02


異世界からマルコが帰還して半年ぐらい経った頃、新たな島に寄港する度にマルコは表向きの仕事(調達指示等)を終えると少し間を置いて誰にも気付かれない様にひっそりと船から降りて行動するようになっていた。

島に降り立つと人気の無い場所を探して移動する。するとその先でどこからともなく妖怪の群れがわんさかと集まってはマルコを襲いに来るのは恒例行事となっていた。
絶対に別の島に居ただろうと思われる妖怪でさえもマルコの存在を嗅ぎ付けるとわざわざ遠出をしてまで襲いに来る。その執念にはある意味凄いと褒めてやりたいぐらいだとマルコは撃退しながら思う。

この頃になると自身の力のコントロールは少し真面になっていた。だが稀に力が暴発して思いもよらないデカいエネルギー派を小物相手にぶっ放すこともあり、その度にマルコは「わ、悪ィ…」と詫びる言葉を漏らす。
また、書類処理の仕事の時、ストレスが溜まってイライラした瞬間、ペンを持つ手に霊気が突然発したかと思うと『ボンッ!!』と爆発を起こして自傷することもあった。
再生の炎で治している時に偶々サッチが部屋にやって来て「何してんだ?」と聞かれた時は流石にマルコも焦ったものだ。

―― 修行量が全然足りてねェんだ……クソッ。

新たな島に寄港する度に一人で人気の無い場所を探すのは妖怪退治だけでは無く修行する目的もあるのだ。しかし、毎回うっとおしい程に大勢の妖怪達の邪魔が入り、修行に没頭する時間は思うように取れなかった。

「こんな美味そうな人間は初めてだ!」
「「「いただきまーす!!」」」
「一生お預け喰らってろい!!」

どっかーん!!

どうにか自分で打開しようと考えるが最早限界に近かった。
仕方が無く実践訓練と称して妖怪退治を修行と見立てて奮闘するも、慣れない霊力や覇王色の覇気等を一足飛びで容易に扱えるようになる等、例え器用な天才肌であるマルコであったとしても到底無理であった。

「あー…、どうしたもんかねい……」

ある時、流石にまいったとばかりに自室に戻ったマルコはソファに身を預けると頭を抱えて大いに悩んだ。
チラリと机を見れば相変わらず書類の山で、新たな島に寄港すれば妖怪達の撃退に奮闘する日々。
意味も無く独り言ちていた所、ふと空間に亀裂のようなものが生じているのに気付いたマルコは目を丸くした。

―― 何だ? ……ッ!?

そこから僅かに妖気を感じた。
マルコはソファに預けていた身体をガバリと起こして警戒した。
ピキピキと音を発しながら亀裂が大きく生じて行くとパキンと大きな音が鳴る。それと同時に突然そこから見慣れた人物が空間を割って姿を現し、そのままベッドの上へと落ちた。

―― こいつは!!

「……むにゃっ…すぴー…すぴー…」

落ちた先がベッドだったからか、その人物はモゾモゾと身動きこそしたが起き上がることをせずに枕に頭を預け、気持ち良さそうに寝息を立て始めた。

「……って、そのまま寝る奴があるかよい! 起きろい!」
「ひょっ!?」

マルコはベッドの上で眠るその人物を蹴落として強制的に起こした。すると――。

「何じゃ! 年寄をもっと労わらんか!!」

会うなり早々に怒鳴られたマルコはヒクリと頬を引き攣らせると額に青筋を張って睨み付けた。

「おれァ海賊だからよい、そんな度量は持ち合わせて無ェんだよい」

マルコがそう言い返すとその人物はぐうの音も出さずに――いじけた。

「久しく会うのに冷たいのぅ」
「……虫の居所が悪くてなァ、…っつぅか」
「…んー…?」
「何であんたがここに現れたんだい? 空幻坊さんよい」

顎に生えた白い髭を擦りながらマルコに蹴られたお尻を擦りつつ微笑みを浮かべたその人物は、マルコを異世界より元の世界へと返す為に姿を現した空幻坊その人だった。

「わしゃ昇格したんでなァ、今後は空幻坊では無く空幻道士と呼んでくれんか?」
「昇格? ……見た目は変わり無ェが…どう変わったんだい?」
「道士になったんじゃ。格上げじゃ。どうじゃ、凄いじゃろ。儂凄い?」
「……いや…だから……」

