08


船尾にて三人の男達がやけに賑わう声に不審に思ったのか葉巻を銜えた一人の男が現れた。そして、ケタケタと笑う三人を前に不貞腐れた表情で骨付き肉を頬張る女を見た男は呆れた表情を浮かべて小さく溜息を吐いた。
不機嫌な様相を浮かべつつ余程お腹が空いていたのか骨付き肉を食べ切ったマヒロは「ふぅ…」と一服の息を吐くとハッと我に返って三人に視線を向ければ、三人の後ろに一人がやって来ていることに気付いた。

―― いつの間にか一人増えてる!?

多少ビクンと身体を強張らせて小さく跳ねたマヒロに対して目の前にいる三人はそれはそれは海賊的な笑みを浮かべていた。

「ッ…えーっと、とりあえず、骨はどうしましょう?」

何とか取り繕う手立てを考える間を作ろうとしたマヒロはかなり無理があるのはわかっているが、手に持っている骨へと話題を強引に持って行った。

「ん」
「あ、ご、ご馳走様でした」

話題以前にルウが手を差し出して来た為、マヒロはおずおずとそれを手渡しながら頭を下げて礼を述べた。すると直ぐに赤髪の男が何の前触れも無くマヒロの腕をがっちり掴み、マヒロはヒクリと頬を引き攣らせた。

「で、誰だお前?」

―― ひぃッ!! その笑顔が怖い!!

屈託の無い笑顔を浮かべる赤髪の男だが、目が笑っていないことにマヒロは崖っぷちへと一気に追い込まれた。
マルコの世界に来た途端に襲い来るピンチの連続にマヒロは自分の運の無さに嘆くしか無かった。
甲板中央へと移動すると(ほぼ酔っ払いだらけの)強面の男達に囲まれる中でマヒロは正座をし、事の顛末を適当に説明した。

この船に乗り込んだのは先刻までいた無人島から。
その無人島にいた理由は、乗っていた船が難破してしまい漂流して辿り着いたのがあの島だった。
助けてくれる船を探しているところ、偶々この船を見つけた。
掲げている旗を見れば海賊船だった為、こっそりと忍び込むことにした。
無人島から脱出し、町のある島に辿り着くにはこの方法しか無いと、無謀を承知の上で潜り込んだ――エトセトラ……。

「成程なァ。で、結局あっさり見つかって、その上飯まで貰った今はどういう算段でいるんだ?」
「そ、それにつきましては現在進行形で考えています」

マヒロの真向いに樽を置き、そこに腰を掛けて座る赤髪の男は呆れた表情を浮かべていた。
赤髪の男の直ぐ隣に立つ黒髪の長髪の男は咥えた葉巻を吸って紫煙を吐き出しながらただじっとマヒロを見つめている。その目はマヒロを探る目であることは一目瞭然で、恐らく彼はこの船の中の頭脳であり、お頭と呼ばれた赤髪の男の右腕なのだろうとマヒロは察した。

「しっかし、海賊に見つかっちまったってェのに、嬢ちゃんは案外冷静だな」
「あの…、その『嬢ちゃん』って呼ぶのは止めてもらえませんか?」

マヒロの直ぐ横で腰を据えて座るヤソップにそう言うと周りから一斉に言葉が飛び交った。

「嬢ちゃんを嬢ちゃんと呼んで何が悪いんだ?」
「ガキなんだから嬢ちゃんと呼んでだろ?」
「可愛いじゃねェか嬢ちゃん」
「プライドが高い女気取りか? なァ嬢ちゃん」

―― ちょっと、最後のそれは何……?

周りの男達は笑いながら軽口を叩くが、マヒロはだんまりだ。すると赤髪の男は目をパチクリさせて周りの男達に視線を巡らせながら眉を下げた笑みを浮かべた。

「おいおい、お前ェら。この子はこう見えて二十八歳だぞ?」

赤髪の男がそう言うと一瞬だけ「しーん…」と静まり返り間が空いた。

―― ちょっと!

