09


お互いに警戒や疑念を解消したところで再び本題へと戻して話を続けた。

「でだ、マヒロ」
「はい」
「理由があってこの世界に来たって言ったな?」
「はい」
「その理由ってェのを教えてくれるか?」

シャンクスがそう問い掛けるとマヒロは膝の上に置いた両手をギュッと握った。

「私の……大切な人に会いに来たんです」
「大切な人? その…胸の内にいる奴がこの世界にいるってことか?」
「はい。初めは彼が私の世界にやって来たんです」
「……」

マヒロの話にシャンクスは真剣に耳を傾けていた。その姿を見たマヒロは胸の内にいるマルコの言葉通りに信用して良かったと改めて思い、話を続けた。

「たったの二ヶ月でしたけど、共に過ごした日々はとても幸せでした」
「……そうか」
「詳細を語るには物凄く長くなりますし、凄く難しい話になりますので割愛させてくださいね?」
「ん、わかった」
「彼が元の…この世界に帰ってから凡そ二年の月日が経ったある日、私の身に色々あってこちらの世界へと来れることになったんです」
「色々ね。何だかほぼすっ飛ばされた感が否めないが…仕方が無いか」
「す、すみません」

少しばかり肩透かしを食らったような表情を浮かべてポリポリと頬を掻くシャンクスにマヒロは小さく頭を下げて謝った。

―― きっと詳しく話をしたら混乱が生じると思う。妖怪だの何だの説明しても理解できないだろうから。

「じゃあその胸の内にいる大切な人って奴に会いに来たってわけだな?」
「はい」
「そいつがどこにいるかは……わからねェか。来たばかりだからな」
「えぇ…、そうですね。人が行き交う町に行って情報を集めながら探すのはこれからです」

肩を軽く竦めて苦笑混じりに笑うマヒロをシャンクスは真剣な面差しでじっと見つめた。すると――。

「……好きな男か?」
「え?」

シャンクスの問いにマヒロは少し停止した。

―― あれ…? 何でそんなことを聞くの?

目を丸くきょとんとして視線を向けるとシャンクスは眉間に皺を寄せてどこか不満そうな雰囲気を出していてマヒロは瞬きを繰り返した。そしてシャンクスから視線を外してベンへと移すとベンは溜息を吐きながらほとほと呆れたとばかりの表情を浮かべ、葉巻の紫煙を明後日の方向に向けて吐いていた。

「あ、あの…、シャンクスさん?」
「マヒロはそいつが好きなんだな?」
「ッ…は、はい」
「マヒロにとってそいつはどんな奴だ?」

―― え、何…?

何故か突然に尋問を受けているような錯覚に陥ったマヒロは戸惑ってオロオロし始めた。

「えっと、あの、ど、どうして…こんな話になったんでしょう?」

首を傾げつつそう問い掛けるマヒロにシャンクスは軽く溜息を吐き、ガシガシと頭を掻いた。

「おれが気になるからだ」
「気になる?」
「おれがそこに入る余地があるかどうか」
「ん? ……はい?」
「おれがマヒロの心に入る隙間があるのかどうかを探っていると言えばわかってくれるか?」
「へ?」

真面目にそう話すシャンクスに対して間の抜けた声を漏らしたマヒロは懸命に思考を回転させて言葉の意味を探った。

―― え…、そ、それって…まさか!

ゆっくりと驚きの様相へと変えていくマヒロに不貞腐れ気味だった表情だったシャンクスは一転して二ッと笑みを浮かべた。

「なァマヒロ」
「ッ…は、はい!」
「次の島までと言わずにずっと乗ってりゃ良い」
「へ?」
「おれの仲間にならないか?」

シャンクスの言葉にマヒロは大きく息をつき、引き攣った笑みを浮かべた。

―― あ、そっち? そ、そうだよね。うん、勘違い…よね。…え? で、でも、どうして急に勧誘?