両手を腰に胸を張って「えっへん!」と誇らし気に、そして頬を少し赤く染めて嬉しそうに聞いて来る空幻道士にマルコは軽く項垂れて額に手を当てた。

―― いや、おれの質問……あー、いや、もう良い、面倒臭ェ。

何がどう変わったのか今一つよくわからない。
然して変わり映えが無いのなら、別に『坊』でも良いのではないだろうか。
果たして『道士』に意味はあるのか……、考えるだけ無駄だとマルコは小さくかぶりを振るとその疑問を打ち消して無かったことにした。

「聞いとるのに答えんかマルコ殿。わしゃ道士になったんじゃぞ? 格上げしたんじゃ! どうじゃ? 凄いじゃろ? わし凄いじゃろ?」
「よいよい」
「……その『よい』の意味はどういう意味じゃ?」

どうでもいいよいってェ意味だ――とは言わなかった。

「よくわからねェが、昇格おめでとさん」
「おぉ、祝ってくれるか! 流石はマヒロが愛した男じゃ!」
「ッ……、ど、どうも」

空幻道士にとっては何気ない言葉なのだろうが、マルコにとってその言葉は痛く胸の奥を突いたものだった。
一瞬だけ息を詰まらせて胸が痛み、――会いたい――等と弱音染みた言葉が胸中に広がる。

今の現状をどう打破して良いのかわからずにまいっているからだろう。

「なァ…空幻よい」
「道士を付けんか」
「ッ…、なら改めてもう一度聞いてやるが、どこが変わったんだい?」
「……ぬ? そうじゃなァ……」
「おい」
「わからん」
「……」

本人がそもそもわかっていない時点でマルコはどうでも良いとばかりにソファに腰を落とすと盛大な溜息を吐いて力無く項垂れるのだった。

「折角の再会じゃぞ、もうちょっと喜んだらどうじゃ!」
「嬉しく無ェ……」
「まァ、お前さんが会いたいのはマヒロじゃろうからな」
「……あんた、さっきからわざとマヒロの名前を口にしてねェか?」
「ひょっ! 弱っとるみたいじゃからのぅ、慰めにと思ってな」
「逆効果だってェ思わねェか?」
「ん?」

空幻は髭を擦りながらご機嫌に首を傾げた。
どうやらその辺のことは全くわかっていないようだ。

空幻はベッドから降り立つとマルコの部屋を興味深そうに見て回った。その間にマルコはソファに腰を下ろしたまま空幻をじっと見つめつつ暫く静かに待った。
そして――。
一通り見た後で空幻はマルコの前へと戻るとベッドの縁に腰を下ろし、漸く話をする態勢を取った。
相変わらず顎髭を擦りながら自分自身の背丈と同じぐらいの杖を横にして膝上に置いた。

「して、マルコ殿がこの世界に戻ってから凡そ半年弱は経つかのう?」
「…あァ、それぐらいになるかねい」
「ふむ…、見た所どうやら己の力を持て余しておるようじゃのう」
「見ただけで何故わかんだよい」

マルコの問いに空幻は片眉を上げると「それじゃよ」と顎でマルコの右手を示した。

「……」
「お前さんは海賊とは言え真面目な性分と見えるからのう、恐らく修行を考えておるのじゃろうが――そう上手く事が運んでおらんようじゃな」

空幻の言葉にマルコは小さく溜息を吐いた。

「あんたの言う通りだよい空幻。そんだけわかるってんなら、何か良い案を教えてくれよい」

痛みが残る右手を軽く挙げながらマルコがそう言うと空幻は「ひょ?」と少し間の抜けた声を漏らした。

「何じゃ、わしに師となってくれとな?」
「あ、いや、そうは言っ――」
「そうかそうか! じゃがわしは弟子を取る主義じゃあ無いんでなァ」
「おい、だからそうは言っ――」
「しかしわしゃ格が上がって道士となったからには懐を広くして受けてやらんでもないぞ?」

ご機嫌に笑う空幻にマルコは若干額に青筋を張って苦い表情を浮かべた。

―― 人の話を聞けよい…クソ爺ィ。

空幻にとっては『坊』から『道士』になったことが兎に角とても喜ばしいことなのだろう。だからと言ってマルコにとってはそんなこと知ったこっちゃないのだが――。

―― まァ…、霊気に関して話が通じる奴がいてくれりゃ良いか。

思うように修行の時間が取れないのだ。可能な限り短い時間で濃密な修行をするには霊気に関して知識が浅いマルコ一人では厳しいというもの。
空幻ならより霊気に詳しく、また空幻自身が妖怪である為に集団で襲って来る妖怪達に対してもっと効率的な対処法と言うものもあるかもしれない。
多少ノリがウザったい老人に頭を下げてお願いするのは癪ではあるが、現状どうにもならないのだから背に腹は変えられない。

