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早朝、ニュース・クーから新聞を受け取ったマルコはヒラリと足元に落ちた一枚の紙切れが賞金首の手配書であることに気付き、誰かの懸賞金額が上がったか、それとも新たな海賊が賞金首の仲間入りになったか――と、それを拾い上げてぴらりと返して写真を見た瞬間にビシッと石化して固まり、新聞をバサリと落とした。

「は……はァ!?」

『WANTED - DEAD OR ALIVE - 100,000,000 ベリー』

初回でいきなり一億ベリーという破格の懸賞金に思わず二度見すらした。

「な、何をやらかしたんだよいマヒロ……」

そして名付けられた異名に目を通すと眉間に深い皺が刻まれた。

『麗しの漆黒拳士』

「この異名は何なんだよい……?」

マヒロがこの世界に来ることは空幻道士から事前に聞いていた。故にマヒロがこの世界にいることを実際に知ったマルコは驚く以上に嬉しい気持ちが勝った――のだが、しかしまさか賞金首になるとは思いもせず、不安と心配が胸中に広がった。

「会う前に海軍に捕まっちまって連行されたりしねェか心配だよい」

探しに行きたい衝動に駆られる。だが船を空けるわけにはいかない。
ただでさえ二年前のあの時以降、船を空けるとなると皆して不安な表情や怪訝な表情を浮かべるのだから下手に行動をするべきでは無い。
仲間内に不審に思われていることをマルコは察しているのだ。

昨日のイゾウとの会話が頭に過る。

〜〜〜〜〜

「イゾウ、いつか話せる時が来たら話す。けど、今はその時じゃあ無ェんだ」
「……そりゃあ何故だい?」
「これはおれの『至極個人的な問題』なんだよい。そこに誰も巻き込む気はねェし、おれにしか対処できねェ問題なんだよい。けど、気持ちは有難く貰っておくよい」

〜〜〜〜〜

ああは言ったがそろそろ限界かもしれないとマルコは思った。
溜息を吐きながらマヒロが写る懸賞金の用紙をぐしゃりと握り締めたマルコは落とした新聞を拾い上げ、船内に戻ろうとしたところでビスタと会った。

「マルコ、オヤジが呼んでいるぞ」
「そうかい、わかったよい」

マルコは新聞をビスタに預けて船長室へと向かった。
白ひげが何故こんな時間に自分を船長室に呼んだのか――マルコは何となく察しがついていた。そして船長室へと向かう途中、食堂を通り抜ける際にサッチが声を掛けて来た。

「マルコ、後で話があんだけどよ」
「悪ィ、オヤジに呼び出されてんだ。オヤジと話をした後は飯を食うからその後になるよい」
「あぁ、それで良い。おれの部屋に来てくれよ」
「わかったよい」

この時のサッチは普段のサッチと少し様子が違い、冗談をかますような顔付きでは無く至って真面目だった。
これもまたマルコは何となく察しがついていた。
食堂でハルタ達と昼食を摂っていたイゾウの姿を視界の端で捉えたが彼の様子は普段通りで、マルコは視線を外すとさっさと食堂を後にした。

良く捉えれば気の回る世話焼きで心配性によるもの。
悪く捉えれば警戒や不信や疑念によるもの。

―― 前者か後者か…、まァこの際どっちでも良いが……。

船長室の前に着いて立ち止ったマルコは一つ溜息交じりの深呼吸をした。すると船長室の扉を開ける前に中から開けられ、中から出て来たナース婦長のエミリアと、つい最近雇ったらしい新人のフィリアという名の若いナースに出くわした。

「あら、マルコ隊長。おはようございます」
「あ、あァ、おはよいエミリア」

エミリアがニコリと笑みを浮かべて挨拶をすると、マルコはエミリアとフィリアに視線を交互に向けて軽く頭を下げながら返事をした。その際、新人のフィリアと目が合ったのだが彼女は慌ててペコリと深く頭を下げるだけで何も言わなかった。
そんなフィリアを隣で見ていたエミリアはクスリと笑うと「行くわよフィリア」と声を掛けて歩き出し、フィリアはまたマルコに深く頭を下げてからエミリアの後を急いで追うように去って行った。