疑問が沸いて眉間に皺を寄せたマヒロはベンに視線を移した。

「一般人を勧誘するんですか?」
「諦めろマヒロ。この人はそういう人だ」
「何それ……?」

どこか他人事のように答えるベンにマヒロは更にギュッと眉を顰めた。

(全く…、困った男だよい……)

マルコのそんな声が聞こえたマヒロは、以前にマルコが少しだけ海賊の話をしてくれたことがあったのを思い出してハッとした。
奥の方へと押し込まれた記憶が頭の中で呼び起され、目まぐるしく鮮明な記憶となって現れた。

船のこと。
仲間のこと。
オヤジと慕う船長のこと。

そして――赤髪の男、シャンクス。

〜〜〜〜〜

「赤髪のシャンクスってェ名の男は、おれと顔を突き合わす度に「おれの船に来いよ」ってしつこく勧誘して来るんだよい」
「ふふ、その人はきっとマルコさんのことが好きなのね」
「あァ〜、よしてくれよい…頭が痛ェ」
「でも好かれることに悪い気はしないですよね?」
「……悪い奴じゃあ無ェが、嫌なもんは嫌なんだよい」
「そんなにげんなりしなくても…余程嫌なのね」
「しつこい上に強引でなァ、オヤジがいる前で堂々と勧誘する図太い神経には本当に辟易してんだよい」

〜〜〜〜〜

本当に心底から嫌がっていたマルコを思い出すとマヒロは嫌な胸騒ぎを覚えた。

―― え? ひょっとして私もヤバいんじゃ?

「……遠慮します」
「そうか! 仲間になるか!」
「え? 聞いてる?」

マヒロの断りの言葉をシャンクスは完璧に無視をした。
こんなにスルースキルが高い人に初めて会った気がしたマヒロは唖然とした。するとシャンクスはすっと立ち上がるとマヒロの隣に移動して腰を下ろし、自然な動作でマヒロの肩に腕を回して身体を寄せた。
幾分か茫然自失となっていたマヒロはハッと我に返った時にはシャンクスの顔は直ぐ目の前にあって一瞬息を飲み込んだ。

―― ひェ!? ななな!?

「会って早々こう言うと信じて貰えないかもしれないが、おれはマヒロに惚れた」
「はい!?」
「おれはお前が欲しいマヒロ」
「ッ〜〜!」

耳元でそう囁かれた瞬間に顔に熱が集中したマヒロは大きく動揺し、両手でバッと耳元を押さえて勢い良くシャンクスから離れて距離を取った。するとシャンクスは「だっはっは!」と楽しそうに笑うのだった。

「いやァ、分かり易いな!」
「ば、ばばバカにしないでください!」
「いやいや、バカにはしてないさ」
「冗談――」
「ん、冗談で甘く囁く主義は無いんだがなァ」

片眉を上げて反対側の眉尻を下げた笑みを零すシャンクスにマヒロは怪訝な表情を浮かべる。

―― ……はい?

「あー、多分これが所謂一目惚れってやつだろう」

理由がはっきりしたとばかりにスッキリした表情でしれっと答えるシャンクスを尻目にマヒロは助けをベンに求めて視線を向けるが、ベンは「おれに振るな」とばかりにスッと視線を外した。

―― べ、ベンさん! あなたの船長でしょ!?

何故か逃げ場を失くして追い詰められた感のあるマヒロはくらりと眩暈がして頭が痛くなるのを感じた。

「マヒロの胸の内にいる男からおれが奪えば解決だな」
「え!?」
「おれは海賊だからなァ、欲しいもんは何としても手に入れたい性質なんだ」
「ちょっ、ちょっと待っ――!」

屈託の無い笑みから海賊らしい悪い笑みをニヤリと浮かべて話すシャンクスにマヒロは流石に追い詰められてか声を強く張って反論しようとした。
その時――。
急激に胸に圧迫感を感じたマヒロは慌てて口元を手で抑えたが、我慢ができずに咳き込んだ。

「ッ、ゴホッ! コホッ!」
「!」

咳き込むマヒロを見たシャンクスは、途端に懸想を変えてマヒロの手首を掴み上げた。するとそこには吐血したのか血が付着しており、たらりと腕に伝い落ちていった。

「マヒロ! お前…これは病気か?」
「あ、これは…」
「ベン! マヒロを船医室に連れて行く。話はもう終わりだ」
「あァ」
「ついて来い」
「あ、ちょっ!」

マヒロは何ともないことを説明しようとしたがシャンクスは聞く耳を持たず、ベンも流石に吐血したマヒロを前に「落ち着け」とは言えず、とりあえず船医に症状を診て貰うことを先決した。
シャンクスは戸惑うマヒロの腕を強引に引っぱると船長室を出て船医室へとマヒロを連れて行き、船医室の扉を開けると船医らしき男が机に向かってうつらうつらしていた。

