03


空幻による力の束縛術を施されてからから凡そ二週間――。

マルコは、覇気、悪魔の実の能力、霊力、これら三つの力を理解し、何とか使い分けるようになっていた。更に束縛の術式を受けたままでも特に気を張り詰める必要も無く、平常通りに過ごせるようにもなっていた。

「何じゃその器用さは…信じられんわ。わしは『道士』になるのにどんだけ苦労を…ブツブツ…」
「…よい」

教えれば直ぐに理解して熟せるようになるマルコの優秀さに空幻は最初こそ「教え甲斐のある出来た弟子じゃのう」とご機嫌だったのだが、あまりにもあっさりと会得していくものだから、最終的に空幻は嫉妬心が芽生えて――拗ねた。

「あー、あのよい……」

頭をガシガシ掻きながらマルコは慰めの言葉を――等、甘やかす気は更々無くて、拗ねる空幻の前にドスンの追加の書類を出した。

「!!」
「悪ィがおれは今からこの先の航路について航海士の連中と話があるからよい、これの処理を頼むよい」
「何じゃと!?」
「あー、あと、空幻の分の飯はおれがちゃんと調達してんだから盗み食いは止めてくれよい。流石にサッチの奴も頭抱えちまって機嫌が悪ィからよい……」
「ぬう…、海賊の分際であのような美食を再三食しているなどとは贅沢な」
「あんたも食ってんだろうが」
「もう少し、甘いもんが食べたいのう。わしゃこう見えて甘党――」
「頼んだよい」
「最後まで聞いちゃくれんのか!?」

空幻が甘党であるという情報はマルコにとってはどうでも良いようで、早々に話を切り上げたマルコは嘆く空幻の声を無視して部屋を出て行った。

「顔を突き合わせて話ができるのはマルコ殿しかおらんと言うに……」

パタンと静かに扉が閉まると空幻はシクシクと涙を零しながら律儀に書類に目を通し始めるのだった。





空幻はマルコを師事するようになってから白ひげ海賊団の船内を優雅に闊歩することを(マルコに)許された。
空幻は妖怪である。
当然、マルコ以外の船員達には見えていない為、妙な年寄りが船内をうろついていることなど誰も気付かないのだ。

二週間の間にあった出来事がある。

ある日、偶々腹を空かせた空幻がどこからか漂って来る美味しそうな匂いに釣られて食堂へと立ち寄った。
目の前には出来立てほやほやの料理があり、空幻はこっそり”つまみ食い”をしたことがあった。
白ひげ海賊団は大所帯である為、一日の食の目安というのはしっかり管理されており、空幻がつまみ食い(と言うかほぼ完食に近い)をした結果、「おい、飯が少ねェぞ!?」と4番隊の中で一騒動が起きるのは当然のことだった。

「誰だ! 盗み食いをしやがったのは!?」

4番隊の隊長であるサッチが犯人を捜そうとするも、当然、誰もが身に覚えのないことで、あまりにも不可解な出来事であるとして一時は”仕方が無く”その騒動に幕を下ろした…のだが――。

「あ”ァ”!? また減ってやがる!!」

忘れたぐらいの頃にまた出来立てほやほやだった料理が減っている。

「やっぱり誰かが盗み食いをしてやがんだな!?」

当然サッチはと息巻いて犯人捜しをするのだが、やはり見つからない。
当然だ。
犯人がまさか妖怪爺の仕業である等と思ってもみないのだから。

幸せ顔でソファに寛ぐ空幻にマルコが「盗み食いすんなって言ってんだろい?」と説教するも「腹が減ったんじゃから仕方が無かろうて」と空幻は聞く耳を持たない。

「ある意味、わしが食に走るのはストレス解消の為でもあるんじゃ」
「は…? ストレスだって…?」
「弟子があまりにも優秀過ぎるから、わしゃ嫉妬心たっぷり抱えてストレスじゃ。ただでさえ禿げてる頭が更に禿げてしまうわい」
「いや…、元々あんたは坊主頭だろい……」
「何にしても、原因はマルコ殿にもあるんじゃから、わしだけの責任では無いということじゃて」
「どういう理屈だよい。こっちは一日でも早く力を安定させて使えるようにならなきゃなんねェから必死だってェのによい」

ああ言えばこう言う空幻にマルコは呆れて深い溜息を吐いているとノックも無しにズバンと扉が開けられた。
マルコと空幻が驚いて目をやると、部屋に入って来たのはお手上げ状態で悲痛な表情を浮かべるサッチで――。