「「「えェェェェ!!?」」」
「だっはっはっはっ!! やっぱそうなるわな!!」
「……もう…やだ……」

お決まりの驚きに楽し気に笑う赤髪の男を前にマヒロは思わず口元を手で押さえると苦悶の表情を浮かべて涙をちょっぴり零した。

―― この船の海賊さん達を嫌いになりそう。

「ベン、驚いたか?」
「クク…、あァさっき船尾で聞いた時はな」
「何だ…聞こえてたのか? 面白くねェな」

赤髪の男が隣に立つ葉巻を銜えた長髪の男――ベンに残念だとばかりに肩を竦めると、ベンは咥えた葉巻を手に取りマヒロに視線を向けて声を掛けた。

「それよりお前、名前は?」
「……」

だがマヒロは答えることも無く不機嫌にぷいっと顔を背ける。それに対してベンは呆れた表情を浮かべると直ぐに苦笑した。

「お頭、どうやら怒らせちまったようだ」
「そっか、そりゃあ悪いことをしたな」

赤髪の男はそう言うと腰を上げてマヒロの直ぐ前まで歩み寄った。

―― もう今更謝られたって、私の怒りは収まらないわ。

「すまん!」
「!」

マヒロの直ぐ目の前に立った赤髪の男は目線を合わすように腰を下ろして前屈みになり、拝むように手を顔の前に出して謝罪の言葉を述べた。
顔は至って真面目で、本当に悪気があって謝っているのだとマヒロは直ぐにわかった。

―― 船長なのに……、部下達の面前でも人に平気で頭を下げることができるんだ……。

見ず知らずの勝手に船に乗り込んだ人間を相手に気さくに声を掛けたりすることも含め、存外に器の大きい男なのかもしれないとマヒロは思った。

「……ぷっ…、ふふ……」
「ん?」
「ふふっ、あははははっ!!」
「!」
「ごめんなさい。私の名前はマヒロ。センザキマヒロです」

何だか可笑しくなったマヒロは堪らず声を漏らして笑った。涙が滲む目元を手で拭いながら自分の名を名乗り、丁寧に頭を下げた。そして顔を上げて赤髪の男と視線がかち合うとニコリと笑みを浮かべ、ベンという名の男にも顔を向けても深く頭を下げたのだった。
しかし、反応が今一つ薄く、不思議に思ったマヒロは頭を上げて赤髪の男の様子を伺い見ると、男はポカンとしたままマヒロをじっと見つめていた。

「……あの?」
「あ、あァ、いや、はは、マヒロってんだな? おれはシャンクスって名だ」
「はァ…シャンクス…さん……」

首を傾げたマヒロが声を掛けると赤髪の男はハッと我に返って笑っていたが、どことなく表情がぎこちないように見えてマヒロは少しだけ眉を顰めながらシャンクスの名をポツリと呟いた。するとマヒロの隣に座っていたヤソップがピンと来たのかニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「はは〜ん…、お頭」
「ヤソップ、余計なことは言うんじゃねェぞ」
「へいへい」
「惚れちまったのかァお頭ァ?」
「おいルウ!」

―― え?

赤髪の男――シャンクスは焦るように立ち上がるとルウに向けて声を荒立てた。マヒロはキョトンとして見つめていたがハッとして周りに目を向けた。
男達はざわざわとしていたが表情が何故か恍惚とした模様で、何だか熱っぽい視線が向けられていることに気付いた。

―― な、何?

「か、可愛い…。おい、見たか今の笑顔…?」
「あぁ、胸にズキュンと来たぜ。マジで可愛い」
「散々ガキだって言ったがよ、よく見りゃあかなり良い女だよな」
「艶やかな黒い髪に対比するかのように白く抜けた肌が色っぺェしよ」
「おれはあの黒い瞳にやられた」

―― !?