「おい起きてくれ!」
「ふがっ! ッ、な、なな、何だ!?」

シャンクスの勢いに船医は驚いて飛び起きると狼狽え、口端から零れ落ちていた涎を慌てて手の甲で拭った。

「驚かさんでくれよお頭。てっきり敵襲かと思ったじゃないか」
「休んでるところを悪いんだが、この子の容態を診てくれないか?」
「おや? こんな可愛らしい子がどうしてこの船に?」
「あー、説明すると長くなるから抜きだ抜き」
「はァ…、まァ良いですけど」

シャンクスに強引に引っ張られたマヒロは船医の前の椅子に強制的に座らされた。すると船医はマヒロの手にある血糊を見て顔を顰めた。

「血を吐いたんだ」
「おっと、そりゃああまり良い傾向では無いな」
「あの、本当、大丈夫ですから」
「何言ってんだ! 血を吐いておいて大丈夫なわけがないだろうが!」
「お頭の言う通りだよお嬢さん。病気を侮ると後で痛い目を見るよ」

二人に怒られたマヒロは思わず縮こまってしまった。
船医は血を採決すると言ってマヒロの腕に消毒液を塗り、採決用の注射を使って血を抜いた。
マヒロは毒に汚染されている為にきっと碌な色では無いだろうと思っていたが、抜かれた血は案外普通の血色だった。
しかし、船医がその血液を何かの容器に少しずつ移した途端に厳しい表情が一変して青褪めた。

「おい、どうした?」

船医の様子が気になったシャンクスが眉を顰めて船医に声を掛けた。だが船医は容器に移した血を見つめながら震える手を動かし、何かの薬剤をそこに垂らした。すると途端にその船医はマヒロの方へと勢い良く歩み寄るとマヒロの両肩を強く掴んだ。

「き、君! 苦しくは無いのか!? 血を吐いたと言ったが……熱は、そう! 熱は!? ……普通…か。瞳孔は!?」
「あァあの!」
「おい、落ち着け!」

酷く狼狽える船医にマヒロはただ戸惑うだけ。シャンクスが強い声で呼び掛けると漸く船医はハッと我を取り戻して静かになった。
平静を取り戻した船医は少しヨロヨロとした足取りで後退り、どさりと椅子に腰を掛けて大きく深く息を吐いた。

「どうしたんだ急に…?」
「信じられない」
「おい、船医」
「こ、このような状態でそもそも生きていることの方が奇跡だ」

肩をワナワナと震わせながら驚きを隠せない船医はシャンクスの方へゆっくりと身体を向けてそう言った。その言葉にシャンクスは益々眉間に皺を寄せた。

「どういうことだ?」
「毒だ」
「毒?」
「この子の血は毒で汚染された猛毒の塊みたいなものだ」
「猛毒の塊だァ?」

船医の言葉を聞いたシャンクスは驚きの声を上げながらマヒロの方へ視線を移した。

―― ど、どうしよう? 屍鬼による毒を受けたからなんて説明しても、彼らが理解できるわけが無いし……。

マヒロの中では頭を抱えてジタバタする小さなマヒロがそこかしこにいて焦っている。その中の誰でも良い。冷静に考える自分は一人もいないのかとマヒロは自分に問い掛けた。

―― あぁ、もう、マルコさんだったらどうするんだろう!?

常に冷静沈着で大人の落ち着きを持ったマルコが自分と同じ立場に置かれたらどう説明して切り抜けるのか、マヒロは想像してみるが冷静で無い状態では真面に想像することすら余裕が無い。

「き、君は一体……」

顔を強張らせる船医に対してマヒロは一つ小さく溜息を吐いて平静を保つよう努めながらゆっくりと話し始めた。

「自分の身体が毒で汚染されているのはわかっていますし、咳で血を吐くのはこのせいであることもわかっています。でも普段を生きるのには支障をきたしませんし、多少運動しても大丈夫なんです。ただ突発的に興奮したり、過激な運動をすれば命を削ることになると聞いています。だからと言って直ぐに死ぬわけでも無いのでご心配には及びません」

なるべく当たり障りの無いように、極力心配させないように――と微笑を交えて話してみたものの、船医の表情は益々優れず――「そ、そのような話を信じられるか! おれは医者だぞ!? どれだけ強い毒性だと思ってるんだ!?」と、それどころか火に油を注いだようでガタリと立ち上がり、酷い剣幕で声を荒げた。