「マルコォォ! 助けてくれってんだよォォォ!!」
「ッ、さ、サッチ!?」
「……ひょ……」
「誰かが盗み食いしてるってェのはわかってんだ! なのに誰も知らねェって、おかしいだろ!? 海の上での食糧難程怖ェもんは無ェって、誰もが知ってることだってェのによ! 最終的には皆しておれっちの管理が悪いんだって言って来やがるんだぜ!? おれっち、おれっちが…どんだけ神経尖らせてやって来たと思ってんだって、誰もわかっちゃくれねェんだ! なァ! マルコ! お前ェならおれっちの頑張りはちゃんと見てくれてんだろ!? 知ってんだろ!? おれっちがそんなことするような奴じゃねェってよォォォォ!!」
「ッ〜…わ、わかって、わかってるから、とりあえずまず落ち着けよい!」

マルコの両肩をガシッと掴んで前後に激しく揺らしつつ大の大人が大粒の涙を零して泣き叫ぶ。
これ程までに悲痛なサッチを見たのは流石にマルコでさえも初めて見る様相で、心底から同情した。

「……何か…すまんことをした。反省する」

あまりのことに空幻は面食らい、心より猛省して頭を下げる。だがサッチには見えていないし聞こえてもいないからあまり意味は無い。
マルコは大きく溜息を吐くと「おれが解決しといてやるよい」と嘆くサッチを宥めてそう声を掛けた。

「ひっく…おれっちはどうすりゃ良い?」
「いや、いつも通り過ごしてりゃ良いよい」
「けどよ〜」
「言ったろ? おれが原因を突き止めて解決しといてやるってよい。その内、こんなことが起きないようになるからよい」
「……その内?」
「あァ、その内」

マルコの言葉に少し眉を顰めたサッチだったが、何だか今回はちゃんと気持ちを察して汲み取ってくれる優しさを見せる悪友に、幾分か落ち込んだ気持ちを掬い上げられた気持ちになったサッチはグスッと鼻を鳴らして漸く気持ちを落ち着かせた。

「なァ…、マルコ」
「何だい?」
「……食いたいもんがあったら言ってくれよ。何でも作ってやっから」
「あァ、わかった。ありがとよい」
「ん…、礼を言うのはおれっちの方だってんだ。マルコの仕事の手伝いをしてやりてェけど、却って足を引っ張っちまうかもしれねェから、おれっちが出来ることはそれぐらいだからな」

涙で濡らした顔を腕で拭いながら多少照れながらもサッチは素直な弁を伝えた。すると幾分か擽ったい気持ちにさせられたマルコは苦笑を浮かべてコクリと頷き、サッチの腕をポンポンッと軽く叩いて仕事机へと向かった。

「仕事の邪魔して悪かったな」

こうしてサッチは機嫌を取り戻して部屋を出て行った。
その後――。
空幻は反省してつまみ食いはしなくなった――が、やはりストレス解消の為に常習犯気味に少量だが時々やらかすのだ。

「マルコ!」
「あ、いや、悪ィ。おれだよい」
「え?」
「ちと小腹が空いちまってよい」
「そっか。なら仕方が無ェな」

マルコはそうやって取り繕うが、マルコが再三そのようなことをする人間でないことぐらいサッチはよくわかっているので、度重なって食料が減る事象にサッチは激怒した。

「くそ! マルコに責任を負わせる奴はどこのどいつだ!?」
「サッチ、だからおれが」
「いや、マルコじゃねェことぐらいわかってんだ。おれっちとお前ェは旧知の仲だぜ? 原因を突き止めて解決してくれるって言ってくれたが、まだ見つかってねェんだろ? お前ェは一度言ったことの責任ってェのをきっちり果たす奴だからよ、おれっちを気遣ってくれてることぐらい百も、いや、二百も承知だってんだ!」
「……あ…いや……ょぃ…」
「いや、熱い友情じゃな。わしゃ感動するわい」

―― おい、そこの禿げ散らかしたクソ爺が他人事みてェに言ってんじゃねェよい!

お互いにおちょくって囃し立てたりネタにしたりと悪ふざけをする仲だったというのに、ここに来てまさかの男の友情による熱い信頼なるものを堂々と口にするサッチに、流石にマルコも驚いて気恥ずかしくなり気まずくなる。
原因は直ぐそこのソファで寛いで楽し気に傍観している妖怪ジジイなのだが、サッチには”見えない””聞こえない”ので説明しようが無いわけで――。
ただ単にマルコが恥ずかしい気持ちをただ耐えるしかないと言うとんでもない試練を受ける羽目になるだけだった。

「どんな修行よりも辛ェ」
「ひょっひょっひょ! 何事も『観(かん)の目強く、見(けん)の目弱く』じゃなァ。人の心というものをよくよく推し量ってやることの大切さが身に染みたじゃろ?」
「……じゃねェ、まずてめェは反省しろ。追加だよい」
「ひょ!?」

ズドン!