―― 睨んだつもりはねェんだがなァ……。

マルコは大体初めて会う人間には怖がられるタイプだ。目付きは悪い方だと自覚しているし表情もあまり崩すことが無い不愛想な人間だ。
恐らく怖がらせてしまったのだろうとマルコはポリポリと頬を掻きながら開けられたままの船長室の扉を閉めながら部屋の中へと入った。

「朝から呼び出してすまねェなマルコ」
「別に構わないよい。オヤジに呼び出されるんならいつでも歓迎だよい」

マルコが笑ってそう答えると白ひげも笑みを浮かべた。だがその目はどこか寂しげなものに見えた。

白ひげとマルコの二人だけとなった船長室はとても静かだ。
マルコが白ひげの足元へと移動し、正面に立って顔を上げると白ひげは軽く「グラララッ」と声を出して笑った。

「お前ェを呼んだのは少し話がしてェと思ってなァ」
「……何だい?」
「あァそうだ。単刀直入に聞くがな、マルコ、お前ェ……何か隠している事があるんじゃねェか?」
「……何故、そう思うんだいオヤジ?」

白ひげの問いにマルコは少しだけ眉をピクリと動かしたが明確な返事をしなかった。だが白ひげは予想していたのか片眉を上げてニヤリと笑みを浮かべながら話を続けた。

「二年前、行方不明になって帰還した時だ。おれァお前ェの様子が違うことに気付いてはいたが、異世界の話を聞かされてその時は納得した。だがな――」
「……」
「妙に引っ掛かる部分もあってなァ、おれァそれがずっと気にはなっていたんだが、話したくねェことを無理矢理聞く気にもなれねェで時が過ぎた。いつかマルコが自ら話をしてくれるんじゃねェかと期待はしていたんだが、今回はおれが根比べに負けちまってなァ」

白ひげは笑いながらそう言うと深く溜息を吐きつつ身を乗り出してマルコの顔を見据えた。するとスッと笑みを消して鋭い眼差しを差し向け、マルコは目を丸くして一瞬だけ息を飲んだ。

―― ッ…オヤジ……。

白ひげの目に宿るそれは紛れも無く『覇気』だ。覇王色の覇気を滲ませた眼光をマルコに浴びせて来たのだ。

「オヤジ、何を」
「話す気にはどうしてもなれねェか?」
「ッ……」
「マルコ、おれにとっちゃァお前ェは自慢の息子だ。その息子が何かとんでもねェ荷物を一人で背負い込んでるとなりゃァ親としては放っておけねェ。わかるな?」
「……あァ」
「至極個人的な問題を抱えているらしいなァ? その問題はおれにしか対処できねェんだとイゾウに話したらしいじゃねェか」

―― やっぱりねい……。

あの後イゾウはきっと報告するだろうとマルコは思っていた。だからこうして白ひげに呼ばれて直接的に問われるだろうとことも予想していたし覚悟もしていた。
恐らくサッチも同じことを追及してくるだろうことも察している。
これまでも何度か似たようなことを問われたことがあったが、適当に躱してずっと隠し続けてきた。だがそれをここに来て少しずつ漏らし始めたのには理由がある。
いずれ出会うだろうマヒロのことを考えてのことだ。そして今朝、マヒロの賞金首リストを見たマルコはそろそろ話しておいても良いのかもしれないと思うようになった。

これは丁度良い機会なのかもしれない。

周りが気に掛けていることは知っている。心配していることも。それと同時に怪訝に思われていることも――。

―― この船の中で仲間が……家族同士が探り合いをするような、そんな真似はさせたくねェしよい。……あぁ、そうだ。

「オヤジ、その前にこれを」
「何だァ? 手配書か?」

マルコはポケットに仕舞い込んでいたマヒロの手配書を思い出し、白ひげにそれを手渡した。すると白ひげは手配書を見るなり片眉を上げ、視線をマルコに向けた。

「女じゃねェか」
「その女はマヒロだよい」
「何? どういうことだ? マヒロってェのは異世界の女だろうが」
「色々事情があるんだよい。丁度良い機会だからオヤジに全部話すよい」