「い、医学でどうにかなるようなものじゃないんです」

勢いに押され、多少困惑したマヒロが宥めようとそう言うが、船医は「何だと!?」と更に声を張って詰め寄ろうとして来た。
だがその間に冷静沈着なシャンクスが割り込み、興奮気味の船医の肩を掴んだ。

「おい、怒る必要は無いだろう? とりあえず落ち着け」
「ッ、しかし」
「マヒロ、お前の身体は不治の病に侵されてるのか?」
「いえ」
「じゃあ治せるんだな?」
「はい」

シャンクスのおかげで漸く落ち着いて受け答えができるとマヒロは少しホッと胸を撫で下ろした。だが船医は訝し気な表情を浮かべている。

「医学でどうにもできないものをどうやって治すと言うんだ」

鼻息はまだ少し荒いままに椅子に腰を下ろしてそう問い掛ける船医にマヒロは少し視線を泳がし、膝の上に置いた両手をグッと握り締めると声を絞り出すように言った。

「一人だけ…治せる人がいるんです」

するとシャンクスは手を顎に当てて少し考えると「あぁ…」と何かを思い出したように声を漏らした。

「……そいつはひょっとしてマヒロの言う大切な男…か?」
「……」

シャンクスの問いにマヒロは黙って頷いた。
シャンクスは「成程な…」とどこを見るともなく視線を宙に彷徨わせ、船医は「あり得ない。そんな非科学的なこと……」と頭を抱えて項垂れながらブツブツと一人で呟き始めた。
あまりにも影を背負い始める船医に対してマヒロは申し訳ないと思いつつ気まずい空気に居た堪れずに視線を床へと落とす。

「マヒロ、もう一度聞くが……」
「え?」
「お前にとってそいつはどんな奴だ?」
「……」

顔を上げたマヒロは問い掛けるシャンクスに顔を向けた。

―― 私にとって彼は、私にとってマルコさんは ――

マヒロは真剣な表情で見つめて来るシャンクスの目を見据えて答えた。

「命…、命そのもの」
「!」

心の底からある想いを声音にして答える。

「彼は私を救い上げてくれた。私の全ては彼あってこそなの」
「……マヒロ……」
「彼がいなければ私はここでこうして笑って生きてはいなかった」
「!」
「ごめんなさい。シャンクスさんのお気持ちは凄く嬉しい。けど私は…、私は!」

マヒロがそう言い掛けた途端に言葉を遮るようにシャンクスはマヒロを抱き締めた。
突然のことで驚いたマヒロは事態が飲み込めずに目を見開いて固まった。
目の前にある厚い胸板に頬が触れると我に返り、出せる限りの力を使って両手でシャンクスを押し返そうとしたが力が一向に入らない。

―― なっ…嘘…でしょ? 全然…力が出ない…。

通常時の半分すら出ていない弱弱しい力しか出なかったことがマヒロの心に酷くショックを与えた。それと同時に襲って来たのは『恐怖』だ。
こんな力しか持っていない状況で、もし屍鬼のような妖怪が襲って来たら――怪童児級ですらも何も出来ずにやられてしまうだろう。いや、それよりも普通の人間の男にですら敵わない。

きっと、このままでは――。

―― や…やだ…。

「マヒロ」

シャンクスの声にマヒロは思わずビクついて全身が強張った。

―― やだ、怖い。やだ、やめて。お願い。いや。彼じゃなきゃ……。

胸中に動揺が広がり不安のどん底へと突き落とされた感覚に陥り始めるマヒロは思わずギュッと目を瞑った。

「怖がるな。何もしない」
「ッ……」
「泣く顔が見たくなかったからだ。悪いな。この行動に他意は無い」
「…シャンクス…さん?」
「気付いて無かったのか? 今にも泣き崩れそうな顔して話してたんだぞ?」

優しい声音でシャンクスがそう言った。
ポンポンっと優しくマヒロの背中を撫でる。
その手は決してマヒロが求める者の手では無い。
だが、温もりと優しさはどこか似ている気もした。

―― マルコさんじゃなきゃ……。

簡単に泣かないと決めた。
簡単に心を崩してしまう弱さはいらないと努めて生きた。

でも、だけど――。

ぽたっ

ぽたっ

シャンクスから伝わる温もりと優しさがマヒロの心に最愛の人の顔を思い浮かばせた。するとそれを合図にマヒロの瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。それは頬を伝いシャンクスの胸元へと落ちて行った。するとシャンクスは抱き締める腕の力を緩めてマヒロの顔を覗き込んだ。