空幻の前に書類のタワーを寄越すマルコに空幻は目を見張った。

「な、な、何じゃこの量は!?」
「こういう時の為に急ぎじゃ無ェ分を処理せずに取っておいたんだよい。……やってくれるよない?」

黒いオーラを纏い、キュピーンと怪しく光を放つ眼。
口角を上げてニヤリと歪んだ笑みを見せるマルコに空幻は顔から血の気を失い口をパクパクさせた。

「!?」

―― お、鬼じゃ! またしても鬼がおる!!

空幻の技や知識をマルコが教わる一方で空幻はマルコの仕事の補佐以上の能力を見事に培うことになった。





ほぼ仕事を空幻に丸投げをし、航海士とこの先の航路について打ち合わせを済ませたマルコが食堂へと立ち寄った。
まだ食事時には早い時分である為に人もまばらだ。
カウンター席から望める厨房内では4番隊の隊員と共に忙しなく働く悪友であるサッチの姿があった。

マルコはカウンター席へと向かって厨房内を覗き込んでサッチに声を掛けた。

「おう、どうした?」
「ちと甘いもんを食いたくてよい。何かくれねェか?」
「……え、マルコが?」
「たまにはねい。部屋に持ち帰って食うからよい、直ぐに出せるもんで構わねェから」
「あー、じゃあ…ちょっと待ってろ」
「よい」

目を丸くしたサッチは珍しいこともあるもんだと厨房奥へと引っ込んだ。
カウンター席に座らずに机に片肘を突いて暫く待っているとサッチが戻って来た。

「ほらよ、サッチさん特性プリンだぜ」
「あァ、ありがとよい」
「なァマルコ」
「何だい?」
「……無糖派だよな?」
「普段はねい」
「甘ェのは苦手なんじゃ無かったっけ?」
「そう言っときゃ普段から娼婦みてェな女と付き合いをしなくて済むだろい?」
「え? そんな理由?」
「そうだよい」

良い口実だとばかりにマルコはクツリと笑ってサッチからプリンを受け取った。
別に甘いものが苦手と言うよりは好んでは食べないというだけで、食べれないわけでは無いのだが、ここに来て『甘いものを好まない理由』というものが役に立った。

このサッチ特性プリンは恐らく甘党の誰かにあげる為に作ってやった代物だろう。
海賊で、大男が集まる男所帯――ではあるが、酒が飲めない甘党人間も幾人かいるのを知っている。
ごく少数の甘党の連中は周りの酒好きの男達の目を気にして普段は甘いものを我慢している節がある。しかし、やはり甘党にとって甘いものを食せないのは何よりも辛いことだろう。そんな甘党事情をよく知るサッチはごく少数の甘党の者達の為に甘いものをこっそり作って常備しているのだ。

部屋に戻ると書類仕事に精を出す空幻にクツリと笑ったマルコはローテーブルの空いたスペースにサッチ特性プリンが乗った皿を置いて、何も言わずに自身の仕事机へと向かった。

マルコが何かを置いていったことに気付いた空幻が視線を寄越すと目を丸くし、仕事机に向かうマルコへと顔を向けた。

「これは……」
「まァ、常日頃からの労いの御礼だよい」
「!」
「甘いのが好きなんだろい?」
「ッ…、うぅ、お前さんは本当に…本当によく出来た弟子じゃて!!」
「はは、泣く程に喜んでくれるとはねい」

仕事の手を止めて休憩とばかりに空幻はサッチ特性プリンを食べ始めた。

「これは美味じゃ! 流石はサッチ殿!」
「サッチの奴が聞いたら喜ぶよい」
「わしの存在は知らんからのう…、何にせよ、サッチ殿の料理にファンがおることをそれとなく伝えておいてくれんかの」
「ん…、まァ、それとなく…ねい」
「しかし、甘さ加減もばっちりじゃな。これは本当に美味いわい」
「甘党の連中に人気らしいよい」
「そうじゃろそうじゃろ」

ご機嫌にプリンを食べる空幻にマルコは苦笑を零した。
少々殺伐としていた空間に何とも言えない和やかな空気が流れる中、マルコは再び書類仕事を始めるのだった。

閑話休題-凸凹師弟-

〆栞
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