二年前、船に帰還した際に話せなかったこと――この二年間、マルコが秘密裏に行動して何をしていたのか、全てを白ひげに話した。
白ひげは終始眉間に皺を寄せたまま深刻な表情を浮かべて話を聞いていた。そして全て話し終えると白ひげは浮かない顔をして大きな溜息を吐いた。
船長室に暫く沈黙が流れた。
白ひげは徐に手にしていたマヒロの手配書に視線を落とした。じっと詰めて僅かに片眉を動かすと視線をマルコへ移した。

「『麗しの黒拳士』たァ大層な異名じゃねェか。海軍がマヒロの真実を知りゃあこんな異名はまず付けねェだろうなァ」

白ひげは手配書を指で軽く弾きながらそう言った。その顔はどこかまだ思案顔だったが、目を瞑って溜息を吐くと口角を上げた笑みを浮かべ、それを見たマルコは眉を顰めた。

「オヤジ?」
「よく話してくれたなマルコ。お前ェ、辛かったんじゃねェのか?」
「っ!」
「グララララッ! お前ェはできた息子だが、もう少し親を信用して頼りやがれハナッタレがァ! 何もしてやれねェこともあるが話を聞くことぐれェはしてやれるからなァ」
「ッ! ……オヤジッ、……すまねェ」
「マルコ、おれがお前ェに言ってやれることは『覚悟したのなら最後までやり切れアホんだらァ!』ってぐれェだな」
「!」
「グラララララッ! お前ェはやりてェようにやりやがれ。おれがお前ェの尻拭いぐれェいくらでもしてやる。おれァお前ェの親だからなァ、いつでもお前ェの味方だマルコ!」

先程までとは打って変わり、白ひげは快活な表情を浮かべて大きな声で笑った。

―― あァ、やっぱりオヤジはでけェよい。寛大で凄く温かくて偉大だ。

マルコは心底から安堵した。
肩の力がフッと抜けて重く伸し掛かっていた重荷が軽くなった気がした。
これならもっと早くに話しておけば良かったとさえ思った。

「オヤジ、おれはあんたの息子で本当に良かったよい」
「グララララッ! 今更かマルコ! 気付くのが些か遅ェなァ!」
「いや…、ずっと…、ずっと前から知っていたよい。けど、より一層惚れ直しちまったよい」
「グララララッ!!」

どんなに孤独で辛い戦いがあったとしても、白ひげを守る為なら喜んでやれる。
初めて出会い、より深くマヒロを知った時に抱いた気持ちも、これと同じだったことをよく覚えている。
マルコはクツリと微笑を零し、漸く穏やかな表情を浮かべると、白ひげは片眉を上げて笑みを浮かべた。

「おれにとっちゃオヤジとマヒロは似てんのかもねい」
「あ? それをこの娘に直に言える台詞かマルコ?」
「よい?」
「このおれとこの娘が似てるたァこの娘にとっちゃ問題じゃあねェのか?」
「い、いや、違ェよい! 見た目じゃねェよい!?」
「グラララララッ! わかってらァ、言ってみただけだ。しかし、見た目たァなかなか辛辣過ぎじゃあ無ェかァ?」
「ッ…、あ、い、いや、言葉の綾っつぅか、そのよい!」
「グラララ! あァ、おれァ別に気にしちゃいねェぜ」

先程より増して機嫌を良くして笑う白ひげにマルコは少し戸惑いながら苦笑を浮かべつつ小さく溜息を吐いた。

―― オヤジとマヒロの見た目は似ても似つかねェよい。身体のでかさからして違い過ぎるしよい。

白ひげは愉快に笑いながら未だにマヒロの手配書を見つめていると「早く会ってみてェもんだなァ」とぼそりと呟いた。すると視線をマルコに移して視線がかち合うと急に含みを持たせた笑みを浮かべ、マルコは目を丸くした。

―― 何だよい?