「なら…、頼むよい空幻」

両膝に両手を置いて頭を下げるマルコに空幻は片眉を上げた。

「ぬ? もう少し頼み方というもんが」
「お願いします空幻道士様」
「ひょほほほ! よし! 今日からわしがマルコの師となってやろう!!」

空幻は自分の胸に拳で一つどんっと叩いて胸を張って言った。片やマルコは引き攣った笑みを浮かべながら「助かるよい」と言いつつそろりと顔を背けて小さく舌打ちをしたのだった。





空幻は目の前の光景を見つめ、ほとほと呆れるように溜息を吐いた。

「強過ぎるというのも問題じゃの」
「……」

とりあえず島の一角に降り立った二人だったが、案の定、マルコの霊気に釣られて押し寄せる妖怪達にマルコは通常通りに対処してみせた。
空幻の目の前にはピクリとも動かなくなった妖怪達の山があった。

「マルコ殿、引きつけ過ぎじゃて」
「おれァ別に望んでやってるわけじゃねぇよい」
「こんな妖怪の山なんてもんは初めて見たわい」

力を抑えながら戦いはするが、やはり時々力が暴発して思いもよらないデカいエネルギー派を小物相手にぶっ放した。すると空幻は「鬼じゃな」と妖怪が儚く散る姿を憐憫の眼差しで見送った。
そして積み上げられた妖怪の山は砂上と化して風に吹かれて霧散し消えて行った。

「っ……」
「ふむ。まずは力をコントロールする術を身に付けなきゃならんのう」

右腕を自傷して痛みが走り、顔を歪ませたマルコに空幻は顎髭を擦りながらそう言った。

「おれもそう思うんだが、何せ修行にばかり時間を掛ける余裕が無いんでねい。直ぐに身に付けられる方法があれば助かるんだが……」
「ふぅむ…、そうじゃのう。通常なら修行漬けであったとしても最低二、三年は掛かってしまうしのう。お前さんの場合は力が強い分、より時間を要するじゃろうな」
「あー…、そうかい……」

空幻の言葉にマルコは肩を落とした。

「じゃがな」
「ん?」
「わしは道士じゃから良い案がある」
「何?」
「多少強引じゃが、力を抑えて束縛する禁呪法があってのう」
「力を…束縛?」

眉を顰めて首を傾げるマルコに空幻は持っている杖をマルコの右肩にトンッと乗せた。

「まァ、極限の力をより向上させる為の術でもあるんじゃが、どのみち”同じことを考えて施すじゃろうから”わしが施しておこうかのう」
「……?」

ニヤリと笑みを讃える空幻にマルコは険しい顔を浮かべた。

―― 言ってる意味がわからねェ…何を考えてんだ?

怪訝な表情を浮かべるマルコを他所に空幻は左手で印を結び、ブツブツと呟き始めた。すると空幻の指先から光の輪が浮かび上がり、その周りにはマヒロの世界で見た漢字に似た文字が飛び交って見えた。そして光の輪がピキンッと音を発しながら形を崩して線上へと変わり、空幻の指の動きに伴う動きを見せる。

「これ、」
「何だよい」
「両手首を揃えて前に出すんじゃ」
「ん?」
「手錠を掛けられるようにじゃ」
「…おい、何をする気だよい」
「説明は後じゃ」
「……」

マルコは不審に思いながら言われた通りに両手を前に出した。すると空幻はマルコの手首の周りに円を描くようにして指を動かして光の輪を作った。

「足も揃えるんじゃよ」
「……」

足を揃えれば空幻は屈んでマルコの足首の周りにも同じように光の輪を施すとゆっくりと身体を起こして立ち上がった。

「禁(ピンイン)」

最後にグッと拳を握って空幻がそう言うとピィィンと音を発し、光の輪がマルコの両手首と両足首に収縮して纏い、ガチャンと何かを施錠するような音が大きく響いた。

「!?」

同時にマルコの両手首と両足首はくっついたまま動かなくなり、身体が急激に重く感じられて思わずその場に膝を突いた。

「お、おい…、な、何なんだよい!?」

唖然として手首を見れば光の輪が枷となり、そこから細い糸状の光が繋がったまま全身に纏わり付いていた。そして両足首にも同じように施された光の輪による枷が両手首の枷とまるで磁石のようにお互いを引き合う力が生じ、マルコは耐え切れずにその場にゴロンと身体を丸めて倒れ込んだ。
ギリギリと歯を食い縛って何とかしようとするが、どんなに力を入れても両手と両足は離れずにくっつこうとする。

