気でも無く、最早時間も無い。
皆の目の前で『見えない力』による治療をせざるを得なくなってしまったが、マルコは仕方が無いと腹を括るのだった。

仲間殺し

〆栞
PREV  |  NEXT



BACK