「孫が楽しみだ」
「あァ、孫……よい!? な、何を言い出すんだよいオヤジ!!」
「グラララララッ!! 顔が赤ェなァマルコ! まだそういう関係には無ェのか?」

ニヤリと笑う白ひげにマルコは呼吸を止めて苦悶の表情を浮かべた。
全身から湯気が出そうな程に熱量が上がったことから、きっと顔だけでは無く全身が赤くなっていることだろう。

一つの問題が解決してみれば新たな問題が浮上した。

この日を境にマルコは白ひげと二人になると事あるごとに孫に対する希望や願望を夢見心地で語るようになり、名前まで考え始める始末にマルコはほとほと困り果てることになるのだが、この時はまだ軽い冗談だとばかり受け止めていた。
その後、隊長格だけが船長室に集められ、マルコが話したことを白ひげ自らが代弁者となって説明した。
俄かには信じられない話だ。直ぐには信じてはくれないだろうとマルコは思っていたが、全員が妙に納得した表情を浮かべていたのが強く印象に残った。そして解散した後、サッチの部屋で久しぶりに二人だけで酒を酌み交わすことになったわけなのだが、マルコはついでにとばかりに謝罪の意を込めてミュゼのことを暴露した。

「んな!?」

これ以上無い程に目と口をあんぐりと開けたまま愕然として停止した。そうして暫くすると徐々に顔を青褪めさせて――かと思えば、眉尻と目尻を垂れ下げ、男の癖に目に涙を一杯溜め始めてグスッグスッと泣きべそを掻き始め、マルコはギョッとした。

―― さ、酒か? 酒のせいもある……と、おれは切にそうであって欲しいと思う!

「マルコォォ! ミュゼが立ち去った後におれっちが一人で処理するのにどんだけ苦労したと思う!?」
「体液が性欲を上長させる効果があるとか言っていたからなァ。今頃サッチの奴は大変だろうなとは思ってたが……やっぱり外れてなかったかよい」
「くうぅぅっ!! まるで他人事!! しれっと言ってんじゃねェェェ!!」
「なら、これを機に女遊びを少し自重しろよい。何でもかんでも手を出してりゃいつか酷ェ目に遭うとは思っていたからよい」
「ハッ、愚問だぜマルコ!」
「ん……」
「お、おう、悪ィ、サンキュ」

サッチの言葉を遮るように空になったジョッキに酒を注ぐマルコにサッチは腰を折られたようにペコッと頭を下げて礼を言った。
それにマルコはクツリと笑うとジョッキを傾けて酒を飲んだ。
こうして何の怪訝も無くサッチと飲むのは実に久しぶりな気がした。
サッチもしこりが取れたのか何時に無く饒舌で機嫌が良い。(但しミュゼのこと以外での話だが)

「すっげェ美人だったのによ〜」
「肌は白から青く変色するわ、長ェ髪は緑に変色するわ、額からは長く太い二本の角を生やしやがってよい、大きく丸い黒目はまるで猫目みてェになって赤い瞳孔で鋭くなってよい、尖った牙と爪がまァ獣染みていたよい。妖怪の姿を現したミュゼは美人の欠片も無ェ完全に化物だったよい」

鼻を啜りながら酒を呷るサッチにマルコはミュゼの妖怪となった時の姿を細かく説明してやると、サッチは徐々に顔を強張らせて若干引いていた。

「……そ、想像できねェわ」
「ハハッ、知らねェ方が良いこともあるってことだよい」

軽く笑ったマルコは再び酒を呷った。

「……なぁマルコ」
「ん?」
「どうやったら『見える』ようになるわけ?」
「は?」
「どうやったら見えるようになる? もし見えるんだったら、見えるんだったらよ! おれはミュゼみてェな化物女に引っ掛かることも無かったはずだろ!? これから先もひょっとしたら外れクジを引いちまう可能性もあるわけだしよ、毎回毎回お前ェの手を煩わせるのもな……っつぅわけで、頼む! マジで教えてくれってんだよ!」

マルコの胸倉を掴むと至って真剣に必死になってサッチは訴えた。最初こそマルコは真面目に返事を考えたのだが、聞けば結局は女のことしか頭に無いようで、マルコは額に青筋を張りつつヒクリと頬を引き攣らせた。

「おい、サッチ!」
「頼む! マルコォォォ!!」
「ちょっ、おま、ッ〜〜てめぇ! しつけェ!!」

バキッ!