口々に言葉を零していく男達に自分の耳がおかしくなったのかとマヒロは思ったが、男達は途端に声を揃えて叫んだ。

「「「マヒロ! おれの女になってくれェェェ!!」」」
「なっ…、え、えェェェェ!?」

あの強面の男達が頬を赤らめ(酔ってるからあまり変わらない)、目をハートにして一斉に声を上げてマヒロに迫り、何がどうして彼らのハートを射抜いたのか全くわからないマヒロは盛大に驚いて大きく怯んだ。するとシャンクスが彼らとマヒロの間へと割り込むように立つと男達は途端に足を止めて思わずゴクリと固唾を飲んだ。

「お前ら、マヒロはおれの客だ。マヒロに手を出すってんなら…、それなりの覚悟をしろ。良いな?」

ミシミシッ…パキンッ!

―― !!

「「「はい! お頭! 死んでも絶対に手は出しません!」」」
「だっはっは! 変わり身が早ェなお前ら!」
「……」

シャンクスが静かな声音で覚悟の次第を問うた瞬間、大気が大きく揺れたのをマヒロは感じた。

―― 今の…、まるで……。

男達は変わり身に転じて威勢の良い最良の返事を叫ぶとシャンクスは満面の笑顔を浮かべて納得するように頷きながら腹を抱えて笑い、それに対しベンが眉間に皺を寄せて溜息を吐きながらかぶりを振った。

―― 何も身内に覇気をぶつけるこたァ無いだろ……。

そしてベンはマヒロへ視線を向ける。その目は未だに探る目ではあったのだが、マヒロを見た途端に驚きへと変えた。
マヒロの表情が数秒前とは明らかに異なった様相を浮かべていたからだ。幼く見えていた顔は消え、とても真剣で大人びたそれはまるで別人。

―― この女…、一体……。

ベンは少し警戒心を抱いた。

「込み入った話は部屋で聞こう。マヒロ、ついて来い」
「……はい」
「ヤソップ、後は頼むぞ」
「んー。あァ、話が終わった後はまた戻って飲むのか?」
「あー、そうだな……場合によるかもな」
「了解」
「ベン」
「あァ」

シャンクスはヤソップに指示を出すとベンを誘うように声を掛けて船内へと足を向けた。マヒロは一応その場にいる男達に「失礼します」と声を掛けて頭を下げ、シャンクスの後を追うように小走りでその場を立ち去ったのだった。





シャンクスに連れられて船内へと入るマヒロの直ぐ後にベンもついて歩く。そして暫く歩いて辿り着いた先は船長室だ。
その部屋の中へと案内されたマヒロはシャンクスにソファに座るように促された。膝丈の高さのローテーブルを間に挟んで真向いにあるソファにシャンクスが腰を下ろし、ベンは扉付近に背中を壁に預けてマヒロ達を見据えるように佇んだ。

「さっきは悪かったな。気を悪くしたのなら謝る」
「あ、いえ」
「……怖かったか?」
「え?」

一瞬何を指して言っているのかとマヒロは思ったが、恐らく先刻に船員達に対して向けた『あれ』のことだろうと察した。

大気が大きく揺れて船が軋む音――シャンクスから放たれたあれが何かをマヒロは知っている。
それは『覇気』だ。
怖さなど微塵も無く、寧ろ『懐かしい』と感じてトクンと柔らかく心臓が脈打ったのだ。

「怖くは無かったですよ? 大丈夫です」
「それは本当か?」
「はい」

少し心配するかのようにシャンクスが問い掛けるがマヒロは柔らかく笑みを浮かべて頷いた。それでもシャンクスは気掛かりなのか「嘘を言う必要は無ェんだぞ?」と気遣いの言葉を掛けた。