「余程…そいつのことが好きなんだな」

シャンクスはマヒロの頬に触れて流れ落ちる涙を拭いながら少し苦笑を浮かべた。

「マヒロのその気持ちを相手は知っているのか?」

シャンクスの言葉にマヒロは目を丸くした。
この人は本当に自分のことを好いてくれているのだとわかった。
シャンクスの目はとても優しく、温かく、それでいて切ない。それがとても申し訳無くて、苦しくて、涙は未だに止まらない。

―― 答えなきゃいけない。ちゃんと答えて、諦めさせなくちゃ、こんな私を好いてくれたこの人の為にも。

そしてマヒロは腕で涙を拭うと笑みを浮かべてコクリと頷いた。

「私の心は彼のところに。彼の心はここにいますから」

そっと自身の胸に手を当て、大事に、愛しく、想いを馳せて答えた。するとシャンクスは口角を上げた笑みを浮かべると「そうか…」と一つ頷くとガシガシと頭を掻いた。

「ハハッ! こりゃまいったな。入る余地は端から無いってわけだ! お前みたいな女にそこまで思われるなんてそいつが羨ましいな!」

シャンクスは屈託の無い笑みを浮かべてそう言った。

―― ッ……。

そんなシャンクスにマヒロはツキンと胸が痛むのを感じた。

―― 悪い人じゃない。とても…優しくて、懐の深い人……。

勝手に船に乗り込んだ正体不明の人間を捕まえるようなこともせず、事情を話せばちゃんと目を見て話を聞いてくれた。疑うどころか信用して理解を示し、その上で更に好いてもくれたのだ。

―― 私を抱き締めたのは泣きそうになった私を慰めるつもりで抱き締めてくれただけ。なのに私は勝手に恐怖して……。

身体が毒に侵されて弱っているだけでは無く、心までもが脆弱になっていたことを気付かされた。
あまりにも情けないとマヒロは自分を恥じ、そしてシャンクスには感謝と敬意の念を持って頭を深く下げた。

「ごめんなさい」
「マヒロ?」
「ごめんっ…なさい…」
「……」
「ごめんなさい!!」
「あー、いや、そうあんまり謝るな。仕方が無いことだろ?」

何度も謝罪の言葉を繰り返すマヒロにシャンクスは少し当惑しながらかぶりを振った。

「ひっく…で、でも!」
「それにな、泣きながらそう何度も謝られると却って凹む」
「……」

しゃくり上げるマヒロにシャンクスは割と緩い雰囲気でそう言った。するとマヒロは涙を拭って小さく頷いた。

「あァ、そうそう。そいつが嫌いになったらいつでもおれのところに来い。いつでも歓迎してやるからな!」

にっ!

シャンクスは満面の笑顔を向けてそう言うとポンッとマヒロの頭に手を置いてクシャリと撫でた。

「……ふっ…」
「な?」
「ッ…うん。……ハハッ、ごめんなさい。シャンクスさん、ありがとう!」

シャンクスの笑みに釣られるようにマヒロも笑顔を浮かべて礼を述べた。

「やっぱり笑ってるマヒロの方がおれは好きだな」
「え!?」
「んー、どうした? 顔が赤いな。案外おれにも脈があるんじゃないのか?」
「ちっ、違います!!」
「だっはっはっ!! 隠すな隠すな!」
「……もう、真面目なんだか不真面目なんだかわからない……」

マヒロの頭を撫でていた手がパシパシと軽く叩いて楽し気に笑うシャンクスにマヒロは少し口を尖らせて不満な表情を浮かべた。

「なァお二方…、おれはどうすれば良い?」
「「……」」

マヒロとシャンクスは二人だけの世界だったことに漸く気付いた。
傍目で未だに暗い影を背負った船医がジトっとした陰鬱な目を持って見つめている。
マヒロとシャンクスは目をパチクリさせるとお互いに顔を見合わせてから共に船医に向かって苦笑を浮かべるしかなかった。

「じゃ、じゃあ、まァ、悪かったな」

気まずくなったシャンクスはマヒロの腕を引いて船医室から逃げる様に出て行くと再び船長室へと戻るのだった。

赤髪のシャンクス

〆栞
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