「ケポッ!!」

あまりにしつこくガクガクと揺さぶるサッチにマルコはとうとう怒って蹴りをぶっ放し、サッチは敢え無く吹き飛ばされて壁に激突し、ズルズルと床に突っ伏した。そしてマルコはジョッキの中に残った酒を一気に飲み干すと部屋を後にするのだった。
蹴りを入れる瞬間に無意識に霊気と覇気が若干混在したが、相手がサッチだから良いとする――とマルコは素知らぬ顔をした。

サッチの部屋から出るとイゾウがそこにいた。
イゾウは「サッチには気の毒な話だねェ」と言いながら余程面白かったのか腹部を抑えながら涙目でクックッと笑っていた。

「聞いていたのかよい?」
「偶々な」
「お前は納得したかいイゾウ?」
「オヤジが自ら話をしたんだ。それが何より真実である証拠だとおれは思うがね」

イゾウはそう言うと煙管を口に銜えた。

「出来ることと出来ないことはそりゃあるさね。おれ達が出来ることはお前さんの心に寄り添ってやるぐれェのことしかできねェだろう。だがマルコ、それがお前さんにとっちゃあ何よりも大事なことだろう? マヒロってェ嬢ちゃんにはそれが無かった。違うかい?」
「ッ……ったく、お前ェには頭が上がらねぇよいイゾウ」
「おれはおれなりに考えてんのさ。オヤジや家族のことを。勿論、我らが長男のこともね」

イゾウは片眉を上げるとニコリと笑った。

「……イゾウ……」
「早くマヒロに会ってみたいもんだ。我らが白ひげ海賊団1番隊隊長様をとことん骨抜きにした女ってェのに興味があってねェ」

途端に悪い笑みを浮かべるイゾウにマルコは目を見張ってハッとし、途端に不機嫌な表情へと変えた。

―― イゾウ! てめェ!!

「さぞ楽しいネタがあるんだろうねェ」

楽し気にケタケタと笑ったイゾウは紫煙を吐きながら手をヒラヒラさせて自室へと帰って行った。

「そうだった。あいつは何だかんだとおれをネタに甚振るのが好きな男だったってェことをすっかり忘れちまっていたよい」

立ち去るイゾウの背中を見送ったマルコはガクリと肩を落として影を背負った。若干悪酔いしたのかフラフラとした足取りで部屋へと戻ったマルコはソファに腰を下ろすと頭を抱えた。
この船の連中の性格に比べたら怪童児も鬼雷鳥もミュゼも可愛い方じゃないのか――と、そう思うと本当にそんな気がして来た。

バンッ!!

「マルコてめぇ!! マヒロちゃんとできてやが――ポギャッ!?」

バンッ!!

部屋で気絶していたはずのサッチがイゾウとの会話を聞いていたのかマルコの後を追ってやって来て、ドアを勢い良く開けると凄い剣幕で文句を言いに来たのだが、彼は間が悪かった。
マルコは良いタイミングだとばかりに有無も言わぬ内にサッチに霊派をぶっ放した。勿論サッチには見えていない。
突然顔面に異様な塊のようなものをぶつけられたサッチはわけのわからないままに廊下の壁へと激突し、再び床へと沈んでいった。
マルコはそれを確認するとドアを勢い良く閉めて鍵を掛けた。

「クソパイナポー……マヒロちゃんは騙されてんだ……ガクッ」

廊下からサッチがそう愚痴る声が聞こえて来た。

―― 誰がマヒロを騙したって? 人聞き悪いこと言ってんじゃねェよい。

「はァ…、マヒロが来たら来たで全く別の問題が浮上して苦労しそうだよい」

ソファに深く腰を掛けて背凭れに背中を預けて天井を見上げたマルコは先のことを考えると頭痛がして顔を曇らせた。

「止めよう。無駄なことにあーだこーだと考えちまうのはおれの悪い癖だよい」

考えれば考える程、悪い方向に考えてしまうのだから――。
マルコはとりあえずサッチからマヒロの貞操を守ることのみを考えることにした。

(ば、バカ! そっ、そんなこと考え無くても良いですよ!)
「五月蠅ェ、サッチからマヒロを守る為だよい」
(か、家族でしょ!?)
「これは男の問題だよい」
(お、男の問題……?)
「わかんねェだろい?」
(わ、わかりません)
「なら口を挟むなよい」
(うっ……)

心内に響くマヒロに窘められながら宥める。

「(はァ……)」

そしてマルコと胸の内にいるマヒロの溜息が見事に重なるのだった。

真相と難題

〆栞
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