「お頭、マヒロは嘘は言っていない」

真剣な表情で何度も確かめるシャンクスにベンは紫煙を吐きながら言った。その言葉にシャンクスがベンに視線を移して眉間に皺を寄せた。

「何でそう言える?」
「本人に確認すりゃ良い」
「ん?」

ベンはそう言うとマヒロに視線を向けた。

「マヒロ、お前は『覇気』を知っているな?」

ベンの質問にシャンクスは目を丸くして再びマヒロへと顔を向き直した。

「知っているのか?」
「……はい、知っています」

覇気という言葉だけで心が温かくなる気がしたマヒロは思わず胸に手を当てて目を瞑った。

(安心しろマヒロ。赤髪は悪い奴じゃ無ェから信じろい)

トクン……トクン……と静かに脈打つ鼓動の奥から、愛しい者の声が聞こえて来るとマヒロは「うん」と小さく頷いてゆっくりと瞼を開けた。

「あの、シャンクスさん」
「おう」
「改めてご挨拶をさせてください」
「ん? 何でまた急に?」
「私の名はセンザキマヒロ。理由(わけ)あって異世界よりこの世界に来ました」
「……は? い、異世界だァ!?」
「なっ…!?」

マヒロの言葉にシャンクスとベンは一様に驚いた。想定外のマヒロの言葉に絶句したようで二人して驚き固まっている。

「あの島にいたのはこの世界に降り立った先で見つけた島だったんです。私はこの世界の事情を詳しく知りません。海賊というものに関しても私の中で知る海賊とこの世界の海賊は今一つ異なっているようなので、出来ることなら少し教えて頂けると助かります」
「ちょっ、ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ」

眉間に手を当てながら話を止めたシャンクスは難しい表情を浮かべながらマヒロに改めて確認をするように言葉を零す。「それは……本当の話なのか?」――と。
怪訝な表情を浮かべるシャンクスにマヒロは少し笑みを浮かべ、シャンクスの目を見つめてコクリと頷いた。するとシャンクスは戸惑いの表情へと変えて身体を仰け反らせた。

「異世界……なァ」
「いきなりこんな話をされても直ぐに信じられないと思います。でも信じてください。私がこの話をする気になったのはあなた方を『信じよう』と思ったから」
「何故だ? 何故急に信じようと思ったのか、わけを話せ」

マヒロの話を受けてベンが割って入り、シャンクスの横へと移動して腰を下ろした。
その視線は一段と鋭いものに変わり、本格的に警戒し始めたのだとマヒロはわかった。それでもマヒロはベンの目から視線を離すこと無く真っ直ぐ見つめ返すと、ベンは少し意外だったのか鋭くした目が一瞬だけ緩んだ。

「信じろと教えてくれた……から」

胸元に手を添えてマヒロがそう言うとベンは眉をピクリと動かした。

「……胸の内に、誰かがいるのか?」
「はい。彼が教えてくれました。あなた方は悪い人達じゃない。信じろって」

少し気恥ずかしそうに頬を紅潮させて笑みを浮かべるマヒロに、ベンの目から警戒の色が無くなった。そしてシャンクスがマヒロの笑みに釣られるように笑みを浮かべ、「わかった」とばかりに大きく膝を叩いた。

「ハハッ、つくづく面白い女だな。わかった。マヒロの話を信じよう」
「え!?」
「何を驚いた表情を浮かべてんだ? 信じて欲しいんだろう?」
「……ふふ、そうですね。ありがとうございます」

どこか硬かった表情も綻ばせたマヒロにシャンクスはニシシと笑った。

「よし、なら改めておれ達も挨拶をしよう。おれの名はシャンクス。この船の船長だ。宜しくなマヒロ」
「はい、よろしくお願いします」
「おれはベン・ベックマンだ。一応この船の副船長だ。宜しく」
「こちらこそ宜しくお願いしますベンさん」

ペコリと頭を下げて挨拶をし、頭を上げてお互いの視線がばちりと合えば、どちらとも無く笑みを零して笑い合うのだった。

赤髪海賊団

〆栞
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