「クッ…空幻ッ、何をしやがった!?」
「むぅ…、それでもまだ漏れるのう。ん、首にもしておこうかの!」
「は!?」

抗議するマルコを無視して空幻はマルコの首にも光の輪を施し、漸く禁呪の術式は完成した。途端に全身から力さえ抜け落ちる感覚に襲われたマルコは首も自由が効かない状態に陥り、ただただ苦悶の表情を浮かべるしかできなかった。

「ちょっ…、う、動かねェ…。ど、どうなってんだよい!?」
「力では動けんよ」
「ッ、…ど、うしろってんだい」
「簡単な話、その状態で極限まで霊気を溜めれば動くようになる」
「れ、霊気を溜める? ……どうやりゃ良いんだ?」
「ひょ? それぐらいはできるじゃろ?」
「できねぇよい!!」

覇気と悪魔の実と霊気。それぞれの力の境目が混在している状態だ。
これらの力を区別して使うこと等まだ身に付けていないのだと、マルコがそのことを告げると空幻は目を丸くして不思議そうな表情を浮かべた。

「それでよく怪童児や鬼雷鳥を倒せたもんじゃの?」
「……」

力の抜け方がまるで海水を浴びた時とよく似ている。手足も首も動かなせない、そんな状態のままで空幻による覇気と悪魔の実と霊気の力の使い分けの講義が始まった。
つらつらと話す空幻を見上げながらマルコは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、心底からこのクソ爺の首をへし折ってやりたいと本気で思うのだった。

「――であるからして」
「なァ、まだ続くのかよい」

理屈とか理論だとかは置いといて、感覚的に何となく理解したマルコはほとほとぐったりしていた。
気付けば日は傾いて夕方に差し掛かる時分となっている。

―― クソ…、覚えてろい。

この後、マルコは三つの力を分別するまではいかないが、霊気と思わしき力を全開にして漸く身体を動かせるようになった。

「こ、こ、この状態でッ……」
「まずは常にその状態で普通の生活ができるようになることからじゃ」
「ッ……」

常に全力状態でいなければ直ぐに手首と足首がくっついて固まってしまうのだ。この状態で平静に普通の生活をしろという過酷過ぎる課題にマルコは一瞬だけ意識が遠退き掛けた。
霊気だの妖怪だの裏事情を家族には秘密にしているというのに、これではバレてしまうのも時間の問題だと危機感が募るのは当然だった。だが「まだ知らせるのは早ェ」とマルコは己を叱咤しながら全力で慣れることに努めた。

「空幻」
「なんじゃ?」

ベッドに横になって暇を持て余す空幻にマルコは無の表情で書類の束を渡した。

「ひょ?」
「悪ィんだが、今から書類仕事の講義をするからよい、さっさと覚えて手伝ってくれねェかい?」
「な、何でわしが!?」
「可愛い弟子が必死になってんだい、少しは手伝ってやろうっていう師匠の心意気ってェのを感じたくなってねい」
「ッ!?」

空幻の頭をガシッと鷲掴みにしてマルコは笑みを浮かべたまま凄んだ。

―― 鬼がおる!!

額に角がにょきっと生えて牙を尖らせる極悪非道な顔をしたマルコに空幻は自分に拒否権の「きょ」の字も無いことを悟り、書類仕事の内容や処理方法等々を強制的に覚えさせられたのだった。

「間違ってるよい」
「くっ、わしは道士になったんじゃぞ!?」
「凄ェ道士様になったんならこれぐらい朝飯前だろい」
「ぬ、ぬう…、妖怪のわしが何故に人間の仕事をせねばならんのじゃ」
「空幻はおれの恩師だよい。流石は道士様」
「む? そ、そうか? そうかのう?」

空幻が何だかんだ文句を言う度にマルコがよいしょする言葉を投げ掛ける。すると空幻は頬を赤く染めながら満更でも無い様子を見せて照れるのだ。
自分の手の上で面白いように転がってくれる空幻を見つめ「ちょろい奴だよい」とマルコは小さく笑うのだった。

空幻道士

〆栞
PREV  |  NEXT



BACK